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第4章 魔術学園奮闘編

第213話 始めに太陽ありき。

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 サントスの部屋を後にし、6時までの自由時間をステファノは魔力操作初級のチャレンジ対策にあてることにした。

 やって来たのは魔術訓練場の開放区画である。ここでは魔力錬成と生活魔法の行使が許されている。今日は柔研究会がないため平服でやってきたステファノは特に目立つこともなく、広々としたエリアの一角に腰を下ろした。

 ゆったり胡坐をかいて、膝の上に手のひらを置く。上に向けた左右の手のひらは錬成する魔力の受け皿のつもりだ。
 人差し指と親指で輪を描き、太極玉に倣った玉のイメージを表してみた。

 横から見れば太極図の陰陽を分解した形になっている。

 呼び出す魔力は「水」と「火」だ。右手に水を、左手に火を呼び出せば、「緑に橙」は「ら」の型である。
 明想さえも省略し、瞬時に魔力を練る。

 玉の形に現れたイデアは意思あるように蛇の形を取った。ドリーであればその形まで「蛇の目」に写して感じ取ったであろう。果たしてディオール先生にはどう見えるのか?

 火と水の蛇は己の尾を追ってぐるぐると渦巻く。ステファノはあるいは大きく、あるいは小さくその大きさを変えてみた。

 水蛇すいじゃ火蛇かじゃを両方同時に大きくし、小さくする。今度は水蛇を大きく、火蛇を小さく。
 逆に水蛇を縮め、火蛇を伸ばす。

 手指を動かすように魔力を自在に操るところまで、ステファノは練習を繰り返した。

(よし。これならば好きな強さで魔力を呼び出せる)

 後は試射場で魔力の大きさと術の威力との関係を細かく確認するだけだ。威力の制御は万全になるはずであった。
 
 満足したステファノは両手の印を胸の前で合わせた。左手を下に、右手を上に。
 その形は太極図に重なり、説法印と呼ばれる印相を象った。

 水気は火気を追い、火気は水気を飲み込もうとする。
 五行相克、2つのイデアは互いを吸収しながら中心の1点に収れんし、消えて行った。

(そうか。陰陽五行おんみょうごぎょう、日、月、火、水、木、金、土とは魔力6属性に「始原の赤」を加えたものか)

 日月は太陽と太陰を表わしながら、「始原の赤」と「終焉の紫」でもある。
 月はまた光の属性でもあった。

(木は風、金は雷。「始原の赤」は、陽気の根本にしてすべての属性を生み出す元。つまり己のイドそのものだ)

(だからヨシズミ師匠の世界では、魔視脳まじのうを活性化したものはすべての属性魔力を生み出すことができたんだ)

 イドこそイデアの源であり、イデア界への窓であった。

「始めに太陽ありき」

 ステファノは、魔力操作とはイドの鍛錬であることを悟った。
 それから6時まで、ステファノは太極玉を繰り返し練り続けた。

 ◆◆◆

「来たか」
「今日もよろしくお願いします」

 ステファノはドリーとあいさつを交わすと、さっそく試射場のブースに向かった。
 これまで「火」、「水」、「風」、「雷」、「土」を訓練してきた。

 順番で行けば、今日は「光」の日だ。
 
「光魔術をやってみようと思うんですが……」

 ステファノの宣言も歯切れが悪くなる。

「ふふ。光で攻撃魔法は難しいぞ。余程光属性に強い術者でなければ、攻撃にはならん」

 そうなのだ。強い光を浴びせて「目つぶし」をすることはできる。
 しかし、ここでの相手は命のない「標的」である。目つぶしでは効果がない。

「上手く行くか確信がないのですが、一応考えてきた術があります」
「ほう。面白そうだな。見せてもらおうか」
「説明が難しいので、良く見ていてください」

 ステファノは胸の前で「説法印」の形に手を重ねた。人差し指と親指で輪を作り、上に向けた左手の上に右手をかざす。
 2つの勾玉まがたまが互いを追って巡り合う形。

 またの名を「転法輪印てんぽうりんいん」と言う。ステファノにとっては2つの魔法が輪を描いて回るイメージを手の形で表したものであった。

 ドリーはピクリと眉を動かしたが、何事もないように魔術の発射を許可した。

「5番、光魔術。準備が良ければ、撃て」

(ん~)

 紫の光紐こうちゅうが2筋、両手の中に走り出した。お互いを追い掛けながら、渦を巻く。
 凝縮された力が集まる渦の中心から眩しい光が漏れたと思うと、音もなく一匹の白蛇が宙を飛んだ。

 今まで見たどの術よりも速く、一瞬で距離を詰めた光る蛇は標的にまとわりつくと繭のように標的全体を覆った。

「『ん』の型、白銀しろかね

 音も衝撃もなく、光の繭はただ標的を覆っているだけであった。

「ふーん。これは近づいても危険ではないのだな? 良し」

 ガラガラと鎖を鳴らして、ドリーは標的を引き寄せた。

「中々の密度で魔力をまとわせていることはわかるのだがな。これはどういう術なのだ?」

 ギフト「蛇の目」を持つドリーでも、ステファノが編み出した「白銀しろかね」と言う術の正体を判じかねた。光るだけで攻撃力があるのか?

「これは要するに目つぶしです」
「そんなに強い光には見えないが」
「光は内向きに・・・・出ています」

 ヨシズミは洞窟の壁の反射率を上げて光を逃さぬ工夫をしていた。ステファノはそれを捕縛術として応用したのだった。
 白蛇が転じた光の繭は、内部が反射率100%になっている。内向きに発せられた光は減衰することなく繭の中を満たして、虜の目を眩ますのだ。

「雪国では深い吹雪の中に取り込まれると、どこもかしこも真っ白な世界になり方向感覚を失って動けなくなることがあるそうです」
「聞いたことがある。家の庭先でも遭難して帰れなくなることがあるそうだな」
「それを光の繭で再現しました。敵の行動を封じる術です」

 ドリーはじわじわと体に迫る恐怖を感じた。

「痛くも痒くもないのだな、相手は?」
「眩しいこと以外は何でもありません」

 それでいて動けない。形のない光の繭は、むしり取ることも破ることもできない。

「これは水の縄以上に破りにくい術だな」
「俺の師匠からは土魔術の一種がカウンターだと言われました」
「土魔術だと? どう使うのだ?」
「引力ではなく、『引力に伴う効果』のみを引き出して光を吸い込ませると」

 土で光を吸い込むだと? 想像したこともない発想に、ドリーは今度こそ恐怖を覚えた。

「お前の師匠は本当に化け物だな。光と土が混ざって何か起こるところなど、見たこともないが……」

 ドリーは土魔術を使うと宣言し、標的を5メートルの距離に下がらせた。

「引力を出さずに結果だけ使えだと? ややこしいことを」

 ぶつぶつ言いながらドリーは短杖ワンドを構えた。

「流砂の陣、『蟻地獄』」

 標的の足元に生まれた漏斗ろうと型の蟻地獄は引力効果のイメージ。小型のブラックホールのようなものであった。
 光の繭は蟻地獄に引かれてにじむような帯となって下方に動いた。

「まだ力が足りないか? これでどうだ!」

 ドリーは短杖ワンドを振ってさらに魔力を送り込んだ。
 引き延ばされた光の繭が赤い光を帯びて蟻地獄に吸い込まれていく。

 音のない戦いは蟻地獄の勝利となり、光は跡形もなく消えた。ドリーが短杖を振ると、役割を終えた蟻地獄が渦を巻きながら地面に消えていった。

「なるほど。土属性で破ることはできるのだな。しかし、しつこいな」

 もしドリーと同じようにステファノが魔力を追加すれば、光と土の綱引きが延々と続いたはずであった。

「しかも気を使う。引力を働かせずに光を吸い込む結果だけを持って来るとはな。言わせてもらえば相当な実力者でなければできないことだぞ」
「引力を使ってしまうと、大惨事になるそうです」
「だろうな。そこらじゅうの物を吸い込んでしまうだろう」

 もっともそれ程の強さで引力を使おうとしたら、上級魔術師でなければ難しい。
 そこらの術師にできることではなかった。

「やっぱりドリーさんの術は切れ味が鋭いですね」
「馬鹿者。子供に褒められても喜ばんぞ。やれやれだ」

「ドリーさんの術がそれだけきめ細かいのは、やはり『蛇の目』で魔力を見極めているからですか?」
「それが大きいな。それと伯父の術を間近で見続けた結果だろう」

 ドリーにとって超えることのできない山のような存在、それがガル老師であった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第214話 普通の火球ってどうやるんですか?」

「点数が上振れしたことよりも、術の形態が特殊過ぎるな」
「縛るのはやりすぎですか?」
「前にも言ったが、まるで炎が生きているようなのでな。マリアンヌ女史の研究心を刺激すると思うぞ」

 普通の術者なら火球を飛ばすところである。ところがステファノの火球は、実際は隕石であった。

「普通の火球ってどうやるんですか?」
「お前はときどきアホみたいな質問をするな。簡単に言えば水魔術を飛ばすのと同じ理屈だ。燃える気を圧縮して、前方の一カ所だけ開放してやれば前に飛んで行くぞ」
「そういうことですか」

 球と言うから「物体」を想像していた。そのために隕石を飛ばしてしまったのだ。
 炎の塊を圧縮したものを飛ばせばよいのかと、ステファノは初めて気がついた。
 
 ……

◆お楽しみに。
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