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第4章 魔術学園奮闘編
第185話 イデア界では概念こそが永遠である。
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「わけあってステファノに関する異変はすべて私のところに報告が上がるようにしてある。今回のこともそうだ。ヴィオネッタ女史から魔術学科に来た相談を私が引き取った」
「それでわざわざ学科長が来られたのですか」
「うむ。来て良かった。人を頼めば面倒くさいことになったかもしれん」
下手な形でこの話を外部に持ち出されれば、魔術界が大騒ぎになる可能性がある。それこそステファノの奪い合いが置き、実験動物扱いされる恐れがあった。
「お前、ギルモアの寄子扱いだったな?」
「はい。縁あってご加護を頂いています」
その「縁」について詳しく明かすことはできないのであるが、学科長であるマリアンヌは王族絡みの事情であることを薄々推測していた。
だからこそ、下手な形でステファノに注目を集めては問題になると警戒していたのだ。
「運の良いヤツだ。その縁とやらがなければお前はどうなっていたかわからんぞ」
マリアンヌは皮肉に告げた。学科長の自分でさえ、「研究材料にしたい」と欲望が疼くのだ。
出世欲の強い魔術師などにこの事実を知られてはならなかった。
「ギルモア侯爵様には感謝しています」
このやり取りを聞き、裏の事情を初めて知ったヴィオネッタは目を白黒させた。
「女史も他言は無用に願う。寄子の話も、魔道具の話もだ。何事もなかったことにしてもらうが、良いな?」
「え? は、はい!」
「無理を言ってすまん。そちらの学科長には私から話を通しておく」
「わかりました。……この絵はどうしましょう?」
もう一度ステファノのデッサン画を手に取り、マリアンヌはしげしげと眺めた。
絵の中の男は何とも言えぬやるせない表情を浮かべていた。
「糞っ! 腹の立つ絵だ! これは表に出せん。焼いてしまいたいところだが……」
「えっ? そんな!」
「そうだな。国宝に匹敵する魔道具を燃やすわけにもいかん。これは……納まるべきところに献上するか」
絵を燃やすと聞いて動揺したヴィオネッタに、マリアンヌはこの絵を自分に預けるよう頼んだ。
「そのこともセルジオ学科長に通しておく」
「わかりました。そもそもこの絵はステファノの物ですから、私がどうこう言うこともありません」
「そうか。ステファノもそれで良いか?」
「はい。処分の仕方はお任せします」
ステファノは神妙な顔をして言った。当たりの厳しいマリアンヌであったが、自分のことを配慮してくれていることが話の端々からわかる。ここは世の中のことに明るい彼女に任せるのが良いと思うのだった。
「ふん。処分とはよく言った。お前自身の処分も決めておかんとな。ヴィオネッタ女史」
「はい?」
「女史が言う『芸術』とやらには遠かろうが、この絵でステファノに単位をくれてやれないか?」
そもそも今回のデッサンは「チャレンジの課題」であった。普通の絵としてステファノのデッサンを評価すれば、とても単位認定までには値しないのだが……。
「よろしいと思います」
「構わんか?」
「はい。美術とは元々工芸より生まれたもの。形としてのデッサン画に『感情』を載せたステファノの絵は、工芸品として芸術の域にあると言えましょう」
「結構だ。ステファノ、良かったな。ただ今を以て、お前は『美術入門』を修了したぞ」
あれよあれよという間に、ステファノは単位を1つ取得してしまった。ありがたい話であるが、ステファノとしては美術についてもっと学んでみたかった気もする。
「なあ、ステファノ。このままお前が授業を受け続けると、これからも教室で今日のようなことが起きるに違いない。今回はヴィオネッタ女史にしか気づかれなかったが、次回もそうだとは限らない。それはいろいろとまずいのだ」
口さがない学生たちのことだ。ステファノのことはたちまち噂になるだろう。噂はすぐに学園の壁を越え、世間に飛び火するに違いなかった。
「俺は……絵を描かない方が良いのでしょうか?」
絵を描くことが好きなステファノにとって、それは悲しいことであった。
「描くのは構わんのだが、人には見せられんな」
マリアンヌの言葉を聞いてステファノは肩を落とした。
「あの、ここで描かせたらどうでしょう?」
落胆するステファノを見かねて、ヴィオネッタが言い出した。
「この部屋でか?」
「この部屋なら私以外の人目に触れません。誰かが来たら手を止めさせれば良いことです。それならステファノも落ちついてデッサンを学べると思います」
「ふむ。どうだ、ステファノ?」
ステファノとしては願ってもないことであった。事情を知るヴィオネッタの部屋でならば、周りを気にすることなく絵が描ける。
「ありがたいお話です。俺としてはこの時間、午後5時から6時までなら都合が良いのですが」
「今日と同じですね。私も結構ですよ」
「それでは週1回、今日と同じ水曜日の5時から6時まで通わせてください。鍛錬の合間なのでこの格好でお邪魔します」
こうしてステファノは新入生からの今年度チャレンジ成功第1号となった。
「それはそうと、ステファノ。ここで同じような絵を描けるか?」
「それは、その……感情を映す絵ということですか?」
意図して作った魔道具ではない。果たして狙って再現できるものなのか?
「わかりませんが、やってみます。画材を使わせていただければ……」
「このイーゼルを使いなさい。紙は、板に留めたこれを」
ヴィオネッタがしつらえてくれたイーゼルに、ステファノは木炭を持って向き合った。
何を描くべきか。
目の前にいるマリアンヌやヴィオネッタをモデルにしては失礼だろう。
そうかといってジュリアーノ王子を描くわけにはいかない。
(人ではなく物を描いてはどうだろう?)
感情を映すとはどういうことか? 紙に描いた絵が感情を感じ取ったり、発したりするはずがない。感情とは知性に伴うものなのだから。
絵は見る人の「想い」を反射しているだけなのだろう。
(想いを反射するというのなら、それは感情でなくても良いのでは?)
「反射か……」
ステファノは閃いた思いを胸に画用紙に向かった。
集中が魔力を浸透させたというならば、次の手順は「念誦」である。
(いろはにほへと ちりぬるを~)
画用紙に引かれる線はかりそめのものだ。実在を表象する物まねに過ぎない。
そこに形はあっても、実在として定着するものではない。
しかし、イデア界ではその表わす概念は永遠なのだ。
ステファノはイドの鎧を纏い、イドは「始原の赤」に染まって行く。
そこに絡まるように、紫の光紐が旋回する。
(「赤」に「紫」。これは……「と」の型だ)
集中しながらも、今回はステファノにも自分の魔力を見る余裕があった。「何が起きているか」を知ったことが大きい。
デッサンが完成に近づいたところでステファノは、「と」の魔力を強く意識した。
(「熱」から生まれる「光」。正にこの絵のテーマだ)
(と~……)
ステファノは画用紙から木炭を離した。
「描けました。『アポロンの琴』です」
「何だ? これは……」
ステファノが披露した絵を見て、マリアンヌはぽかんと口を開けた。
そこに描かれていたのは、みすぼらしいランプであった。
「貴様、ふざけているわけではないだろうな?」
この場の流れでステファノがいたずら書きをするとは思えない。マリアンヌはどう受け止めたらよいのか、思い悩んだ。
「……」
「え? それは?」
傍らで、ステファノがヴィオネッタに何かを耳打ちした。
それすらも自分をないがしろにしているように見えて、思わずマリアンヌは舌打ちする。
「ヴィオネッタ先生、お願いします」
「震えよ、アポロンの琴!」
ヴィオネッタが宣言すると、夕方の光が弱まった部屋に純白の明かりが灯った。
「馬鹿な!」
マリアンヌは衝撃を受けたように、椅子を鳴らして立ち上がった。
ヴィオネッタの声に反応して、「絵の中のランプ」が煌々と光を発していた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第186話 光の魔道具……ではないだと?」
「あのー。これは魔術とは違うと思います」
2人の驚愕に水を差すようにステファノがおずおずと言葉を発した。
「何を言うか? どう見ても、『光魔術』そのものではないか!」
「ええと、そう見えるってだけだと思います」
「何っ?」
マリアンヌは混乱した。どこが違うのか。
「お2人の目にはランプが光ったように見えても、実際にこの部屋が明るくなったわけではありませんよ?」
「何だと?」
「何ですって?」
現に部屋は明るい。2人の目にはそう見えていた。
……
◆お楽しみに。
「それでわざわざ学科長が来られたのですか」
「うむ。来て良かった。人を頼めば面倒くさいことになったかもしれん」
下手な形でこの話を外部に持ち出されれば、魔術界が大騒ぎになる可能性がある。それこそステファノの奪い合いが置き、実験動物扱いされる恐れがあった。
「お前、ギルモアの寄子扱いだったな?」
「はい。縁あってご加護を頂いています」
その「縁」について詳しく明かすことはできないのであるが、学科長であるマリアンヌは王族絡みの事情であることを薄々推測していた。
だからこそ、下手な形でステファノに注目を集めては問題になると警戒していたのだ。
「運の良いヤツだ。その縁とやらがなければお前はどうなっていたかわからんぞ」
マリアンヌは皮肉に告げた。学科長の自分でさえ、「研究材料にしたい」と欲望が疼くのだ。
出世欲の強い魔術師などにこの事実を知られてはならなかった。
「ギルモア侯爵様には感謝しています」
このやり取りを聞き、裏の事情を初めて知ったヴィオネッタは目を白黒させた。
「女史も他言は無用に願う。寄子の話も、魔道具の話もだ。何事もなかったことにしてもらうが、良いな?」
「え? は、はい!」
「無理を言ってすまん。そちらの学科長には私から話を通しておく」
「わかりました。……この絵はどうしましょう?」
もう一度ステファノのデッサン画を手に取り、マリアンヌはしげしげと眺めた。
絵の中の男は何とも言えぬやるせない表情を浮かべていた。
「糞っ! 腹の立つ絵だ! これは表に出せん。焼いてしまいたいところだが……」
「えっ? そんな!」
「そうだな。国宝に匹敵する魔道具を燃やすわけにもいかん。これは……納まるべきところに献上するか」
絵を燃やすと聞いて動揺したヴィオネッタに、マリアンヌはこの絵を自分に預けるよう頼んだ。
「そのこともセルジオ学科長に通しておく」
「わかりました。そもそもこの絵はステファノの物ですから、私がどうこう言うこともありません」
「そうか。ステファノもそれで良いか?」
「はい。処分の仕方はお任せします」
ステファノは神妙な顔をして言った。当たりの厳しいマリアンヌであったが、自分のことを配慮してくれていることが話の端々からわかる。ここは世の中のことに明るい彼女に任せるのが良いと思うのだった。
「ふん。処分とはよく言った。お前自身の処分も決めておかんとな。ヴィオネッタ女史」
「はい?」
「女史が言う『芸術』とやらには遠かろうが、この絵でステファノに単位をくれてやれないか?」
そもそも今回のデッサンは「チャレンジの課題」であった。普通の絵としてステファノのデッサンを評価すれば、とても単位認定までには値しないのだが……。
「よろしいと思います」
「構わんか?」
「はい。美術とは元々工芸より生まれたもの。形としてのデッサン画に『感情』を載せたステファノの絵は、工芸品として芸術の域にあると言えましょう」
「結構だ。ステファノ、良かったな。ただ今を以て、お前は『美術入門』を修了したぞ」
あれよあれよという間に、ステファノは単位を1つ取得してしまった。ありがたい話であるが、ステファノとしては美術についてもっと学んでみたかった気もする。
「なあ、ステファノ。このままお前が授業を受け続けると、これからも教室で今日のようなことが起きるに違いない。今回はヴィオネッタ女史にしか気づかれなかったが、次回もそうだとは限らない。それはいろいろとまずいのだ」
口さがない学生たちのことだ。ステファノのことはたちまち噂になるだろう。噂はすぐに学園の壁を越え、世間に飛び火するに違いなかった。
「俺は……絵を描かない方が良いのでしょうか?」
絵を描くことが好きなステファノにとって、それは悲しいことであった。
「描くのは構わんのだが、人には見せられんな」
マリアンヌの言葉を聞いてステファノは肩を落とした。
「あの、ここで描かせたらどうでしょう?」
落胆するステファノを見かねて、ヴィオネッタが言い出した。
「この部屋でか?」
「この部屋なら私以外の人目に触れません。誰かが来たら手を止めさせれば良いことです。それならステファノも落ちついてデッサンを学べると思います」
「ふむ。どうだ、ステファノ?」
ステファノとしては願ってもないことであった。事情を知るヴィオネッタの部屋でならば、周りを気にすることなく絵が描ける。
「ありがたいお話です。俺としてはこの時間、午後5時から6時までなら都合が良いのですが」
「今日と同じですね。私も結構ですよ」
「それでは週1回、今日と同じ水曜日の5時から6時まで通わせてください。鍛錬の合間なのでこの格好でお邪魔します」
こうしてステファノは新入生からの今年度チャレンジ成功第1号となった。
「それはそうと、ステファノ。ここで同じような絵を描けるか?」
「それは、その……感情を映す絵ということですか?」
意図して作った魔道具ではない。果たして狙って再現できるものなのか?
「わかりませんが、やってみます。画材を使わせていただければ……」
「このイーゼルを使いなさい。紙は、板に留めたこれを」
ヴィオネッタがしつらえてくれたイーゼルに、ステファノは木炭を持って向き合った。
何を描くべきか。
目の前にいるマリアンヌやヴィオネッタをモデルにしては失礼だろう。
そうかといってジュリアーノ王子を描くわけにはいかない。
(人ではなく物を描いてはどうだろう?)
感情を映すとはどういうことか? 紙に描いた絵が感情を感じ取ったり、発したりするはずがない。感情とは知性に伴うものなのだから。
絵は見る人の「想い」を反射しているだけなのだろう。
(想いを反射するというのなら、それは感情でなくても良いのでは?)
「反射か……」
ステファノは閃いた思いを胸に画用紙に向かった。
集中が魔力を浸透させたというならば、次の手順は「念誦」である。
(いろはにほへと ちりぬるを~)
画用紙に引かれる線はかりそめのものだ。実在を表象する物まねに過ぎない。
そこに形はあっても、実在として定着するものではない。
しかし、イデア界ではその表わす概念は永遠なのだ。
ステファノはイドの鎧を纏い、イドは「始原の赤」に染まって行く。
そこに絡まるように、紫の光紐が旋回する。
(「赤」に「紫」。これは……「と」の型だ)
集中しながらも、今回はステファノにも自分の魔力を見る余裕があった。「何が起きているか」を知ったことが大きい。
デッサンが完成に近づいたところでステファノは、「と」の魔力を強く意識した。
(「熱」から生まれる「光」。正にこの絵のテーマだ)
(と~……)
ステファノは画用紙から木炭を離した。
「描けました。『アポロンの琴』です」
「何だ? これは……」
ステファノが披露した絵を見て、マリアンヌはぽかんと口を開けた。
そこに描かれていたのは、みすぼらしいランプであった。
「貴様、ふざけているわけではないだろうな?」
この場の流れでステファノがいたずら書きをするとは思えない。マリアンヌはどう受け止めたらよいのか、思い悩んだ。
「……」
「え? それは?」
傍らで、ステファノがヴィオネッタに何かを耳打ちした。
それすらも自分をないがしろにしているように見えて、思わずマリアンヌは舌打ちする。
「ヴィオネッタ先生、お願いします」
「震えよ、アポロンの琴!」
ヴィオネッタが宣言すると、夕方の光が弱まった部屋に純白の明かりが灯った。
「馬鹿な!」
マリアンヌは衝撃を受けたように、椅子を鳴らして立ち上がった。
ヴィオネッタの声に反応して、「絵の中のランプ」が煌々と光を発していた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第186話 光の魔道具……ではないだと?」
「あのー。これは魔術とは違うと思います」
2人の驚愕に水を差すようにステファノがおずおずと言葉を発した。
「何を言うか? どう見ても、『光魔術』そのものではないか!」
「ええと、そう見えるってだけだと思います」
「何っ?」
マリアンヌは混乱した。どこが違うのか。
「お2人の目にはランプが光ったように見えても、実際にこの部屋が明るくなったわけではありませんよ?」
「何だと?」
「何ですって?」
現に部屋は明るい。2人の目にはそう見えていた。
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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