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第4章 魔術学園奮闘編
第233話 魔術学入門、始まる。
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月曜の朝、ステファノは気持ち良く目覚めた。
前日には2つのチャレンジ・テーマへの対応を終わらせた。
合格点を得られるかどうかはわからない。それでも自分の中で納得できる内容の答えを出せた。
そのことにステファノは満足していた。
(学校って面白いかもしれない)
この1週間、結局ステファノは休める日がなかった。しかし、それをつらいと感じる気持ちはない。
「飯屋」の下働き、かつての生活から考えれば「毎日が休み」のようなものであった。
(こんな生活をしているなんて、親父に言っても信じてもらえないだろうな)
「働きもしねえで、どうやって飯を食うんだ?」
バンスならそう言って、鼻を鳴らしたことであろう。
だが、ここでもステファノは数少ない例外であった。恵まれた暮らしをして来た貴族の子弟や富豪の子女たちは、日曜日に宿題をやらされでもしようものなら「休みがない」と言って不平をこぼす。
彼らが「怠けもの」というわけではない。手にマメをこしらえるような暮らしをしたことがないのだ。そんな人間に仕事の大変さを説いたところで理解できるわけがない。
人は自分の経験を元に世界を理解しようとする生き物なのだ。
ステファノは今朝も無人の運動場で、ただ1人套路を練る。誰に見せるためでも、誰かに命じられたからでもない。
これが自分にとって「良いもの」だと信じるからだ。
太極はステファノと共にある。守る時は打ち消し、攻めるときは発する。
陽気と陰気は自ら意思を持つごとく、ステファノの手足と共に動いた。
陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ず。終わりなき永劫の連環はステファノを中心に、巡り、巡る。
今ならヨシズミが投げる魔力を帯びた礫を、そのまま受け止めることも、投げ返すことも自在にできるであろう。
太極の間に宇宙あり。万物は収まるべきところに収まる。
(そうか)
套路を収めてステファノは卒然と悟った。
(套路の原型は48手。それを簡略化した24手をマルチェルさんは俺に教えてくれた)
48手の中に、「い」の型から「す」の型までの組み合わせが収まる。右手と左手の入れ替わりを無視すれば、24手に収まるのだ。
套路とは「太極開合」の中に収まる48の型を教えてくれる道筋であった。
(「い」)
(「ろ」)
ステファノは48手を意識して套路をなぞる。陽気と陰気が体をめぐって、イデアを誘い引き出す。
(ああ、そうか。ここで「火球」が走るのか。これは「ヘルメスの杖」)
(「ん」)
ステファノは息を吐き切り、套路を収めた。
(これだ! これを究めれば、虹の王は俺と一体になる)
実感としてそれを理解した。
意識を、念を籠めてイデアを練ればやがてイデアはイドと1つになる。
その時虹の王が目覚めるであろう。
その日、つい套路を夢中になって繰り返した結果、ステファノは朝食を食べそびれて授業に出る羽目になった。
◆◆◆
ダイアンという「魔術学入門」の講師は気が弱そうな女性だった。
当然のことながら教室に集まった生徒は魔術科の新入生だけであった。その数は9名。
出席簿に名前を記入させながら、ダイアンはきょろきょろと視線を動かして話し始めた。
「この講座は魔術学入門です。はい。お間違いのないように。一般学科の生徒でも受講は可能ですが、内容の一部に魔力の知覚を前提とする部分がありますので、修了は難しいです。今回は魔術学科の生徒だけですね。でしたら、結構です」
(うん? 座学だけではないのか。それならば内容も実践的なものかもしれない)
魔術の系統を分類するだけのようなうわべの学問には、ステファノの興味はなかった。魔術への理解を高め、新しい術の発見に役立つような実戦的な知識をこそ、学びたいと考えていたのだ。
「魔術を学問として探求するやり方はいくつかあります。1つは分類学的なアプローチですね。属性や発動方法など特徴や共通項で魔術を分類し、その裏側にあるものを突き止めようとするやり方です。
「もう1つは発生学的なアプローチですね。魔術がいつ、どこで、どのように生まれたかをさかのぼり、その本質にたどりつこうとするやり方です。
「最後に実験的アプローチです。様々な条件や制約の下で魔術を行使し、魔力を阻害したり補助したりする外的要因を突き止め、そこから魔力と魔術というもののメカニズムを推測するやり方です」
なるほど、そのように整理してもらうとステファノにも自分が欲している学問の内容が明らかになって来た。
(圧倒的に、最後の実験的アプローチだな。次が発生学的アプローチで、分類学的アプローチという奴は……興味がないかな?)
「最近の学会では異なるアプローチを組み合わせて理論を展開する手法が流行しています。幅広い方法論を知ることは、研究の質を高めるために大変重要です」
(魔術の行使と同じことか。手駒は多いに越したことはない。複合理論とは、いわば複合魔術と同じことだろう)
「この授業では、主に3番目の実験的アプローチを採用します。授業ごとに制御条件を変えて魔術の挙動に着目して行きたいと考えています」
仮にドイルがこの科目を担当したとすれば、同じ方法を取ったであろう。ドイル本人は魔力操作を行うことができないにしても。
「この教室では初級魔法に限り、実験に使用します。それ以上の魔力を必要とする場合には試射場など、安全確保の対策を講じてある場所で実施することになります」
(誤射や暴走には注意が必要だな。トーマみたいなことが中級魔術師に起こったら、大変なことになりかねない)
「今日は手始めに『種火の術』を取り上げてみましょう。術を使える人、手を上げて下さい」
ステファノを入れて、4名の手が上がった。今回はトーマも誇らしげに手を上げている。
魔力操作入門編でトーマと共に魔術を発動できないと言っていた女生徒は、やはり手を上げていない。
彼女はトーマが手を上げたの見てショックを受けたと見え、肩を狭めて俯いてしまった。
「結構です。手を降ろしてください。それではその端に座っている、あなた。前に出て下さい」
ステファノが指名を受けて、クラスの前に立つことになった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第234話 火魔術で起こす火には特徴があります。」
ステファノは覚悟を決めて教壇の前に立った。魔力の量さえ初級レベルに抑えて置けば、大きな失敗はないはずだ。そう心に言い聞かせていた。
「やってもらうのは種火の術です。大丈夫ですね? 術を暴走させた場合は私と助手の彼女で強制的に無効化します。そうならないように注意してください」
ステファノがトーマに対して行ったようなことであろう。より強い魔力で術者が構成する魔力を吹き飛ばすのだ。そうすると、体内を他人の魔力が蹂躙することになり、気の流れが悪くなって体調不良をひき起こすらしい。
危険回避のためやむを得なかったとはいえ、トーマには可哀そうなことをしたとステファノは後悔していた。
自分が落ちついていればトーマの魔力を吹き飛ばすのではなく、静かに拡散させることもできたはずだと思い至ったのだ。
結局「不測の事態」に対する想像力と備えが足りていなかった。
……
◆お楽しみに。
前日には2つのチャレンジ・テーマへの対応を終わらせた。
合格点を得られるかどうかはわからない。それでも自分の中で納得できる内容の答えを出せた。
そのことにステファノは満足していた。
(学校って面白いかもしれない)
この1週間、結局ステファノは休める日がなかった。しかし、それをつらいと感じる気持ちはない。
「飯屋」の下働き、かつての生活から考えれば「毎日が休み」のようなものであった。
(こんな生活をしているなんて、親父に言っても信じてもらえないだろうな)
「働きもしねえで、どうやって飯を食うんだ?」
バンスならそう言って、鼻を鳴らしたことであろう。
だが、ここでもステファノは数少ない例外であった。恵まれた暮らしをして来た貴族の子弟や富豪の子女たちは、日曜日に宿題をやらされでもしようものなら「休みがない」と言って不平をこぼす。
彼らが「怠けもの」というわけではない。手にマメをこしらえるような暮らしをしたことがないのだ。そんな人間に仕事の大変さを説いたところで理解できるわけがない。
人は自分の経験を元に世界を理解しようとする生き物なのだ。
ステファノは今朝も無人の運動場で、ただ1人套路を練る。誰に見せるためでも、誰かに命じられたからでもない。
これが自分にとって「良いもの」だと信じるからだ。
太極はステファノと共にある。守る時は打ち消し、攻めるときは発する。
陽気と陰気は自ら意思を持つごとく、ステファノの手足と共に動いた。
陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ず。終わりなき永劫の連環はステファノを中心に、巡り、巡る。
今ならヨシズミが投げる魔力を帯びた礫を、そのまま受け止めることも、投げ返すことも自在にできるであろう。
太極の間に宇宙あり。万物は収まるべきところに収まる。
(そうか)
套路を収めてステファノは卒然と悟った。
(套路の原型は48手。それを簡略化した24手をマルチェルさんは俺に教えてくれた)
48手の中に、「い」の型から「す」の型までの組み合わせが収まる。右手と左手の入れ替わりを無視すれば、24手に収まるのだ。
套路とは「太極開合」の中に収まる48の型を教えてくれる道筋であった。
(「い」)
(「ろ」)
ステファノは48手を意識して套路をなぞる。陽気と陰気が体をめぐって、イデアを誘い引き出す。
(ああ、そうか。ここで「火球」が走るのか。これは「ヘルメスの杖」)
(「ん」)
ステファノは息を吐き切り、套路を収めた。
(これだ! これを究めれば、虹の王は俺と一体になる)
実感としてそれを理解した。
意識を、念を籠めてイデアを練ればやがてイデアはイドと1つになる。
その時虹の王が目覚めるであろう。
その日、つい套路を夢中になって繰り返した結果、ステファノは朝食を食べそびれて授業に出る羽目になった。
◆◆◆
ダイアンという「魔術学入門」の講師は気が弱そうな女性だった。
当然のことながら教室に集まった生徒は魔術科の新入生だけであった。その数は9名。
出席簿に名前を記入させながら、ダイアンはきょろきょろと視線を動かして話し始めた。
「この講座は魔術学入門です。はい。お間違いのないように。一般学科の生徒でも受講は可能ですが、内容の一部に魔力の知覚を前提とする部分がありますので、修了は難しいです。今回は魔術学科の生徒だけですね。でしたら、結構です」
(うん? 座学だけではないのか。それならば内容も実践的なものかもしれない)
魔術の系統を分類するだけのようなうわべの学問には、ステファノの興味はなかった。魔術への理解を高め、新しい術の発見に役立つような実戦的な知識をこそ、学びたいと考えていたのだ。
「魔術を学問として探求するやり方はいくつかあります。1つは分類学的なアプローチですね。属性や発動方法など特徴や共通項で魔術を分類し、その裏側にあるものを突き止めようとするやり方です。
「もう1つは発生学的なアプローチですね。魔術がいつ、どこで、どのように生まれたかをさかのぼり、その本質にたどりつこうとするやり方です。
「最後に実験的アプローチです。様々な条件や制約の下で魔術を行使し、魔力を阻害したり補助したりする外的要因を突き止め、そこから魔力と魔術というもののメカニズムを推測するやり方です」
なるほど、そのように整理してもらうとステファノにも自分が欲している学問の内容が明らかになって来た。
(圧倒的に、最後の実験的アプローチだな。次が発生学的アプローチで、分類学的アプローチという奴は……興味がないかな?)
「最近の学会では異なるアプローチを組み合わせて理論を展開する手法が流行しています。幅広い方法論を知ることは、研究の質を高めるために大変重要です」
(魔術の行使と同じことか。手駒は多いに越したことはない。複合理論とは、いわば複合魔術と同じことだろう)
「この授業では、主に3番目の実験的アプローチを採用します。授業ごとに制御条件を変えて魔術の挙動に着目して行きたいと考えています」
仮にドイルがこの科目を担当したとすれば、同じ方法を取ったであろう。ドイル本人は魔力操作を行うことができないにしても。
「この教室では初級魔法に限り、実験に使用します。それ以上の魔力を必要とする場合には試射場など、安全確保の対策を講じてある場所で実施することになります」
(誤射や暴走には注意が必要だな。トーマみたいなことが中級魔術師に起こったら、大変なことになりかねない)
「今日は手始めに『種火の術』を取り上げてみましょう。術を使える人、手を上げて下さい」
ステファノを入れて、4名の手が上がった。今回はトーマも誇らしげに手を上げている。
魔力操作入門編でトーマと共に魔術を発動できないと言っていた女生徒は、やはり手を上げていない。
彼女はトーマが手を上げたの見てショックを受けたと見え、肩を狭めて俯いてしまった。
「結構です。手を降ろしてください。それではその端に座っている、あなた。前に出て下さい」
ステファノが指名を受けて、クラスの前に立つことになった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第234話 火魔術で起こす火には特徴があります。」
ステファノは覚悟を決めて教壇の前に立った。魔力の量さえ初級レベルに抑えて置けば、大きな失敗はないはずだ。そう心に言い聞かせていた。
「やってもらうのは種火の術です。大丈夫ですね? 術を暴走させた場合は私と助手の彼女で強制的に無効化します。そうならないように注意してください」
ステファノがトーマに対して行ったようなことであろう。より強い魔力で術者が構成する魔力を吹き飛ばすのだ。そうすると、体内を他人の魔力が蹂躙することになり、気の流れが悪くなって体調不良をひき起こすらしい。
危険回避のためやむを得なかったとはいえ、トーマには可哀そうなことをしたとステファノは後悔していた。
自分が落ちついていればトーマの魔力を吹き飛ばすのではなく、静かに拡散させることもできたはずだと思い至ったのだ。
結局「不測の事態」に対する想像力と備えが足りていなかった。
……
◆お楽しみに。
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