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第4章 魔術学園奮闘編
第225話 ただ動けない。離さない。それだけの技だ。
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「すみません。少し遅れましたか?」
ステファノは6時を少し過ぎたところで、試射場の入り口を潜った。
「いや、遅くはない。5分過ぎだ。うん? 今日は柔の日でなかったはずでは?」
ドリーはステファノの道着に目を止めた。
「ああ。稽古がない時も道着を着ていた方が、何かと便利だと気がついたんです。洗濯物が減りますし」
中々に身も蓋もない考え方なのだが、ステファノはいたって真面目である。一日ごとに洗濯しているので、清潔は保っている。本人的には、極めて上手な「着回し」のつもりなのだ。
「そうか。私は構わないがね。それが、お前の言っていた棒と縄か?」
「はい。朽ち縄です」
ステファノは携えて来た棒と縄をドリーに差し出して見せた。
「見ても良いか? ふうん、本当にただの棒だな」
手に取って試みに少量の魔力を流してみたが、特段何の変化もない。縄も墨染で濃いグレーに染まっている以外は、何の変哲もないものであった。
「武器になるなら見かけなどどうでも良いのだが……。それにしてもこれを持ち歩くお前の勇気に驚かされるな」
「そうですか? モップのまま持ち歩くよりは目立ちませんよ?」
「比較の対象がおかしいぞ」
いかにも切り落としましたという切り口も生々しい棒なのだ。ステッキだとか杖だとか、心張棒だとか、何かの用途に使う物という気配がない。
どうにもおかしな代物であった。
縄の方も長さが中途半端で、物の役に立ちそうに見えなかった。
これはステファノがヨシズミに師事したことが原因の1つであった。
ヨシズミの術は「警棒術」だ。
もともと威圧感を持たない棒を武器とする捕縛術であった。市民の間に入って社会に溶け込むために、あえて警棒は物々しい気配を持たないようにしてある。
武器らしくない武器。意図的にそうしてあるのだった。護身を目的とするステファノには丁度良い武器に思えた。
「今日はこれで稽古するつもりか?」
ドリーは棒を返しながら、ステファノに尋ねた。
「はい。6属性の術を一通り練習できたので、今日は発動具を使ってみます。それと、後半は魔術具のテストをやらせてもらえればと」
「この間話したものだな。面白そうだ。ではまず棒の腕前を見せてもらおうか」
「武術としては警棒術または杖術というそうです」
ステファノはいつも通り5番ブースに入り、気負いなく半身に構えた。
「何を使う?」
「初めは『水餅』を使ってみます」
「よし。5番、無属性『水餅』。発射を許可する。準備良ければ、撃て!」
属性魔力を載せない技である「水餅」を、ドリーは「無属性」と呼んだ。安全規則上、術の性質を明示する必要があったからである。
もちろん棒を手にした瞬間からステファノの準備は整っている。棒を握った両手の指は「玉」を形なしてイド発動の基点となった。
陽気が巡り、ステファノの全身と手にした棒を薄く覆っている。
ドリーはまだ自ら太極玉を作り出して魔視脳を活性化することができない。しかし、一度であれ「経路」はつながっている。
見えないながらも、ステファノを「見えない力」が包んでいることはわかった。
「『い』の型、『水餅』!」
ステファノは技名を宣言すると、頭上で棒を1回転させてから袈裟斬りの軌道で振り下ろした。
瞬間、ドリーの「蛇の目」に棒の先からほとばしる水しぶきが確かに観えた。
棒がまとっていた陽気は赤い玉となって宙を飛んだ。20メートルの空間を重力を無視して一直線に飛び、標的に届こうとしていた。
「縛れ、『蛇尾』!」
ステファノが命ずると、陽気玉は5本の腕を伸ばした。細長く蛇の尾のように腕を伸ばした姿は、正にクモヒトデそのものであった。
1本の腕が50センチもの長さを持つ蛇尾は、標的に絡みついて表面を覆った。
物質化したイドの力に、標的を釣った鎖がぎしりときしむ。
「むう。やはり私には見えんな。当たったのだな?」
「はい。絡みついています」
ドリーは壁のレバーを操作して、標的を引き寄せた。
「検分するぞ? う、目には見えぬが確かに存在するな。ヒトデと言ったか? 気持ちの良い名前ではないな」
「イメージがしやすかったもので」
深海にすむ蛇尾は蛇の尾のような細長い腕を持つ。腕をくねらせて海底を歩く姿は、見ていて気持ちの良いものではない。
「この技で競技会に出るつもりはないだろうが、何とも採点者泣かせだな」
「目に見えない上に、実害がありませんからね」
ただ動けない。離さない。それだけの技だ。
「実戦なら、空恐ろしい技だがな」
ドリーは想像して戦慄する。戦いの場で動きを封じられることの恐怖を。
「お前はこれに、『雷』を載せるんだよな?」
イドの利用は魔術ではない。「水餅」に雷魔術を載せても複合魔術とはみなされないのだ。
「次はそれを試してみます」
ステファノは棒を構え直した。
「5番、雷魔術。準備良ければ、撃て!」
ステファノは陽気に雷気を載せようとしている。始原の赤に雷の黄という組み合わせだ。
「『は』の型、『球雷』!」
雷の威力は気絶する程度に加減してある。
棒を取り回して振り抜けば、またも水しぶきを発してイドが飛んだ。今度は雷のイデアがまとわりついている。
チリチリと空気中の埃や水滴に反応して、線香花火のような細い電光が走った。
イドそのものが観えなくても、今度はドリーの「蛇の目」に雷のイデアがはっきりと浮かび上がる。
「観える!」
思わずドリーは心の内を叫んでいた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第226話 風魔術は風を起こす魔術ではありません。」
「いろはにほへと~」
「ほう。確かにお前の声だ。大きくなって返って来たな。どういう仕組みだ?」
「木霊と同じです。堅いものに当たれば声は跳ね返ります。この場合は木箱ですね。跳ね返る声を増幅するのが真ん中の糸です」
ステファノはこの糸に風の魔力を籠めた。
「だが、風を起こすのではないのだな?」
「風魔術は風を起こす魔術ではありません」
「何を言う?」
……
◆お楽しみに。
ステファノは6時を少し過ぎたところで、試射場の入り口を潜った。
「いや、遅くはない。5分過ぎだ。うん? 今日は柔の日でなかったはずでは?」
ドリーはステファノの道着に目を止めた。
「ああ。稽古がない時も道着を着ていた方が、何かと便利だと気がついたんです。洗濯物が減りますし」
中々に身も蓋もない考え方なのだが、ステファノはいたって真面目である。一日ごとに洗濯しているので、清潔は保っている。本人的には、極めて上手な「着回し」のつもりなのだ。
「そうか。私は構わないがね。それが、お前の言っていた棒と縄か?」
「はい。朽ち縄です」
ステファノは携えて来た棒と縄をドリーに差し出して見せた。
「見ても良いか? ふうん、本当にただの棒だな」
手に取って試みに少量の魔力を流してみたが、特段何の変化もない。縄も墨染で濃いグレーに染まっている以外は、何の変哲もないものであった。
「武器になるなら見かけなどどうでも良いのだが……。それにしてもこれを持ち歩くお前の勇気に驚かされるな」
「そうですか? モップのまま持ち歩くよりは目立ちませんよ?」
「比較の対象がおかしいぞ」
いかにも切り落としましたという切り口も生々しい棒なのだ。ステッキだとか杖だとか、心張棒だとか、何かの用途に使う物という気配がない。
どうにもおかしな代物であった。
縄の方も長さが中途半端で、物の役に立ちそうに見えなかった。
これはステファノがヨシズミに師事したことが原因の1つであった。
ヨシズミの術は「警棒術」だ。
もともと威圧感を持たない棒を武器とする捕縛術であった。市民の間に入って社会に溶け込むために、あえて警棒は物々しい気配を持たないようにしてある。
武器らしくない武器。意図的にそうしてあるのだった。護身を目的とするステファノには丁度良い武器に思えた。
「今日はこれで稽古するつもりか?」
ドリーは棒を返しながら、ステファノに尋ねた。
「はい。6属性の術を一通り練習できたので、今日は発動具を使ってみます。それと、後半は魔術具のテストをやらせてもらえればと」
「この間話したものだな。面白そうだ。ではまず棒の腕前を見せてもらおうか」
「武術としては警棒術または杖術というそうです」
ステファノはいつも通り5番ブースに入り、気負いなく半身に構えた。
「何を使う?」
「初めは『水餅』を使ってみます」
「よし。5番、無属性『水餅』。発射を許可する。準備良ければ、撃て!」
属性魔力を載せない技である「水餅」を、ドリーは「無属性」と呼んだ。安全規則上、術の性質を明示する必要があったからである。
もちろん棒を手にした瞬間からステファノの準備は整っている。棒を握った両手の指は「玉」を形なしてイド発動の基点となった。
陽気が巡り、ステファノの全身と手にした棒を薄く覆っている。
ドリーはまだ自ら太極玉を作り出して魔視脳を活性化することができない。しかし、一度であれ「経路」はつながっている。
見えないながらも、ステファノを「見えない力」が包んでいることはわかった。
「『い』の型、『水餅』!」
ステファノは技名を宣言すると、頭上で棒を1回転させてから袈裟斬りの軌道で振り下ろした。
瞬間、ドリーの「蛇の目」に棒の先からほとばしる水しぶきが確かに観えた。
棒がまとっていた陽気は赤い玉となって宙を飛んだ。20メートルの空間を重力を無視して一直線に飛び、標的に届こうとしていた。
「縛れ、『蛇尾』!」
ステファノが命ずると、陽気玉は5本の腕を伸ばした。細長く蛇の尾のように腕を伸ばした姿は、正にクモヒトデそのものであった。
1本の腕が50センチもの長さを持つ蛇尾は、標的に絡みついて表面を覆った。
物質化したイドの力に、標的を釣った鎖がぎしりときしむ。
「むう。やはり私には見えんな。当たったのだな?」
「はい。絡みついています」
ドリーは壁のレバーを操作して、標的を引き寄せた。
「検分するぞ? う、目には見えぬが確かに存在するな。ヒトデと言ったか? 気持ちの良い名前ではないな」
「イメージがしやすかったもので」
深海にすむ蛇尾は蛇の尾のような細長い腕を持つ。腕をくねらせて海底を歩く姿は、見ていて気持ちの良いものではない。
「この技で競技会に出るつもりはないだろうが、何とも採点者泣かせだな」
「目に見えない上に、実害がありませんからね」
ただ動けない。離さない。それだけの技だ。
「実戦なら、空恐ろしい技だがな」
ドリーは想像して戦慄する。戦いの場で動きを封じられることの恐怖を。
「お前はこれに、『雷』を載せるんだよな?」
イドの利用は魔術ではない。「水餅」に雷魔術を載せても複合魔術とはみなされないのだ。
「次はそれを試してみます」
ステファノは棒を構え直した。
「5番、雷魔術。準備良ければ、撃て!」
ステファノは陽気に雷気を載せようとしている。始原の赤に雷の黄という組み合わせだ。
「『は』の型、『球雷』!」
雷の威力は気絶する程度に加減してある。
棒を取り回して振り抜けば、またも水しぶきを発してイドが飛んだ。今度は雷のイデアがまとわりついている。
チリチリと空気中の埃や水滴に反応して、線香花火のような細い電光が走った。
イドそのものが観えなくても、今度はドリーの「蛇の目」に雷のイデアがはっきりと浮かび上がる。
「観える!」
思わずドリーは心の内を叫んでいた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第226話 風魔術は風を起こす魔術ではありません。」
「いろはにほへと~」
「ほう。確かにお前の声だ。大きくなって返って来たな。どういう仕組みだ?」
「木霊と同じです。堅いものに当たれば声は跳ね返ります。この場合は木箱ですね。跳ね返る声を増幅するのが真ん中の糸です」
ステファノはこの糸に風の魔力を籠めた。
「だが、風を起こすのではないのだな?」
「風魔術は風を起こす魔術ではありません」
「何を言う?」
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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