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第4章 魔術学園奮闘編

第200話 工芸入門の生徒は趣味と打算と素人の集まりだった。

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「今日の3限目に『工芸入門』の授業があります。そこにもし魔術学科の新入生がいたら研究報告の話をしてみますよ」
「工芸入門か。確かに魔術科からそんな授業を受けに来る奴は相当な変わり者か、技術に深い造詣を持っている奴だろう」
「俺はどっちでもありませんけどね」

 ステファノはそう言ってスールーを驚かせた。

「君は本気で言っているのかい? やれやれ、無自覚とは恐ろしいものだ」

 あきれ顔でスールーは空いた食器を片づけ始めた。

「僕たちの方でも今日1日頑張って技術者を探してみるよ。結果は明日報告し合おう」

 明日の金曜日は情報革命研究会の活動日だ。サントスは略して「情革研」だなどと呼んでいる。

「あの、研究報告の話とは別に勉強のことで相談したいことがあるんですけど、明日お願いしても良いですか?」
「ふむ。テストの答えは教えられんが、それ以外なら何でも聞き給え。僕たちに答えられることであればアドバイスくらいはできるだろう」

 ステファノにとってはありがたい話であった。ドリーに続いて2人め、3人めの協力者が見つかった。

「すみません。なにしろ普通のレポートの書き方さえわからないもので」
「学校というものが初めてだと言ったな。それは確かに大変だろう。意味合いは違うが、君の苦労はトーマのそれと似ているかもしれないな」
「えー? そうなんでしょうか?」

「ははは。君の場合は接する機会がなかったための経験不足で困っているが、向こうは遊び惚けていたが故の知識不足に悩んでいるという違いはあるがね」
「そう言われても、何となく納得がいきませんね。不公平な気がします」
「ふふ。社会とは不公平なものさ。我々平民は特にそれを知っているはずだろう?」

 お金持ちと貧乏人は違いますよと言ってやりたかったが、自分が傷つきそうなのでステファノはぐっと堪えた。
 今更お貴族様がどうの、お金持ちがどうのと愚痴を言っても仕方がない。ここはそういう場所なのだ。
 
 好んでここに入って来たからには、貧乏人は損だなどといじけている場合ではない。
 貧乏人は貧乏人なりの世渡りを考えた方が健全というものであった。

「それじゃあまた明日」

 ステファノはそう言って、スールーと別れた。

 ◆◆◆

「工芸入門」の教室は、工作室のような部屋だった。

 だだっ広い工作室に集まった生徒はわずかに6人。魔術科の生徒はステファノと、トーマの2人だった。

(これは……取る科目を間違えたかな?)

 ステファノは場違いな自分を感じていた。

 冷静に考えてみると、確かに魔術学科所属でありながら「工芸」を勉強しようという者は珍しいに違いない。変わり者と呼んでよい人種であろう。

 ならば一般科目からの履修者が多いかというとさにあらず。そもそも工芸を志すようなものは、既に入門レベルの知識や技能を身につけた上でアカデミーを受験する。
 今更入門レベルの知識を必要とするのは、全く畑違いの「政治学科」や「薬学科」の学生くらいなのだ。

 その学生たちにせよ、あえて工芸を学ばなくても単位はほかにいくらでも稼げる。結局趣味として木工を学ぼうという人間くらいしか集まらないのが「工芸入門」という講座であった。

 そこになぜトーマがいるかというと、これだけは取って来てくれと職人たちに押し切られたからであった。

 トーマは物作りの家業を継ごうとしている割に、実際の製作についてはからっきしである。絵も描けなければ、粘土も形にできない。持っているのは「良し悪し」を見極める鑑定眼だけなのだ。

 それでは創作上の相談がしにくい。せめて基礎だけでも勉強して来いというのが、古株職人爺どもの総意であった。

 トーマ本人としては「やる気」が甚だ欠けている。しかし、これなら苦労しなくても単位が取れそうだと踏んで、履修リストに加えた科目なのであった。

 つまり趣味に走った4人と、打算で参加したトーマ、そしてずぶの素人であるステファノが集まった教室なのであった。

(これはどうにもならないかもしれないな)

 この講座そのものの行く末をステファノは心配した。自分もその当事者であるだけ余計に気になるのだった。

 ちなみにステファノは例の黒い道着を着てこの授業に参加している。見た目だけで言ったら一番やる気がなさそうに見える生徒だということに、本人はまったく気づいていなかった。

 定刻5分後にやってきた教師は、中年の男性であった。つるつるの坊主頭にのっぺりとした顔をしていた。
 タッセと名乗った講師は、6人だけの生徒を見て顔色一つ変えなかった。

「み、皆さんこんにちは。当講座の講師を務めるタッセです。これは『工芸入門』の教室です。間違いはないですね?」

 手元の資料からほとんど目を上げず、タッセという名の講師はクラス6人の生徒に話し掛けた。

「この講座ではさまざまな工芸的技術の中から『木工』に対象を絞って、基礎的な技術を学んでもらいます」

 そのことは講座の開催要項にも書かれている。生徒たちもそれは納得した上で集まっているはずであった。

 タッセは6人しかいない生徒たちの間に、履修者名簿の記入用紙を回して学科と名前を記入させた。

「も、木工というのも雑な呼び方です。本来は『木材を使った工芸』などと呼ぶべきでしょうね」

(それを略して木工というわけか。普通の大工仕事とはどう違うのかな?)

「家などの大きな構造物は大工の仕事ですね。もちろん芸術的な美を追求した建造物もありますが、基本は構造物として堅牢で長持ちすることが大切です」

 確かに住む家となったら美麗である以前にしっかり雨風を防いで、倒れない堅牢さが一番の要求事項であろう。

「テ、テラスや柵などの外構も、基本的には住宅と同様の性格ですね。機能を優先する比重が高いということです」

「もう少し、ち、小さくなってくるとどうでしょう? 家具などは? もちろん丈夫で長持ちするに越したことはありませんが、こちらは大分『趣味』が入って来るのではないでしょうか?」

(確かに家具になって来ると、材質やデザインに凝り出す人がいるなあ。建物ほど深刻に扱わなくても良いからかな?)

「さらに器具や装飾小物の大きさにまで小さな規模になって来ると、これは趣味の要素が大勢を占め始めます」

(器具といっても工具の類は実用一辺倒だけどね。娯楽や教養のためのものとなれば、凝ったデザインのものが多い)

「じ、実物を見ましょうか? これはコースターですが、『寄木細工』といって色の異なる木材を組み合わせて接着し、輪切りのようにス、スライスしたものです。き、幾何学模様が美しいですね」

 タッセはコースターを端の生徒に渡し、回すように促した。

「つ、次にこちらはペン皿です。側面に細かい彫刻が施されています。意匠性の非常に高い細工物です」

 ペン皿は反対側に座っているステファノに渡された。

(こんな手の込んだ小物を見るのは初めてだな。いや、二度めか? 頂いた遠眼鏡以来だ)

「講義の回数は限られています。そこで皆さんには、『木彫』の技法に絞って基本を身につけてもらうことにします。早速本日やってもらいます。こちらの円板を素材にして、自ら考えた意匠を彫刻してもらいます。技法は自由。来週のこの時間に提出してもらい、その出来上がりをチャレンジの評価対象と致します」

 ペン皿を隣の生徒に回しながら、ステファノは課題の彫刻について考えた。

(絵は描けるけれど、彫刻はやったことがない。上手くできるだろうか?)

 そう考えると、今見たペン皿は貴重なサンプルであった。側面に蛇のように胴体の長いドラゴンを彫り込んだ細工は細かい上に立体的で、職人の高い技術を窺わせるものだった。

(あれは「龍」という想像上の生き物だと思うが……。木皿の厚みの中であれだけの奥行きを表現するとは、すごい技術だ)

 力加減を一つ間違えれば彫刻刀は木肌を突き抜けてしまうだろう。
 
――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第201話 目を開けたままの瞑想と、目を閉じたままの観察と、両方を試してみたら良いじゃないか?」

「俺のアドバイスが欲しいというから言うけど、お前はその感覚を掘り下げるべきじゃないかな?」
「俺の感覚か。それが魔力操作につながるんだろうか?」

 トーマがパッと顔を明るくした。

「保証はできないよ。俺にはお前の感覚はわからない。でも、魔術師が自分の感覚を信じなかったら何もできないんじゃないか?」
「そうか。そうだな! 確かにそうだ。俺が俺の感覚を信じなければ、誰が信じてくれるのかって話だ」

 ステファノに言われたことでトーマの心に変化が生じたようだ。それがどうしたと言われようと、魔術師にとって自分自身が物事に納得するかどうかという点は意味が大きい。

 実家の環境と大きく雰囲気が異なるアカデミーにやって来てから、トーマはマイペースが貫けなかったようだ。ステファノから見れば十分マイペースなのだが、本人の意識では自分を殺して来た。

「良し! 俺は瞑想の中で自分の『勘』を磨くようにするぞ!」
  
 ……

◆お楽しみに。
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