上 下
170 / 655
第4章 魔術学園奮闘編

第170話 火魔術『火球』燃えざる的を燃やす。

しおりを挟む
 誰が相手でもステファノはマイペースであった。

「何かすみません。悪気はないんですが、俺の感覚はちょっと鈍いみたいです」
「ああ、何となくわかる。悪気のないところが逆に気に障るタイプだな」
「えぇ~、そうなんですか?」

 その態度を言っとるのだとドリーは言いたかったが、年長者の度量を見せて飲み込んだ。

「とにかく術の制御を身につけろ。こういうものは反復練習だ。回数をこなすしかないぞ」
「はあ。どうしたら良いでしょう?」
「仕方がない。毎晩6時にここに来い。夕方5時には閉めるからな。その後なら他の人間に見られることもない」

 ドリーがつき添って、事故がないように魔術の練習をさせてくれると言う。

「俺としてはありがたいですが、ドリーさんに申し訳ないですね」
「乗り掛かった舟だ。このままでは気になって寝不足になるからな」

 ドリーは口うるさいが面倒見の良いタイプであった。適度に突き放すので、下の人間が伸びやすい。
 後輩の指導者に向いていた。

「どうせ後片づけや翌日の準備やらがあるからな。6時になったら10分は待つ。15分経ってもお前が来なかったら、ここを閉めて帰るからそのつもりでいろ」
「わかりました」

 ステファノはすっかり「得」をした気分になっていた。

「それで?」
「は?」
「他にも属性魔術を得ているであろう?」
「はあ」

 ドリーはステファノをこのまま返すつもりはないようだった。常識外れの魔術を他にも隠しているのではないかと、手の内を吐き出させようとしていた。

「あの、一応6属性すべて使えます」
「やはりそうか」
「あれ? 驚きませんか?」
「あれ(虹の王)を見せられてはな」

 あの構えからまともな術が出て来るはずがないと、妙な断言をされてしまった。

「そんなに派手な術はないと思いますよ?」
 
 そう言いながら、ステファノは6属性の残り5つを披露しようと考えを巡らせた。

「初めに火魔術ですね」

 虹の王から火の代表格、「橙+橙」の型を探せば「りの型」となる。

(威力さえ押さえれば、普通の「火」になるはずだ)

 離れた的を狙う火魔術といえば「火球」と聞いたことがある。「火球」とは夜空を走り、オレンジ色の光を発するものではなかったか?

(あまり大きいと、大きな音がしそうだ)

 小指の先ほどの小さな炎で良かろうと、ステファノはイメージを決めた。

「それでは火魔術を試してみます」
「良し。5番、火魔術。準備は良いな? 発射を許可する。自分のタイミングにて、撃て!」

(ん~)

 胸の前に両手をつき出せば、瞬時に「虹の王ナーガ」が現れる。ドリーの言葉に触発されて、大蛇のイメージはさらに濃くなり、虹の連環と重なるように7頭の蛇が浮かび上がる。

(あれ? イメージが引っ張られる?)

 ドリーはドリーで、「じゃの目」に感じるイメージが強化されたことを捉えた。

(むっ? 大蛇の姿がさらにくっきりと……)

 ステファノは念のために、術の規模をさらに絞ることにした。

芥子けしの粒。その大きさにしよう)

 イメージをぎゅっと絞り込んだ。

(り~)

 右手に「橙」、左手にも「橙」。2つの光紐が「虹の円環」から走り出て絡まり合って1つとなった。
 細く……細く……。

「飛べ、火球!」

 じゅっ!

 空気中の塵を焼き、水分を爆発させながら芥子粒大の火球が走った。

「おいっ!」

 ドリーは思わず声を上げた。今度も大蛇のイメージを見た彼女であったが、集まる魔力の量はさほど多いと感じなかった。しかし、撃ち出された術の速度は彼女の想像を超えていた。

「蛇の目」には橙の糸が標的に走ったように見えた。

「そんな火魔術があるか?」
「あれっ?」

 思ったよりもよく飛んだ。ステファノにしてみればそんな感じであった。

 竹筒で水を飛ばす玩具。その穴を小さく、小さく絞った物。
 それが同じ力で発射されたとしたら、水はどうなるか?

 ガラガラと標的が引き寄せられた。一見どこにも当たっていないように見える。

「外しましたか?」

 ステファノはがっかりした声を出した。
 それに答えず、ドリーは目を皿にして人型の標的を調べる。

 ぽつりと胸の中央に開いた針の先ほどの穴があった。

「むっ、この穴か?」

 何気なく指で触ろうと手を伸ばしかけた時、「ちちっ」と音がした。

「うん?」

 手を止めて見詰める先から、針の穴が陥没していく。

 ち、ちち、ちちちち……ぢっ。

 穴が茶色に染まったかと思うと黒に色を変え、煙を上げた。

「いかん!」

 ドリーは壁のレバーに土魔法を飛ばして、標的をレンジの奥に遠ざける。
 その間にも黒いシミは標的の胸全体に広がり煙を濃くした。

 轟!

 とうとう炎を上げて標的は燃え上がった。

「あ。当たってましたね」

 ステファノは、外さなくて良かったと安心した声を出した。

 天井から水が噴き出して標的に降り注ぐ。しかし、水は蒸気を上げるばかりで炎の勢いは一向に失われない。
 結局じゅうじゅうと蒸気を上げながら標的は炭になった。

「お前、何をやった?」

 ドリーはできるだけ声を抑えて尋ねた。

「え? 火球です」
「違うだろ」
「は?」
「違うだろー!」

 ドリーは抑えきれず、ステファノの胸倉を掴んだ。

「標的を見てみろ! 見ろ! わかるか?」
「火球が当たって、燃えました?」

 どさりと、鎖の切れた標的が床に落ちた。

「燃えないんだよ。燃えないようにできてるんだよ。燃えちゃいけないんだよ!」

 ドリーはステファノの胸を揺さぶりながら叫んだ。

「あの、すみませんでした」

 ステファノは失敗を悟って、謝罪した。
 その声を聴いて、ようやくドリーは冷静さを少し取り戻した。

「ううむ。一体どうなってるんだ?」
「でも、『火球』ですからねえ。あのくらいの温度はあるんじゃないですか?」

 どうもステファノの言っていることがおかしいと、ドリーはようやく気がついた。

「さっきから『火球』と言っているが、お前が放った『火球』とはどういうものだ」
「はい。あの夜空を飛んで行くオレンジの光です。……違います?」
「それ……」

 ドリーは脱力した。

「お前、それは流星じゃないか……」
「あ~あ。そうなんですか、あれ」

「はあ~」

 ドリーはかつてない程の疲れを感じた。

「『火球』は使用禁止だ」
「えっ?」
「こんな殺人技を野放しにできるか!」
「えっ、えっ?」

 ステファノは何がいけなかったのか、ひたすら混乱した。

「威力を絞ったつもりだったんですけど……」
「そういうことか……。あのなあ、お前が絞ったのは威力ではない。『焦点』だ」

 ステファノは『火球』の現象はそのままに、術の範囲を狭く絞っただけだった。
 結果レーザービームのような超音速の炎を飛ばした。おそらくその温度は8千度を超えていたろう。

 そんな温度では「不燃布」であろうと燃え上がる。

「必ず明日の夜から、ここへ訓練しに来い。良いな?」
「は、はい。必ず来ます!」
「そうするのが、お前のためだ」

 ドリーは怒りを忘れ、今ではステファノを憐れむような眼で見ていた。

「そうでないと、お前は戦争の道具にされるぞ」
「戦争の……」

 それはステファノがどうしても避けたい未来であった。
 魔法の威力を抑えることで戦わない道を選べるものであれば、そうすることに迷いはなかった。

(戦うために魔法を学ぶ訳じゃないんだ。自分と周りの人を守れればそれで良い)

「それはそうと、お前魔術科の成績のことは気にしなくて良いぞ」
「へっ? どういうことですか?」

 唐突な言葉にステファノは戸惑った。

「ここへ来るということは魔術の練習がしたいのだろう? 練習をするに越したことはないが、成績のためであれば心配する必要がないという意味だ」
「雷魔術と火魔術のことでしょうか?」
「それも含めてすべてだ。これだけの術を使えるのであれば、あとは制御と『常識』さえ身につければ魔術科の修了資格を得られるだろう」

「それにお前、魔力が『視える』のだろう?」

 ドリーはステファノの目を見て言った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第171話 『万能科学総論』とは何だ?」

 政治学科から基礎的な講座を選ぼうとすると、該当するのは「スノーデン王国史初級」と「神学入門」しかなかった。

「歴史は難しそうだし、神学って神様のことでしょう? 何にも知らないんだけど……」

 この国では宗教とは貴族のものであり、庶民は教会に行くこともないのだった。

「仕方ない。落第覚悟でこの2つを取ってみよう。あれ? これは何だ?」

 土曜日の午後に変わった科目が設定されていた。

「『万能科学総論』って何だこれ? すごいタイトルだなあ」
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...