上 下
241 / 624
第4章 魔術学園奮闘編

第241話 自慢じゃないが、俺に図面は引けん!

しおりを挟む
「それならこんな構造じゃだめだろう? むしろこっちに開口部をつけたらどうだ?」
「そうすると、外形が大きくなるだろう?」
「構わないじゃないか。持ち運ぶわけじゃないんだろ?」

「何だこの形状は? こんなものどうやって加工するんだよ?」
「だが、この動きをさせるためには……」
「それがおかしいってんだよ。こんな動き方させなくても空気は送れるって!」

 唾を飛ばし合いながら議論した結果、圧縮機の図面は全面的に書き換えることになった。
 サントスが。

「そんなに言うならお前が自分で描け」
「自慢じゃないが、俺に図面は引けん!」

 トーマの異能は「見ればわかる」という眼力であった。自分ではできないが、人にやらせることはできるのだ。
 スールーの才覚と良い勝負かもしれなかった。

 どっちにしてもやらされるサントスこそは、良い面の皮だった。

「サントス」
「何だ!」

 いらだったサントスはスールーの呼びかけについ怒鳴り声を返してしまった。

「良いお仲間ができて良かったな」
「……」
「わははははは」

 スールーに笑い飛ばされて、サントスも頭に血を上らせているのが馬鹿々々しくなった。
 考える頭が2つになったのだから、むしろ仕事は楽になったはずだ。

「図面が引けなくてもいい。次からはトーマに考えさせる」

 トーマに仕事を振って楽をすることを考えれば良いのだ。

「図面が上がったら回してくれ。チェックして問題なければうちの工房に回す」
「……後で部屋に持って行く」

「いいぞ。話が早いじゃないか?」

 スールーは上機嫌であった。技術屋がサントス1人という状況とは大違いであった。

「最後に感光紙。実家から新しい染料が届いた」

 送られて来たのは「ヤエヤマブキ」の花弁から抽出した染料だった。

「直射日光に当てると10分以内に退色するらしい」

 昨日届いたばかりなので、まだテストはできていない。

「10分! それはすごい進歩だ」
「その分、染料と感光紙の保管が難しい」

 少しでも光に当たれば劣化してしまう。感光後の感光紙にしても同じことだ。
 変化を止める定着剤がない以上、適当にさらして置いたら白くなってしまう。

「うーん。今のところ使い捨ての連絡文などにしか利用できないな。文献として保存するようなものには向いてない」

 スールーが腕組みをした。

「変化を止める薬は、まだ見つからないんですね?」
「そっちは難しいそうだ」

 ステファノはサントスに定着液の探索状況を尋ねたが、思わしい結果が出ていなかった。

「魔術を使うとしたら……光を反射する性質を持たせれば良いのかな」
「それじゃ全面が鏡になっちまうだろ? 絵が見えなくなるぞ」
「あっ、そうか!」

 ステファノは魔術の応用を考えたが、トーマに否定された。

灰汁あくに漬けると良いらしい。でも、気休め程度」

 サントスの実家は染色業だ。草木染の染め色は日光に当たると色あせて行く。
 それを止めるために、木々を燃やした灰を使った灰汁に漬ける手法が存在した。

 木材の中に含まれる微量のアルミニウムや銅の成分が、染料に作用して化学変化を起こすのだった。

「日光に強ければいいのか……。ワニスを塗ってみるか?」

 主に木製品の表面保護と艶出しのために使われるワニスは現在では工業製品である。しかし、古い時代にはテレビン油や亜麻仁《あまに》油に樹脂を溶かしたものが使用されていた。
 テレビン油は松やにから、亜麻仁油は亜麻の種から抽出される成分である。

「ワニスって家具に塗るやつか?」

 物作りに明るくないスールーが尋ねた。

「ああ。油絵の保護のために上塗りしたり、船のマストに塗ったりもする」

 トーマの答えは明確だった。

「だったら透明なんですね。日光に強いんですか?」
「船に使うもんだぞ? マストや船体がひび割れちまうのを防ぐために塗るもんだ」

 ワニスには高い防水性と耐光性がある。

「なるほど。使えそうだな。よし、早速注文しよう」

 スールーがメモに書きつけた。

「俺の方はそれだけ」
「結構だ。いろいろ進歩があったじゃないか? 手配した物が揃ったら、実験ができそうだ」

 スールーは満足そうに頷いた。

「じゃあ、俺の方の進捗を報告します」
「魔道具か?」

 ステファノは背嚢から小箱を取り出した。

「何だ、その箱は?」

 トーマが不審声を上げた。

「あの、試作品なので見栄えの悪さは勘弁してください」

 ステファノは小箱をサントスに手渡した。

「糸のある面を自分に向けて、小声で何か言ってみてください」
「何か?」

「何か?」

「うわっ!」

 大声で言い返す小箱の声に仰天し、サントスは思わず小箱を放り出してしまった。

「ほう? 拡声器ができたのか?」
「何だ、何だ? 何だ、それは? どうなってる? 拡声器だと?」

 ステファノが何を作ろうとしていたか知っているスールーは平然としているが、初めて拡声器を眼にしたトーマは好奇心をむき出しにして身を乗り出した。

「これは拡声器と言って、魔力を必要としない魔道具だ」

 ステファノはトーマに説明した。

「魔道具だと? お前が作ったのか? 魔力を必要としないって、魔術師でなくても使えるのか? ああ、サントスさんが使っていたか。そんなもの……」

 理解が追いついたトーマは絶句した。

「アーティファクトじゃないか」

 床に落ちた木箱を拾いながら、ステファノは首を振った。

「違うよ。これは『魔術具』だ」

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第242話 サン・ミカエルが描いた画を見たことありますか?」

 トーマは笑い出した。ステファノのやったことを理解した上で、その桁外れな発想と現実化させた実行力に手放しで驚嘆したのだ。

「トーマ、お前は理解できたんだな。この拡声器の仕組みを」
「何だと? 理解できたかだと? ああ、失礼。サン・ミカエルが描いた画を見たことありますか?」

 スールーの問いに一瞬気色ばんだトーマは、気を取り直して口調を変えた。反対にスールーに問い返す。

「大聖堂のフラスコ画は見たことがある」
「あれは筆で絵の具を塗りつけるだけで描けますよ」
「ふざけるな! かの天才だからこそあの画が描けるのだ! ……そういうことか」
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...