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第4章 魔術学園奮闘編

第201話 目を開けたままの瞑想と、目を閉じたままの観察と、両方を試してみたら良いじゃないか?

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「皆さんには素材の円板を3枚ずつ、円板を押さえる台座、彫刻刀一式、下絵を写す薄紙を支給します」

 タッセはそれぞれの現物をクラスに見えるように持ち上げて見せた。

「作業は単純です。下絵の上に薄紙を載せて、上から鉛筆で写し取ります。次に薄紙を円板の上に貼りつけ、描いた線に沿って彫刻していきます。掘り終わったら紙やすりで仕上げて出来上がりです」

 手順だけを言われれば確かに簡単に聞こえる。職人の仕事とは概してそういうものが多い。
 熟練工は何でもないことのようにやってのけるが、素人が手を出すと収拾がつかないことがある。

(うーん。上手くはないけれど、絵を描くだけなら形にはなるんだが……。彫刻にするとなると、難しそうだ)

(平面ではなく、立体で意匠を考えないといけないな。手前と奥。手前を浮き上がらせて、奥を沈ませる。うん? でっぱりとへっこみか……)

 ステファノの脳内で自由な連想が働いた。絵を立体化する、奥行きを持たせるという発想が版画のイメージと結びつき、画像複製魔道具の着想を引っ張り出して来た。

(原理は一緒か? 絵は平面だから「黒」と「白」で分ければ良かったけれど、今度は立体だ)

 ステファノは額に拳を当てて考え込んだ。

(奥行きの差をなだらかに表現しなければ……。なだらかな変化……。色の濃さを変えるか……)

(色の濃さ? 濃さとは……。光を反射しないということ? 光……。凹み……)

「……注意事項は以上です。作品は1つだけ提出すれば結構です。何か質問のある人はいますか?」
「先生!」

 ステファノは勢いよく手を上げた。

「は、はい。何ですか?」
「あの、道具は何を使っても良いのでしょうか?」
「ああ、支給されたもの以外でも手持ちの道具があれば、自由に使って下さい」
「はい。ありがとうございます」

(これは運が良いかもしれないぞ。いろいろ課題が解決できそうだ)

 今日の授業はこれで終わりで、そのまま残って課題に着手しても良いし、持ち帰っても良いとタッセは生徒たちに注げた。

 ステファノは素材と道具一式を鞄に納め、迷いなく教室を後にした。

 ◆◆◆

「お、おい! お前! ステファノ!」

 廊下に追い掛けて来たのはトーマであった。

「悪いけど、今忙しいんだ。話にはつき合えないよ」

 ステファノは歩みを止めず、肩越しに断りを入れた。

「ぐ、あ、歩きながらで良い! 耳だけ貸してくれ」

 トーマは苦しそうに言った。
 大店のお坊ちゃんにしては、随分と膝を折っているつもりなのであろう。ステファノは何も感じなかったが。

「魔力制御の件、もう一度考え直してくれないか? 俺にできることなら何でもする!」

 思い切った申し出であった。相手によっては金をせびられたり、悪事に使われたりする恐れもある。
 その危険を冒してまでステファノの助けが欲しいのであろうか。

「どうしてそこまでして、俺から教わりたいの?」
「俺は何人もの職人を見て来た。できる奴、できない奴。その違いは何なのか? 俺は見極めようとして来た」

 幼いころから豪商の跡取り息子として、トーマは商売の現場を見せられて来た。

(ただのお坊ちゃまではないということか……)

「その内にわかって来た。姿形でも、顔でも、しゃべり方でもない。できる奴にはよ、雰囲気・・・があるんだ」
「それは……仕草やしゃべり方とどう違うんだ?」
「うう、上手く言えん。1つは自信だと思う。できる奴は自分に自信を持っている」

(それはわかるが……。自信が態度に出るって言うことか?)

「だが、偉そうにしている奴ができるとはかぎらん。そういうのとは違うんだ。何というか、雰囲気・・・なんだ……」
「それは目に見えるのか?」

 思わずステファノは話に引き込まれた。トーマも「見える人間」なのだろうか?
 
「目に見えるか? ……いや、そういうわけではない。こう、全体なんだな。全体的に雰囲気がある」

 これはドリーさんのようなケースかもしれないなと、ステファノは考えた。
 ドリーの場合は蛇が温度を感じるピット器官のように、人間の感覚器官とは異なる情報として魔力の動きを感じる。彼女はその感覚と向かい合って、自分が何を感じているのか突き止めた。

 トーマの場合も、通常では言葉にできない感覚器官を刺激されているのかもしれない。
 あるいは感覚器官に相当する「何か」を。

「俺の『勘』が、『お前に聞け』と言うんだ。そうとしか言いようがない」

 苦しそうに言うトーマの言葉を聞き、ステファノは足を止めて振り返った。

「俺のアドバイスが欲しいというから言うけど、お前はその感覚を掘り下げるべきじゃないかな?」
「俺の感覚か。それが魔力操作につながるんだろうか?」

 トーマがパッと顔を明るくした。

「保証はできないよ。俺にはお前の感覚はわからない。でも、魔術師が自分の感覚を信じなかったら何もできないんじゃないか?」
「そうか。そうだな! 確かにそうだ。俺が俺の感覚を信じなければ、誰が信じてくれるのかって話だ」

 ステファノに言われたことでトーマの心に変化が生じたようだ。それがどうしたと言われようと、魔術師にとって自分自身が物事に納得するかどうかという点は意味が大きい。

 実家の環境と大きく雰囲気が異なるアカデミーにやって来てから、トーマはマイペースが貫けなかったようだ。ステファノから見れば十分マイペースなのだが、本人の意識では自分を殺して来た。

「良し! 俺は瞑想の中で自分の『勘』を磨くようにするぞ!」
「だったら、魔術訓練場で見学しながら瞑想すれば良いよ」
「そうか! 訓練生が魔術行使するのを後ろから見ていたら、俺の感覚が磨かれるってわけだな?」
「上手く行くかどうかはわからないけどね」

 自分につきまとわないなら、ステファノとしてはそれで良かった。もし、上手く行けばお互いに幸せなわけだし。ステファノは再び歩き出した。

「ちょっと待て! 瞑想って目を閉じるんだろう? 目を閉じたままでどうやって見学者を観察するんだ?」
「目を開けたままの瞑想と、目を閉じたままの観察と、両方を試してみたら良いじゃないか?」
「眼を閉じたままの観察ってどういうことだ?」
「だって、『勘』なんでしょ? 目で見てるわけじゃないって自分で言ったじゃないか?」

 ステファノに言われて、トーマの足がピタッと止まった。

「そんなことは言ってないが……そうだな。目で見ているわけじゃないかもな。目を瞑っても『勘』は働くか?」

 トーマはぶつぶつ言いながら考え込んだ。

「あのさ。これは当たっているかどうかわからないけど、目や耳以外の感覚を試してみたらどうだろう? 臭いとか、温度とか、触ってなくても手触りとか。常識では考えられない感覚が『勘』の実態かもしれない」

 ぎらりと目を光らせてトーマが顔を上げた。

「お前、顔はおとなしいがすごいことを言うな。そうだな。常識なんか捨てちまえば良いんだな。良し! さらば、常識だ!」
「いや、大事なのはそこじゃないから……」
「助かった。やってみる! じゃあな!」

 人の話を聞かず、トーマは走り出した。

(やれやれだね。これでつきまとわれずに済むかな?)

 ステファノとしては肩の荷が下りた思いであった。

 ◆◆◆

 訓練場には早くついたので、ステファノは準備運動を澄ませた上で床に胡坐をかいた。今日覚えた瞑想法を試すつもりだ。

(ここは広々としているし、近くには人もいない。瞑想するには丁度良いだろう)

 そのつもりではなかったのだが、ここへ来るまでのトーマとの会話はステファノにとってもヒントになっていた。

「目を開けたままの瞑想と、目を閉じたままの観察と、両方を試してみたら良いじゃないか?」

 トーマに向けて放ったその言葉は、自分自身にも響いていた。

 ディオール先生がそう言い、生徒みんなが従っていたから「瞑想とは目を閉じて行うもの」と思い込んでいた。
 しかし、誰が目を閉じると決めたのか?

 ディオール先生は自分に合った、効果のある方法を試してみれば良いと言った。

 だったら、「目を開けたままの瞑想」を試してみても良いはずだ。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第202話 明想三昧、イドの光に至る。」

 何とはなく、両手を合わせる代わりに両手のひらを上に向けて重ね、親指同士の先をつないだ。4本の指と親指とで円を作った格好だ。
 その円を丹田の前に置いて、「太極玉たいきょくぎょく」を作る容れ物にしたつもりであった。

 これもイドを呼び覚ますためのイメージである。

 下腹を膨らませ、萎ませるイメージで腹式呼吸を長く繰り返し、脳に酸素を送り込む。
 続いて「始原の赤」と「終焉の紫」、陽気と陰気の魔力を引き出し手印の上で絡ませ、練る。

「太極玉」が練れたところで丹田の位置から体内に取り込み、想像上の気の流れに乗せて上昇させる。

 この間、ステファノの両眼は薄めに開かれていた。いわゆる「半眼」である。
 その姿を仏教者が見れば、禅定三昧ぜんじょうさんまいに至るかと思ったであろう。
 
 ……

◆お楽しみに。
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