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第4章 魔術学園奮闘編

第220話 情報革命は1日にしてならず。

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 飯屋のせがれであるステファノの食事は速い。もたもたしていたら仕事にならないからである。
 そういう習慣がついてしまった。

 そのステファノが驚くほどスールーの食事は速い。喋りながらするすると飯を食ってしまう。

「普通」なのがサントスだ。普通に噛んで、普通に飲み下す。
 普通のスピードなのだが、スールーとステファノが異常に速いため、のんびり食事をしているように見えてしまう。

「サントス、食事が終わり次第君の部屋に移動するぞ」
「……知ってる。食べ終わったら行く」

 ステファノは食べるのが早いが、人の食事を急かせることはない。飯屋のせがれなのだから、食事を楽しんでもらうことが仕事だと思ってきた。
 旨そうに飯を食う人を見ると嬉しくなる程度には、飯屋の仕事に親しんできた。

 対して、スールーはせっかちだ。
 食事という物に重きを置いていない。腹が満ちればそれで良いと考えている。

 なので、食事にかける時間がもったいないと感じてしまうのだ。
 サントスとはそこら辺の価値観が合わない。

 口数が多いので力関係的にスールーが威張っているように見えるが、そんなことはない。
 スールーが何と言おうとサントスは自分の意見を簡単に曲げることはなかった。

 スールーもそれは理解している。無理やり意見を通そうともしていない。
 ただ、愚痴を言ってしまうだけだ。

「サントスは食事に時間を掛け過ぎではないか?」
「パスタは噛まなくても食えるだろう?」
「あまり嚙み過ぎると、胃腸が弱くならないか?」

 どうでも良いことを言ってしまう。

 しかし、サントスは一切動じない。

「ない」
「食えない」
「ならない」

 平然と答えて自分のペースを変えなかった。
 いらついてさえいないフラットな答えに、ステファノは一瞬サントスを見直したくらいだった。

 よく考えると、何1つ立派なことも言っていなかったが。

 ◆◆◆

 前回に続いて今日も情革研はサントスの部屋で開催することになった。伝声管以外の取り組みについてステファノと情報を共有するためである。

「まずは複写技術」

 サントスは分厚い本を書棚から持ち出した。

「これは辞典。中身は関係ない」

 ぱらぱらとページをめくったサントスは、本の中ほどに挟まった薄い封筒を取り出した。

「大事なのはこれ。光に当てるとダメになる」

 そういって封筒から1枚の紙片を取り出した。

「きれいな紙ですね。インクではないのかな?」

 ステファノは手渡された紙片をひっくり返して眺めながら言った。

「これはすみれの花から採った染料で染めてある」
「花の汁ですか」

 紙片の中央には楓の葉が染め抜かれている。葉の周りは白く色が抜けているが、境目はぼんやりとした味わいであった。

「元の『絵』はこれ」

 サントスは同じ封筒から1枚の葉を取り出して見せた。

「え? 本物の葉っぱじゃないですか?」

 サントスから渡された楓の葉を紙片の「絵」に重ねてみると、ぴったりと形が一致した。

「まるで『影』みたいですね」

 ステファノは感心して言った。

「その通り。楓の葉を紙に重ねて陽の光に当てたもの。陰になったところだけ色が残った」
「そうなんですか? じゃあ、初めは紙全体がこの色だったんですね?」

 この「感光紙」はサントスが試行錯誤の末作り上げた物だった。

 実家が染色業をしているサントスは、さまざまな植物から染料を取る技術を知っていた。
 ある種の花から採った染料は光に当たると脱色してしまうことも。

「これは試作品。2週間光に当てないとここまで変化しない。細かい模様はぼやけてしまう」
「文字を写し取ったりはできるんですか?」
「小さな文字は無理。便せん1枚に5文字が限界」

 それではとても実用に耐えない。

「おまけに保存が難しい。光が当たるとどんどん色が薄くなる」

 そう言ってサントスは紫に染まった紙片を封筒に納めた。

「なるほど。今のままでは使い物にならないが、可能性は感じさせる技術ですね」
「そうだろう? ステファノは違いがわかる良い子」

 ステファノは額に手を当てて考えた。

「改良するとしたら、1つは染料の種類ですか? 違う花か植物から、もっと反応が早い染料を採れないかどうか?」
「サントスの実家に頼んではあるのだがな。中々これという物が見つからない」

 スールーもアイデアを出して取り組んで来てはいるようだ。

「2つめは、当てる光ですかね? 光魔術で強い光を当てるという方法もありそうです」
「うん。光の強さや色を変えられるのは魔術の強み」

 ステファノは「白銀しろかね」を想像していた。光の檻に閉じ込めたら、短時間で感光させることができるかもしれない。

「3つめは、後処理ですね」
「どういう意味だ?」
「形を写した後、それ以上退色が進まないように紙を処理できないでしょうか?」
「別の薬を塗ったりしてか?」

 何が効くかわからないまま実験を繰り返すとなると、相当な回数を行う必要があるだろう。

「1つめは今まで通りサントスの実家に任せる。2つめはステファノに頼めるか? 3つ目の後処理はサントスに頼む」

「情報伝達技術とするからにはまともな文字を写せるレベルでないと使い物になりませんね」
「厳しいがその通り」

 ステファノは魔術訓練場での実験内容に、日光複写いや光魔術複写の試行を加えることにした。

「光魔術の応用実験は俺の方で担当出来ます。原稿にする質の良い薄紙と今用意できる最高の感光紙を分けて下さい」
「薄紙はともかく感光紙は5枚くらいしかないが、後で渡そう」

 いくら暗所で保管しても感光紙は時間が立てば白くなってしまう。作りだめができないのだった。
 他にも原稿の薄紙と感光紙を重ねて挟むガラスのついた木枠を、ステファノは借りていくことにした。

 これで原稿複製技術の候補は、ステファノの目指す製版器とサントスが手掛けた日光複写の2方式となった。

「次はこれ」
 
 サントスが持ち出したのは、昨日と同じ鉄管であった。

「伝声管ですか?」

 ステファノが眉を持ち上げると、珍しくサントスが口をへの字に曲げた。

「ステファノは俺たちをちょっと舐めすぎ。発想は天才的」
「こいつは声ではなく、『物』を送る発明だ」
「どうやって使うんですか?」

 サントスは丁度管の内部に収まる大きさのカプセルを取り出した。

「たとえばこの中に手紙を入れる」

 それを一方の穴から管の中に入れた。

「送り出す側から強い風を吹かせてやれば……」

 そう言ってサントスはパイプの先端についたお椀状の部品に口を当てて、思い切り息を吹き込んだ。

 ふしゅっ!

 音を立ててカプセルは反対側から飛び出して壁に当たった。

「十分な力で空気を動かせば、何メートルでもカプセルを運べるってわけさ」

 スールーが得意気に鼻をうごめかせた。

「ふうん……」

 ステファノは床に落ちたカプセルを拾い上げながら考えを巡らせた。

「どうやって空気を送り出すかですね」
「そこが難しい」

 まず一番に考えられるのはふいごを使うやり方だ。

「だが、長い距離を送ろうとすると上手く行かない」

 原理的に送出側と受取側の間に十分な気圧差を作り出せれば、カプセルは止まることなく動き続ける。
 しかし、その気圧差を作り出すことが難しいのだ。

「ゆっくり風を送り込んでいてはカプセルは動かない。一気に空気を送らなければならないんだ」

 伝送距離が長くなれば移動中に空気が漏れて、気圧差が失われる。そうなればカプセルは途中で止まってしまうので、もう一度圧縮空気を送り込まなければならない。

 ステファノは訓練場で試行錯誤した水魔術や火魔術のことを想い出した。

(空気を閉じ込めて圧縮し、一気に開放すれば強い力で飛び出すはずだ……)

 それはコンプレッサーや圧力タンクを作ろうという発想と同じであった。
 内燃機関が存在しないこの世界では人力に頼るしかない。それでも適切な圧力容器と空気弁を設ければステファノが想像したような機能を現実化することは可能だった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第221話 2+1は3ではない。」

「ふふふ。君を見込んだ僕たちの目に狂いはなかった。褒めてくれても良いんだよ?」
「ステファノは便利。一家に一台」

 ステファノという異分子・・・が加わったことによって新しい発想や能力が研究会に生まれた。それは2人が3人に増えたという算術以上に、想像を超えた刺激をもたらしていた。

 多様性を退ける所に科学の進歩はない。たった3人の情報革命研究会がそれを証明しようとしていた。

「後は情報圧縮技術なんだがね。これが一番行き詰っている」
「上手く行かないんですか?」
「というより、解決策を思いつかないんだ。どうしたら情報を圧縮して記録できるか?」

 前に見せたジョークのように、小さい文字で文章を書くことはできるがとても実用的とは言えない。
 日常的に、容易く使える情報圧縮手段はないものか?
 
 ……

◆お楽しみに。
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