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第4章 魔術学園奮闘編
第247話 何だと? どんぐりと言ったか?
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「火属性以外はまともに標的まで届かないので、魔術発動体を変えさせてください」
「好きにしろ」
許しを得たステファノは、杖を置いてブースに向かった。
マリアンヌは、ステファノが短杖でも持ち出すものかと見ていたが、ステファノは何やら小さな物を手のひらに載せた。
「待て。何だそれは?」
「どんぐりです」
「何だと? どんぐりと言ったか?」
マリアンヌは戸惑った声を上げた。魔術発動体云々の話とどんぐりとが、頭の中で結びつかない。
「それを……使う気か?」
「はい。ドリーさん、土魔術に許可を」
「許可する。5番、土魔術。任意に撃て」
ぴぃいー。
説法印を象った左手の上から、イドをまとったどんぐりが飛び出した。
標的の胸に当たって、大きく揺する。ぎしぎしと鎖のきしむ音がしばらく続いた。
「的中。6点」
ドリーの声が試射場に響いた。
「ふーん。そういう使い方か。どんぐりを礫にするのだな?」
「はい。土魔術で質量を増して敵にぶつけます」
「これも連続で撃てるのか?」
「火魔術と同程度には」
殺傷力はないが、連発が利くのであれば敵を制圧することはできる。
「手数が多いのは良いが……。なぜまたどんぐりなんだ?」
「元手が要らないので」
「そうか」
威力を高めるなら刃物か鉄の塊を飛ばせば良さそうなものである。その努力をしていないことに、マリアンヌは失望した。
「威力はともかく、10メートルの距離を挟んで発動具を使えるのは珍しい。これも魔術発動具に関して上級までの単位に値するだろう」
賞賛しながらもマリアンヌの関心は冷めてきているようだった。彼女にとって、殺傷力のない術は所詮ままごとであった。
「実力とやらはおおよそわかった。なぜ魔力操作の授業で手の内を隠したのだ?」
マリアンヌは属性を火と水の2種類に限定して見せた理由を尋ねた。
「俺はお貴族様でもお金持ちの生まれでもありません。悪目立ちをしたくなかったんです」
これも本当のことである。もっとも悪目立ちをしたくない理由は生まれとは関係なかったが。
2つの「真実」を告げれば、相手は勝手に解釈してくれる。
「ふ、面倒なことだな。攻撃魔術の腕も抑えて見せるつもりだったのか?」
「そうです。できれば5点程度が限界としておくつもりです」
「目立たぬためにか? つまらぬ生き方だな」
野心のない人間に、マリアンヌは関心がなかった。志の低い人間は所詮伸びない。
「分不相応な力を誇示すれば、飼い殺しになる未来しか見えません。生活魔術で周りの役に立てれば、俺にとってはそれで十分です」
「そうか。見せたいものはこれで終わりか?」
興味をなくしたマリアンヌは早くこの場を去りたいと考えていた。
「もう1つ、いえ2つばかりあります。実は変わった物を作ったのでご報告しておきたいと思って」
ステファノは拡声器を取り出して見せた。
「何だそれは? ただの箱に見えるが」
「拡声器といいます。箱に向かって何かつぶやいてみてください」
「つぶやけと言われても……。ステファノ」
「ステファノ」
「うおっ? こいつがしゃべったのか? 私の声だ」
「はい。これは受けた音を大きくして返す魔道具です」
ステファノはあえて魔術具という言葉を避け、魔道具という一般的な言葉を使った。
「これだけ単純な構造の物が、声を大きくする働きをするのか。だが、私は魔力を流しておらんぞ?」
つまらなそうに木箱を弄んでいたマリアンヌは、自分が魔力を使っていなかったことに気づき、目を見開いた。
「そこがポイントです。これは魔術師でなくても使える魔道具です」
「またか? 今度は気のせいではないのだな?」
マリアンヌは「明るくなったように見える絵」のことを根に持っているようだ。
「音は実際に出ています。これは『伝声管』という声を遠方まで届ける装置の一部として使う予定の発明品です」
「伝声管だと? 遠くまでとは例えばどのくらいのことだ?」
「10キロ程度は届かせたいと考えています」
「隣町まで声が届くだと……」
マリアンヌは真っ先に軍事上の効用を想像した。敵の進軍や戦線状況の変化を圧倒的な速さで伝達できる。
「各地の要所が王都まで繋がれたら……。軍事的な利用価値はとんでもないことになるな」
(まずそこに行くのか。何を作っても、最初に使われるのは軍需用になってしまう)
ステファノにとって残念なことであったが、戦時経済とはそういうものであった。ネルソンの抗菌剤も民需に優先して軍事機密として扱われているのだ。
「まだ原理段階なので実用化までは時間がかかるでしょう。俺たちの研究会で実用可能性を検証して次の研究報告会で発表するつもりです」
軍事機密に発展する研究内容である。発表されるまで知りませんでしたでは、魔術学科長の沽券にかかわる。詳細未公表のまま審査するなど、取り扱いを事前協議する必要もあった。
「確かに、これは聞いておいて良かった。良しというまで情報は秘匿しておけ。ドリー、君もだ」
「はい」
「了解しました」
マリアンヌから拡声器を渡されたステファノは、代わりに圧印器を取り出した。
「これが最後です。『圧印器』と呼んでいる道具です」
「何に使うものだ?」
「今のところ、こんなものが作れます」
ステファノは、完成品のコースターと製作途中の木片を並べて見せた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第248話 無属性、『遠当ての極み』です。」
「あっ、そうだ!」
「どうした? 急に大声を出して」
「さっきマリアンヌ先生を待ちながら、新しい杖の使い方を思いついたんです」
ステファノは20メートルの的を試させてほしいと、ドリーに頼んだ。
「構わんさ。ここはそのための施設だからな」
「ありがとうございます」
「で、何という技だ」
「無属性、『遠当ての極み』です」
「ほお、大きく出たな。5番、無属性『遠当ての極み』。発射を許可する。いつでも撃て」
……
◆お楽しみに。
「好きにしろ」
許しを得たステファノは、杖を置いてブースに向かった。
マリアンヌは、ステファノが短杖でも持ち出すものかと見ていたが、ステファノは何やら小さな物を手のひらに載せた。
「待て。何だそれは?」
「どんぐりです」
「何だと? どんぐりと言ったか?」
マリアンヌは戸惑った声を上げた。魔術発動体云々の話とどんぐりとが、頭の中で結びつかない。
「それを……使う気か?」
「はい。ドリーさん、土魔術に許可を」
「許可する。5番、土魔術。任意に撃て」
ぴぃいー。
説法印を象った左手の上から、イドをまとったどんぐりが飛び出した。
標的の胸に当たって、大きく揺する。ぎしぎしと鎖のきしむ音がしばらく続いた。
「的中。6点」
ドリーの声が試射場に響いた。
「ふーん。そういう使い方か。どんぐりを礫にするのだな?」
「はい。土魔術で質量を増して敵にぶつけます」
「これも連続で撃てるのか?」
「火魔術と同程度には」
殺傷力はないが、連発が利くのであれば敵を制圧することはできる。
「手数が多いのは良いが……。なぜまたどんぐりなんだ?」
「元手が要らないので」
「そうか」
威力を高めるなら刃物か鉄の塊を飛ばせば良さそうなものである。その努力をしていないことに、マリアンヌは失望した。
「威力はともかく、10メートルの距離を挟んで発動具を使えるのは珍しい。これも魔術発動具に関して上級までの単位に値するだろう」
賞賛しながらもマリアンヌの関心は冷めてきているようだった。彼女にとって、殺傷力のない術は所詮ままごとであった。
「実力とやらはおおよそわかった。なぜ魔力操作の授業で手の内を隠したのだ?」
マリアンヌは属性を火と水の2種類に限定して見せた理由を尋ねた。
「俺はお貴族様でもお金持ちの生まれでもありません。悪目立ちをしたくなかったんです」
これも本当のことである。もっとも悪目立ちをしたくない理由は生まれとは関係なかったが。
2つの「真実」を告げれば、相手は勝手に解釈してくれる。
「ふ、面倒なことだな。攻撃魔術の腕も抑えて見せるつもりだったのか?」
「そうです。できれば5点程度が限界としておくつもりです」
「目立たぬためにか? つまらぬ生き方だな」
野心のない人間に、マリアンヌは関心がなかった。志の低い人間は所詮伸びない。
「分不相応な力を誇示すれば、飼い殺しになる未来しか見えません。生活魔術で周りの役に立てれば、俺にとってはそれで十分です」
「そうか。見せたいものはこれで終わりか?」
興味をなくしたマリアンヌは早くこの場を去りたいと考えていた。
「もう1つ、いえ2つばかりあります。実は変わった物を作ったのでご報告しておきたいと思って」
ステファノは拡声器を取り出して見せた。
「何だそれは? ただの箱に見えるが」
「拡声器といいます。箱に向かって何かつぶやいてみてください」
「つぶやけと言われても……。ステファノ」
「ステファノ」
「うおっ? こいつがしゃべったのか? 私の声だ」
「はい。これは受けた音を大きくして返す魔道具です」
ステファノはあえて魔術具という言葉を避け、魔道具という一般的な言葉を使った。
「これだけ単純な構造の物が、声を大きくする働きをするのか。だが、私は魔力を流しておらんぞ?」
つまらなそうに木箱を弄んでいたマリアンヌは、自分が魔力を使っていなかったことに気づき、目を見開いた。
「そこがポイントです。これは魔術師でなくても使える魔道具です」
「またか? 今度は気のせいではないのだな?」
マリアンヌは「明るくなったように見える絵」のことを根に持っているようだ。
「音は実際に出ています。これは『伝声管』という声を遠方まで届ける装置の一部として使う予定の発明品です」
「伝声管だと? 遠くまでとは例えばどのくらいのことだ?」
「10キロ程度は届かせたいと考えています」
「隣町まで声が届くだと……」
マリアンヌは真っ先に軍事上の効用を想像した。敵の進軍や戦線状況の変化を圧倒的な速さで伝達できる。
「各地の要所が王都まで繋がれたら……。軍事的な利用価値はとんでもないことになるな」
(まずそこに行くのか。何を作っても、最初に使われるのは軍需用になってしまう)
ステファノにとって残念なことであったが、戦時経済とはそういうものであった。ネルソンの抗菌剤も民需に優先して軍事機密として扱われているのだ。
「まだ原理段階なので実用化までは時間がかかるでしょう。俺たちの研究会で実用可能性を検証して次の研究報告会で発表するつもりです」
軍事機密に発展する研究内容である。発表されるまで知りませんでしたでは、魔術学科長の沽券にかかわる。詳細未公表のまま審査するなど、取り扱いを事前協議する必要もあった。
「確かに、これは聞いておいて良かった。良しというまで情報は秘匿しておけ。ドリー、君もだ」
「はい」
「了解しました」
マリアンヌから拡声器を渡されたステファノは、代わりに圧印器を取り出した。
「これが最後です。『圧印器』と呼んでいる道具です」
「何に使うものだ?」
「今のところ、こんなものが作れます」
ステファノは、完成品のコースターと製作途中の木片を並べて見せた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第248話 無属性、『遠当ての極み』です。」
「あっ、そうだ!」
「どうした? 急に大声を出して」
「さっきマリアンヌ先生を待ちながら、新しい杖の使い方を思いついたんです」
ステファノは20メートルの的を試させてほしいと、ドリーに頼んだ。
「構わんさ。ここはそのための施設だからな」
「ありがとうございます」
「で、何という技だ」
「無属性、『遠当ての極み』です」
「ほお、大きく出たな。5番、無属性『遠当ての極み』。発射を許可する。いつでも撃て」
……
◆お楽しみに。
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