上 下
183 / 624
第4章 魔術学園奮闘編

第183話 『柔』と『鉄壁』。

しおりを挟む
 ステファノはマルチェルに伝授された『型演舞』の動きをアレンジして再現してみた。拳を突き出す動きでは釣り手で押し、いなしの動きでは引手を動かす。

 足は吸いついたように床面を滑り、体幹の軸は中心線を離れない。

 引き回されたミョウシンは、ステファノの投げの動きに釣り込まれ床から足が離れそうになった。

「うっ!」
「おっと」

 投げ飛ばす寸前でステファノは動きを止め、ミョウシンの上体を受け止めた。

「へ?」

 後ろに、前に揺さぶられ、投げられそうになってよろけたところをステファノに抱きとめられたミョウシンは、一瞬何が起こったかわからずステファノの胸に顔をつけたまま当惑した。

「ごめんなさい。『型』の動きを試していたら、危うく床の上に投げてしまうところでした」
「あっ」

 ミョウシンは慌ててステファノから体を離した。

「い、今の動きは?」
「師匠から教わった『型演舞』の動きです。どちらかというと打撃中心の術ですが、投げも含まれています」
「不思議な動きですね。大きな波が寄せては返したようで、抵抗できませんでした」

 ミョウシンは一連の動きを思い返してみた。ステファノの動きには破綻がなく、押されたと思ったら崩されていた。

「元々は拳法の『套路とうろ』という動きから練られたものです。套路はゆったりとした動きで特に重心の維持に極意があると思っています」
「それは……興味があります。見せてもらっても良いですか?」

「師匠のようにはできませんが」

 そう断ると、ステファノは場所を移して静かに立った。
 すうと一息吸い込み、ふうと吐く。その呼吸でいつのまにか動き出していた。

 套路を練れば、イドも練られる。意識せず、ステファノはイドの鎧を纏っていた。

 ミョウシンの目にはステファノに霞が掛かったように、一層気配が薄れたと感じる。

 音のない世界でステファノは動く。踏み込み、回り、躱し、下がってもステファノの足は音を立てなかった。
 時折空を撃つ拳と脚が、「ぶん」と風を切る以外、衣擦れの音しか聞こえない。

(あ?)

 踊りのような静かな動きの中に、先程自分を崩した流れがあった。踏み込んで押され、いなされて崩された。

(ああ、あのままならわたくしは投げ飛ばされていた)

 ミョウシンの目には宙を飛ぶ自分の姿が映った。

(これは「神」に近づこうとする武術だ)

 そう感じた。

 目指すところがあまりにも精妙であった。細い、細い針のような剣で、ボタンの穴を突くような。
 決まれば確かに絶大な威力だが、「普通の人間」には到底再現できない技。

 それを為すのが達人であり、それが為せるのであれば力も体格も必要ない。そういう類の術であった。

 ミョウシンの柔は違う。

 それはかみ砕いた万人の技だ。武骨だが、誰にでも使える。重い鉈のような術。
 上は達人、下は素人まで、誰でもそれなりに仕える技だ。

 ある程度力と体格に恵まれなければ強くなれない。その代わり、ある程度までは誰でも強くなれる。
 そういう術であった。

 どちらが良いとか、悪いとか。優れているとか、役に立つとか。そういう類のものではなかった。

 目指すところが違う。

 ステファノは元の位置に戻って、静かに腕を降ろした。

「奥深い術ですね」

 それがミョウシンの感想だった。元よりステファノは達人ではないが、その動きの中にこの「套路」を編んだ達人の姿が垣間かいま見える。

「はい。まだ意味が読み取れない動きがいくつかあります」

 それは見ていたミョウシンも同じであった。おそらくそこに「崩し」に通じる「理合い」が潜んでいる。

 柔の技、たとえば「投げ」は決まったかたちだ。その形に入れば、人は人を投げられる。
 修行者はその形を反復練習する。いかに早く、いかに円滑にその形に入るか。

 しかし、本当に大切なのは投げの形に入るまでの流れだ。ミョウシンはそう思う。
 柔では「投げ」そのものと「崩し」は分けて教える。

「崩し」は難しいからだ。いきなり「崩し」を教えても初学者は理解できない。そこで挫折してしまう恐れがある。
 
「投げ」は違う。剣術の素振りのようなものだ。誰がやっても一定の威力がある。体力をつければ威力は上がる。

 だからわかりやすいし、稽古が楽しいのだ。

「崩し」は、わからない者には永久にわからない。感覚に頼る部分が大きい。
 脱落者を出さぬために、柔は「かたち」を優先したのだ。

 ステファノの武術は自分の柔の糧になる。ミョウシンは彼の套路を見て確信した。
 彼の武術から、柔が「後回し」にした「崩しの心」を学ぶことができる。ミョウシンはそう感じていた。

「ステファノ、わたくしにきみの武術を教えてもらえませんか?」

 ミョウシンは思わず頭を下げていた。

「えっ? 俺は単なる初心者ですよ?」

 ステファノは当惑して答えた。

「構いません。いえ、失礼な言い方でした。むしろ一緒に学びたいのです」
「ミョウシンさんには柔があるのでは?」
「きみの武術を学べば、柔の心に近づけると感じたのです。わたくしは自分の感覚を信じます」

 一度決めると、ミョウシンは押しが強かった。行動に迷いがない。
 お嬢様育ちゆえの純粋さなのかもしれなかった。

「俺の方は構いません。柔を教えてもらっているので、お互い様ですし」
「ありがとう。柔ときみの武術はとても良い組み合わせだと思う」
「俺もそう思います。柔を知ることで、『型』の心がより深く理解できそうな気がします」

 マルチェルの「型」は精妙なバランスと構成の上に成り立っている。意味を理解せず真意から外れれば、型は上滑りし力を失うであろう。
 柔の「形」は単純化した理合いだ。千差万別の現実に合わせる柔軟性と応用性を身につけなければ、力任せの技に終わるであろう。

 どちらも「極意」であり、「入り口」を示しているのだ。遥か先にあるものはあるいは共通しているのかもしれない。

「でしたら前半1時間は柔の鍛錬、後半1時間を『型』の鍛錬に当てましょう。指導者も入れ替わるということにすれば良いでしょう」
「俺が教えられることは少ないんで、一緒に鍛錬をするということでどうでしょうか?」
「きみがそれで良ければ構いませんよ。あの『型』を身につけるだけでも十分な修行になりそうです」

 ステファノは自分が勝手に「型」を人に伝えてよいものか迷ったが、マルチェル自身が「型」そのものは人に見られて困るものでも特別な技でもないと言っていたことを想い出した。

「『套路』の方は師匠もきちんと学んだものではないと言っていたので、教えるのは勘弁してください。『型』の方を一緒に学ぶということにさせてもらえれば」
「それにしてもこの武術は何というものでしょう? 先生から教えられていないのですか?」
「いいえ。自分で工夫したものだということでした。あえて言うならば……『鉄壁の型』でしょうか?」

 ステファノはマルチェルの二つ名を型の名前に戴いた。それがふさわしいことのように思えたのだ。

「『鉄壁』とはいかめしい名前ですね」
「徒手で剣や槍を持った鎧武者と戦う術です。いかめしくなるのは仕方ありませんね」
「なるほど。極めればそこまでのものなのですね」

 ミョウシンは目を輝かせた。
 マルチェルの二つ名については聞き及んでいないようだ。30年も前の時代であり、王立騎士団など限られた世界を除けば知る人は少ないだろう。

「きみの先生は素手で剣を持った兵士と渡り合えるのですか。素晴らしい達人ですね」

 実際には鎧武者100人の中に徒手空拳で飛び込んでいたのだが、冗談にしか聞こえないだろう。ステファノは真実を告げるのを諦めた。

 その日は『鉄壁の型』に含まれる12の動きの1つを教え、その動きについて2人で意見を交換し、考察した。
 自分以外の視点を得ることはステファノにとって大きな刺激となった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第184話 その絵は見る者の感情を映し出す。」

「ふうむ。私には平凡な絵にしか見えんな。この絵には感情が乏しく、訴え掛けてくるものがないようだ」
「そうですか……。それは先生に芸術を見るセンスがないからかもしれませんね?」
「何だと!」

 思いも寄らぬ無礼な言葉を返したヴィオネッタを、マリアンヌは怒気もあらわに睨みつけた。

「もう一度『絵』をご覧下さい」

「むっ?」

 手元の絵に目を向け直したマリアンヌは、驚愕に目を見張った。

「何だ、これは?」
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...