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第4章 魔術学園奮闘編

第252話 なるほど。自分なりに考えてから来たんだな?

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「すみません。ハンニバルさんはいらっしゃいますか?」
「はい。何か相談かしら? ちょっと待ってくださいね」

 今回もハンニバルさんは何か作業をしているらしかった。中断させるのは申し訳ないが、前回セイナッド氏を調べる時は自分では探せない資料を教えてくれた。
 ステファノは、今回も頼れるものならお願いしたいと考えた。

「ああ、キミか。司書を指名する生徒など初めてだ。何を調べたい?」

 ハンカチで手を拭きながら現れたハンニバルは、ステファノの顔を見るなり言った。

「作業の邪魔をしてすみませんでした。実は、スノーデン王国史の課題で『モーリー氏の裏切り』について調べています」
「そういうチャレンジらしいね。で、キミは何を調べたい?」
 
 長身のハンニバルは直截な話し方をする。女性とはいえ上から見下ろされた上に、ぐいぐいと質問されると腰が引けてしまう生徒が多いようだ。

 ステファノはと言うと、強めの女性になれていた・・・・・。ドリーしかり、マリアンヌ学科長しかり。

「聖スノーデンが創設したこの国独自の制度を調べたいと思います。聖教会、魔術師協会、王立アカデミーの3つと、もしそれ以外にも何かあれば」
「ほう。面白い切り口だな。他には?」
「同じく聖スノーデンが定めた初期の貴族制度について、わかりやすい資料があれば」

 あまり表情を変えないハンニバルであったが、薄い唇の口角がほんの少し持ち上がったような気がした。

「なるほど。自分なりに考えてから来たんだな? よろしい。では、行こうか」

 ハンニバルはカウンターの一部をはね上げて、外に出てきた。

「待ちなさい。そのは……、ここに預けて行きなさい」

 歩き出そうとしたステファノを止めて、ヘルメスの杖を置いて行くようにハンニバルは言った。

「わかりました。お預けします」

 ステファノは「みずち」を杖から外して、くるくると巻き取ったものを懐に仕舞った。

「ステファノ、ちなみに今仕舞ったそれは何だね?」

 ハンニバルはステファノを名前で呼んで、聞いて来た。

「これは護身用の縄です」
「護身用? 縄術という奴か? 珍しい術を身につけているね」
「まだ修業を始めたばかりですが」

「ふふ。その恰好は一端の武芸者風情だな」
「こっちはやわら用です。これも入門したばかりで」

 ハンニバルの早足に置いて行かれないように、ステファノは後ろ足に力を籠めて歩みを進めた。

「この辺が参考になるだろう」

 連れて来られたのは「社会史」のエリアだった。

「他の連中は戦国史や軍事史、モーリー氏の家史などを調べていたな。ここに連れてきた生徒はキミが初めてだ」

 背中を向けたままそう言うと、ハンニバルはつーっと本の背表紙を撫でながら、数冊の書籍を抜き取った。

「この辺の本が良いでしょう。読み終わったら返却コーナーに……と、この国独自の制度を調べたいのだったな?」
「はい。ここ以外にもそういう資料がありますか?」

 本を渡して切り上げようとしたハンニバルが、ふと何か思いついた顔でステファノに問いかけた。

「聖スノーデンの肝いり事業がもう1つある。知っているかい?」
「いいえ。不勉強で知りません」
「あまり知られていないことだから、知らなくても不思議はない。実は、聖スノーデンは王国創建と同時に独自の法制度を立ち上げている」

 初めて聞いたことだった。超絶の魔術師にして神の声を聴くギフトの持ち主。そして魔術師協会やアカデミーを創設する政治力の持ち主であるだけでなく、法制度を作り上げるほどの実務家であったとは。

「聖スノーデンて万能じゃないですか?」
「とても1人の人間が為した業績とは思えないだろう? だが、これは事実だ」

 ハンニバルはステファノに一抱えの書籍を持たせたまま、歩き出した。

 1つ置いた隣の列に「法制史」のセクションがあった。

「うん。この本がわかりやすくて良いだろう」

 彼女が抜き取ったのは「初期スノーデン法制度概要」と書かれた書物だった。
 ポンとその本を、ステファノが持つ本の山に加えると、用は済んだとばかりにハンニバルは踵を返した。

「ハンニバルさん! ありがとうございました」

 顎で本を抑えながらステファノが礼を言うと、ハンニバルは振り返りもせず、肩越しにすいと右手を挙げて見せた。
 そのまま黙って去って行く後姿を、ステファノは見送った。

 ◆◆◆

 2時間かけて資料を読み込んだステファノが得た印象は、「聖スノーデンは苦労してバランスを取ろうとしている」という感想だった。

 聖教会と王立アカデミー、そして魔術師協会を創設したのは、「ギフト」と「魔術」という2つの超常能力を管理下に置こうという意図に思えた。

 ごくまれな例外を除いては、異能を授けられるのは聖教会だけなのだ。
 そこで授けるべき人間を選択し、異能を持った人間を管理する。

 言ってみればドッグブリーダーと訓練師、そして獣医がチームを組んだようなものだ。
 要所要所に網を張った具合だった。

 ここでいう「訓練師」に当たるのが、王立アカデミーであった。

 アカデミーは一般学科と魔術学科を持つ。魔術師だけでなく、ギフト持ちの貴族子女を集めて教育する枠組みを備えていた。

(それは偶然ではないだろう)

 貴族階級としての「ギフト持ち」と、平民階級からの「魔力持ち」を並行して育てようという意図が、聖スノーデンの制度デザインから感じられる。
 そうなると「両持ち」の存在意義が気になって来るのだが、それは神学の課題なので今は意識から追いやっておこう。ステファノはあえてそこには踏み込まぬようにした。

(ここでの「問い」は、「なぜモーリー氏は聖スノーデンを殺そうと考えたか?」だ。「ギフト持ち」と「魔力持ち」を育成することに追い詰められるほどの危機感を覚えたとは思えない)

 むしろ貴族階級の固定化は、その一員として喜ばしいことではないのか?
 それとも聖スノーデンの制度設計には、隠された意図があったというのであろうか。ステファノの疑問は深まるばかりだった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第253話 隠された罠。」

 戦国時代は武力が物を言った。階級は流動的なものであり、力さえあれば出世し領地を持つことができた。

 これに対して、王制を敷いた聖スノーデンは王による階級付与である貴族制を定め、階級差を固定的なものとした。

(モーリー氏が不満を覚えるとは思えないなあ。侯爵の地位は約束されていたわけだし)

「隠された罠」。モーリーから見てそういうものがスノーデン王制に仕込まれていたとでも思わなければ、その豹変ぶりに説明がつかなかった。

(この中に答えがあるのだろうか?)

 ステファノはハンニバルに選んでもらった「初期スノーデン法制度概要」を開いて、読み始めた。

 ……

◆お楽しみに。
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