上 下
178 / 624
第4章 魔術学園奮闘編

第178話 馬鹿だな、ステファノ。男に自由などない。

しおりを挟む
「え?」
「実力がばれたら、生徒全員で争奪戦になる」
「え? え?」
「それくらい変態」

 ステファノには実感がなかった。この2人は自分に「実力」があると言っているのだろうか? まともな魔術も使えない自分に。

「では、ステファノ君の奪い合いですね、ここにいる3人で」

 おとなしい顔のミョウシンがなにやら意味深なトーンで激しい言葉をテーブルに投げ出した。

「ふふん。3人での引っ張り合いなら、2体1でこちらの勝ちだろう」
「わかりませんよ? ワタクシには『柔』というステファノ君に差し出せるものがある」
 
 どういうわけかステファノをめぐって「女の戦い」が始まっていたようだった。
 いつそういうことになったのか、ステファノには見当もつかない。

 そもそも「奪い合う」とはどういうことなのか?

「あの、僕の意思とかって……」
「ステファノ、無駄な戦いに挑むな」
「サントスさん」

 おどおどするステファノに声を掛けたのはサントスであった。

「戦いは既に『論理』の地平を超えてしまった。何を言ってもお前は斬られる」
「斬られるって?」
「敵は抜き身を構えている。わからないか、ステファノ?」

 サントスの言葉には、得体の知れぬ重さがあった。
 
「アイツらは既にお前を争っているのではない――」

「お前について争っているだけだ」
 
 ステファノにはその違いがわからない。

「どこが違うんでしょうか?」
「……お前の『鈍さ』が羨ましい。一言で言えば、お前自体はどうでもいいが、手を出すなら覚悟しとけよというガンの飛ばし合いだ」
「凄く残念な気がしてきました」

「ステファノ、お前は正しい」

 サントスとの熱い友情が芽生えかけた気がしたステファノであったが、良く考えるとこの人も同じ穴の狢だということを想い出して、ぐっと踏みとどまった。

 ステファノとサントスが額を寄せて語り合う間も、「女の戦い」が続いていた。話は取り留めもなくぐるぐる回り、結局「ステファノは頼りないので先輩である自分たちが救いの手を差し伸べてやろう」という一見人道的だが極めて一方的で独りよがりな結論で合意した。

 サントスが言う通り、ステファノ自身の気持ちに対する配慮はどこにもなかった。

 後々冷静になってみれば、2人ともステファノに恋心などの思い入れがあるわけではなく、むきになる必要はどこにもなかった。しかし、事はテリトリー争いになってしまったのだ。
 電柱の気持ちを考えて縄張りを主張マーキングする犬はいない。

 極めて政治的な駆け引きの結果、曜日での棲み分けを原則とする合意が成り立った。
「火水木」はミョウシンがステファノの面倒を見、「月金土」はスールー・チームとの活動日とする。

 日曜日だけはどちらかが権益行使すると争いの種になるという理由から、ステファノに自由行動をさせるという結論になった。

(わざわざ言われなくても、そもそも俺は自由なはずなんだけど)
(馬鹿だな、ステファノ。男に自由などない)

 サントスが一見哲学的なことを言ってきたが、どうせ雰囲気だけの言葉だろうとステファノは相手にしなかった。ステファノの本能が「ダメな人間を手本にしてはいけない」と警告を上げていたのだ。

 必ずしも納得のいく流れではなかったが、ステファノの週間行動予定はこのようにして大枠が決められた。
 果たしてこれで履修科目の予習・復習、魔法の訓練、生活に必要な雑事、学校相手の手続きなどを十分にこなす時間があるかどうかステファノには自信がなかったが、とりあえずは走り出してみるしかなかった。

 何しろすべてが初めてのことであったから。
 
 こうして本人の意見を問われることなく、ステファノの1学期の生活パターンが決められたのであった。

 ◆◆◆

 翌朝、日の出と共にステファノは寝台から降りた。汲み置きの水で顔を洗い、部屋着に着替える。
 細かいようだが顔を洗う水にさえ魔法を使わず、井戸水を使うようステファノは徹底していた。

 部屋の中のことなので、水魔法を使ったとしても誰にもわかりはしない。

 だが、それを己に許してしまえばすべてのことに甘くなってしまう。禁止されている魔術を使ってしまうかもしれない。ステファノは自分に自信が持てなかった。

 ならば許された時以外使わないと決めてしまった方が気が楽だ。ステファノの頭の中ではそういう決着がついていた。

 飯屋の水瓶を満たす日課に比べれば、生活用の水を汲み置くくらい何でもなかった。

 与えられている個室は広くはなかったが、型や套路を行うには十分な広さがあった。イドの鎧を纏いながらの演舞に加え、「虹の王ナーガ」を目の前に出しながらの演舞など、ステファノは魔力操作と身体操作を組み合わせて同時に使う訓練を繰り返した。

 一通りの動きを繰り返して体が温まったところで、ステファノは一本の棒を携えて寮を出た。

 人のいない運動場に出て、棒を構える。この棒は昨日訓練場からの帰りがけに売店で買ったものである。
 モップの柄らしきものを120センチの長さで切ってもらった。

 木刀と呼ぶには頼りない細さの棒を、ステファノは体の前に構えていた。同時にイドの鎧を纏い、棒にもイドをまとわりつかせる。
 イドを青く染めれば土属性の魔力がただの棒を「引き締まった木刀」の重さに変える。手の内を間違えば手首を痛める程度には持ち重りするところまで。

 身心一如の入り口を迎えたところでステファノは素振りを始めた。始めはすべての基本である「一刀両断」、すなわち上段からの唐竹割りであった。

 正中線に沿って引力に逆らわず斬り落とす。もっとも自然で素直な一撃。振り終わりに重心がぶれたり剣先が流れたりしないよう、止めにも意を込めて、一振り一振りを丁寧に行う。

 2秒に1本のペースで100本を行えば、既に汗が止まらない。
 ステファノは手ぬぐいを細長く畳んで鉢巻きにした。

 構え直して、今度は左右の袈裟斬りを交互に行う。これは右足を踏み込んで右袈裟斬り、左足を踏み込んで左袈裟斬り、左足を引いて右袈裟斬り、右足を引いて左袈裟斬りという流れを繰り返していく。4つの動作を50本ずつ繰り返せば全部で200本の斬り落としとなる。

 続いて左右の横なぎを行う。これも運足と合わせて左右進退で計200本。

 横なぎの後は下段からの逆袈裟斬りを左右進退200本。

 総計700本の素振りを行うと、30分の時間が掛かった。全身汗みずくである。
 ヨシズミから棒の扱いを習い始めた頃は素振り100本で息が上がっていたのであるから、長足の進歩であった。

 ステファノは構えを解き、一旦息を整えた。

 素振りの仕上げとして、「型のようなもの」でおさらいをする。ヨシズミは特に「型」というものを授けてくれなかった。ステファノは独習用の「教材」として、ヨシズミとの「申し合い」と「自由稽古」の打ち合いを脳内で再生しながらゆっくりとその動きをなぞることにしていた。

 それがステファノにとっての「型稽古」である。

 ここでは技そのものよりも、打ち合いの駆け引き、技から技への流れ、それぞれの技の意味などを考えながら体を動かして行く。
 ヨシズミの側とステファノ自身の側、両方に立って立ち合いを眺めてみる。映像記憶フォトグラフィック・メモリーを持つステファノならではの練習方法であった。

 素振りで発見した手の内のコツ、運足や体さばきのポイントなどを「型稽古」の中で見直し、「型稽古」で思いついた工夫を素振りで試してみる。

 1時間の早朝稽古はあっという間に過ぎ去ってしまった。

(これにイドの運用と魔法行使が上乗せされたら、正に「千変万化」だ。やっぱり師匠はすごい!)

 傍らの木はネルソン商会の中庭に生えていた物と同じ、コナラの木だろう。根元を中心にぱらぱらとどんぐりが落ちていた。

(師匠はつぶて術もすごい。不殺ころさずの捕縛術を目指すなら、覚えておいて損はないな)

 魔術訓練場を使用させてもらうことになったので、的を狙う稽古を気兼ねなく行えるはずであった。何よりも「元手がただである」ところがステファノの気に入った点である。

 いそいそとどんぐりを拾い回っていると、部屋着のポケットがパンパンに膨らんでしまった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第179話 初めての授業、初めての課題。」

 それからポンセは魔術の歴史において生まれた数々の失敗について、面白おかしく紹介を行った。

「洗濯物を乾かそうとして、家を燃やした人間」の話。「水瓶を満たそうとして、部屋を水で満たしてしまった人間」の話。「洗濯物を乾かそうとして、屋根を飛ばしてしまった人間」の話。

 1番めと3番めは同じ1人の人間らしい。

「このような数々の失敗の上に、先人は魔術理論を築いたのです。魔術の歴史を知ることは、魔術の基本を知ることでもあるのです」

 言っていることは良くわかると、ステファノは思った。だが、本当に理論が築けているのだろうか?
 それはこれから確かめる必要があった。
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...