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第4章 魔術学園奮闘編
第240話 これでお前も情革研メンバーだ。
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「それは結構だが、ステファノ個人には得がないな。情革研はグループだ。それにお前が貢献した分は、評価委員会がお前の功績として査定するしな」
「結局得するのは本人」
メンバーとして3人それぞれも得る部分はあるのだが、サントスの言葉は誇張ではない。一番得をするのはトーマ本人に違いない。
「それ以外でもステファノの便宜を図ってやれる。実家は魔術発動具を作れるしな」
そう言ってトーマは右手中指にはめた指輪を示した。オニキスらしい石を入れた幅広の指輪であった。
「はっ。お前の手柄とは言えないが、ないよりはましか? まあいい。誠意があることはわかったよ」
トーマの実家キムラーヤ商会では武器防具の他に、魔術発動具の製造販売を行っていた。トーマ自身の力ではなかったが、商会の工房が持つ製作能力は大きな魅力である。
「別に見返りは要らないけど、いずれトーマの家の工房に物作りを頼めると助かる」
ステファノはそう言って、話に決着をつけた。
「では、サントス、ステファノ。トーマの加入に異論はないな?」
「ない」
「異論ありません」
「良いだろう。僕も異論ない。良かったな、トーマ。これでお前も情革研メンバーだ」
スールーはトーマに右手を差し出した。おずおずとそれを握ったトーマは、続いてサントス、ステファノとも握手を交わした。
「良し。新メンバー加入式は以上だ。続けて、状況を確認するぞ。まずはサントス!」
「スールーの報告がないのはわかってる。俺の分から行く」
土曜日から2日しか経っていないが、その間に進めて来たことについてサントスは報告を始めた。
「伝声管。進捗なし。スールーの土管待ち」
「ああ、そっちはもうすぐ届くそうだ。10本頼んでおいた」
鉄管と違い、土管は市販品を買って来るだけですむ。その分入手の手間も、コストも小さかった。
「拡声器と組み合わせてテストするためには100本以上必要になるでしょう。いずれ保管場所が要りますね」
「拡声器とは何だ?」
サントスが話す間に伝声管とはこういうものだと横でステファノがトーマに教えたが、拡声器については今初めて聞いた。鉄管や土管は聞かなくともわかるが、拡声器とは何かが気になった。
「まあ待て、トーマ。話には順がある。それより保管場所か。確かに考えなければいかんな」
できれば学園内に保管したい。すぐに持ち出せる場所に置いておきたいからだ。
「僕の方で教務課と話をつけよう。空き倉庫の1つや2つ、探せばどこかにあるだろう」
言いながらスールーは素早くメモを取った。
「次は気送管。これも鉄管と土管待ち」
「鉄管の方は追加製作中だ。10日かかると言われた」
「待て。鉄管とはどういう仕様だ?」
物の製作と聞いてトーマが口を挟んだ。
「外径5センチ、内径4センチ、長さ1メートル」
「ふーん。それなら鋳物か? 肉厚だな」
「試作だから、それくらい厚みを取らないと湯が回らないと言われた」
湯とは溶かした鉄のことである。流し込む隙間があまり狭いと途中で固まってしまい、製品に「巣」ができてしまう。空洞ができる不良である。
「ふん、腕が悪いな。うちなら厚3ミリで作れる。どうする?」
サントスは唇をかんで考えた。
「手配分はそのままにする。キムラーヤで3ミリ厚品を試作できるか?」
「やれるさ。何本作る?」
「性能差を検証したい。まず2~3本。木型は残してくれ」
「わかった。手配する。現物か、図面を後で見せてくれ」
技術屋同士の会話があっという間に交わされた。サントスの口下手はどこかに行ってしまったようだ。
「スールー、注文していいか?」
「良いとも。手続き上、うちの店からキムラーヤへの発注という形にする」
「こっちもそれでいい」
ステファノは圧倒されていた。3人の間でポンポンと話が決まって行く。まるでプロの商売人同士のようであった。
「そう言えば、研究会の費用ってどうやって捻出するんですか?」
「ああ、僕の実家から予算をもらってある。気にしなくて良いぞ」
スールーは何でもないことのように片づけた。
「言ってみれば僕に対する投資だよ。商売のタネを持って帰れば、何百倍、何千倍の儲けを生む。そのくらいの期待はされているんでね」
(この人はすぐにでも商会を回せるんじゃないか? アカデミーで勉強する必要がないんじゃ?)
「金のことは気にしなくて良いよ? 僕もこの会から見返りを得ているからね。具体的には人脈と経験さ」
アカデミーに来なければこのメンバーで研究開発などできない。既存の技術者からはこれほど自由な発想は出て来なかったであろう。ステファノの異能については言うまでもない。
「金持ちと貧乏人が2対2になって丁度良い」
サントスが皮肉に笑った。だが、サントスの実家とて染め物商会だ。
純粋な貧乏人は、この場でステファノ1人であった。
(ていうか、アカデミー全体を見渡しても俺が一番貧乏なんじゃない? 当たり前だな)
本来貧乏人が来られるような場所ではないのだ。お貴族様が学ぶ場所なのだから。
ステファノは王族と侯爵家という後ろ盾が持つ意味、その大きさを改めて実感していた。
「それから気送管に使う圧縮機。これは原理試作図を描いた」
「それはどういう物だ。教えてくれ」
そこからは図面を広げたサントスとトーマの熱気を帯びた会話になった。
(これは真剣勝負だな。トーマが別人のようだ)
事物作りに関しては、トーマに浮ついた部分は一切なかった。図面を指さしてあいまいな部分を問いただす様子には、プロのみが持つ迫力がある。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第241話 自慢じゃないが、俺に図面は引けん!」
「何だこの形状は? こんなものどうやって加工するんだよ?」
「だが、この動きをさせるためには……」
「それがおかしいってんだよ。こんな動き方させなくても空気は送れるって!」
唾を飛ばし合いながら議論した結果、圧縮機の図面は全面的に書き換えることになった。
サントスが。
「そんなに言うならお前が自分で描け」
「自慢じゃないが、俺に図面は引けん!」
トーマの異能は「見ればわかる」という眼力であった。自分ではできないが、人にやらせることはできるのだ。
スールーの才覚と良い勝負かもしれなかった。
……
◆お楽しみに。
「結局得するのは本人」
メンバーとして3人それぞれも得る部分はあるのだが、サントスの言葉は誇張ではない。一番得をするのはトーマ本人に違いない。
「それ以外でもステファノの便宜を図ってやれる。実家は魔術発動具を作れるしな」
そう言ってトーマは右手中指にはめた指輪を示した。オニキスらしい石を入れた幅広の指輪であった。
「はっ。お前の手柄とは言えないが、ないよりはましか? まあいい。誠意があることはわかったよ」
トーマの実家キムラーヤ商会では武器防具の他に、魔術発動具の製造販売を行っていた。トーマ自身の力ではなかったが、商会の工房が持つ製作能力は大きな魅力である。
「別に見返りは要らないけど、いずれトーマの家の工房に物作りを頼めると助かる」
ステファノはそう言って、話に決着をつけた。
「では、サントス、ステファノ。トーマの加入に異論はないな?」
「ない」
「異論ありません」
「良いだろう。僕も異論ない。良かったな、トーマ。これでお前も情革研メンバーだ」
スールーはトーマに右手を差し出した。おずおずとそれを握ったトーマは、続いてサントス、ステファノとも握手を交わした。
「良し。新メンバー加入式は以上だ。続けて、状況を確認するぞ。まずはサントス!」
「スールーの報告がないのはわかってる。俺の分から行く」
土曜日から2日しか経っていないが、その間に進めて来たことについてサントスは報告を始めた。
「伝声管。進捗なし。スールーの土管待ち」
「ああ、そっちはもうすぐ届くそうだ。10本頼んでおいた」
鉄管と違い、土管は市販品を買って来るだけですむ。その分入手の手間も、コストも小さかった。
「拡声器と組み合わせてテストするためには100本以上必要になるでしょう。いずれ保管場所が要りますね」
「拡声器とは何だ?」
サントスが話す間に伝声管とはこういうものだと横でステファノがトーマに教えたが、拡声器については今初めて聞いた。鉄管や土管は聞かなくともわかるが、拡声器とは何かが気になった。
「まあ待て、トーマ。話には順がある。それより保管場所か。確かに考えなければいかんな」
できれば学園内に保管したい。すぐに持ち出せる場所に置いておきたいからだ。
「僕の方で教務課と話をつけよう。空き倉庫の1つや2つ、探せばどこかにあるだろう」
言いながらスールーは素早くメモを取った。
「次は気送管。これも鉄管と土管待ち」
「鉄管の方は追加製作中だ。10日かかると言われた」
「待て。鉄管とはどういう仕様だ?」
物の製作と聞いてトーマが口を挟んだ。
「外径5センチ、内径4センチ、長さ1メートル」
「ふーん。それなら鋳物か? 肉厚だな」
「試作だから、それくらい厚みを取らないと湯が回らないと言われた」
湯とは溶かした鉄のことである。流し込む隙間があまり狭いと途中で固まってしまい、製品に「巣」ができてしまう。空洞ができる不良である。
「ふん、腕が悪いな。うちなら厚3ミリで作れる。どうする?」
サントスは唇をかんで考えた。
「手配分はそのままにする。キムラーヤで3ミリ厚品を試作できるか?」
「やれるさ。何本作る?」
「性能差を検証したい。まず2~3本。木型は残してくれ」
「わかった。手配する。現物か、図面を後で見せてくれ」
技術屋同士の会話があっという間に交わされた。サントスの口下手はどこかに行ってしまったようだ。
「スールー、注文していいか?」
「良いとも。手続き上、うちの店からキムラーヤへの発注という形にする」
「こっちもそれでいい」
ステファノは圧倒されていた。3人の間でポンポンと話が決まって行く。まるでプロの商売人同士のようであった。
「そう言えば、研究会の費用ってどうやって捻出するんですか?」
「ああ、僕の実家から予算をもらってある。気にしなくて良いぞ」
スールーは何でもないことのように片づけた。
「言ってみれば僕に対する投資だよ。商売のタネを持って帰れば、何百倍、何千倍の儲けを生む。そのくらいの期待はされているんでね」
(この人はすぐにでも商会を回せるんじゃないか? アカデミーで勉強する必要がないんじゃ?)
「金のことは気にしなくて良いよ? 僕もこの会から見返りを得ているからね。具体的には人脈と経験さ」
アカデミーに来なければこのメンバーで研究開発などできない。既存の技術者からはこれほど自由な発想は出て来なかったであろう。ステファノの異能については言うまでもない。
「金持ちと貧乏人が2対2になって丁度良い」
サントスが皮肉に笑った。だが、サントスの実家とて染め物商会だ。
純粋な貧乏人は、この場でステファノ1人であった。
(ていうか、アカデミー全体を見渡しても俺が一番貧乏なんじゃない? 当たり前だな)
本来貧乏人が来られるような場所ではないのだ。お貴族様が学ぶ場所なのだから。
ステファノは王族と侯爵家という後ろ盾が持つ意味、その大きさを改めて実感していた。
「それから気送管に使う圧縮機。これは原理試作図を描いた」
「それはどういう物だ。教えてくれ」
そこからは図面を広げたサントスとトーマの熱気を帯びた会話になった。
(これは真剣勝負だな。トーマが別人のようだ)
事物作りに関しては、トーマに浮ついた部分は一切なかった。図面を指さしてあいまいな部分を問いただす様子には、プロのみが持つ迫力がある。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第241話 自慢じゃないが、俺に図面は引けん!」
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「だが、この動きをさせるためには……」
「それがおかしいってんだよ。こんな動き方させなくても空気は送れるって!」
唾を飛ばし合いながら議論した結果、圧縮機の図面は全面的に書き換えることになった。
サントスが。
「そんなに言うならお前が自分で描け」
「自慢じゃないが、俺に図面は引けん!」
トーマの異能は「見ればわかる」という眼力であった。自分ではできないが、人にやらせることはできるのだ。
スールーの才覚と良い勝負かもしれなかった。
……
◆お楽しみに。
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