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第4章 魔術学園奮闘編

第207話 俺の武器は「水餅」で良い。

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 次の日は金曜日であった。

 1限目は魔術発動体の基礎知識で、午後の3限目が商業簿記入門の日である。

 そして金曜日は情革研の活動日でもあった。

 商業簿記入門の授業では「技術に詳しい魔術師」を見つけられるとは思えない。残念ながら、今日の会合ではスールーとサントスにお目当ての人間は見つからなかったと告げなければならない。

 だが、文書複製技術に関しては1つの着想を得た。
 製版機である。

 工芸入門の課題で作るコースターは「木彫」を想定している。だが、使用する道具・・・・・・は自由だと言われた。

 ならば「魔道具という道具・・・・・・・・」を使っても構わないはずだ。

 だからこそステファノはタッセ先生に念押しの質問をした。

「道具は何を使っても良いのでしょうか?」

 それに対する先生の答えはこうだった。

「ああ、支給されたもの以外でも手持ちの道具があれば、自由に使って下さい」

自由に・・・使って良い」と、そう言ったのである。
 
 この言葉が持つ意味は大きい。これによりステファノが自作の魔道具を使って工作を行っても、規定違反とはならないのだ。

 ステファノは自動製版機のプロトタイプとして「コースターに浮彫を施す魔道具」を作り出そうとしていた。

 正確に言えばコースターを彫る・・つもりはない。円板を圧縮することにより浮き彫りと同じ結果を生み出そうと考えていた。

(まとまった時間が取れる日曜日に魔道具を試作し、月曜日に試射場で試してみよう)

 そうなると、他教科の課題については今日、明日の内に形にしておきたい。

 ・魔術の歴史:原始魔術存在の真偽、あったすればどのようなものか?
 ・魔力操作初級:瞑想による魔力錬成。
 
 今のところ、この2つであった。

 瞑想の方は「手加減」の問題だけである。その上でどこまで手の内をさらして単位を認めさせるか?
 少なくともクラスのレベルからは抜きんでたものでなければならない。

 最も有望な生徒であるデマジオは、3つの属性魔力を独立した形で練ることができる。ステファノは見せ球として火と水の2属性を選んだ。

 ならば2属性の制御で「見せ場」を作らねばならない。ドリーとの相談でこんな作戦を立てた。

 ・錬成スピード:瞬時に魔力を呼び出す。
 ・錬成精度:2属性を独立した純粋な魔力として錬成する。
 ・魔力量:デマジオの2倍。

 スピードについては、試射場でドリーに見せたノー・タイム錬成である。魔力が視えるディオールだけに、いきなり魔力を発現されたら度肝を抜かれるに違いない。

 精度も手加減なしだ。本来の純粋イデアを右手と左手に呼び出して見せる。

 デマジオの属性魔力はおぼろ月のようにぼやけ、霞んでいたが、ステファノなら凝縮された光紐こうちゅうの形で呼び出せる。いっそのこと「蛇」の形で呼んだ方が強いイメージとなるかもしれない。

 最後の魔力量は中級における「下の上」を狙う。魔術科新入生でこのレベルに達するのは珍しいが、いないこともない。それくらいの線であった。
 10メートルの標的に怪我をさせる・・・・・・程度の魔力を練る。その加減を訓練中に覚える予定であった。

 めどが立たないのは魔術史の方である。セイナッド氏を調査して「当たり」を引けるかどうか?
 ひとえにそこに成否がかかっている。ある意味運頼みだ。

 しかし、魔術史は面白そうだという感覚がステファノにはある。性に合っている気がするのだ。
 普通に授業を受けることになっても、それはそれで良いと思えるくらいには。

 チャレンジ対応の方針が決まったので、朝の日課はすっきりとした気持ちで行うことができた。

 魔視脳まじのうが覚醒した今、イドの制御はさらに容易になった。眠っている間でさえイドの繭をまとっていることに、朝の目覚めで気がついたくらいである。

 意識しなくてもイドの鎧はステファノの動きについて来る。手を動かさなくても楯は自在にその位置を変える。

(そうか。師匠のイドはこうやって制御されていたのか)

 念誦を行わなくとも今やステファノの拳は炎を発し、岩を砕くだろう。
 土を念じ、風をまとえば、おそらく飛行も自在だと思われた。

(魔法とは何と自由なものだろう。それに比べて魔術とは何と不自由な)

 徒手格闘が進歩を遂げれば、それは杖術にも反映される。棒にまとわせたイドは自在に変化し、ステファノの意思と共に踊った。それはまるで生あるものを手にしているようであった。

 いつしかステファノの棒は風をまとい、飄々ひょうひょうと音を立てるようになった。もしステファノが木枯らしを望めば、風は雪嵐を呼び、辺りを凍りつかせるだろう。
 真夏の南風はえを求めれば、火嵐となって敵を焼くことだろう。

 飄々と鳴る棒を使いながら、その手ごたえが両手に伝わって来るのをステファノは感じていた。

(求めず!)

 ステファノは強い意思を持って棒を振った。棒はびょうと鳴ってイメージを打ち消す。

 風の音は細く、さらに細く、深山渓谷を渡る微風となった。

(求めるは「不殺」。「縛」の一手)

 棒を包むイドがその質を変化させた。

 堅く、ちゅう密であったものが、柔らかく自在なものに変わった。イドは水のように飛沫しぶきを上げ、尾を引いて宙を走る。それでいてすべては1つであり、ステファノの意思に従っていた。

(そうだ。刃は要らない。炎も、氷も欲しくない。俺の武器は「水餅」で良い)

 粘りつき、敵を包んで離さない。それを以て敵を封じる。
 不殺の捕縛術「水餅」をステファノは得た。

(これで良い。これは魔術ではない。イドの応用法だ。これが俺の術だ)

 ステファノは素振りを終えて、会心の笑みを浮かべた。

 ◆◆◆

 魔術発動体の基礎知識は魔術科の授業である。この授業も入門知識を対象としており受講生はすべて新入生であった。

 しかし、全員が受けているわけではなく集まったのは6名であった。やはり、ジローの姿はない。

 魔術科1年生の総数が少ないために、クラスの全員が魔力操作初級との掛け持ちであった。トーマの姿もある。

 デマジオもトーマから距離を取って座っていた。

 今回はお貴族様の姿がなかった。この単位を2学期以降の取得予定にしたのか、それとも不必要な科目としてカリキュラムから外したのか?

 お貴族様が魔術発動具で苦労することはないであろうから、どちらもありそうな話であった。

「この授業は『魔術発動体の基礎知識』です。よろしいですね? 私が講師のラルドです」

 ラルドと名乗った男性講師は40代前半の神経質そうな男であった。

「この授業では、『魔術発動体の役割』、『魔術発動補助の仕組み』、『用途別発動体の選び方』を中心に教えて行きます」

 ステファノは冒頭の説明を聞いて安心した。ネルソン邸の書斎で見た書物より、ずっと具体的で実用的な内容に聞こえたからだ。

「最初に皆さんの関心が高いチャレンジの内容について説明しておきましょう」

 ラルド先生は出席簿を挟んだバインダーを教卓に置いて、生徒たちを見渡した。

「私は講師なので、この教室での魔術発動を許可されています。もちろん授業に必要な範囲で、安全に留意して使用することが義務づけられていますので安心してください」
 
 ラルドは害意がないことを示すかのように、両手を広げて両掌を生徒たちにさらして見せた。

「さて、今から私が簡単な魔術を1つ行使します。その時に、魔術発動具を1つ使用します。それは一体何で、どこに身に着けているでしょうかという問題です」

 ラルドは生徒たちから全身が見えるように教卓を脇に寄せて、教壇に立った。

 生徒たちは身を乗り出すようにして、頭からつま先までラルドの全身を見回した。

「えー、念のために言っておきますが、去年とは問題を変えていますからね? 先輩に尋ねても答えはわかりませんよ? 一昨年とも違います」

 ラルドは袖をまくり、両手の裏表を生徒に示した。

「ブレスレットも指輪も、ネックレスもしていません。ああ、私は嘘をつきませんからね。隠していることはあっても、事実と異なることは言いません」

 両手を広げたままラルドはゆっくりとターンした。

「目に見えない道具とか、見えないほど小さい道具とか、そういう物ではありません。皆さんの目に見える物ですよ」

 ラルドが身に着けているのは上下の服に靴下、ベルト、そして靴だけに見える。
 果たしてその中のどれかという答えで良いのか?

「さて、1人1問だけ質問を認めます。1問だけですよ? もちろん、正直に答えます。ですが、発動具がどれかという質問には答えられませんからね、もちろん。はい、あなたからどうぞ」

 右端に座った生徒が指名された。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第208話 ラルドの言葉と、「答えなかった問い」にチャレンジの答えがある。」

「さあさあ、質問に対する回答は終わりました。問題は簡単なことです。紙と封筒をお渡ししますので、私の魔術が終わったら答えを書いて封筒に入れ、しっかり封印してください。封蝋はここにありますからね?」

「先生。書き終わりました。封をしてもらえますか?」

 手を上げたのはステファノであった。

「はい? まだ魔術を見せていませんけど?」

 ラルドが目をぱちぱちさせた。

「たぶん魔術を見てもわからないので、勘で書きました」

 ステファノは微笑んで封筒を差し出した。

「君はそれで良いんですね? もう変更はできませんよ? 良いでしょう」

 ラルドは封筒を受け取り、種火の術で蝋を溶かして封印した。
  
 ……

◆お楽しみに。
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