上 下
216 / 654
第4章 魔術学園奮闘編

第216話 塾で教えるのは魔術ではありません。

しおりを挟む
「正直に言って、私がお前と戦うとしたらこの『水餅』が一番嫌な技だと思うぞ」
「術としては一番地味ですけど」
「得てしてそうした技ほど、対処しにくいものだ」

 遠距離魔術なら術の出所さえわかれば避けられる。一流の術者というのはそういうものだ。

「近距離の技ほど避けにくい。ましてや棒を振り回しながら放たれたものなど、避けようがないぞ」
「杖術との組み合わせが大事なんですね」
「ああ。そして『詰め』を忘れるな」

 手足の自由を奪われても、魔術は放てる。相手の意識を刈り取るまで戦いは終わらないのだ。

「魔術師相手に油断は禁物だ。気絶させるまで戦いは五分五分だと思え」
「わかりました」

 ドリーはステファノが使う杖術にも興味を示した。

「次からはその杖とやらも持ってこい。使える手駒は磨いておくべきだ」
「はい。……そうすると縄もですね」
 
「何だ、縄とは?」

 ステファノの言葉をドリーは聞き咎めた。

「敵を殺さずに縛るために、武器として考えた物の1つです」

 ステファノは「朽ち縄」の説明をした。

「朽ち縄とは雷魔術の名前ではなかったのか」
「本来は、その縄と一緒に使うものでした」
「その縄も接近戦用なのだな?」
「はい。イドをまとわせて棒として使える物です」

 この上、雷魔術まで杖に載せられるのかとドリーは戦慄を覚えた。

「杖術との二段構えという本質は変わらんが、雷魔術の方は即効性が強みだな」
「確かに水餅は取りつくのに時間がかかりますね」
「雷なら触れただけで相手を倒せる」

 敵に魔術を使う隙など与えないであろう。

「失敗しましたね。縄の代わりならいつも身につけていたんですが」
「どういうことだ?」

 ステファノは道着の帯について説明した。

「もともと墨染ですから水に漬けると雷を通すんです」
「だが、そんな物を振り回したら、自分の手にも雷が……」

 そう言いかけてドリーはステファノの手を見た。

「お前、それで手袋をしているのか?」
「師匠の勧めです」

 ドリーはごくりと唾を飲んだ。

「お前の師匠……。『千変万化』と言ったか?」
「そういう二つ名だったそうです」
「えげつない人だな……」

 万一の危機に備えて、弟子にそこまでさせるとは。

「術の強さなどより、その師匠の考え方の方がよほど怖い」
「何をしても生き残れと教わりました」
「何をしても、か」

 直接会ったわけでもないのに、ドリーはヨシズミの姿勢に打ちのめされた。

「一度ご指導を仰ぎたいものだな」
「1年後なら可能かもしれませんね」
「1年後? 1年後に何がある?」

 ドリーは不審顔になった。

「たぶんその頃、『私塾』を開くことになります」
「私塾だと? そこでお前の師匠が教えるのか?」
「定かではありませんが、指導を願うことはできると思いますよ」

「それは……楽しみなことを聞いた」

 ドリーはステファノの言葉に微笑んだ。

「この年になって魔術の新境地に挑めるとはな」

 それを聞いて、ステファノはこの人には話して良いだろうと思った。

「塾で教えるのは魔術ではありません」
「何だと?」

「それを『魔法』と言い、世界を貫き万物を律する法を表します」
「魔法? 魔術と何が違うのだ?」

 その問いに、ステファノは静かに立ち上がり、椅子から離れて床に胡坐をかいた。

「一体何を……?」

不立文字ふりゅうもんじ

 ステファノはそう言うと、下腹の前で両掌を上向きに重ね親指の先を繋ぐ「禅定ぜんじょう印」を結んだ。たちまち生じる太極のぎょく

 ドリーの「蛇の目」には赤と紫の陽気と陰気が互いを追って巡り合う様子は見えない。しかし、ステファノの掌中に魔力のもとが生まれ、蠢いていることはわかる。
 そこに「熱」が生じていることを「蛇の目」が伝えて来る。
 
 熱の塊はやがてステファノの体内に移り、背骨に沿って上昇して行く。

(これは何だ? 何を見せられている?)

 頭頂部に至った熱の塊は、輝く光を放っているようにドリーには感じられた。

「色は匂えど 散りぬるを~」

 ステファノが聞いたことのない呪文を唱えた。どの魔術流儀にもない歌うような呪文の詠唱であった。

「わが世誰ぞ 得常ならむ~」

「有為の奥山 今日越えて~」

「浅き夢見じ 飢干えひもせず~」

 歌うたびに頭頂部の玉が光を増す。「蛇の目」を貫いてその光がはっきりと観えた。

「ん~」

 ステファノは両手に結ぶ印を、説法印に替えた。
 今度こそドリーの「眼」に赤と紫のイデアが観えた。

 陽気と陰気が混然となって太極玉を形為す。

(観える!)

 ステファノの背後に、光と共に七頭の蛇が顕現した。虹の七色がその体を包み、7つの頭部を彩っている。

(これがステファノの魔力! その根源か!)

 それは「入り口」に過ぎなかった。

 虹の王ナーガは「この世」の存在ではない。すべての可能性、過去と未来、場所と事物を超越した「在り様」を示すものであった。

 見詰めればその姿はぼやける。求めれば遠ざかる。
 気がつけば、虹の王ナーガは1体ではなく、無限の彼方まで数知れぬ形が重なり広がっていた。

(無限の……森羅万象!)

 その眩しさに脳を焼かれて、ドリーは意識を失った。

 ◆◆◆

 額を包む冷たさにドリーは意識を取り戻した。
 気づけば自分の頭はステファノの膝に載せられ、濡らした手拭いで額を冷やされていた。

「私は一体……」
太極玉たいきょくぎょくの影響を受けたようです」
「それは赤と紫の……」
「そうです。俺は始原の赤と終焉の紫と呼んでいます」

 始まりと終わり。それは別々にある物ではなく、一体となって循環していた。

「それが世界の理なのか?」
「その入り口、切っ掛けのようなものだと思います」
「お前はあれ・・を見ていたのだな?」

 ドリーはステファノの膝から頭を起した。

 もう一度ギフトを使用してステファノを見る。

「おお。それがお前の」
「俺だけではありませんよ」

 ステファノの体はイドの光をまとっていた。ふと、自分の手を見ればうっすらとではあったがその手も光をまとっている。
 視界に入るものすべてが光に包まれているのが観えた。

(いや、視界に入っていない物まで……観える)

「蛇の目」の使用を通じてドリーは視力以外で物を見ることに慣れていた。脳がそのイメージを受け入れることができる。

「この光がお前の言うイドという物か」
「かつて人は誰もがこの光を見ていたのかもしれません」

「すべての人がイドを使いこなしていた時代があったと言うのか」

 ドリーにはわかった。イドの制御がいかに大きな可能性をもたらしてくれるかが。魔法というものの果てしない広がりが。

「これが魔法か……。いや、その入り口なのか」

「すべての可能性を手にしつつ、起こりうる因果を、その中でできるだけ改変の影響が小さい因果を選んで現実化する。それが魔法の律だそうです」
「それをお前の師は教えることができるのだな?」
「はい」

 ドリーは体を走る震えを抑えることができなかった。
 求めてやまなかった魔術の深奥は、魔術を超えたところにあった。

 あるかないかさえわからぬ境地であったが、それは確実に「ある」と教えてくれる存在がいる。

「糞。羨ましい奴だ」
「はい?」
「お前はその歳で『真実』を教えてくれる師に出会ったのだな。それが妬ましい」

 口ではそういうが、ドリーの表情は憑き物が落ちたようにさっぱりしていた。

「何だか、すみません」
「謝るな、馬鹿者! はははは」

 ドリーはステファノの気遣いを笑い飛ばした。

「私は『蛇の目』を生かし切れていなかったのだな。本当は『蛇の目』にはイドを知覚するポテンシャルがあったのかもしれん。魔力が視えることに満足して、私はそこで努力を止めてしまったのだ」

 忸怩たる思いを、ドリーは吐き出した。

「機が熟していなかっただけかもしれませんよ。今ならそのポテンシャルを受け止めることができる。それで良いのじゃありませんか?」
「ふふふ。どちらが大人かわからんな。生意気だぞ、少年」

 急に大人の色香を見せたドリーを前に、ステファノはどぎまぎと目をそらした。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第217話 火薬とは魔術が人に知られる以前に存在した殺人の技術でした。」

「火薬という言葉を聞いたことがない人? 全員ですか。手を降ろしてください。火薬とは人間が作り出した物質です」

「主成分は木炭、硫黄そして硝石です」

「火気に触れれば激しく燃え上がり、大きく膨張します」

(まるで火魔術の説明を聞いているような)

 エメッセは生徒たちに噛んで含めるように言った。

「火薬とは魔術が人に知られる以前に存在した殺人の技術でした」

(そんな物があることを、なぜ誰も知らないんだろう?)
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

役立たず王子のおいしい経営術~幸せレシピでもふもふ国家再建します!!~

延野 正行
ファンタジー
第七王子ルヴィンは王族で唯一7つのギフトを授かりながら、謙虚に過ごしていた。 ある時、国王の代わりに受けた呪いによって【料理】のギフトしか使えなくなる。 人心は離れ、国王からも見限られたルヴィンの前に現れたのは、獣人国の女王だった。 「君は今日から女王陛下《ボク》の料理番だ」 温かく迎えられるルヴィンだったが、獣人国は軍事力こそ最強でも、周辺国からは馬鹿にされるほど未開の国だった。 しかし【料理】のギフトを極めたルヴィンは、能力を使い『農業のレシピ』『牧畜のレシピ』『おもてなしのレシピ』を生み出し、獣人国を一流の国へと導いていく。 「僕には見えます。この国が大陸一の国になっていくレシピが!」 これは獣人国のちいさな料理番が、地元食材を使った料理をふるい、もふもふ女王を支え、大国へと成長させていく物語である。 旧タイトル 「役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~」

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...