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第4章 魔術学園奮闘編

第188話 古来、魔術とは常に『戦争の道具』であった。

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「今のは何だ?」

 ドリーは不審の声を上げた。

「『無風陣スタシス』という術です。」
「無風だと? それのどこが攻撃魔術なんだ?」

「標的の周りに薄い空気を封じ込めました」
「だから標的が外側に膨らんだと?」

 無機物のダミー人形では伝わらない部分をドリーは尋ねて来た。

「人を捕えるために作り出した魔術です」
「作ったとは、お前が自分でか?」
「はい。無風陣の中は空気が薄いので閉じ込められた者は十分に息ができないはずです。閉じ込めて弱ったところを捕えようと考えたものです」

 ステファノは「無風」の考え方を説明した。

「高い山の上と同じことです。空気が薄すぎて、吸い込めない。いえ、肺に入れても体に取り込めない。そう言う状況を作り出します」
「さらりと恐ろしい話をするな。うむ、術の狙いはわかった。今度もつぶてに魔力を帯びさせたのか?」

 その通りだった。
 標的までは風魔術でどんぐりを飛ばした。

 礫が十分標的に近づいたところで、魔力を解放した。あらかじめ編んだ術、選んだ因果を本当のゴールとして風魔術を発動させた。

「術を掛けられた方は息が詰まるだけで死ぬわけではないのだな?」
「無風陣に閉じ込め続ければ窒息してしまいますが、倒れたところで術を解けば大丈夫です」

「そうか。掛けられた相手が走って逃げたらどうなる?」

 ドリーは魔術「無風陣」の性質を確かめようとした。

「うーん。あれは『場所』を指定しているのではなく、『相手』を指定して掛ける術なので逃げてもそのままついて行くでしょう」
「なるほどな。逃れるにはより強力な風魔術をぶつけねばならないか」
「そんな気がします」

 それからも2人は「氷獄」と「無風陣」の特性についてあれこれ話し合い、術としての性質を確認した。
 これは本来新しい術を編み出す時に必ず踏まなければいけないステップであったが、もちろんステファノの知らないことであった。

「よかろう。今日のところは『水』と『風』この2つで止めにしておこう。それぞれの術の特長、弱点、使いどころを良く考えておけ。術の発動を早め、目立たなくする工夫についてもな」
「わかりました。考えてみます。ところで、1つ授業のことで聞きたいことがあるのですが」
「勉強か? わたしはあまりできの良い生徒ではなかったんだが……。まあ良い。言ってみろ」

 ステファノは「魔術の歴史(基礎編)」で出された課題について説明した。

「聖スノーデン以前の魔術について調べるには、どこを探すのが良いかヒントをもらえればと」
「お前は魔術の師について1ヵ月だと言ったな? ならば魔術の文献など何も知らんのだろうな」
「確かエミリオという人が書いた『初級魔術大全』という本をざっと読んだことならあります」

 そう言うと、ドリーは顔をしかめた。

「あれなあ。役に立たんだろう? 初級魔術を並べているだけで考察も分析もないからなあ」
「有名な本なんですか?」
「人気のある魔術学者でな。話が上手なんだ。書いてあることは嘘ではないぞ? ただ、中身がないだけさ」

(それが一番問題じゃないか?)

 ステファノはそう思ったが、顔には出さないように努めた。

「とにかく新しい本は読むだけ無駄だな。王祖以前の魔術を探ろうなどという学者はほとんどいないからな。ポンセという先生は余程変わり者だな」
「先生自身はどちらの立場とも言っていませんでしたが」
「こういう課題を出す時点で、『原始魔術』、ああ王祖以前の魔術をそう呼ぶのだが、その存在を否定はしていないのだろうな」

「原始魔術」とは随分な呼び名だなとステファノは思った。「オリジナル」と呼ぶならわかるが……。

「調べるなら『魔術』についてではなく、王国創建の過程とか、『戦の歴史』とかを見に行った方が良さそうだな。古来、魔術とは常に『戦争の道具』であったから」
「戦史ですか……」

 マルチェルやヨシズミの顔が、ステファノの目の前にちらつく。600年前の戦争のことだとわかっていても、2人の師と戦を切り離して考えることがステファノにはできない。

「お前は逃げれば良い」と言ってくれる人たちを否応もなく巻き込んだ戦場という怪物が恐ろしい。

 しかし、避けてばかりもいられないだろう。相手を知らないことには逃げようもない。

「アドバイスありがとうございます。原始魔術と戦について調べてみます」
「そうか。勉強については大して役に立てんが、お前よりは魔術について知っている。行き詰ったら相談に来い」
「そうさせてもらいます」

「よし。難しい話はここまでだ。まだ時間が残っているから、「普通の・・・水魔術と風魔術を練習して行け」

 ドリーの勧めを受け、ステファノは魔術発動具どんぐりを使わない通常の魔術を練習することにした。

(先ずは「水」か。普通のやり方・・・・・・は手元で圧縮してから開放して飛ばすんだったな)

 ステファノは竹筒で水を押し出す玩具を想い出した。あれを魔術で再現するにはどうしたら良いか。
 
(水を閉じ込めておく「筒」が要るね。どうしよう……これはイドで作るしかないか)

 体や道具にイドを纏わせれば、その耐久力・防御力を増加させることができる。
 ステファノはこれを「鎧」として纏うことを訓練してきた。今では意識せずにできるところまで来ている。

 イドの鎧の延長線上に、「イドの盾」がある。両手に纏ったイドの鎧を盾として防御に用いるものだ。
 これもステファノは意識的に「型」に取り入れ鍛えてきた。

 今度は体から離れた空中にイドの「器」を作れないかというテーマである。

(最初は「手」を使おう。俺はいつでも「手」のイメージから術を組み立てて来た)

 手で包んだ空間にイドを固めて「筒」を作り出すイメージ。最初は小さくても、弱くても良い。
 慣れたら大きく、強くする。それを繰り返せばよい。

 初めは直径5センチの筒ができた。術として発動しなければ良いのだろうと解釈して筒を形作るイドには「土魔術」の魔力を纏わせた。「青」のイデアが筒状に固まる。

(「虹の王ナーガ」は6属性すべて含んでいるが、発動する術は1種類だ。火魔術も、雷魔術もそうやって使って咎められなかった。ならばこれも許されるはずだ)
 
 青の魔力に囲まれた閉鎖空間に「緑」の魔力を溜めて行く。
「青」+「緑」は「け」の型であった。

 ステファノの両手は胸の前で円を作っていた。その内部に魔力が集まり、圧を増していく。

(最初は弱めにしよう。少し飛ばせばよい)

「開放!」

(ん~)

「あれっ?」

 水はジャポンと足元にこぼれた。

「すみません。床を濡らしてしまいました」
「構わん。良くあることだ」

 ドリーは傍らに用意してあるモップで、床の水をさっとふき取った。
 拭き取り切れない部分には魔術で熱風を送って乾かした。

(そうか。全体を同時に開放したらその場で広がるだけだ。「前方」だけ・・に開放しないと)

「もう一度やらせて下さい」
「よし。5番、水魔法。発射を許可する。撃て」

 ステファノは仕切り直して、改めて「け」の型を整えた。
 少しだけ圧力を高めたところで前方の壁を開放する。

「開放!」

 ぽんっ!

 可愛らしい音を立て、水球は2メートルほど飛んで床に落ちた。最後は水がばらばらに飛び散っていた。

(うん。今のであのくらいか。距離で言うと10倍くらい強くすればよいのかな? 次は5倍くらいでやってみるか)

(最後に水がバラバラになってしまうな。撃ち出した瞬間に固めてしまった方が良さそうだ)

「もう一度お願いします」
「よし。5番、水魔法。発射を許可する。準備が良ければ撃て」

(いろはにほへと ちりぬるを~)

 ステファノは念誦を丁寧に行い、意識を集中した。

「開放!」

 どん。

 先程よりも重い音を鳴らして胸の前から水球が飛び出した。先程より格段に勢いが強い。
 水流の尾を引いて飛び出したが、1メートルほどで氷の塊に変わった。

 氷弾が飛んで行く後ろには、白く氷の粉が舞う。ダイヤモンドダストの飛行機雲であった。

 しゅーと空気を切り裂く音を立てて飛んだ氷弾は、10メートルほどの位置で力を失って床に落ちた。

「氷に変えたのだな。今のは悪くないぞ。もう少し威力を上げてみろ」
「できると思いますが、あの大きさの氷を的まで飛ばしたら勢いが強すぎませんか?」
「人間に当たれば死ぬだろうな。20メートルとはそういう設定だ」

 それを聞いてステファノは複雑な顔をした。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第189話 ナーガの眷属、「け」の型「水蛇」。」

「さて、20メートル先の相手に当てるが威力は殺さぬ程度に抑えるとなると、随分と面倒な加減が要るぞ?」

 ドリーはステファノの悩みを一言でまとめた。

(氷弾を届かせるとなると勢いが強すぎる。氷の玉じゃダメなんだ。かといって水のままでは散ってしまう……)

 ステファノの魔術には意思があるように見えるとドリーが言っていたが、本当にそうなら自分で飛んで行ってくれるのになと、ステファノは妄想した。

 雷魔術は「雷蛇らいじゃ」となって飛んで行った。さしずめ水魔術なら「水蛇みずへび」であろう。蛇の形か……。

「もう一度やってみます!」
  
 ……

◆お楽しみに。
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