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第4章 魔術学園奮闘編
第260話 ステファノはチャンにイドを意識させる。
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「吸ってー。動いているのは『イド』と呼ばれるものです。丹田で回してー」
ステファノはチャンにイドを意識させる。
「ゆっくり吐いてー。イドはまた『陽気』といわれる魔力の源でもあります。はい、吸ってー」
ステファノはほんのわずかずつ自分のイドをチャンの体に送り込む。チャンの呼吸に合わせて、体内を上下させるのだ。
ほんのわずかに熱を持たせて。
ステファノが用いたのは、小さな、小さな風魔術であった。チャンが来る前にドリーには使用の許しを得ていた。
ドリーの「蛇の目」に、かすかな魔力が観える。
(あれはステファノのイドを包んでいるのか? なるほど、イドの存在を知覚させようという……)
チャンはかつて覚えたことのない感覚を、体内にとらえていた。気のせいではなく、確かに温度を持った「何か」が体内を上下している。
それは丹田に滞留し、回転しては熱を増す。
「今度はイドを丹田に留めたまま、呼吸しましょう。丹田に意識を集めて、そのままゆっくり吐きまーす」
ステファノは言葉の通り、イドの玉をチャンの丹田に留める。既にぬるま湯の温度になった陽気は、丹田に停止して回転していた。
「いいですよー。そのままゆーっくり吸ってー、止めてー、そしてゆーっくり吐くー」
眠気を誘うようなステファノの言葉に、チャンは疑いもなく従った。
「今度は外から『陰気』を取り込みまーす。陰気はすべての終わりであり、帰りつく故郷です」
ステファノは「終焉の紫」である光の魔力をチャンの鼻から吸い込ませた。光を生むのは影であるという逆向きの因果を体現するものが「陰気」であった。
太陰の玉は息と共に気管を下る。
「吸ってー。はーい、陰気が体内を下りてきまーす。スーッと丹田に下りて、そこでとまーる」
陽気と陰気は丹田で互いの後を追い始めた。
「陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ず。陽気と陰気は互いを追って周り、まわる」
始原の赤と終焉の紫、互いを飲み込まんとする宇宙の果て同士。
「陰陽相極まって、太極の玉を作ります。それを更に回し、回し、練り上げる」
実際に回し練り上げているのはステファノだが、ここではチャンがその意識を持つことが重要であった。
鉄棒の逆上がりで「回った」という初めての感覚。それが「回れる」という確信を生むのだ。
極度の集中で、チャンの額に玉の汗が浮く。
「はい、いいですよー。そのまま深い呼吸を続けてー。ゆっくり目を開けてみましょう」
彼女は静かに両目を開いた。部屋の明かりが眩しく目を刺す。
「では、顔の前で両手を合わせて。そう、いつものように」
観想法の作法通り、チャンはキレイに指先を揃えた両手を顔の間で合わせた。
「光の魔力を呼んでみましょう。光の魔力は陰気そのものです。太極玉から陰気を引き出して―」
ステファノは自分のイドを周囲に薄く漂うチャンのイドと混ぜ合わせた。同時に送った陰気でチャンの陰気を巻き込む。
ステファノ/チャンの陽気がチャンの陰気を呼んでいた。
いつもは魔力の動きを感じないチャンだったが、その日は違った。集められた自分のイドが、集められた陰気の動きをしっかりと感知した。
呼び水を注がれた井戸ポンプが自力で地下水をくみ出し始めるように、チャンの陽気が自分の陰気を引き寄せ始めた。
「吐き出す呼吸に載せて手のひらに運びましょう。すーっ」
ステファノは集まった陰気を、自分の陰気と合わせて上昇させる。風魔術によって温度を与えることも忘れない。
(温かいものが上って来る……)
チャンは合掌した手をじっと見た。
そこには紫色にかすかに光る、陰気の玉が浮かんできていた。
(私の魔力……)
ドクンと心臓が跳ね、全身に寒気が走った。
「指先に魔力を集めましょう。上れ、上れー」
ステファノに言われるまま、紫の玉は合わせた中指の先に上ってきた。
「見えましたか? それが君の魔力だ」
そこには確かな「つながり」があった。自分の魔力だというゆるぎない確信。
体の一部を他人のものと取り違えることがないように、偽りようのない実感がそこにあった。
「さあ、動かしてみましょう。指に沿って下にー。そう。今度は上にー」
そうしてしばらくの間、ステファノは自分の陰気で魔力操作を補助してやりながら、チャンに「魔力を動かす」実感を与えた。
たとえてみれば、補助輪をつけた自転車のような動きである。やがて1人で走るための準備であった。
過度の集中でチャンの呼吸が乱れ始めたころ合いで、ステファノは訓練を切り上げた。
「お疲れ様。魔力を感じたか?」
「……ありがとう。ありがとう。初めて魔力が、魔力がわかった」
チャンの目から涙がこぼれた。
「今のは手解きだ。まだ一人では魔術を発動できないだろう。しかし、今の感覚を忘れずに魔力錬成を続ければ必ず魔力は集まる。術を発動できるはずだ」
「はい。私は信じる!」
あふれる涙をぬぐおうともせず、チャンは両手を握り締めた。自分を信じる強い力を手に入れた瞬間であった。
「あれ、でも私の持ち属性は火と水のはずでは……?」
「それも秘伝の一部だ。持ち属性とは得意、不得意でしかない。陰気は誰にでもある。陽気は言うまでもない」
皆存在を知らず、使い方がわからないだけなのだと、ステファノは言った。
「俺が教えてやれるのはここまでだ。あとは自分で練習しろ。魔力を練るだけなら訓練室でできる。術を試す時は必ずここに来て、ドリーさんの許可を得てくれ」
「術の練習がしたくなったら、ここへ来い。今度は5時前までにな」
「わかりました。その時はよろしくお願いします」
チャンはドリーにも頭を下げた。
「それじゃあ君は引き上げてくれ。俺はドリーさんと話があるので、ここに残る」
「わかった。じゃあ、さようなら」
長い集中から解放され、少しふらつく足取りでチャンは試射場を出て行った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第261話 隠形五遁の内水遁、霧隠れの術!」
「それで、話というのは何だ?」
チャンの気配が完全になくなるのを待って、ドリーはステファノに尋ねた。
「実は何もありません。ただ、気兼ねなく魔術訓練をしたかったので」
「あいつを追い払う口実に使ったってわけか? とんだ当て馬役だな」
ステファノはドリーの皮肉には答えず、5番のブースに向かった。
「水魔法を使っていいですか?」
ステファノは術の準備を始める前に、ドリーに尋ねた。
……
◆お楽しみに。
ステファノはチャンにイドを意識させる。
「ゆっくり吐いてー。イドはまた『陽気』といわれる魔力の源でもあります。はい、吸ってー」
ステファノはほんのわずかずつ自分のイドをチャンの体に送り込む。チャンの呼吸に合わせて、体内を上下させるのだ。
ほんのわずかに熱を持たせて。
ステファノが用いたのは、小さな、小さな風魔術であった。チャンが来る前にドリーには使用の許しを得ていた。
ドリーの「蛇の目」に、かすかな魔力が観える。
(あれはステファノのイドを包んでいるのか? なるほど、イドの存在を知覚させようという……)
チャンはかつて覚えたことのない感覚を、体内にとらえていた。気のせいではなく、確かに温度を持った「何か」が体内を上下している。
それは丹田に滞留し、回転しては熱を増す。
「今度はイドを丹田に留めたまま、呼吸しましょう。丹田に意識を集めて、そのままゆっくり吐きまーす」
ステファノは言葉の通り、イドの玉をチャンの丹田に留める。既にぬるま湯の温度になった陽気は、丹田に停止して回転していた。
「いいですよー。そのままゆーっくり吸ってー、止めてー、そしてゆーっくり吐くー」
眠気を誘うようなステファノの言葉に、チャンは疑いもなく従った。
「今度は外から『陰気』を取り込みまーす。陰気はすべての終わりであり、帰りつく故郷です」
ステファノは「終焉の紫」である光の魔力をチャンの鼻から吸い込ませた。光を生むのは影であるという逆向きの因果を体現するものが「陰気」であった。
太陰の玉は息と共に気管を下る。
「吸ってー。はーい、陰気が体内を下りてきまーす。スーッと丹田に下りて、そこでとまーる」
陽気と陰気は丹田で互いの後を追い始めた。
「陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ず。陽気と陰気は互いを追って周り、まわる」
始原の赤と終焉の紫、互いを飲み込まんとする宇宙の果て同士。
「陰陽相極まって、太極の玉を作ります。それを更に回し、回し、練り上げる」
実際に回し練り上げているのはステファノだが、ここではチャンがその意識を持つことが重要であった。
鉄棒の逆上がりで「回った」という初めての感覚。それが「回れる」という確信を生むのだ。
極度の集中で、チャンの額に玉の汗が浮く。
「はい、いいですよー。そのまま深い呼吸を続けてー。ゆっくり目を開けてみましょう」
彼女は静かに両目を開いた。部屋の明かりが眩しく目を刺す。
「では、顔の前で両手を合わせて。そう、いつものように」
観想法の作法通り、チャンはキレイに指先を揃えた両手を顔の間で合わせた。
「光の魔力を呼んでみましょう。光の魔力は陰気そのものです。太極玉から陰気を引き出して―」
ステファノは自分のイドを周囲に薄く漂うチャンのイドと混ぜ合わせた。同時に送った陰気でチャンの陰気を巻き込む。
ステファノ/チャンの陽気がチャンの陰気を呼んでいた。
いつもは魔力の動きを感じないチャンだったが、その日は違った。集められた自分のイドが、集められた陰気の動きをしっかりと感知した。
呼び水を注がれた井戸ポンプが自力で地下水をくみ出し始めるように、チャンの陽気が自分の陰気を引き寄せ始めた。
「吐き出す呼吸に載せて手のひらに運びましょう。すーっ」
ステファノは集まった陰気を、自分の陰気と合わせて上昇させる。風魔術によって温度を与えることも忘れない。
(温かいものが上って来る……)
チャンは合掌した手をじっと見た。
そこには紫色にかすかに光る、陰気の玉が浮かんできていた。
(私の魔力……)
ドクンと心臓が跳ね、全身に寒気が走った。
「指先に魔力を集めましょう。上れ、上れー」
ステファノに言われるまま、紫の玉は合わせた中指の先に上ってきた。
「見えましたか? それが君の魔力だ」
そこには確かな「つながり」があった。自分の魔力だというゆるぎない確信。
体の一部を他人のものと取り違えることがないように、偽りようのない実感がそこにあった。
「さあ、動かしてみましょう。指に沿って下にー。そう。今度は上にー」
そうしてしばらくの間、ステファノは自分の陰気で魔力操作を補助してやりながら、チャンに「魔力を動かす」実感を与えた。
たとえてみれば、補助輪をつけた自転車のような動きである。やがて1人で走るための準備であった。
過度の集中でチャンの呼吸が乱れ始めたころ合いで、ステファノは訓練を切り上げた。
「お疲れ様。魔力を感じたか?」
「……ありがとう。ありがとう。初めて魔力が、魔力がわかった」
チャンの目から涙がこぼれた。
「今のは手解きだ。まだ一人では魔術を発動できないだろう。しかし、今の感覚を忘れずに魔力錬成を続ければ必ず魔力は集まる。術を発動できるはずだ」
「はい。私は信じる!」
あふれる涙をぬぐおうともせず、チャンは両手を握り締めた。自分を信じる強い力を手に入れた瞬間であった。
「あれ、でも私の持ち属性は火と水のはずでは……?」
「それも秘伝の一部だ。持ち属性とは得意、不得意でしかない。陰気は誰にでもある。陽気は言うまでもない」
皆存在を知らず、使い方がわからないだけなのだと、ステファノは言った。
「俺が教えてやれるのはここまでだ。あとは自分で練習しろ。魔力を練るだけなら訓練室でできる。術を試す時は必ずここに来て、ドリーさんの許可を得てくれ」
「術の練習がしたくなったら、ここへ来い。今度は5時前までにな」
「わかりました。その時はよろしくお願いします」
チャンはドリーにも頭を下げた。
「それじゃあ君は引き上げてくれ。俺はドリーさんと話があるので、ここに残る」
「わかった。じゃあ、さようなら」
長い集中から解放され、少しふらつく足取りでチャンは試射場を出て行った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
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チャンの気配が完全になくなるのを待って、ドリーはステファノに尋ねた。
「実は何もありません。ただ、気兼ねなく魔術訓練をしたかったので」
「あいつを追い払う口実に使ったってわけか? とんだ当て馬役だな」
ステファノはドリーの皮肉には答えず、5番のブースに向かった。
「水魔法を使っていいですか?」
ステファノは術の準備を始める前に、ドリーに尋ねた。
……
◆お楽しみに。
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