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第4章 魔術学園奮闘編
第232話 週末の成果。
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部屋に戻ったステファノは、背嚢から製版器、いや今はまだ圧印器の一式を取り出した。
圧印器本体はいわば精密機器だ。特に1ミリ幅に溝を切った動作面に傷がついては使い物にならなくなる。
慎重に机の上に並べた。
3つの試作品、圧印済みのコースターも並べる。
実はこれはまだ未完成であった。
10センチ四方に1万本の針を植え、その針で木材を圧縮したもの。当然表面は荒れており、けば立ったままである。
ステファノは用意しておいた紙やすりを持ち出すと、粗加工を施したコースター表面をなだらかに削っていく。
凹凸のない滑らかな形状になったら、次は紙やすりの番手を上げて磨きの行程に入る。
ステファノは5種類の紙やすりを使い分けて、3つのコースターをつるつるに磨き上げた。
「ふぅー。どうにか形になったな」
細かい作業で凝り固まった肩を解しながら、ステファノはコースターの出来栄えを確認した。やすり掛け工程でのばらつきは若干あるものの、ぱっと見にはまったく同じ物が3つあるように見える。
刃物の削り跡が見えない不思議な仕上がりになっていた。
「よし! 最後の仕上げだ」
ステファノは椿油をコースターに塗り、柔らかい布で木肌に押し込むように磨き込んだ。
夕食の時間が近づいた頃、ステファノは指の感覚がなくなるまで磨き作業を続けていた。
お陰で3枚のコースターは輝くような艶を帯び、ギルモアの獅子を浮かび上がらせていた。
◆◆◆
「やあ、ステファノ。サントスから聞いたぞ、トーマを手懐けたそうだな」
夕食のテーブルにやって来たのはスールーだった。トレイに山盛りの料理を載せて、ステファノの横に座って来る。
「はい、明日スールーさんに会ってもらって許しを得られたら、情革研に迎え入れるという段取りです」
「君とサントスが動きやすくなるのだったら、僕は構わないよ?」
元々できるだけ多くの人間を味方につけようとするスールーである。多少反りの合わない人間がメンバーになったところで、やって行くだけの自信はあった。
「あいつなら知らないわけじゃないし、操縦もしやすいタイプだからな。苦労するのはサントスだし」
「そこは苦労させる前提なんですね」
「まめなサントスと大雑把なトーマを組み合わせたら、サントスが苦労するに決まってるじゃないか」
それはステファノにも何となく想像がついた。
「俺のことは心配じゃないんですか?」
「君は誰が来てもマイペースだろ? それも無自覚に。僕も大概だけど、自覚があるだけましだと思うぞ」
「そんなにひどいですか? そこまで言われたら気をつけないといけませんね」
最近ドリーにも似たようなことを言われている。さすがにステファノも自分に問題があるのかもしれないと、思い始めたところだった。
「今更な気がするな。君は自然体で良いんじゃないか? 妙に取り繕うと、大きな怪我をしそうな気がする」
「そう言われると、それもそうかなと思います」
「そうだろう? 無理は体に毒と言うからな。君は無理せず、トーマに無理をさせるパターンを探した方が良いよ」
それもどうなんだろうと、ステファノは首を傾げる思いであった。
多少性格的に反りが合わない気がする程度で、トーマに対して格別に反感があるわけではない。
自分にはない明るい性格は羨ましいと思っていた。
「無理をしない程度に上手くやって行けたらよいと思います」
今はその程度の気持ちが正直な所であった。
詳しい話は全員が揃ったところでしようと言うことになり、食事が終わったところでステファノはスールーと別れて部屋に戻った。
◆◆◆
(さて、明日は月曜日。また新しい科目だな)
時間割を確かめると、1限めは魔術学入門、2限めは薬草の基礎であった。どちらもステファノにとっては重要な科目に思われた。
(魔術学入門が魔術の理解に役立つものだと良いんだけれど)
イドの鍛錬や魔術訓練により、ステファノの魔術に対する理解は随分進んだと自分では考えていた。
しかし、所詮1人での試行錯誤であり、勝手な思い違いをしている可能性もある。
広い視野で魔術というものと向き合った記録があるならば、そこから学びを得たいとステファノは考えた。
(薬草はいろいろと役に立つ)
生活に身近な薬草については、それなりに知識はある。どちらかというと食材としての理解ではあったが。
ステファノは薬師になる気はなかったが、魔術師、薬師、錬金術師という線引きをそこまで明確にする必要があるのだろうかと、疑問にも思っていた。
これまで人から得た知識によれば、どの職業についても魔力の行使が欠かせない要素として関わっているらしい。それであれば、これらの職業、学問領域は相互に絡まり合っているのではないか?
さらに自分が首を突っ込みかけている魔道具師の領域、特に魔術具に関しては魔術との関わり合いが深いように思われた。
(2学期以降の応用講座で、そういうことも勉強したいな)
すべてが初めてのステファノには、興味が尽きないのであった。
(魔術学は内容次第だが、薬草の基礎はチャレンジで単位取得を目指すよりもじっくり知識を得る機会にしたい)
自分がなろうとしている「魔法師」という職業に、役立ってくれそうな予感があった。
(さて、工芸入門の課題は完成したから他の課題に集中できるぞ)
まずは、何と言っても一番最初に与えられた魔術の歴史(基礎編)の課題であった。図書館での調べはついた。自分なりの解釈もまとまっている。
後は、それを「論文」と言う形で文章化する作業であった。
ステファノは夜半まで概念の文章化という不慣れな作業に没頭した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第233話 魔術学入門、始まる。」
「魔術を学問として探求するやり方はいくつかあります。1つは分類学的なアプローチですね。属性や発動方法など特徴や共通項で魔術を分類し、その裏側にあるものを突き止めようとするやり方です。
もう1つは発生学的なアプローチですね。魔術がいつ、どこで、どのように生まれたかをさかのぼり、その本質にたどりつこうとするやり方です。
最後に実験的アプローチですね。様々な条件や制約の下で魔術を行使し、魔力を阻害したり補助したりする外的要因を突き止め、そこから魔力と魔術というもののメカニズムを推測するやり方です」
なるほど、そのように整理してもらうとステファノにも自分が欲している学問の内容が明らかになって来た。
(圧倒的に、最後の実験的アプローチだな。次が発生学的アプローチで、分類学的アプローチという奴は……興味がないかな?)
……
◆お楽しみに。
圧印器本体はいわば精密機器だ。特に1ミリ幅に溝を切った動作面に傷がついては使い物にならなくなる。
慎重に机の上に並べた。
3つの試作品、圧印済みのコースターも並べる。
実はこれはまだ未完成であった。
10センチ四方に1万本の針を植え、その針で木材を圧縮したもの。当然表面は荒れており、けば立ったままである。
ステファノは用意しておいた紙やすりを持ち出すと、粗加工を施したコースター表面をなだらかに削っていく。
凹凸のない滑らかな形状になったら、次は紙やすりの番手を上げて磨きの行程に入る。
ステファノは5種類の紙やすりを使い分けて、3つのコースターをつるつるに磨き上げた。
「ふぅー。どうにか形になったな」
細かい作業で凝り固まった肩を解しながら、ステファノはコースターの出来栄えを確認した。やすり掛け工程でのばらつきは若干あるものの、ぱっと見にはまったく同じ物が3つあるように見える。
刃物の削り跡が見えない不思議な仕上がりになっていた。
「よし! 最後の仕上げだ」
ステファノは椿油をコースターに塗り、柔らかい布で木肌に押し込むように磨き込んだ。
夕食の時間が近づいた頃、ステファノは指の感覚がなくなるまで磨き作業を続けていた。
お陰で3枚のコースターは輝くような艶を帯び、ギルモアの獅子を浮かび上がらせていた。
◆◆◆
「やあ、ステファノ。サントスから聞いたぞ、トーマを手懐けたそうだな」
夕食のテーブルにやって来たのはスールーだった。トレイに山盛りの料理を載せて、ステファノの横に座って来る。
「はい、明日スールーさんに会ってもらって許しを得られたら、情革研に迎え入れるという段取りです」
「君とサントスが動きやすくなるのだったら、僕は構わないよ?」
元々できるだけ多くの人間を味方につけようとするスールーである。多少反りの合わない人間がメンバーになったところで、やって行くだけの自信はあった。
「あいつなら知らないわけじゃないし、操縦もしやすいタイプだからな。苦労するのはサントスだし」
「そこは苦労させる前提なんですね」
「まめなサントスと大雑把なトーマを組み合わせたら、サントスが苦労するに決まってるじゃないか」
それはステファノにも何となく想像がついた。
「俺のことは心配じゃないんですか?」
「君は誰が来てもマイペースだろ? それも無自覚に。僕も大概だけど、自覚があるだけましだと思うぞ」
「そんなにひどいですか? そこまで言われたら気をつけないといけませんね」
最近ドリーにも似たようなことを言われている。さすがにステファノも自分に問題があるのかもしれないと、思い始めたところだった。
「今更な気がするな。君は自然体で良いんじゃないか? 妙に取り繕うと、大きな怪我をしそうな気がする」
「そう言われると、それもそうかなと思います」
「そうだろう? 無理は体に毒と言うからな。君は無理せず、トーマに無理をさせるパターンを探した方が良いよ」
それもどうなんだろうと、ステファノは首を傾げる思いであった。
多少性格的に反りが合わない気がする程度で、トーマに対して格別に反感があるわけではない。
自分にはない明るい性格は羨ましいと思っていた。
「無理をしない程度に上手くやって行けたらよいと思います」
今はその程度の気持ちが正直な所であった。
詳しい話は全員が揃ったところでしようと言うことになり、食事が終わったところでステファノはスールーと別れて部屋に戻った。
◆◆◆
(さて、明日は月曜日。また新しい科目だな)
時間割を確かめると、1限めは魔術学入門、2限めは薬草の基礎であった。どちらもステファノにとっては重要な科目に思われた。
(魔術学入門が魔術の理解に役立つものだと良いんだけれど)
イドの鍛錬や魔術訓練により、ステファノの魔術に対する理解は随分進んだと自分では考えていた。
しかし、所詮1人での試行錯誤であり、勝手な思い違いをしている可能性もある。
広い視野で魔術というものと向き合った記録があるならば、そこから学びを得たいとステファノは考えた。
(薬草はいろいろと役に立つ)
生活に身近な薬草については、それなりに知識はある。どちらかというと食材としての理解ではあったが。
ステファノは薬師になる気はなかったが、魔術師、薬師、錬金術師という線引きをそこまで明確にする必要があるのだろうかと、疑問にも思っていた。
これまで人から得た知識によれば、どの職業についても魔力の行使が欠かせない要素として関わっているらしい。それであれば、これらの職業、学問領域は相互に絡まり合っているのではないか?
さらに自分が首を突っ込みかけている魔道具師の領域、特に魔術具に関しては魔術との関わり合いが深いように思われた。
(2学期以降の応用講座で、そういうことも勉強したいな)
すべてが初めてのステファノには、興味が尽きないのであった。
(魔術学は内容次第だが、薬草の基礎はチャレンジで単位取得を目指すよりもじっくり知識を得る機会にしたい)
自分がなろうとしている「魔法師」という職業に、役立ってくれそうな予感があった。
(さて、工芸入門の課題は完成したから他の課題に集中できるぞ)
まずは、何と言っても一番最初に与えられた魔術の歴史(基礎編)の課題であった。図書館での調べはついた。自分なりの解釈もまとまっている。
後は、それを「論文」と言う形で文章化する作業であった。
ステファノは夜半まで概念の文章化という不慣れな作業に没頭した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第233話 魔術学入門、始まる。」
「魔術を学問として探求するやり方はいくつかあります。1つは分類学的なアプローチですね。属性や発動方法など特徴や共通項で魔術を分類し、その裏側にあるものを突き止めようとするやり方です。
もう1つは発生学的なアプローチですね。魔術がいつ、どこで、どのように生まれたかをさかのぼり、その本質にたどりつこうとするやり方です。
最後に実験的アプローチですね。様々な条件や制約の下で魔術を行使し、魔力を阻害したり補助したりする外的要因を突き止め、そこから魔力と魔術というもののメカニズムを推測するやり方です」
なるほど、そのように整理してもらうとステファノにも自分が欲している学問の内容が明らかになって来た。
(圧倒的に、最後の実験的アプローチだな。次が発生学的アプローチで、分類学的アプローチという奴は……興味がないかな?)
……
◆お楽しみに。
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