上 下
244 / 629
第4章 魔術学園奮闘編

第244話 皆さんにお願いがあります。

しおりを挟む
 それを聞かなければならなかった。
 もし、可能であれば誰もが魔術で人を攻撃できるようになる。

 戦争の在り方が変わってしまう。

「俺には……できません。ただ魔力を送り込んだだけでは道具に留らず、抜けてしまうんです。中級以上の魔術を物に籠めることは俺の力ではできないようです」

 ピクリとスールーのまつ毛が動いたが、彼女は何も言わなかった。
 トーマがやり取りに割って入った。

「さて、良いか? こいつの可能性について検討させてくれ。まず、確認だが、魔力を持たない人間でも操作できるってことで間違いないな?」
「ああ、そうだ。これは魔力がなくても使える魔術具だ」

「実際に僕が使えたからな。それだけでもとんでもないことだ」

 スールーが呆れたように言った。

「次に、下絵は変えられるんだな? もっとうまい絵でも構わない?」
どんな絵でも・・・・・・構わない」

 どんな絵でも同じ手順で圧印ができる。その応用性の広さが、スールーの想像力を刺激する。
 新たな用途が頭に浮かんでくる。

「だったら、でも構わないんだね?」
「はい。字も圧印できます。ゆくゆくは製版器に発展させるつもりです」
「だが、この溝はミリ当たり1本だろう? 字を書かせるには粗すぎるな」

 トーマは素早く圧印器の欠点を指摘した。

「俺の技術では1ミリごとに溝を引くだけで精いっぱいだった」
「うちの職人なら0.5ミリ間隔でマス目が引ける。だが、それでもまだ字を書かせるには粗いか?」
「文字の複製にはもっと工夫が必要ですね」

 ステファノ自身、このままでは文字用の製版に使うのは難しいと考えていた。

「絵ならどう? 芸術品ではなくて、ただ伝えるだけの挿絵程度なら描けるかも」

 スールーがメモを取りながら、声を上げた。

「うん。挿絵なら描けそうだな」

 トーマも同意したが、思い直した。

「だが、この構成では毎回下絵が無駄になるな。何度も下絵を複製するのは面倒だ」
「なら、下絵を押し型の背中に貼れば?」

 サントスが代案を出す。

「そうなると両面にピンが必要になるな、バイスでは挟めなくなるが……絵を描くためには必要ないか?」
「うん。版画の要領で炭か絵の具を塗って、上から紙を抑えれば写し取るには十分なはず」

 トーマとサントスの間で議論が進められていく。

「下絵を押し型の背中に貼るという発想はありませんでした。ピンを切り出す手間が大変ですが、それは1度だけの作業ですみます。下絵を繰り返し使えるというメリットは大きいですね」
「そうだな。それにその構成なら下絵の紙に光魔術を籠めなくても後ろから光を当てれば良いんだろう? ランプでも鉄板に籠めた光魔術でも、繰り返し使えるもので対応できそうだ」

 ステファノの言葉にトーマが反応する。
 1つのアイデアが4人の間で研ぎ澄まされ、枝分かれして行った。

「どうする? 両面0.5ミリマスの鉄板を試作させるか?」

 トーマが他の3人に打診した。

「いや、いまはステファノが作ったひな形で十分だ。これだけで原理は検討できる。試作品を増やすより、他の発明品を掘り下げた方が良い」
「確かにそう。手を広げすぎると、体が持たない」
「俺もそう思います」

 3人の意見が一致して、「版画器・・・」の試作は先延ばしとなった。

「ところで1つ良いですか?」

 議論が落ちついたところでステファノが言い出した。

「皆さんにお願いがあります。この圧印器についてなんですが、表向きは『魔術発動具』だということにしておきたいんです」
「うん? 魔術師以外が使えるのにか? なぜそんなことを?」

 スールーには、ステファノがなぜ発明品の価値を下げるようなことをするのか理解できなかった。

「みなさんが言うように、魔力を必要としない魔道具を作れるとなればアーティファクト並みの希少価値として扱われる可能性があります。そうすると、俺自身が研究の対象にされかねません」
「実験動物扱いか……」

 スールーはステファノが言わんとすることを理解した。

「そうなると、俺が中級魔法以上を籠められないと言ったところで信じてくれるかどうか」
「軍部は攻撃魔法の魔術具を欲しがるだろうな」

 サントスもステファノの身の上に降りかかることを想像して、体を震わせた。

「一生表を歩けなくなるかも」

「だが、いつまでも隠し通すことはできないんじゃないか?」

 トーマがずけずけと指摘した。

「拡声器にしろ圧印器にしろ、今までどこにもなかったものを世に出すわけだ。これを作ったのは誰だと聞かれれば、関心はお前に集まるだろう」
「そうだろうね。だから、これは時間稼ぎだ」

 想定の範囲だという顔をして、ステファノはトーマの懸念に答えた。

「何をするまでの時間稼ぎだ?」

 スールーはステファノの真意を訪ねた。

再生ルネッサンスまでのです」
「ルネッサンスだと?」

 皆の目がステファノの顔に集まった。
 代表してスールーが、その質問を口にする。

「それは何だ?」
「ルネッサンスとは、科学と芸術の夜明けです。古いくびきからの魂の解放です」

 ステファノはヨシズミの弟子であることの誇りを胸に、その答えを告げた。

 ◆◆◆

 存在の根幹を揺さぶられて、殴られたように呆然としたスールーたちと別れ、ステファノは隣の魔術試射場に移動した。
 まだ6時まで間があるが、マリアンヌ学科長が来る前にドリーと話をしておきたかった。

 ドリーは既に片づけを終えて、係員のデスクに向かっていた。おそらく今日の出来事を日誌に書いているのであろう。

「こんにちは。ちょっと早めに来ました」
「ああ、来るだろうと思っていた」

 日誌を閉じて、ドリーはステファノに椅子をすすめた。

「マリアンヌ女史の所へ行ったのだな? 女史から6時に来ると連絡があった」
「はい。『内輪向けの実力』をお見せして、『公式向けの実力』に納得してもらうつもりです」
「ふん。面倒な話だ。話を合わせろということなら、了解だ。余計なことは言わん」

 ドリーはマリアンヌの部下ではない。学科長に尻尾を振ったところで得にはならない。
 得があろうと、容易く人に尻尾を振る気はなかったが。

「勝手にドリーさんを巻き込んですみません」
「それを言いに来たのか」
「はい。ここしか適当な場所を思いつかなかったもので」
「そうだろうな。私は構わない。ここは試射場だからな」

 勝手に試射してくれたらよい。言外にドリーはそう言っていた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第245話 この石ころはいささか大粒だぞ、学科長殿。」

 自分が意見を求められることもないだろう。試射場のただの番人・・・・・。マリアンヌにとっての自分は精々そんな存在にすぎないと、ドリーは推測していた。
 そのことに対して、特に不満はない。その代わり、こちらから歩み寄ってご機嫌を取る必要も感じていない。

 高い所の景色が好きな人間は、上を見て歩けば良い。

(足元の石ころに蹴躓けつまずかなければ良いがな……)

 マリアンヌが来るまでの間、「内輪向けの魔術」をおさらいしようとするステファノの横顔を見ながら、ドリーは皮肉な笑みを浮かべた。

「ふふん。この石ころはいささか大粒だぞ、学科長殿」
「ドリーさん、何か言いましたか?」

「……いや。5番、火魔術。準備が良ければ撃て」
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

処理中です...