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第4章 魔術学園奮闘編
第228話 3つの機能を果たす必要があるな。
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「少し性能を良くして、見た目を豪華にしてやれば高く売れるかもしれんな」
「この箱がですか?」
「うむ。音楽家などはいくら金を払ってでも手に入れたいだろう」
楽器に組み込めば大勢の聴衆に演奏を聞かせることができる。演奏家にとっては夢のような器具であろう。
「へえ。いろんな使い道があるものですねえ」
「他人事みたいに言うな。多分これ1つで研究報告会の特賞を取れるぞ」
「えっ? それはないでしょう。5分くらいで作ったものですよ?」
「だから、そういうことを人前で言うなと言うのに」
苦労していなくても苦労したと言っておけと、ドリーはステファノをたしなめた。
その日はそこまでで時間が尽きて、訓練を切り上げた。
◆◆◆
シャワーを浴び、夕食を終えてステファノは自室に引き上げた。今日の授業を振り返りつつ、明日のことを考える。
(王国史のチャレンジ・テーマは「なぜモーリーは聖スノーデンを裏切ったか?」だったな)
とにかく想像を絶する強さを誇ったスノーデンを敵に回すには、やむにやまれぬ事情があったはずだ。
(絶対勝てる状況か、裏切らなければ生きていけない状況のどちらか、または両方が存在したはずだ)
ステファノは特に後者の条件が気になった。そのくらい追い詰められなければ、絶対的な強者を裏切るなどあり得ないと思った。
「生きて行けなくなる状況」とはどんなものだろうか? 誰かに殺されるということだとすると、殺しに来るのは聖スノーデンなのか、それ以外の第三者なのか?
史実を調べながら、その切り口で考えてみようと方針を決めた。
神学の課題は「なぜ神は『ギフト』と『魔力』とを分けたのか? 『両持ち』がいるのはなぜか?」であった。
これは書籍を調べて答えが出る問題ではない気がする。思索と論理によって答えを導き出さねばならないだろう。
自身が「両持ち」であるステファノは、やはり後半の問いに気持ちを引っ張られる。こういう時は素直に直感を信じた方が良い。
ステファノは「両持ち」というものについて調べつつ、その存在する意味を考えることにした。
(だが、まずは工芸入門だ。明日の休日を利用して、何とか製版器をものにしたいな)
後先が逆になったが、拡声器の試作で「魔術具」が実現可能であることは立証できた。ステファノは、製版器の実現に一歩近づいた気がしていた。
素材は情革研でサントスに相談し、鉄板を分けてもらった。5ミリ厚の鍛鉄で、課題のコースターよりは一回り大きい。正方形の形状をしていたが、用途には問題ないだろう。
下絵を描くための用紙は売店にあった一番薄い物を買っておいた。これは製版器での使用を視野に入れた仕込みであった。
(絵柄を何にしようか? うーん……。せっかくだから格調高い方が良いな)
ステファノの身の周りで「格調高い物」。それはネルソンにもらった遠眼鏡しかなかった。
アカデミーに来てからは星を見ることもなかったが、改めてそっと取り出してみる。
(道具としての作りが良くできている上に、装飾に品がある。やっぱりこいつは相当な品物だ)
金具はすべて1点物に違いないが、職人の高い技量をうかがわせていてまったく狂いがない。打ち込まれている象嵌のギルモアの獅子は、髪の毛のように細かい線まで流麗に刻まれている。
(何度見てもすごいものだな。そうだ。この獅子を模写してみようか)
思いついたステファノは何度かスケッチを繰り返し、浮彫らしく陰影を大きくした獅子を図案化した。
最終稿の図案を下絵用の薄紙に何枚か写し取って、翌日の準備は完了した。
(後は魔力の籠め方だな)
もちろんそれが一番難しい。拡声器は道具としての構造が音を振動として伝える作りになっていた。
魔力での補助は必要最小限で良かったし、振動を増幅するという単純作業で済んだ。
製版器、その元になる「圧印器」(ステファノは今回の道具をそう名づけていた)はそれよりも複雑だ。
下絵の濃淡を光魔術で検知し、濃淡に応じて深さを変えて圧縮するという機能を発揮させなければならない。
(3つの機能を果たす必要があるな)
第1に、下絵の濃淡を検知する。第2にその情報を元に圧縮を指示する。第3に指示に基づいて圧縮する。
(3番目の圧縮は単純作業だ。絵柄が細かいことを考えなければ難しいことじゃない)
土の魔力を発動させれば圧縮はできる。後は加減の問題だけであった。
(1番目の検知は……下絵に光を当てて戻って来る光の量を測れば良いはずだ)
白は明るく反射し、黒は暗くなる。その情報を捉えれば良い。細かい絵柄を再現するためには光検知も細かくする必要がある。
(面倒だが、できないことではない)
問題は圧縮指示、すなわち検知と作業の間をつなぐ「制御」であった。人間が間に入って判断を加えるなら難しいことではない。だが、それでは常に魔術師が作業に当たらねばならなくなる。
それでは「魔術具」とは言えない。誰でも使える物にしなければならなかった。
(どうやってそんな複雑な制御をすればよいんだ? いや、待て。本当に複雑なのか?)
ステファノはドイルに言われた言葉を思い出していた。
『問題が複雑で手に負えないと思った時は、部分部分に分解しなさい。対応可能なレベルまで分解すれば問題はおのずと解決する』
(分解……部分……単純に……)
「そうか、わかった!」
ステファノは製版器の製作方法を発見した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第229話 製版器に籠めるインデックスの名は「雪割草」であった。」
魔力とはイデアが持つ「引力」であった。原因と結果が引きつけ合う力。ステファノはそれにインデックスをつけて使役している。
そのインデックスを道具のイドに刻み込むのだ。
刻むべきは「光」と「土」のインデックス。「紫」と「青」は、「せ」の型であった。
ステファノはイメージする。太陽の光を受けて土を押しのけ、頭をもたげる草の芽を。
「『せ』の型、雪割草」
そのインデックスを己のイドで包む。魔力を閉じ込め、漏らさぬように。
そしてイドの繭で鉄板を包み、鉄板が有する僅かばかりのイドと溶け合わせる。
鉄板そのものが初めからそうであったと錯覚するように、ゆっくりとイドを練り上げた。
……
◆お楽しみに。
「この箱がですか?」
「うむ。音楽家などはいくら金を払ってでも手に入れたいだろう」
楽器に組み込めば大勢の聴衆に演奏を聞かせることができる。演奏家にとっては夢のような器具であろう。
「へえ。いろんな使い道があるものですねえ」
「他人事みたいに言うな。多分これ1つで研究報告会の特賞を取れるぞ」
「えっ? それはないでしょう。5分くらいで作ったものですよ?」
「だから、そういうことを人前で言うなと言うのに」
苦労していなくても苦労したと言っておけと、ドリーはステファノをたしなめた。
その日はそこまでで時間が尽きて、訓練を切り上げた。
◆◆◆
シャワーを浴び、夕食を終えてステファノは自室に引き上げた。今日の授業を振り返りつつ、明日のことを考える。
(王国史のチャレンジ・テーマは「なぜモーリーは聖スノーデンを裏切ったか?」だったな)
とにかく想像を絶する強さを誇ったスノーデンを敵に回すには、やむにやまれぬ事情があったはずだ。
(絶対勝てる状況か、裏切らなければ生きていけない状況のどちらか、または両方が存在したはずだ)
ステファノは特に後者の条件が気になった。そのくらい追い詰められなければ、絶対的な強者を裏切るなどあり得ないと思った。
「生きて行けなくなる状況」とはどんなものだろうか? 誰かに殺されるということだとすると、殺しに来るのは聖スノーデンなのか、それ以外の第三者なのか?
史実を調べながら、その切り口で考えてみようと方針を決めた。
神学の課題は「なぜ神は『ギフト』と『魔力』とを分けたのか? 『両持ち』がいるのはなぜか?」であった。
これは書籍を調べて答えが出る問題ではない気がする。思索と論理によって答えを導き出さねばならないだろう。
自身が「両持ち」であるステファノは、やはり後半の問いに気持ちを引っ張られる。こういう時は素直に直感を信じた方が良い。
ステファノは「両持ち」というものについて調べつつ、その存在する意味を考えることにした。
(だが、まずは工芸入門だ。明日の休日を利用して、何とか製版器をものにしたいな)
後先が逆になったが、拡声器の試作で「魔術具」が実現可能であることは立証できた。ステファノは、製版器の実現に一歩近づいた気がしていた。
素材は情革研でサントスに相談し、鉄板を分けてもらった。5ミリ厚の鍛鉄で、課題のコースターよりは一回り大きい。正方形の形状をしていたが、用途には問題ないだろう。
下絵を描くための用紙は売店にあった一番薄い物を買っておいた。これは製版器での使用を視野に入れた仕込みであった。
(絵柄を何にしようか? うーん……。せっかくだから格調高い方が良いな)
ステファノの身の周りで「格調高い物」。それはネルソンにもらった遠眼鏡しかなかった。
アカデミーに来てからは星を見ることもなかったが、改めてそっと取り出してみる。
(道具としての作りが良くできている上に、装飾に品がある。やっぱりこいつは相当な品物だ)
金具はすべて1点物に違いないが、職人の高い技量をうかがわせていてまったく狂いがない。打ち込まれている象嵌のギルモアの獅子は、髪の毛のように細かい線まで流麗に刻まれている。
(何度見てもすごいものだな。そうだ。この獅子を模写してみようか)
思いついたステファノは何度かスケッチを繰り返し、浮彫らしく陰影を大きくした獅子を図案化した。
最終稿の図案を下絵用の薄紙に何枚か写し取って、翌日の準備は完了した。
(後は魔力の籠め方だな)
もちろんそれが一番難しい。拡声器は道具としての構造が音を振動として伝える作りになっていた。
魔力での補助は必要最小限で良かったし、振動を増幅するという単純作業で済んだ。
製版器、その元になる「圧印器」(ステファノは今回の道具をそう名づけていた)はそれよりも複雑だ。
下絵の濃淡を光魔術で検知し、濃淡に応じて深さを変えて圧縮するという機能を発揮させなければならない。
(3つの機能を果たす必要があるな)
第1に、下絵の濃淡を検知する。第2にその情報を元に圧縮を指示する。第3に指示に基づいて圧縮する。
(3番目の圧縮は単純作業だ。絵柄が細かいことを考えなければ難しいことじゃない)
土の魔力を発動させれば圧縮はできる。後は加減の問題だけであった。
(1番目の検知は……下絵に光を当てて戻って来る光の量を測れば良いはずだ)
白は明るく反射し、黒は暗くなる。その情報を捉えれば良い。細かい絵柄を再現するためには光検知も細かくする必要がある。
(面倒だが、できないことではない)
問題は圧縮指示、すなわち検知と作業の間をつなぐ「制御」であった。人間が間に入って判断を加えるなら難しいことではない。だが、それでは常に魔術師が作業に当たらねばならなくなる。
それでは「魔術具」とは言えない。誰でも使える物にしなければならなかった。
(どうやってそんな複雑な制御をすればよいんだ? いや、待て。本当に複雑なのか?)
ステファノはドイルに言われた言葉を思い出していた。
『問題が複雑で手に負えないと思った時は、部分部分に分解しなさい。対応可能なレベルまで分解すれば問題はおのずと解決する』
(分解……部分……単純に……)
「そうか、わかった!」
ステファノは製版器の製作方法を発見した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第229話 製版器に籠めるインデックスの名は「雪割草」であった。」
魔力とはイデアが持つ「引力」であった。原因と結果が引きつけ合う力。ステファノはそれにインデックスをつけて使役している。
そのインデックスを道具のイドに刻み込むのだ。
刻むべきは「光」と「土」のインデックス。「紫」と「青」は、「せ」の型であった。
ステファノはイメージする。太陽の光を受けて土を押しのけ、頭をもたげる草の芽を。
「『せ』の型、雪割草」
そのインデックスを己のイドで包む。魔力を閉じ込め、漏らさぬように。
そしてイドの繭で鉄板を包み、鉄板が有する僅かばかりのイドと溶け合わせる。
鉄板そのものが初めからそうであったと錯覚するように、ゆっくりとイドを練り上げた。
……
◆お楽しみに。
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