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第4章 魔術学園奮闘編

第192話 瞑想法とは精神集中法である。

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 今思えば、あのエバはきっとこんな勢いのない魔力をかき集めて毒を運ぶ風魔術を使ったのだ。相当に訓練を積んでのことに違いない。

 2組目は男同士のペアだった。1人は両手の拳を握り締めて胸の前に構え、もう1人は腕組みをして瞑目した。
 この2人は魔力操作に慣れているらしく、拳を構えた方は「雷」属性を手にまとい、腕組みの男子は前方に「橙」、「青」、「藍」の3つの光玉を浮かべた。

(へえ。ドリーさんの話だと属性を分けて魔力を扱える生徒は少ないらしいから、あの人はきっと優秀なんだろう)

 ディオールが近づいて来てステファノたち3人の順番となった。

 手を合わせて瞑想する格好で後の2人を盗み見ると、2人は片手の2本指を立てて集中していた。

(さっきの人と同じか。どこかの流派なのかな? どれ少しずつ魔力を集めるか。「火」と「水」で良いだろう)

 ステファノは先程の女性をまねて、合せた手の中指に小さな光の粒を集めて行った。
 普段は術のインデックスで純粋な属性魔力を呼んでいるため、2属性を混ぜ合わせて動かすには逆に集中が必要だった。

 放っておくと2つの属性に流れが別れてしまう。初級魔術を発動するに足りる魔力量のところで、ステファノは魔力を集めるのを止めた。「火属性」で言えば「火種」を呼ぶくらいの量であろう。

「はい、結構です。皆さん練習してきていますね。初級魔術を放つには十分なレベルでしょう。中には中級に匹敵する魔力を集めていた人もいましたね」

 最後のところでディオール先生は、3属性魔力を別々に集めていた生徒をちらりと見たようだ。

(なるほど。あのくらいの量だと中級魔術師レベルなんだな。覚えておこう)

 そう言えばガル師は「初級魔術師100人に対して中級魔術師が1人」という比率だと言っていた。

(そうだとすれば、学年に1人中級魔術師が出れば良い方なのか?)

 実際にはアカデミーに入学できる生徒は「選りすぐり」の才能を認められているわけなので、「でたらめに初級魔術師を100人集めた状態」よりは当然レベルが高い。
 毎年学年に2、3人は中級魔術師が誕生していた。

 ステファノの診立てでは、この学年で中級相当と言えるのは3属性持ちの男子とジローの2人であった。

「学園内での魔術行使は固く禁じられています。もちろん許された授業中と魔術訓練場は例外です。規則で禁じられた魔術行使が見つかれば、その生徒は退学となりますので十分に注意してください」

 厳しいようだが生徒自身の命を守るための規則であった。ドリー自身が言ったように、ジローが「未遂」の段階で咎められて術の行使を止められたのは幸運なことであった。止めるのが遅れていればジローはアカデミーを去らねばならなかったのだ。

「魔術を使える我々は、一般の人々よりも身を正していなければなりません。そうでなければ容易く罪を犯し、人を傷つけることになるでしょう。魔術師には己の力に対して責任を負う覚悟が必要です」

 ディオールは言葉を止めて、生徒1人1人の顔を見た。自分の言葉がしっかり伝わっているかどうかを確かめるように。

「それでは本日は魔力操作の準備段階として一般的な『瞑想』について勉強しましょう」

 魔術が精神の力により発動される力である以上、精神統一、意識の集中は準備段階として重要なことであった。
 魔術を教える流派はいくつにも分かれており、流派ごとに瞑想のやり方に違いがある。どのやり方が効果的かという理論については論争があり、各流派が自派の優位を説いて引き下がらなかった。

「実際には術者によって適した方法が異なることがわかっています。1人1人自分に合った方法で瞑想を行えばよいということです」

 ステファノはマルチェルに瞑想法の指導を受けたが、あれは武術と宗教に根差したものであり、かつ魔力を練るためというよりは眠っているギフトを探るためのものであった。
 ステファノの場合はギフトを探求するその先に、たまたま魔力の元であるイデア界が存在した。その結果魔力行使が可能となったわけである。

 そこから先はギフト「諸行無常いろはにほへと」の発動自体が魔力錬成の瞑想となってくれた感がある。

(ギフトを抜きにして魔力を発動するってどういうことか、俺には実感がない)

 ヨシズミが言うように、それは狭い窓からイデア界を覗き込み、たまたま目の前にある因果を摘まみ取るということなのであろうか。

「瞑想法とは一面において精神集中法です。その方法は大きく分けて2つのやり方に分かれます。丹田法と観想法です」

 どちらもステファノの知らない言葉であった。

「丹田法に分類される流派では、先程何人ががしていたように指を胸の前に2本立て、指先に意識を集中しながら呼吸を整えます。丹田とは想像上の器官で臍の下の体内にあるとされています」

 ディオールは自分の下腹に手を当てて見せた。

「丹田法を信奉する流派からは怒られるかもしれませんが、単純に言えば『下腹に力を入れる』ということです」

 または腹式呼吸と言っても良い。

「深く静かに、そして長く呼吸することによって脳に気を送り込み、その働きを活性化するのだろうと私は考えています」

(ヨシズミ師匠は脳の一部にイドを認識するための器官があると言った。「あっち」の世界では機械を使ってそれを刺激すると言っていたが、瞑想で似たことができるのかもしれない)

「一方、観想法では両手を合わせる形が良く行われます。同じく合わせた指先に意識を集中し魔力が集まるイメージを持ちます。『月』や『太陽』、『円』などの丸い物を想像し、そこに自分の意識を重ね合わせて満たすイメージを持ちます」

(マルチェルさんに手ほどきを受けた瞑想法とちょっと似てるな)

 マルチェルの指導法では内なる世界と外なる世界を認識することから始めた。やがてそれらは1つの物となり、ステファノは自己の中心を再発見したのだった。

(丸い物とはあの時の「玉子」と同じか? 円を満たすとは自我を広げること、円の外縁で自我は世界と接する)

「観想法とは意識を集中することで脳の働きを活性化する方法だと、私は考えます。つまり、丹田法と観想法は相反するものではなく、どちらも脳の活性化を目的とした方法論なのです」

 ここまでは良いかと言うように、ディオール先生はクラスの生徒を見渡した。異を唱える者はいなかった。

「さて、ここは王立アカデミーです。単独の魔術流派を代表するものではありません。皆さんは既に魔術流派の一員として師の手解きを受けてきたかもしれません。その先生の教えと違うことであっても、1つの試みとして受け入れる用意はありますか?」

 もう一度ディオールは、クラス全員の顔を見渡した。

「自流派の教え以外は受け入れられないという者は、今この教室を去ってください。この先、流派を超えた理論や技術がいくらでも出てきます。それを許容できなければこの講座での学習は成り立たないのです」

 ディオールはあえて時間を取り、1人ずつ意思の確認を行った。

「あなた、良いですか?」

「あなたは良いですか?」

「あなたも良いですか?」

 端に座っているステファノは最後に確認を取られた。ステファノはもちろん頷いた。

「結構です。それでは先に進みましょう。先程、丹田法と観想法とは相反するものではないと言いました。ならば、両方一緒に行ったらどうでしょう?」
「はあ?」

 思わず疑問の声を発してしまったのは、ディオールにアカデミーを去る覚悟をするように言われた魔力の少ない男子生徒であった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第193話 焼いても美味しくならない素材なら、煮込んでみたらどうだ?」

 ディオールは両手を広げて、背筋を伸ばした。

「丹田法で結果の出ない者は観想法を試みれば良いのです。観想法で伸び悩む者は丹田法を学んでみたらどうでしょう? いっそのこと両方同時に行ってみたら? 両者の求めるものは1つなのです。魔力の制御、それこそが唯一の目的であるべきです」

(はあ。この先生、ちょっとお芝居がかっている? 流派の対立って根が深いんだな)

 ステファノの立場では当たり前のことに思える。上手く行かないことがあったら他のやり方を試してみるのは当然ではないか? 焼いても美味しくならない素材なら、煮込んでみたらどうだ?

「最初から上手くできる奴なんぞいるもんか。みんな失敗して、それで工夫するもんさ」

 バンスならそう言う。

 ステファノは想像して、思わずくすりと微笑んだ。
  
 ……

◆お楽しみに。
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