231 / 669
第4章 魔術学園奮闘編
第231話 知らん。お前の気持ちを聞いている。
しおりを挟む
「こ、ここでですか?」
「そう。ステファノ、問題ないな?」
魔術のことに詳しくないサントスは、念のためにステファノに確認した。
「大丈夫です。魔力を練るだけならどこでやっても叱られません」
「そ、そうか。じゃあ、やってみます!」
側にくっついていてはやりにくいだろうと、ステファノはベッドから降りてサントスの横の床に座った。
教室のときと同じく右手の指を2本立て、トーマは目を閉じた。
「甘い、甘いぞ……」
低い声で呟きながら、ときどき舌を動かして口の中を味わっている。呟き声は自分に言い聞かせているのだろう。
(自己暗示か。瞑想に効果がある……場合もあるという話だったか)
ステファノはネルソンたちとの会話を思い起こしていた。
「甘い、甘い。こっちの水は甘いぞ。あっちの水は苦いぞ……」
集中を深くしているため勝手な連想が働いたのか、トーマはわらべ歌のようなものを口ずさんでいる。
「甘い、甘いぞ……」
トーマの指先に魔力が集中し始めた。その色は「紫」。光の魔力が集まっている。
「……」
サントスの目が前髪の奥で光った。
「む? トーマ?」
集中をますます深くするトーマは呟くことも忘れて俯いている。その指先に集まった魔力は術を発動するのに足りるほど色を濃くしていた。
(いけない! このままでは魔術が暴発する!)
「トーマ! 集中を解け! 魔力を消すんだ!」
ステファノは慌てて呼び掛けたが、トーマの耳には届かない。飛びついて肩を揺すりながら、仕方なくステファノは強制的にトーマの魔力を拡散させた。「終焉の紫」をぶつけて、一気に消し飛ばしたのだ。
「ぬ? それは!」
「うわっ! 甘っ!」
2つの声が同時に上がった。
サントスはトーマの魔力を消し飛ばした奔流のようなステファノの陰気を、バラの花びらをまき散らしながら吹き抜ける春一番のように感じた。
トーマは自分の魔力を押し流していくステファノの陰気を、メープルシロップの波のように感じた。体中が甘い。
「ふぅー、良かった。間に合った」
ステファノは何事もなかったように笑うと、トーマの横に座り直した。
「甘っ。お前何をした、ステファノ?」
「仕方ないだろう。トーマの魔力が暴走しそうだったんで、俺の魔力で吹き飛ばしたんだ」
「えー?」
そう言われても魔力操作の初心者であるトーマには、何のことだかよくわかっていない。
「じゃあ、この甘いのはお前の魔力か? 砂糖みたいだな」
トーマよりも自分の感覚になれているサントスは、純粋に驚いていた。
トーマがしっかりした集中で魔力を集めたことにも驚いたが、瞑想を深めるごとに色が濃くなるバラ色にもっと驚かされた。
「俺は術のことはわからない。だが、トーマの中身が変わったことはわかる。今までのトーマにはなかったバラ色が今はお前を染めている」
「俺の中身ですか?」
思わず自分の体を見下ろしたトーマだが、もちろん彼にはイドを視覚にとらえる能力はない。
「それよりもステファノだ。競技会の優勝者でもそんなに濃いバラ色に染まった奴はいない。やっぱりお前はとんでもない」
「ああ、咄嗟のことなので力が入りすぎたかもしれませんね。トーマがやらかすことを想定しておくべきでした」
ステファノは恐縮して頭をかいた。魔力暴走の危険を想定して、訓練場には監視員が配置されている。教室での講師も同じ役割を負っている。初心者の魔力操作には適切な指導者が必要だった。
冷静に考えればトーマの魔力が暴走したところでどうと言うことはないのだが、「魔術は禁止」という規則で頭が一杯になっていたのだ。
「これが見せたかったことか?」
サントスはトーマの方に目配せをして尋ねた。
「はい。先輩はトーマがばら色に染まったら情革研に誘うと言っていましたよね?」
「その通り」
「どうですか? トーマは眼鏡にかないましたか?」
サントスはすぐには答えず、トーマに顎を突き出した。
「お前はどう? 俺たちと研究したい?」
「俺は、魔力操作を教えてくれたら研究を手伝うと、ステファノに約束したんで……」
「知らん。お前の気持ちを聞いている」
傍若無人なトーマが気圧されていた。サントスの気迫がごまかしを許さない。
「俺は……。俺は世の中を変える仕事がしたい。みんながうちの職人はすげーなって驚くような品物を作りたい。ガキができたら、これは俺が作ったんだぞって胸を張れる仕事がしたい。……それだけだ」
トーマは顔を赤くして頬をかいた。
「……上等。明日の3時、魔術訓練場に来い。スールーに紹介する」
「スールーって、あの跳ねっ返りですか? うわあ、俺あいつ苦手なんすよね」
「知らん。用は済んだ。帰れ」
ぶつぶつ言いだすトーマを、サントスはさっさと追い出そうとした。
「あ、先輩。今朝は早くからすみませんでした。お陰で魔術具製作の方はほぼ見通しがつきました」
トーマの背中を押してドアに向かいながら、ステファノはついでのように言った。
「先に言え。俺の方も少し進捗。明日まとめて情報交換」
「わかりました。工具は明日お返しします」
「要らん。お前にやる。俺にはもっといい奴がある」
ぶっきら棒なセリフだが、サントスはちょっとうれしそうだった。
ステファノにはそう聞こえた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第232話 週末の成果。」
部屋に戻ったステファノは、背嚢から製版器、いや今はまだ圧印器の一式を取り出した。
圧印器本体はいわば精密機器だ。特に1ミリ幅に溝を切った動作面に傷がついては使い物にならなくなる。
慎重に机の上に並べた。
3つの試作品、圧印済みのコースターも並べる。
実はこれはまだ未完成であった。
10センチ四方に1万本の針を植え、その針で木材を圧縮したもの。当然表面は荒れており、けば立ったままである。
……
◆お楽しみに。
「そう。ステファノ、問題ないな?」
魔術のことに詳しくないサントスは、念のためにステファノに確認した。
「大丈夫です。魔力を練るだけならどこでやっても叱られません」
「そ、そうか。じゃあ、やってみます!」
側にくっついていてはやりにくいだろうと、ステファノはベッドから降りてサントスの横の床に座った。
教室のときと同じく右手の指を2本立て、トーマは目を閉じた。
「甘い、甘いぞ……」
低い声で呟きながら、ときどき舌を動かして口の中を味わっている。呟き声は自分に言い聞かせているのだろう。
(自己暗示か。瞑想に効果がある……場合もあるという話だったか)
ステファノはネルソンたちとの会話を思い起こしていた。
「甘い、甘い。こっちの水は甘いぞ。あっちの水は苦いぞ……」
集中を深くしているため勝手な連想が働いたのか、トーマはわらべ歌のようなものを口ずさんでいる。
「甘い、甘いぞ……」
トーマの指先に魔力が集中し始めた。その色は「紫」。光の魔力が集まっている。
「……」
サントスの目が前髪の奥で光った。
「む? トーマ?」
集中をますます深くするトーマは呟くことも忘れて俯いている。その指先に集まった魔力は術を発動するのに足りるほど色を濃くしていた。
(いけない! このままでは魔術が暴発する!)
「トーマ! 集中を解け! 魔力を消すんだ!」
ステファノは慌てて呼び掛けたが、トーマの耳には届かない。飛びついて肩を揺すりながら、仕方なくステファノは強制的にトーマの魔力を拡散させた。「終焉の紫」をぶつけて、一気に消し飛ばしたのだ。
「ぬ? それは!」
「うわっ! 甘っ!」
2つの声が同時に上がった。
サントスはトーマの魔力を消し飛ばした奔流のようなステファノの陰気を、バラの花びらをまき散らしながら吹き抜ける春一番のように感じた。
トーマは自分の魔力を押し流していくステファノの陰気を、メープルシロップの波のように感じた。体中が甘い。
「ふぅー、良かった。間に合った」
ステファノは何事もなかったように笑うと、トーマの横に座り直した。
「甘っ。お前何をした、ステファノ?」
「仕方ないだろう。トーマの魔力が暴走しそうだったんで、俺の魔力で吹き飛ばしたんだ」
「えー?」
そう言われても魔力操作の初心者であるトーマには、何のことだかよくわかっていない。
「じゃあ、この甘いのはお前の魔力か? 砂糖みたいだな」
トーマよりも自分の感覚になれているサントスは、純粋に驚いていた。
トーマがしっかりした集中で魔力を集めたことにも驚いたが、瞑想を深めるごとに色が濃くなるバラ色にもっと驚かされた。
「俺は術のことはわからない。だが、トーマの中身が変わったことはわかる。今までのトーマにはなかったバラ色が今はお前を染めている」
「俺の中身ですか?」
思わず自分の体を見下ろしたトーマだが、もちろん彼にはイドを視覚にとらえる能力はない。
「それよりもステファノだ。競技会の優勝者でもそんなに濃いバラ色に染まった奴はいない。やっぱりお前はとんでもない」
「ああ、咄嗟のことなので力が入りすぎたかもしれませんね。トーマがやらかすことを想定しておくべきでした」
ステファノは恐縮して頭をかいた。魔力暴走の危険を想定して、訓練場には監視員が配置されている。教室での講師も同じ役割を負っている。初心者の魔力操作には適切な指導者が必要だった。
冷静に考えればトーマの魔力が暴走したところでどうと言うことはないのだが、「魔術は禁止」という規則で頭が一杯になっていたのだ。
「これが見せたかったことか?」
サントスはトーマの方に目配せをして尋ねた。
「はい。先輩はトーマがばら色に染まったら情革研に誘うと言っていましたよね?」
「その通り」
「どうですか? トーマは眼鏡にかないましたか?」
サントスはすぐには答えず、トーマに顎を突き出した。
「お前はどう? 俺たちと研究したい?」
「俺は、魔力操作を教えてくれたら研究を手伝うと、ステファノに約束したんで……」
「知らん。お前の気持ちを聞いている」
傍若無人なトーマが気圧されていた。サントスの気迫がごまかしを許さない。
「俺は……。俺は世の中を変える仕事がしたい。みんながうちの職人はすげーなって驚くような品物を作りたい。ガキができたら、これは俺が作ったんだぞって胸を張れる仕事がしたい。……それだけだ」
トーマは顔を赤くして頬をかいた。
「……上等。明日の3時、魔術訓練場に来い。スールーに紹介する」
「スールーって、あの跳ねっ返りですか? うわあ、俺あいつ苦手なんすよね」
「知らん。用は済んだ。帰れ」
ぶつぶつ言いだすトーマを、サントスはさっさと追い出そうとした。
「あ、先輩。今朝は早くからすみませんでした。お陰で魔術具製作の方はほぼ見通しがつきました」
トーマの背中を押してドアに向かいながら、ステファノはついでのように言った。
「先に言え。俺の方も少し進捗。明日まとめて情報交換」
「わかりました。工具は明日お返しします」
「要らん。お前にやる。俺にはもっといい奴がある」
ぶっきら棒なセリフだが、サントスはちょっとうれしそうだった。
ステファノにはそう聞こえた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第232話 週末の成果。」
部屋に戻ったステファノは、背嚢から製版器、いや今はまだ圧印器の一式を取り出した。
圧印器本体はいわば精密機器だ。特に1ミリ幅に溝を切った動作面に傷がついては使い物にならなくなる。
慎重に机の上に並べた。
3つの試作品、圧印済みのコースターも並べる。
実はこれはまだ未完成であった。
10センチ四方に1万本の針を植え、その針で木材を圧縮したもの。当然表面は荒れており、けば立ったままである。
……
◆お楽しみに。
1
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜
西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。
4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。
そんな彼はある日、追放される。
「よっし。やっと追放だ。」
自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。
- この話はフィクションです。
- カクヨム様でも連載しています。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ
井藤 美樹
ファンタジー
初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。
一人には勇者の証が。
もう片方には証がなかった。
人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。
しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。
それが判明したのは五歳の誕生日。
証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。
これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!
秋田ノ介
ファンタジー
主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。
『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。
ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!!
小説家になろうにも掲載しています。

一般人に生まれ変わったはずなのに・・・!
モンド
ファンタジー
第一章「学園編」が終了し第二章「成人貴族編」に突入しました。
突然の事故で命を落とした主人公。
すると異世界の神から転生のチャンスをもらえることに。
それならばとチートな能力をもらって無双・・・いやいや程々の生活がしたいので。
「チートはいりません健康な体と少しばかりの幸運を頂きたい」と、希望し転生した。
転生して成長するほどに人と何か違うことに不信を抱くが気にすることなく異世界に馴染んでいく。
しかしちょっと不便を改善、危険は排除としているうちに何故かえらいことに。
そんな平々凡々を求める男の勘違い英雄譚。
※誤字脱字に乱丁など読みづらいと思いますが、申し訳ありませんがこう言うスタイルなので。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる