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第4章 魔術学園奮闘編
第205話 ドリーの協力でステファノは進むべき道を得た。
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「強い魔術、特に殺傷力のある魔術は道具として広めるべきではないと思うんです」
「わかるぞ。誰もが剣を持ち歩いていたら、街中が物騒で仕方ないからな」
「せいぜい衛兵に捕縛用の魔術具を持たせる程度に留めるべきかと」
「そこでも『不殺』というわけだな?」
ここに来るまでに整理した考えを、ステファノはドリーに告げた。
「当面は試作段階ですから、道具に籠める魔術は害のない生活魔術レベルにします」
「うむ。無難な判断だろう」
「種火の術とか、微風の術程度ですね。灯とか」
ステファノが思うのは、あれば生活が便利になる類のちょっとした魔術であった。
「ふむ。その魔術具作成と試運転をここでしたいというのだな?」
「はい。決められた場所以外での魔術行使は厳禁とわきまえています。ここで訓練時間の一部を魔術具製作に割り当てさせてもらいたいんです」
「既に攻撃魔術を使わせている場所だからな。生活魔術が加わったところで問題はない。認めよう」
実は魔術が使えるのは試射場内だけではない。同じ魔術訓練場の中にある訓練室でも攻撃魔術以外であれば行使することができる。
防御魔術や生活魔術であれば事故の恐れが少ないので、オープンスペースである訓練室で練習ができる。もう1人の係官が安全のための監視に当たっている。
魔力制御の訓練はこの訓練室で行うのが最も安全なやり方であった。
しかし、ステファノの魔術具試運転を人目がある訓練室で行うわけにはいかなかった。残された選択肢はこの試射場しかなかったのだ。
ドリーの許しが得られたことで情革研の活動に必要な条件が1つ埋まった。
「直接の問題は、魔術科の講義でどこまで手の内を見せて良いかという点なんです」
「ぜいたくな悩みだな。それで三味線の弾き方を教わりたいわけか」
「そうなんです。マリアンヌ先生に相談しようかと思うんですが、そうすると『実際はどこまでできるんだ?』という話になるだろうと思って」
公式向けの実力を決めるために「内輪向けの実力」を示すのだが、その実力さえも抑えて示したいという話であった。
「それはな。ここの標的を黒焦げにできるなどとマリアンヌ女史に知られたら、学校どころの話ではなくなるな。どこぞの研究所に送られるだろう」
「やっぱりそうですか。他でも似たようなことを言われたことがあります」
ネルソンたちの懸念は当たっていたようだ。本当の実力は表に出せない。
「この辺までなら『生徒としては優秀』と言う範囲で許されるんじゃないかという線を、自分で考えてみました。聞いてもらえますか?」
「良かろう。言ってみろ」
「まず6属性の魔力保有者というところはそのまま申告します。得意属性は雷。これは接触型の術のみ可能という体で、相手を気絶させる威力があることにします」
それは今日ドリーがトーマたちに使った術のレベルそのままであった。新入生でそこまでできる人間は珍しいが、学園の外なら探せば見つかるレベル。
「標的射撃では火魔術のみが実用レベルで、10メートルの的を相手に6点から7点取れるレベルに調整します」
これもまたデマジオが2点だったことや、処罰前のジローでも5点止まりであったことを考えると「学年1位」でありながら、世間一般ではそれ程驚く腕前ではないという絶妙なバランスである。
「うん。それくらいなら大騒ぎはされんだろう。魔道具の件はどうする」
「既に見せた『感情を反射する絵』と『想いによって光って見える絵』の他は、例のどんぐりを魔術発動具にできる件を報告しようかと。もちろん威力は先程の話に見合った程度にして」
どんぐりでの練習はもともと「不殺」のレベルに威力を抑えて行っていたので、10メートルの距離に再調整するだけで済む。
「1学期の受講科目は何だったか?」
「月曜から魔術学入門、呪文詠唱の基礎、魔術の歴史(基礎編)、魔力操作初級、魔術発動体の基礎知識です」
「なるほど。魔術学入門と、魔術の歴史は座学のみの講座だな。これは実技だけで通過とはいかんだろう。他の科目は今決めた『内輪向けの実力』を8割に抑えた『公式向けの実力』で合格点をもらえるだろう」
座学は合格レベルまで力をつけられるか不明だったが、それは仕方のないことと割り切った。
ステファノとしても勉強したい内容なので、しっかり授業を受け続けるつもりだ。
「実技系の呪文詠唱、魔力操作、魔術発動体についてはチャレンジで修了資格をもらうと良い。お前にとっては授業で学ぶことはほとんどないだろう。後でそれぞれについて良い教科書を教えてやるから、時間がある時にそれを読めば十分だ。わからないことは私に聞け」
「何から何まで面倒を見てもらってありがとうございます」
ドリーにとって何の得にもならないことだ。ステファノがどこか高位貴族家の子息だと言うなら恩を売る意味もあるが、飯屋のせがれに恩を着せたところでただ飯にありつけるかどうかくらいの得しかない。
「乗り掛かった舟という奴だ。言ったろう? お前といると、退屈しないとな。ははは」
ステファノの魔術発動を間近で見ていると、魔術の新しい可能性に気づかされることがある。その応用力と強いイメージ力にドリーは舌を巻いていた。
「最後に魔術具についての相談なんですが……」
「何か作りたいものがあるのか?」
「最終的には研究報告の題材にする予定です。情報伝達手段の改良に使う道具を作ろうとしているんです」
ステファノはスールー、サントスとの情報革命研究会について話をした。
「それはまた随分と難しそうなテーマだな。学生の身分で結果を出せるものなのか?」
「わかりません。スールーとサントスにははっきりした考えがあるようなんですが、これまで形にする手段がなかったようです」
「それがお前か。言っては悪いがお誂え向きという奴だな」
ステファノにしても、正直に言って利用されている感覚はある。だが、彼らは打算だけで動いているわけではない。ここまで話をして来て、それくらいのことはステファノにもわかって来た。
それに受け取るポイントは評価委員会による貢献度の査定分だ。
取扱いに不安があるならば、しっかり研究に貢献してその功績をアピールすれば良いことであった。
「その魔術具では土魔術と光魔術を組み合わせて使いたいと思っています。それをここでやらせてもらうことはできるでしょうか?」
「2属性の同時行使か。知っての通り、本来試射場での複数属性行使はご法度だ。しかし、土と光か……」
ドリーはしばし考え込んだ。
「私の知る限りではその2属性が暴走を招くようなパターンは見つからんな。お前が作りたいのは生活魔術の道具だと言ったな?」
「はい。今回の道具も攻撃の役には立ちません。言うならば『生産道具』です」
「そうか。ならば問題ない。私の権限で他生徒がいない場合に限り試射場での使用を許可する。後で書面にしておこう」
研究推進の上で最大の懸案事項が解決できて、ステファノはすっきりした顔になった。
「ありがとうございます。これで晴れ晴れした気持ちで訓練ができます」
「調子に乗って術を暴走させるなよ。では始めるか?」
その日は土魔術の訓練をすることになった。
ステファノはすっかり手になじんだどんぐりをポケットから取り出した。
「そいつを土魔術で飛ばすつもりか? 威力の方はどうする?」
「標的に当たる直前に重くします」
「20メートル先でか。お前の魔術に距離は関係ないのか?」
「限界は10メートルです。公式には」
「そうか、随分遠い10メートルだ。5番、土魔法の発射を許可する。任意に撃て」
ステファノは術の始動について考えていた。
呪文にしろ誦文にしろ、イドを練り、魔力を呼んで術式を構成する手順のために行っている。
ステファノの場合はどうか?
術式は既にある。「い」から「ん」までの49式がいつでも起動できるレベルでインデックスとして刻まれている。
イドは既に研ぎ澄まされている。太極玉により魔視脳が覚醒し、瞑想の必要も集中の必要も存在しない。
虹の王は……もはや呼び出す必要がない。
そして、ステファノは理解した。世界とは「外」ではない。
己の内にこそイデアの世界はある。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第206話 太極開合して宇宙に至る。」
ステファノはもう探さない。ただ己の内の虹の王に求めた。
(「ふ」の型、「土蛇」)
ひょうと空気を鳴らして、ステファノが捧げる右手からどんぐりの粒が飛び出した。
イドをまとったどんぐりは標的に当たる寸前に膨れ上がったように、ドリーの「蛇の目」は認めた。
胴体の中央を捉えた瞬間、数グラムの木の実が立てたとは思えない重低音を立て、どんぐりは標的を天井まで弾き飛ばした。
一瞬後、がしゃあんと鎖の音を立てて標的が天井から落ちて来た。
……
◆お楽しみに。
「わかるぞ。誰もが剣を持ち歩いていたら、街中が物騒で仕方ないからな」
「せいぜい衛兵に捕縛用の魔術具を持たせる程度に留めるべきかと」
「そこでも『不殺』というわけだな?」
ここに来るまでに整理した考えを、ステファノはドリーに告げた。
「当面は試作段階ですから、道具に籠める魔術は害のない生活魔術レベルにします」
「うむ。無難な判断だろう」
「種火の術とか、微風の術程度ですね。灯とか」
ステファノが思うのは、あれば生活が便利になる類のちょっとした魔術であった。
「ふむ。その魔術具作成と試運転をここでしたいというのだな?」
「はい。決められた場所以外での魔術行使は厳禁とわきまえています。ここで訓練時間の一部を魔術具製作に割り当てさせてもらいたいんです」
「既に攻撃魔術を使わせている場所だからな。生活魔術が加わったところで問題はない。認めよう」
実は魔術が使えるのは試射場内だけではない。同じ魔術訓練場の中にある訓練室でも攻撃魔術以外であれば行使することができる。
防御魔術や生活魔術であれば事故の恐れが少ないので、オープンスペースである訓練室で練習ができる。もう1人の係官が安全のための監視に当たっている。
魔力制御の訓練はこの訓練室で行うのが最も安全なやり方であった。
しかし、ステファノの魔術具試運転を人目がある訓練室で行うわけにはいかなかった。残された選択肢はこの試射場しかなかったのだ。
ドリーの許しが得られたことで情革研の活動に必要な条件が1つ埋まった。
「直接の問題は、魔術科の講義でどこまで手の内を見せて良いかという点なんです」
「ぜいたくな悩みだな。それで三味線の弾き方を教わりたいわけか」
「そうなんです。マリアンヌ先生に相談しようかと思うんですが、そうすると『実際はどこまでできるんだ?』という話になるだろうと思って」
公式向けの実力を決めるために「内輪向けの実力」を示すのだが、その実力さえも抑えて示したいという話であった。
「それはな。ここの標的を黒焦げにできるなどとマリアンヌ女史に知られたら、学校どころの話ではなくなるな。どこぞの研究所に送られるだろう」
「やっぱりそうですか。他でも似たようなことを言われたことがあります」
ネルソンたちの懸念は当たっていたようだ。本当の実力は表に出せない。
「この辺までなら『生徒としては優秀』と言う範囲で許されるんじゃないかという線を、自分で考えてみました。聞いてもらえますか?」
「良かろう。言ってみろ」
「まず6属性の魔力保有者というところはそのまま申告します。得意属性は雷。これは接触型の術のみ可能という体で、相手を気絶させる威力があることにします」
それは今日ドリーがトーマたちに使った術のレベルそのままであった。新入生でそこまでできる人間は珍しいが、学園の外なら探せば見つかるレベル。
「標的射撃では火魔術のみが実用レベルで、10メートルの的を相手に6点から7点取れるレベルに調整します」
これもまたデマジオが2点だったことや、処罰前のジローでも5点止まりであったことを考えると「学年1位」でありながら、世間一般ではそれ程驚く腕前ではないという絶妙なバランスである。
「うん。それくらいなら大騒ぎはされんだろう。魔道具の件はどうする」
「既に見せた『感情を反射する絵』と『想いによって光って見える絵』の他は、例のどんぐりを魔術発動具にできる件を報告しようかと。もちろん威力は先程の話に見合った程度にして」
どんぐりでの練習はもともと「不殺」のレベルに威力を抑えて行っていたので、10メートルの距離に再調整するだけで済む。
「1学期の受講科目は何だったか?」
「月曜から魔術学入門、呪文詠唱の基礎、魔術の歴史(基礎編)、魔力操作初級、魔術発動体の基礎知識です」
「なるほど。魔術学入門と、魔術の歴史は座学のみの講座だな。これは実技だけで通過とはいかんだろう。他の科目は今決めた『内輪向けの実力』を8割に抑えた『公式向けの実力』で合格点をもらえるだろう」
座学は合格レベルまで力をつけられるか不明だったが、それは仕方のないことと割り切った。
ステファノとしても勉強したい内容なので、しっかり授業を受け続けるつもりだ。
「実技系の呪文詠唱、魔力操作、魔術発動体についてはチャレンジで修了資格をもらうと良い。お前にとっては授業で学ぶことはほとんどないだろう。後でそれぞれについて良い教科書を教えてやるから、時間がある時にそれを読めば十分だ。わからないことは私に聞け」
「何から何まで面倒を見てもらってありがとうございます」
ドリーにとって何の得にもならないことだ。ステファノがどこか高位貴族家の子息だと言うなら恩を売る意味もあるが、飯屋のせがれに恩を着せたところでただ飯にありつけるかどうかくらいの得しかない。
「乗り掛かった舟という奴だ。言ったろう? お前といると、退屈しないとな。ははは」
ステファノの魔術発動を間近で見ていると、魔術の新しい可能性に気づかされることがある。その応用力と強いイメージ力にドリーは舌を巻いていた。
「最後に魔術具についての相談なんですが……」
「何か作りたいものがあるのか?」
「最終的には研究報告の題材にする予定です。情報伝達手段の改良に使う道具を作ろうとしているんです」
ステファノはスールー、サントスとの情報革命研究会について話をした。
「それはまた随分と難しそうなテーマだな。学生の身分で結果を出せるものなのか?」
「わかりません。スールーとサントスにははっきりした考えがあるようなんですが、これまで形にする手段がなかったようです」
「それがお前か。言っては悪いがお誂え向きという奴だな」
ステファノにしても、正直に言って利用されている感覚はある。だが、彼らは打算だけで動いているわけではない。ここまで話をして来て、それくらいのことはステファノにもわかって来た。
それに受け取るポイントは評価委員会による貢献度の査定分だ。
取扱いに不安があるならば、しっかり研究に貢献してその功績をアピールすれば良いことであった。
「その魔術具では土魔術と光魔術を組み合わせて使いたいと思っています。それをここでやらせてもらうことはできるでしょうか?」
「2属性の同時行使か。知っての通り、本来試射場での複数属性行使はご法度だ。しかし、土と光か……」
ドリーはしばし考え込んだ。
「私の知る限りではその2属性が暴走を招くようなパターンは見つからんな。お前が作りたいのは生活魔術の道具だと言ったな?」
「はい。今回の道具も攻撃の役には立ちません。言うならば『生産道具』です」
「そうか。ならば問題ない。私の権限で他生徒がいない場合に限り試射場での使用を許可する。後で書面にしておこう」
研究推進の上で最大の懸案事項が解決できて、ステファノはすっきりした顔になった。
「ありがとうございます。これで晴れ晴れした気持ちで訓練ができます」
「調子に乗って術を暴走させるなよ。では始めるか?」
その日は土魔術の訓練をすることになった。
ステファノはすっかり手になじんだどんぐりをポケットから取り出した。
「そいつを土魔術で飛ばすつもりか? 威力の方はどうする?」
「標的に当たる直前に重くします」
「20メートル先でか。お前の魔術に距離は関係ないのか?」
「限界は10メートルです。公式には」
「そうか、随分遠い10メートルだ。5番、土魔法の発射を許可する。任意に撃て」
ステファノは術の始動について考えていた。
呪文にしろ誦文にしろ、イドを練り、魔力を呼んで術式を構成する手順のために行っている。
ステファノの場合はどうか?
術式は既にある。「い」から「ん」までの49式がいつでも起動できるレベルでインデックスとして刻まれている。
イドは既に研ぎ澄まされている。太極玉により魔視脳が覚醒し、瞑想の必要も集中の必要も存在しない。
虹の王は……もはや呼び出す必要がない。
そして、ステファノは理解した。世界とは「外」ではない。
己の内にこそイデアの世界はある。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第206話 太極開合して宇宙に至る。」
ステファノはもう探さない。ただ己の内の虹の王に求めた。
(「ふ」の型、「土蛇」)
ひょうと空気を鳴らして、ステファノが捧げる右手からどんぐりの粒が飛び出した。
イドをまとったどんぐりは標的に当たる寸前に膨れ上がったように、ドリーの「蛇の目」は認めた。
胴体の中央を捉えた瞬間、数グラムの木の実が立てたとは思えない重低音を立て、どんぐりは標的を天井まで弾き飛ばした。
一瞬後、がしゃあんと鎖の音を立てて標的が天井から落ちて来た。
……
◆お楽しみに。
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