飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
206 / 694
第4章 魔術学園奮闘編

第206話 太極開合して宇宙に至る。

しおりを挟む
「外」が「内」になり、「上」が「下」になる。
 マルチェルであればその概念をこう表したであろう。

太極開合たいきょくかいごう

 陽気は開き、陰気は閉じる。即ち、「阿吽あうん」に同じ。

 太極図を見れば、陽気、陰気はお互いの内部に入らんと巡り合う。

 内より開く陽気が「阿」であり、外より閉じる陰気が「吽」であった。

 宇宙は、イデア界は「阿」と「吽」のに横たわる。窓は太極玉の外縁ではなかった。
 
 開きながら閉じながら混ざり合う中心の一点・・・・・こそが世界。

 そして「外」より「内」を見れば、すべてのイデアがそこにある。己の内部こそ「宇宙」であった。

 虹の王ナーガはイデア界そのものとして存在していたのだ。

 なればこそ、虹の王ナーガは言った。

「求めれば既にあり。探せば見失う」

 ステファノはもう探さない。ただ己の内の虹の王ナーガに求めた。

(「ふ」の型、「土蛇つちへび」)

 ひょうと空気を鳴らして、ステファノが捧げる右手からどんぐりの粒が飛び出した。

 イドをまとったどんぐりは標的に当たる寸前に膨れ上がったように、ドリーの「蛇の目」は認めた。

 胴体の中央を捉えた瞬間、数グラムの木の実が立てたとは思えない重低音を立て、どんぐりは標的を天井まで弾き飛ばした。

 一瞬後、がしゃあんと鎖の音を立てて標的が天井から落ちて来た。

 その音でようやくドリーは我に返った。

「今のは何だ? 魔力の動きがまったく見えなかった。それなのに、は飛んだ……」
「土蛇と名づけました」
「やはり蛇だったのだな。どこから魔力を呼んだのだ?」

 魔力を呼び出さずに術を発動するなど、ドリーの常識の外にあった。

「どこからと言われると、自分の中からでしょうか」
「そんなやり方があるのか?」
「今日の授業で習った瞑想法がヒントになりました」
「そんな無茶苦茶な話が……」

 ステファノは晴れやかな表情でもう一度標的に向き合った。

「ドリーさん、もう1つ試してみて良いですか?」
「何だと? あ、ああ。5番、つ、土魔術。発射を許可する。撃て」

 ドリーの動揺を他所に、ステファノの心は落ちついていた。呼吸1つで「鉄壁の型」に入る。

「ふっ」

 力みもなく突き出した拳の先に標的はある。その距離20メートル。

 ぼんっと船の帆が風を受けたような音を立て、またも標的が天井まで吹き飛んだ。

「それは……風魔術ではないのだな?」
「遠当ての術と言うのを再現してみました。戦国時代に使われていたようです」

 ステファノが使ったのは先程と同じ「ふの型、土蛇」であった。
 今度はどんぐりに籠める代わりに、拳の先の空気にイデアを籠めた・・・・・・・・・・

 見えない塊が宙を飛び、標的に当たって弾き飛ばしたのだ。

 だが、遠当ての術は「5歩先の敵を倒す技」であった。20メートル先の敵に対して使う術ではなかった。

 ステファノの凝縮したイメージ、ほとんど物質化したイドを空気にまとわせることで可能となった技である。

「この目で見ても信じられん技だな。空気で20メートル先の標的を飛ばすとは」
「ドリーさんはセイナッド一族と言う名を聞いたことがありますか?」
「知らんな。もっとも勉強は不得意だったから、私が知らないだけかもしれん。そいつらが今の技を使っていたのか?」
「戦国兵器総覧という書物によると、恐らくそうではないかと思います」

 ドリーは今更ながらステファノの成長力に圧倒された。
 今日見た書物の技を、一度の試射で再現するとは。

「恥ずかしいことだな。実に」
「何がですか?」
「ふふ。私は自分のことを天才だと思っていたのだ。人にできることは努力しなくてもすぐできるようになるのでな」
「凄いじゃないですか」

 嫌味ではなく、ステファノは本音でそう言った。
 ドリーにもそれは伝わったので、彼女が表情を変えることはなかった。

「お前に比べれば、私などそこらの凡才と変わらん。それこそあのトーマたちと五十歩百歩だ」
「そんなことはないでしょう。僕が見てもドリーさんの術が研ぎ澄まされているのはわかりますよ」
「それはそれ、これはこれなんだが……。自分を卑下しすぎても仕方がないな。長所は長所と認めて足りない部分を努力すればよいことだ」

 それは普段ドリーが生徒たちに指導している言葉だった。ステファノにはステファノの道があり、自分には自分の道がある。比べる必要はないのだ。

「すまんな。つまらん愚痴をこぼした。忘れてくれ」
「はい。遠当てと言えば、その他にも原始魔術と思われる術がいくつか記録されていたんですよ」
「……。お前の切り替えの速さには呆れるな。まあ良い。原始魔術がどうした?」
「魔術史の課題で調べていたんですがね。えーと、これです」

 ステファノはノートを引っ張り出して、原始魔術とみられる摩訶不思議の項目を読み上げた。

鎌鼬かまいたち、遠当て、天狗高跳び、山津波・山嵐、狐火・鬼火」
 
「これって、魔術のことだと思うんです」
「ふうむ。遠当ては今さっきお前が再現して見せたわけだな。さすがに20メートルは異常だが、数メートルの距離なら私にもできるだろう」
 
「鎌鼬は風魔術ですよね?」
「そうだな。流派によって呼び名が変わるがいわゆる『風刃ふうじん』という術だろうな。高速の風により、首筋を切る術だ」

「天狗高跳びは土魔術による引力操作だと思いますが」
「なるほどな。無詠唱で術を使える人間だったら可能だろう。やったことはないが私にもできそうだ。お前は……やったことがありそうだな」

 ステファノは無言で頭を掻いた。
 
「もう何も言わん。その内コツを教えてくれ。次は何だ?」
「山津波・山嵐です。水魔術かなと思います」
「土魔術あるいは水と土の複合魔術という可能性もあるな」
 
「何人かで術を重ね合わせるということはできるんですか?」
「普段から訓練を繰り返せば可能だ。タイミングを間違えると強い方が弱い術を蹴散らしてしまうがな」
「セイナッドの家臣団がそう言う訓練を積んでいた可能性がありますね」
「あり得る話だな」

「最後は狐火・鬼火です」
「火魔術または光魔術か」
「放火に使う火遁は火魔術ですね」
「聞いたことがある。五遁という奴か」

 ステファノは金遁が雷魔術で、木遁は風魔術ではないかという自分の推論を述べてみた。

「なるほどな。悪くない読みだ。鎧武者に雷をお見舞いして逃げ出すというのは効果的だろう」
「戦場はそこら中金気だらけですからね」

 雷電を放てば狙いなど定めずとも相手の武具に当たってくれる。ガル師が100人殺しの異名を取ったのも戦場ならではのことであった。

「五遁や摩訶不思議を原始魔術と見る着眼は良いんじゃないか? 後はその実例をどれだけ探れるかだな」
「セイナッド氏に焦点を絞って追い掛けてみようと思っています」
「そうか。狙いを絞ると言うのは良い考えだな。時間は限られている。当たれば総取り、外れれば無一文の博打のようなものだな」
 
「えっ? ドリーさん博打なんかやるんですか?」
「馬鹿者、ものの例えだ」
「ああ、良かった。親父に博打だけは手を出すなって言われてるもんで」
「それはあれだ。お前の親父が若い頃博打でやらかしたってことだな」
「えっ? そうですか?」
 
「お前は鋭いのか、鈍いのか、よくわからん奴だな?」
「すみません。興味のないことには勘が働かなくて」
「親のことを興味がないとか言うな、馬鹿者」
「そうでした。すみません」

 ステファノのち密な推理や観察力は身内のことに関しては働かなくなるようだ。あるいは自分自身のことに関しても。

「図書館では司書に頼るのがコツらしいぞ。歴史なら歴史に強い人が必ずいるらしい。セイナッド氏について調べたいと言えば、良い本を教えてくれるだろう」
「そうですね。今までは大体のジャンルで棚の場所を教えてもらっていました。もっと具体的に相談してみる手はありますね」

 あちらは「本のプロ」である。図書館というシステムの重要な一部として存在する司書という制度を、しっかり利用しようと、ステファノは考えた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第207話 俺の武器は「水餅」で良い。」

(求めるは「不殺」。「縛」の一手)

 棒を包むイドがその質を変化させた。

 堅く、稠密であったものが、柔らかく自在なものに変わった。イドは水のように飛沫を上げ、尾を引いて宙を走る。それでいてすべては1つであり、ステファノの意思に従っていた。

(そうだ。刃は要らない。炎も、氷も欲しくない。俺の武器は「水餅」で良い)

 粘りつき、敵を包んで離さない。それを以て敵を封じる。
 不殺の捕縛術「水餅」をステファノは得た。

(これで良い。これは魔術ではない。イドの応用法だ。これが俺の術だ)

 ステファノは素振りを終えて、会心の笑みを浮かべた。
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜

加瀬 一葉
ファンタジー
 王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。  実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?  過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...