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第4章 魔術学園奮闘編
第254話 神器とは何だ?
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12時までは多少時間が空いていたが、考えすぎて頭が疲れたステファノは午前の調べ物を切り上げて、食堂に向かった。まだ頭の中に疑問が渦巻いている。
「聖スノーデンはどうやって死んだ?」
「神器とは何か?」
この2つがぐるぐると頭の中を巡って、離れない。特に「神器」だ。
(神器とは何だ? まさか「魔視鏡」じゃないよね?)
魔視鏡はヨシズミの世界で作られた発明品だ。この世界より600年以上進んだ科学力が作り出したものであり、聖スノーデンの時代に「ここで」作られたとは思えない。
もし神器が魔視鏡であれば、それはヨシズミ同様の「迷い人」が異世界から持ち込んだということだろう。
聖スノーデンは迷い人だった可能性がある。
(そう考えれば並外れた能力の説明がつくんだよな。魔法を思い切り使えば、師匠なら聖スノーデン並みの強さを示せるかもしれない)
しかし、聖スノーデンが魔視鏡をこの世界に持ち込んでいたとしたら、彼に匹敵する「魔法」の使い手が出現していたはずではないか?
現実には、そのような存在は歴史のどこにも存在しない。
聖スノーデンは唯一無二の英雄であった。
神器が使用されていた時期があったとしたら、それは魔視鏡ではないということになる。
神器についてはもうひとつ面白いポイントがある。
(「法王聖下は神器を国王陛下に返還し、以後その使用は国王陛下に一任される」。つまり、聖スノーデンの死後一般人である法王様が神器を使用していたということだ。そして2代目国王様も神器を使うことができた)
聖笏同様、誰でも使える魔道具であった可能性がある。
(または異世界の科学で動く道具か……)
ステファノは見ることのできない神器に思いをはせ、ほとんど上の空で昼食を終えた。
◆◆◆
午後は「調合の基本」の講義があった。薬剤を扱う講義ということで、教室は「調剤室」と呼ばれる薬学専用の部屋だった。
「こんにちは。この講義は『調合の基本』です。間違いないですか? この授業では薬の内容ではなく、調合技術の基礎を勉強してもらいます」
集まった生徒は全部で12名だった。魔術科の1年生はステファノと女子生徒1名。それ以外の10名は一般科の1年生であった。
魔術科の女子生徒は「魔力操作初級」の授業でまだ魔術を発動できないと言っていた生徒だ。始業前に、名前はチャンだと、小声で自己紹介して来た。
ステファノが名乗り返すと、「知ってるわ」と頬を赤くした。
「あなた、トーマの瞑想を手伝ってあげたんでしょう?」
「いや、手伝ったって言うか、ちょっと助言をしただけで……」
「そのお陰で『火球』を出せるようになったって、トーマは大喜びしていたわよ」
トーマには裏表がない。ステファノのお陰で魔術を使えるようになったと、聞かれるたびに吹聴しているらしい。
ステファノとしては恩に着せるつもりはないので、いちいち巻き込んでくれなくても良いのだが。
「ねえ、お願い! わたしの瞑想も見てくれない? まだ術を発動できるほど安定しないの」
「ディオール先生がちゃんと指導してくれると思うけど……」
ステファノとしてはあまり目立つ真似はしたくない。最早手遅れなのだが、本人は控えめに行動しているつもりなのだ。
ディオール先生の指導方針をかき乱すようなこともしたくない。後から教えるつもりだったことを先にやってしまったら、手順が狂ってしまうかもしれない。
「でも……、先生はトーマに見込みがないっておっしゃったわ。それなのに、あなたの指導を受けたらほんの数日で魔術を使えたって」
「それはトーマに素質があったから。いや、君に素質がないというつもりじゃないよ。俺は君のことを知らないからね」
トーマには潜在的なギフトがあった。イドを「味覚」として感知するという能力が。
それをフィードバックして意識集中に反映させることができたので、この短期間で急激に進歩することができたのだ。
イドやイデアの実感がないチャンに自分のアドバイスが有効だとは、ステファノには思えなかった。
「気にしなくても良いわ。わたしには魔術師の才能はない。それはわかってるの。でも、我が家にとっては魔力が発現しただけでも一大事件だったのよ。一族で初めてのことだったから」
せちがらい話だが、魔力持ちでアカデミー卒業生というお墨つきがあれば、縁組上有利に働く。有力な家に嫁入りができるのだ。
そこで魔術が使えるかどうかは大きな違いになる。
どの家も、ギフト持ちや魔力持ちを血筋に迎えたいのだ。
「早めに覚醒すれば、早く実技の授業に取り組めるでしょう? どうしてもアカデミーを卒業したいのよ」
自分の将来と家の未来を考えて、チャンはステファノを頼って来ていた。ただのお金持ちのわがままとは違うということが、わかった。
「わかったよ。5時からの1時間なら空いている。そこで見てあげるってことで良いかい?」
「もちろんよ。ありがとう。どこに行けばいい?」
ステファノは一瞬考えた。
(大丈夫だろうとは思うが……他の人がいた方が良いだろう。トーマみたいなことがあると面倒だ)
「ごめん。時間を遅らせて良いかい? 6時に魔術訓練場の試射場に来られる?」
「わかった。6時に試射場ね。行ったことはないけど、場所は知ってるわ」
ステファノは、成り行きで2度めのチューター役を務めることになった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第255話 ちょっとみんなに見本を見せてもらいましょうか?」
「調合とは単に材料を混ぜ合わせることではありません。まず素材を加工するところから始めます」
素材には植物系の材料、動物系の材料、鉱物系の材料とが存在した。どのように調合するにしろ、初めに細かく粉砕して成分を抽出しやすくすることが多い。
「道具はいろいろです。鉱物系の素材には鉄床とハンマーを使うこともあります。薬研や乳鉢は見たことのある人もいるでしょう。石臼も材料をすり潰す時に便利です」
もちろん普通にナイフやまな板も使う。これならステファノは誰にも負けない。
何しろ相手はお貴族様にお金持ちだ。
「ええと、君は作業着……ではないけど、汚れても良い服を着ていますね? 都合のいいことに手袋まで」
……
◆お楽しみに。
「聖スノーデンはどうやって死んだ?」
「神器とは何か?」
この2つがぐるぐると頭の中を巡って、離れない。特に「神器」だ。
(神器とは何だ? まさか「魔視鏡」じゃないよね?)
魔視鏡はヨシズミの世界で作られた発明品だ。この世界より600年以上進んだ科学力が作り出したものであり、聖スノーデンの時代に「ここで」作られたとは思えない。
もし神器が魔視鏡であれば、それはヨシズミ同様の「迷い人」が異世界から持ち込んだということだろう。
聖スノーデンは迷い人だった可能性がある。
(そう考えれば並外れた能力の説明がつくんだよな。魔法を思い切り使えば、師匠なら聖スノーデン並みの強さを示せるかもしれない)
しかし、聖スノーデンが魔視鏡をこの世界に持ち込んでいたとしたら、彼に匹敵する「魔法」の使い手が出現していたはずではないか?
現実には、そのような存在は歴史のどこにも存在しない。
聖スノーデンは唯一無二の英雄であった。
神器が使用されていた時期があったとしたら、それは魔視鏡ではないということになる。
神器についてはもうひとつ面白いポイントがある。
(「法王聖下は神器を国王陛下に返還し、以後その使用は国王陛下に一任される」。つまり、聖スノーデンの死後一般人である法王様が神器を使用していたということだ。そして2代目国王様も神器を使うことができた)
聖笏同様、誰でも使える魔道具であった可能性がある。
(または異世界の科学で動く道具か……)
ステファノは見ることのできない神器に思いをはせ、ほとんど上の空で昼食を終えた。
◆◆◆
午後は「調合の基本」の講義があった。薬剤を扱う講義ということで、教室は「調剤室」と呼ばれる薬学専用の部屋だった。
「こんにちは。この講義は『調合の基本』です。間違いないですか? この授業では薬の内容ではなく、調合技術の基礎を勉強してもらいます」
集まった生徒は全部で12名だった。魔術科の1年生はステファノと女子生徒1名。それ以外の10名は一般科の1年生であった。
魔術科の女子生徒は「魔力操作初級」の授業でまだ魔術を発動できないと言っていた生徒だ。始業前に、名前はチャンだと、小声で自己紹介して来た。
ステファノが名乗り返すと、「知ってるわ」と頬を赤くした。
「あなた、トーマの瞑想を手伝ってあげたんでしょう?」
「いや、手伝ったって言うか、ちょっと助言をしただけで……」
「そのお陰で『火球』を出せるようになったって、トーマは大喜びしていたわよ」
トーマには裏表がない。ステファノのお陰で魔術を使えるようになったと、聞かれるたびに吹聴しているらしい。
ステファノとしては恩に着せるつもりはないので、いちいち巻き込んでくれなくても良いのだが。
「ねえ、お願い! わたしの瞑想も見てくれない? まだ術を発動できるほど安定しないの」
「ディオール先生がちゃんと指導してくれると思うけど……」
ステファノとしてはあまり目立つ真似はしたくない。最早手遅れなのだが、本人は控えめに行動しているつもりなのだ。
ディオール先生の指導方針をかき乱すようなこともしたくない。後から教えるつもりだったことを先にやってしまったら、手順が狂ってしまうかもしれない。
「でも……、先生はトーマに見込みがないっておっしゃったわ。それなのに、あなたの指導を受けたらほんの数日で魔術を使えたって」
「それはトーマに素質があったから。いや、君に素質がないというつもりじゃないよ。俺は君のことを知らないからね」
トーマには潜在的なギフトがあった。イドを「味覚」として感知するという能力が。
それをフィードバックして意識集中に反映させることができたので、この短期間で急激に進歩することができたのだ。
イドやイデアの実感がないチャンに自分のアドバイスが有効だとは、ステファノには思えなかった。
「気にしなくても良いわ。わたしには魔術師の才能はない。それはわかってるの。でも、我が家にとっては魔力が発現しただけでも一大事件だったのよ。一族で初めてのことだったから」
せちがらい話だが、魔力持ちでアカデミー卒業生というお墨つきがあれば、縁組上有利に働く。有力な家に嫁入りができるのだ。
そこで魔術が使えるかどうかは大きな違いになる。
どの家も、ギフト持ちや魔力持ちを血筋に迎えたいのだ。
「早めに覚醒すれば、早く実技の授業に取り組めるでしょう? どうしてもアカデミーを卒業したいのよ」
自分の将来と家の未来を考えて、チャンはステファノを頼って来ていた。ただのお金持ちのわがままとは違うということが、わかった。
「わかったよ。5時からの1時間なら空いている。そこで見てあげるってことで良いかい?」
「もちろんよ。ありがとう。どこに行けばいい?」
ステファノは一瞬考えた。
(大丈夫だろうとは思うが……他の人がいた方が良いだろう。トーマみたいなことがあると面倒だ)
「ごめん。時間を遅らせて良いかい? 6時に魔術訓練場の試射場に来られる?」
「わかった。6時に試射場ね。行ったことはないけど、場所は知ってるわ」
ステファノは、成り行きで2度めのチューター役を務めることになった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第255話 ちょっとみんなに見本を見せてもらいましょうか?」
「調合とは単に材料を混ぜ合わせることではありません。まず素材を加工するところから始めます」
素材には植物系の材料、動物系の材料、鉱物系の材料とが存在した。どのように調合するにしろ、初めに細かく粉砕して成分を抽出しやすくすることが多い。
「道具はいろいろです。鉱物系の素材には鉄床とハンマーを使うこともあります。薬研や乳鉢は見たことのある人もいるでしょう。石臼も材料をすり潰す時に便利です」
もちろん普通にナイフやまな板も使う。これならステファノは誰にも負けない。
何しろ相手はお貴族様にお金持ちだ。
「ええと、君は作業着……ではないけど、汚れても良い服を着ていますね? 都合のいいことに手袋まで」
……
◆お楽しみに。
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