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第4章 魔術学園奮闘編

第173話 スールーとサントス、世紀の大発明。

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「その話はもう良いから、先輩たちが僕を誘う提案について聞かせて下さい」
「おお、その話だな。我々の提案には長期的な面と短期的な面の2つがある」
「アカデミーの生活で長期的と言われても……」

 精々2年か3年の在校期間なのである。ステファノに至っては1年程度での卒業を目指している。

「何十年という話ではないよ。少なくとも今のところはね。言い方を変えよう。卒業後も含めて1、2年の話と、今度の研究報告会に関する話とがある」
「12月の研究報告会でしょうか?」
「そこで我々は大発明の報告をしたいと考えている」

 周りを観ながら、スールーは小声で打ち明けた。

「大発明って?」

 ステファノも思わず声を抑える。

「ああ。世の中を根底からひっくり返すような大発明だ」
「びっくり発明だ」
「僕が聞いても大丈夫なんですか?」

 本当だとすれば重大な秘密だ。まだ仲間になるかどうかも決まっていない自分が聞いてしまっても良いのだろうかと、ステファノは心配になった。

「大丈夫だ。まだ見当もついていないから」
「影も形もない」
「えぇ~?」

 この2人と話をするのはとても疲れるということを、ステファノは学び始めていた。

「ええと、何をしようとしているのか、それに俺がどうやって関わることになるのか、わかりやすく説明してもらえますか?」
「うん。君のそういう見かけによらぬ図太さは大変よろしい」
「極太い」

 ずいぶんな言われようだが、こんなことに構っていたらこの人たちの話は進まない。
 ステファノはぐっと不満を飲み込んで、先を促した。

「発明ってどういうものでしょうか?」
「うむ。聞いて驚くな。寝小便するなよ?」
「しません」
「う、うむ。ことは『文明の進化』に関わる」

 大きく出たものであった。とにかく話を聞いてみようと、ステファノは喉まで出かかった批判的な反応を飲み込んだ。

「世の中は不便だと思わないか?」
「それはどういう部分についてでしょう?」
「うん。やっぱりサントスは正しい。君の反応は僕たち寄り・・・・・だ。他の生徒とは違う」
「普通じゃない」

 この人たちに近いということは、「ダメなこと」なんじゃないだろうかとステファノは心配になり始めた。

「何だか、君から伝わる温度が冷たくなって行く気がするが、話を続けさせてもらう」
「そうして下さい」

「文明とは『知識の共有』と『伝達』により発展するものだと、我々2人は考えている」

 スールーの話は急に深刻なトーンを帯び出した。

「どれほどの天才が生まれようと、1人の知識に止まる間は文明に進歩はない」

 スールーは真理を告げる厳粛さをもって言い切った。
 ステファノには心当たりがある。

 それは正にドイルやネルソンを指している言葉ではないか?

「知識は共有しなければ価値がない。共有するためには『伝達』が可能である必要がある」
「『伝達』とはどういうことを指して言うのですか?」
「単純な話だ。昨日この街で雨が降ったとしよう。君はそれを知っている。それを王都の友に伝えるとしたら、君はどうする?」

 ステファノには王都に共などいないがこれは仮定の話だ。プリシラが王都にいるとして、自分はこの町で起きた話をどうやって伝えるか?

「普通は手紙を書いて、届けてもらうでしょうね」
「その通りだと思う。手紙を書いて届けてもらう。それに要する時間はどれほどだと思う?」

 何となく話の行方が見えてき始めた。ここは具体的にやり取りをする必要がある。

「手紙自体は10分もあれば書けます。それを駅馬車に託して、定期便で運んでもらうとすると翌日の便で半日の旅が必要だ。となると、相手に届くのは2日後の日中。40時間は掛かるんじゃないでしょうか?」
「誤差はあるかもしれないが、僕もそのくらいの時間が必要だと思う。まじタウンと王都の間ですら、情報を共有するためにそれだけの時間が必要なのだ」

 もちろん定期便に頼らず自力で馬を走らせれば伝達時間を短縮することができる。しかしそれは破格のコストを負担するということを意味する。
 それでは「限られた用途」に使用することはできても、「日々の情報を自由に」伝達する手段としては使用できない。

「情報伝達手段の不備が僕たちの文明にとって足かせとなっている。僕たちはそう考える」

 本当はステファノ個人であれば、馬よりも早く王都まで走る事ができるのであるが、それは誰にも言えない秘密であった。少なくとも今のところは。

「情報伝達が科学進歩の鍵だとは考えつきませんでした」

 ステファノは素直にシャッポを脱いだ。この人たちは自分には見えないものを見ている。
 肉体の目でもイドの眼でもなく、知性の眼で。

「これが科学進歩の第1命題だ。第2命題は情報伝達の効率に関する法則だ」
「難しそうで俺に理解できるか心配ですが……」
「なに、難しいことではない。科学進歩の第2命題、それは『情報伝達効率は伝達スピードと伝達量の相乗によって決まる』ということだ」
「ということだ」

 ちょっと待ってくれと、ステファノはスールーを止めた。

(速度が早ければ情報が早く伝わる。そういうことだな。馬は人より速い。うん、これは理解できる)
(伝達量とは何だ? 手紙の例で言ったら……、「便箋の枚数」で良いのか? 1度に100枚の便箋が送れるなら伝達の効率は1回当たり100倍になると)

「うん? だが、そうすると手紙を書くスピードが問題になるのか?」
「素晴らしい!」
「変態だ!」

 スールーとサントスは満面の笑みを浮かべた。

「君が考えた通りだ。手紙を運ぶ手段を改善しても、『手紙を書く速度』がそれに追いついていなければ意味がないんだよ」
「それじゃあ今以上に効率を上げることは難しいんじゃないですか? いくら頑張っても『文字を書く速さ』はそんなに速くできないでしょう?」

 にやりとスールーが笑った。ふん、と、サントスが鼻を鳴らした。

「手で文字を書いている間はね」

 スールーはそう言って人差し指を立てた。

「版画を見たことはあるだろう?」
「あります」
「同じ方法で文字を彫ったものは?」
「それも見たことがあります」

 スールーは頷いた。

「あんな方法で『ページごと何枚も同じものを生み出す』方法があれば良い」
「えっ? 同じページをたくさんもらっても伝わる情報は増えないのでは?」
「そこは考え方を変えてくれ。同じ情報を『複数の人間』に伝えるということさ」
「その場合でも効率が上がると考えるんですね?」

「僕たちの目指すところは不特定多数間の情報伝達だ。である以上『同報性』という性質は望ましい特性であると考えている」

 スールーにはかなりはっきりしたイメージがあるようだ。
 ステファノの疑問に対する答えに淀みがない。

「版画の他にもアイデアはある」

 今度はサントスが呟いた。

「文字を書く方法について?」
「いや、書かない方法だ」

 どういうことだろう。ステファノはさすがに意味が掴めなかった。

「『雨が降っているという情景』そのものを記録して送れれば良い」
「情景って絵ですか?」
「僕たちは『画像』と呼んで手描きの絵と区別している」

 君は念写というものを知っているかと、スールーは言う。

「いや、聞いたことがありません」
「ふむ。特殊な術だからな。『念写』とは目で見た情景を紙などに記録する魔術のことだ」
「……見たものを紙に写すということですか?」
「そうだ。まるで精密な絵を描いたように見たままの景色を写すことができるんだそうだ」

 それは光魔術の一種になるのだろうか、それとも熱で焼きつけるのであろうか。ステファノは興味を引かれた。

「手紙の例で言えば、窓の外の『雨』を念写すれば情報を一瞬で記録することができる。それを版画のようなもので複製すれば多数の人間に同報できるというわけさ」

 ステファノは首を振った。

「情景だけでは伝わらないこともあるでしょう。言葉による説明が要るのでは?」
「言葉も念写したら良いじゃないか」

 スールーは立てた人差し指を、くるりと回した。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第174話 情報革命の3要素とは?」

 言われるままにステファノは右手のひらを差し出した。
 窪んだ手の真ん中に、スールーはピンセットの先に摘まんだ白い物を置く。

「それは薄紙を畳んだものだ。このピンセットを使って広げてみろ」

 魅入られたようにステファノはピンセットを受け取り、息を止めたまま慎重に手の上の紙片を広げる。
 その姿をスールーとサントスは口元を手で覆い、目だけをギラギラさせて見ていた。

 小さな紙片を震えるピンセットの先で広げてみると、それはわずか5ミリ四方の大きさであった。
 そこには蚤のような大きさの文字が書かれていたが、小さすぎて肉眼では読み取れない。

 サントスがポケットから取り出した虫眼鏡をそっと差し出した。
 
 ……

◆お楽しみに。
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