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第4章 魔術学園奮闘編
第216話 塾で教えるのは魔術ではありません。
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「正直に言って、私がお前と戦うとしたらこの『水餅』が一番嫌な技だと思うぞ」
「術としては一番地味ですけど」
「得てしてそうした技ほど、対処しにくいものだ」
遠距離魔術なら術の出所さえわかれば避けられる。一流の術者というのはそういうものだ。
「近距離の技ほど避けにくい。ましてや棒を振り回しながら放たれたものなど、避けようがないぞ」
「杖術との組み合わせが大事なんですね」
「ああ。そして『詰め』を忘れるな」
手足の自由を奪われても、魔術は放てる。相手の意識を刈り取るまで戦いは終わらないのだ。
「魔術師相手に油断は禁物だ。気絶させるまで戦いは五分五分だと思え」
「わかりました」
ドリーはステファノが使う杖術にも興味を示した。
「次からはその杖とやらも持ってこい。使える手駒は磨いておくべきだ」
「はい。……そうすると縄もですね」
「何だ、縄とは?」
ステファノの言葉をドリーは聞き咎めた。
「敵を殺さずに縛るために、武器として考えた物の1つです」
ステファノは「朽ち縄」の説明をした。
「朽ち縄とは雷魔術の名前ではなかったのか」
「本来は、その縄と一緒に使うものでした」
「その縄も接近戦用なのだな?」
「はい。イドをまとわせて棒として使える物です」
この上、雷魔術まで杖に載せられるのかとドリーは戦慄を覚えた。
「杖術との二段構えという本質は変わらんが、雷魔術の方は即効性が強みだな」
「確かに水餅は取りつくのに時間がかかりますね」
「雷なら触れただけで相手を倒せる」
敵に魔術を使う隙など与えないであろう。
「失敗しましたね。縄の代わりならいつも身につけていたんですが」
「どういうことだ?」
ステファノは道着の帯について説明した。
「もともと墨染ですから水に漬けると雷を通すんです」
「だが、そんな物を振り回したら、自分の手にも雷が……」
そう言いかけてドリーはステファノの手を見た。
「お前、それで手袋をしているのか?」
「師匠の勧めです」
ドリーはごくりと唾を飲んだ。
「お前の師匠……。『千変万化』と言ったか?」
「そういう二つ名だったそうです」
「えげつない人だな……」
万一の危機に備えて、弟子にそこまでさせるとは。
「術の強さなどより、その師匠の考え方の方がよほど怖い」
「何をしても生き残れと教わりました」
「何をしても、か」
直接会ったわけでもないのに、ドリーはヨシズミの姿勢に打ちのめされた。
「一度ご指導を仰ぎたいものだな」
「1年後なら可能かもしれませんね」
「1年後? 1年後に何がある?」
ドリーは不審顔になった。
「たぶんその頃、『私塾』を開くことになります」
「私塾だと? そこでお前の師匠が教えるのか?」
「定かではありませんが、指導を願うことはできると思いますよ」
「それは……楽しみなことを聞いた」
ドリーはステファノの言葉に微笑んだ。
「この年になって魔術の新境地に挑めるとはな」
それを聞いて、ステファノはこの人には話して良いだろうと思った。
「塾で教えるのは魔術ではありません」
「何だと?」
「それを『魔法』と言い、世界を貫き万物を律する法を表します」
「魔法? 魔術と何が違うのだ?」
その問いに、ステファノは静かに立ち上がり、椅子から離れて床に胡坐をかいた。
「一体何を……?」
「不立文字」
ステファノはそう言うと、下腹の前で両掌を上向きに重ね親指の先を繋ぐ「禅定印」を結んだ。たちまち生じる太極の玉。
ドリーの「蛇の目」には赤と紫の陽気と陰気が互いを追って巡り合う様子は見えない。しかし、ステファノの掌中に魔力の素が生まれ、蠢いていることはわかる。
そこに「熱」が生じていることを「蛇の目」が伝えて来る。
熱の塊はやがてステファノの体内に移り、背骨に沿って上昇して行く。
(これは何だ? 何を見せられている?)
頭頂部に至った熱の塊は、輝く光を放っているようにドリーには感じられた。
「色は匂えど 散りぬるを~」
ステファノが聞いたことのない呪文を唱えた。どの魔術流儀にもない歌うような呪文の詠唱であった。
「わが世誰ぞ 得常ならむ~」
「有為の奥山 今日越えて~」
「浅き夢見じ 飢干もせず~」
歌うたびに頭頂部の玉が光を増す。「蛇の目」を貫いてその光がはっきりと観えた。
「ん~」
ステファノは両手に結ぶ印を、説法印に替えた。
今度こそドリーの「眼」に赤と紫のイデアが観えた。
陽気と陰気が混然となって太極玉を形為す。
(観える!)
ステファノの背後に、光と共に七頭の蛇が顕現した。虹の七色がその体を包み、7つの頭部を彩っている。
(これがステファノの魔力! その根源か!)
それは「入り口」に過ぎなかった。
虹の王は「この世」の存在ではない。すべての可能性、過去と未来、場所と事物を超越した「在り様」を示すものであった。
見詰めればその姿はぼやける。求めれば遠ざかる。
気がつけば、虹の王は1体ではなく、無限の彼方まで数知れぬ形が重なり広がっていた。
(無限の……森羅万象!)
その眩しさに脳を焼かれて、ドリーは意識を失った。
◆◆◆
額を包む冷たさにドリーは意識を取り戻した。
気づけば自分の頭はステファノの膝に載せられ、濡らした手拭いで額を冷やされていた。
「私は一体……」
「太極玉の影響を受けたようです」
「それは赤と紫の……」
「そうです。俺は始原の赤と終焉の紫と呼んでいます」
始まりと終わり。それは別々にある物ではなく、一体となって循環していた。
「それが世界の理なのか?」
「その入り口、切っ掛けのようなものだと思います」
「お前はあれを見ていたのだな?」
ドリーはステファノの膝から頭を起した。
もう一度ギフトを使用してステファノを見る。
「おお。それがお前の」
「俺だけではありませんよ」
ステファノの体はイドの光をまとっていた。ふと、自分の手を見ればうっすらとではあったがその手も光をまとっている。
視界に入るものすべてが光に包まれているのが観えた。
(いや、視界に入っていない物まで……観える)
「蛇の目」の使用を通じてドリーは視力以外で物を見ることに慣れていた。脳がそのイメージを受け入れることができる。
「この光がお前の言うイドという物か」
「かつて人は誰もがこの光を見ていたのかもしれません」
「すべての人がイドを使いこなしていた時代があったと言うのか」
ドリーにはわかった。イドの制御がいかに大きな可能性をもたらしてくれるかが。魔法というものの果てしない広がりが。
「これが魔法か……。いや、その入り口なのか」
「すべての可能性を手にしつつ、起こりうる因果を、その中でできるだけ改変の影響が小さい因果を選んで現実化する。それが魔法の律だそうです」
「それをお前の師は教えることができるのだな?」
「はい」
ドリーは体を走る震えを抑えることができなかった。
求めてやまなかった魔術の深奥は、魔術を超えたところにあった。
あるかないかさえわからぬ境地であったが、それは確実に「ある」と教えてくれる存在がいる。
「糞。羨ましい奴だ」
「はい?」
「お前はその歳で『真実』を教えてくれる師に出会ったのだな。それが妬ましい」
口ではそういうが、ドリーの表情は憑き物が落ちたようにさっぱりしていた。
「何だか、すみません」
「謝るな、馬鹿者! はははは」
ドリーはステファノの気遣いを笑い飛ばした。
「私は『蛇の目』を生かし切れていなかったのだな。本当は『蛇の目』にはイドを知覚するポテンシャルがあったのかもしれん。魔力が視えることに満足して、私はそこで努力を止めてしまったのだ」
忸怩たる思いを、ドリーは吐き出した。
「機が熟していなかっただけかもしれませんよ。今ならそのポテンシャルを受け止めることができる。それで良いのじゃありませんか?」
「ふふふ。どちらが大人かわからんな。生意気だぞ、少年」
急に大人の色香を見せたドリーを前に、ステファノはどぎまぎと目をそらした。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第217話 火薬とは魔術が人に知られる以前に存在した殺人の技術でした。」
「火薬という言葉を聞いたことがない人? 全員ですか。手を降ろしてください。火薬とは人間が作り出した物質です」
「主成分は木炭、硫黄そして硝石です」
「火気に触れれば激しく燃え上がり、大きく膨張します」
(まるで火魔術の説明を聞いているような)
エメッセは生徒たちに噛んで含めるように言った。
「火薬とは魔術が人に知られる以前に存在した殺人の技術でした」
(そんな物があることを、なぜ誰も知らないんだろう?)
……
◆お楽しみに。
「術としては一番地味ですけど」
「得てしてそうした技ほど、対処しにくいものだ」
遠距離魔術なら術の出所さえわかれば避けられる。一流の術者というのはそういうものだ。
「近距離の技ほど避けにくい。ましてや棒を振り回しながら放たれたものなど、避けようがないぞ」
「杖術との組み合わせが大事なんですね」
「ああ。そして『詰め』を忘れるな」
手足の自由を奪われても、魔術は放てる。相手の意識を刈り取るまで戦いは終わらないのだ。
「魔術師相手に油断は禁物だ。気絶させるまで戦いは五分五分だと思え」
「わかりました」
ドリーはステファノが使う杖術にも興味を示した。
「次からはその杖とやらも持ってこい。使える手駒は磨いておくべきだ」
「はい。……そうすると縄もですね」
「何だ、縄とは?」
ステファノの言葉をドリーは聞き咎めた。
「敵を殺さずに縛るために、武器として考えた物の1つです」
ステファノは「朽ち縄」の説明をした。
「朽ち縄とは雷魔術の名前ではなかったのか」
「本来は、その縄と一緒に使うものでした」
「その縄も接近戦用なのだな?」
「はい。イドをまとわせて棒として使える物です」
この上、雷魔術まで杖に載せられるのかとドリーは戦慄を覚えた。
「杖術との二段構えという本質は変わらんが、雷魔術の方は即効性が強みだな」
「確かに水餅は取りつくのに時間がかかりますね」
「雷なら触れただけで相手を倒せる」
敵に魔術を使う隙など与えないであろう。
「失敗しましたね。縄の代わりならいつも身につけていたんですが」
「どういうことだ?」
ステファノは道着の帯について説明した。
「もともと墨染ですから水に漬けると雷を通すんです」
「だが、そんな物を振り回したら、自分の手にも雷が……」
そう言いかけてドリーはステファノの手を見た。
「お前、それで手袋をしているのか?」
「師匠の勧めです」
ドリーはごくりと唾を飲んだ。
「お前の師匠……。『千変万化』と言ったか?」
「そういう二つ名だったそうです」
「えげつない人だな……」
万一の危機に備えて、弟子にそこまでさせるとは。
「術の強さなどより、その師匠の考え方の方がよほど怖い」
「何をしても生き残れと教わりました」
「何をしても、か」
直接会ったわけでもないのに、ドリーはヨシズミの姿勢に打ちのめされた。
「一度ご指導を仰ぎたいものだな」
「1年後なら可能かもしれませんね」
「1年後? 1年後に何がある?」
ドリーは不審顔になった。
「たぶんその頃、『私塾』を開くことになります」
「私塾だと? そこでお前の師匠が教えるのか?」
「定かではありませんが、指導を願うことはできると思いますよ」
「それは……楽しみなことを聞いた」
ドリーはステファノの言葉に微笑んだ。
「この年になって魔術の新境地に挑めるとはな」
それを聞いて、ステファノはこの人には話して良いだろうと思った。
「塾で教えるのは魔術ではありません」
「何だと?」
「それを『魔法』と言い、世界を貫き万物を律する法を表します」
「魔法? 魔術と何が違うのだ?」
その問いに、ステファノは静かに立ち上がり、椅子から離れて床に胡坐をかいた。
「一体何を……?」
「不立文字」
ステファノはそう言うと、下腹の前で両掌を上向きに重ね親指の先を繋ぐ「禅定印」を結んだ。たちまち生じる太極の玉。
ドリーの「蛇の目」には赤と紫の陽気と陰気が互いを追って巡り合う様子は見えない。しかし、ステファノの掌中に魔力の素が生まれ、蠢いていることはわかる。
そこに「熱」が生じていることを「蛇の目」が伝えて来る。
熱の塊はやがてステファノの体内に移り、背骨に沿って上昇して行く。
(これは何だ? 何を見せられている?)
頭頂部に至った熱の塊は、輝く光を放っているようにドリーには感じられた。
「色は匂えど 散りぬるを~」
ステファノが聞いたことのない呪文を唱えた。どの魔術流儀にもない歌うような呪文の詠唱であった。
「わが世誰ぞ 得常ならむ~」
「有為の奥山 今日越えて~」
「浅き夢見じ 飢干もせず~」
歌うたびに頭頂部の玉が光を増す。「蛇の目」を貫いてその光がはっきりと観えた。
「ん~」
ステファノは両手に結ぶ印を、説法印に替えた。
今度こそドリーの「眼」に赤と紫のイデアが観えた。
陽気と陰気が混然となって太極玉を形為す。
(観える!)
ステファノの背後に、光と共に七頭の蛇が顕現した。虹の七色がその体を包み、7つの頭部を彩っている。
(これがステファノの魔力! その根源か!)
それは「入り口」に過ぎなかった。
虹の王は「この世」の存在ではない。すべての可能性、過去と未来、場所と事物を超越した「在り様」を示すものであった。
見詰めればその姿はぼやける。求めれば遠ざかる。
気がつけば、虹の王は1体ではなく、無限の彼方まで数知れぬ形が重なり広がっていた。
(無限の……森羅万象!)
その眩しさに脳を焼かれて、ドリーは意識を失った。
◆◆◆
額を包む冷たさにドリーは意識を取り戻した。
気づけば自分の頭はステファノの膝に載せられ、濡らした手拭いで額を冷やされていた。
「私は一体……」
「太極玉の影響を受けたようです」
「それは赤と紫の……」
「そうです。俺は始原の赤と終焉の紫と呼んでいます」
始まりと終わり。それは別々にある物ではなく、一体となって循環していた。
「それが世界の理なのか?」
「その入り口、切っ掛けのようなものだと思います」
「お前はあれを見ていたのだな?」
ドリーはステファノの膝から頭を起した。
もう一度ギフトを使用してステファノを見る。
「おお。それがお前の」
「俺だけではありませんよ」
ステファノの体はイドの光をまとっていた。ふと、自分の手を見ればうっすらとではあったがその手も光をまとっている。
視界に入るものすべてが光に包まれているのが観えた。
(いや、視界に入っていない物まで……観える)
「蛇の目」の使用を通じてドリーは視力以外で物を見ることに慣れていた。脳がそのイメージを受け入れることができる。
「この光がお前の言うイドという物か」
「かつて人は誰もがこの光を見ていたのかもしれません」
「すべての人がイドを使いこなしていた時代があったと言うのか」
ドリーにはわかった。イドの制御がいかに大きな可能性をもたらしてくれるかが。魔法というものの果てしない広がりが。
「これが魔法か……。いや、その入り口なのか」
「すべての可能性を手にしつつ、起こりうる因果を、その中でできるだけ改変の影響が小さい因果を選んで現実化する。それが魔法の律だそうです」
「それをお前の師は教えることができるのだな?」
「はい」
ドリーは体を走る震えを抑えることができなかった。
求めてやまなかった魔術の深奥は、魔術を超えたところにあった。
あるかないかさえわからぬ境地であったが、それは確実に「ある」と教えてくれる存在がいる。
「糞。羨ましい奴だ」
「はい?」
「お前はその歳で『真実』を教えてくれる師に出会ったのだな。それが妬ましい」
口ではそういうが、ドリーの表情は憑き物が落ちたようにさっぱりしていた。
「何だか、すみません」
「謝るな、馬鹿者! はははは」
ドリーはステファノの気遣いを笑い飛ばした。
「私は『蛇の目』を生かし切れていなかったのだな。本当は『蛇の目』にはイドを知覚するポテンシャルがあったのかもしれん。魔力が視えることに満足して、私はそこで努力を止めてしまったのだ」
忸怩たる思いを、ドリーは吐き出した。
「機が熟していなかっただけかもしれませんよ。今ならそのポテンシャルを受け止めることができる。それで良いのじゃありませんか?」
「ふふふ。どちらが大人かわからんな。生意気だぞ、少年」
急に大人の色香を見せたドリーを前に、ステファノはどぎまぎと目をそらした。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第217話 火薬とは魔術が人に知られる以前に存在した殺人の技術でした。」
「火薬という言葉を聞いたことがない人? 全員ですか。手を降ろしてください。火薬とは人間が作り出した物質です」
「主成分は木炭、硫黄そして硝石です」
「火気に触れれば激しく燃え上がり、大きく膨張します」
(まるで火魔術の説明を聞いているような)
エメッセは生徒たちに噛んで含めるように言った。
「火薬とは魔術が人に知られる以前に存在した殺人の技術でした」
(そんな物があることを、なぜ誰も知らないんだろう?)
……
◆お楽しみに。
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