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第4章 魔術学園奮闘編
第168話 ジローの過ち。
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(5点で不満そうだということは、満点は10点かな? 胴体に当てているのに半分というのは確かに厳しい採点だな)
ステファノはのんびりとそんなことを考えていた。
「5点と評価した根拠が知りたいのだな。うん。狙いは良い。胴体に真っ直ぐ当たっているからな。問題は威力だ」
「威力……」
「標的を見てみろ。黒く焦げてはいるが、焼けているのは表面だけだ。これでは精々皮膚やけどのレベルだな。相手の反撃能力は十分残る」
なるほど。もし燃えにくい綿や皮の服を着こんでいれば、皮膚にさえダメージは通らなかったかもしれない。
「今のところお前の魔術では胴体を狙うには力不足だ。その威力なら顔面を狙った方が良いぞ? 顔に当てれば敵をひるませ、時間を稼ぐことができる」
道理であった。誰であっても顔面に火が飛んで来れば驚く。避けるか止めるか、防御せずにはいられないだろう。
魔術一発で敵を倒せるのはガル師のような上級魔術師か、中級のトップランカーたちしかいないのだ。
一般には目くらましや牽制の手段と割り切って使う方が合理的というものであった。
「魔術は……威力だけではないはずです」
「うむ。その通りだ。そのためにも使い方、使いどころに工夫が必要だな」
係員が言うことはいちいち道理にかなっていた。クリードの師ジョバンニが修める「弱者の剣」に通じる考えであろう。
ステファノが目指す魔法も、そういう体系であるはずだった。
「風を……風魔術を使えば満点を出せます! やらせてもらえませんか?」
「そうか。しかし、他の生徒もいる。今は火魔術の時間帯だ。火魔術で工夫することを考えろ」
係員はそういうと席に戻り、標的を元の位置に下げた。
どういう仕組みなのか、標的には水と泡が吹きつけられ、焦げ跡がきれいさっぱり取り除かれた。
「よおし。続けてやれるものは残れ。同じく火魔術だ。1番いいか? 3番いいか? 7番いいか?」
さっきと同じように、係員は各ブースの生徒に準備確認を行った。
「準備良し。射撃を許可する。各自のタイミングにて、撃て!」
今度はジローが最後になった。1番と3番の生徒は早々に火魔術を発射したが、どちらも的を外した。
見たところ魔術の威力も落ちていたようだ。
ジローは瞑目して口中で呪文を唱えていた。
(無声詠唱か。ジローは無詠唱でも魔術を撃てるはずだから、集中して威力を高めようとしているんだな)
ステファノはジローが時間を掛けている理由を、先程の低得点を挽回するためだと解釈した。
ジローもステファノも知らなかったが、新入生で5点を出せれば実際には上等の部類であった。
魔力が練り上がったのか、ジローは目を開き、短杖を振りかぶった。杖の先を天井に向け、頭上でくるくると回す。
開いている左手を前に伸ばしているのは狙いを定めるためであろう。
(うん? あの色は……)
ジローの集中がさらに高まるにつれ、右手から短杖に魔力の光紐が絡まりついて行く。
その色は、ステファノの眼に藍色と映った。
「違う!」
「むっ!」
思わず、ステファノが声を上げたのと同時に、係の女性が腰の短杖を引き抜いた。
声も発せず、青の魔力を短杖からほとばしらせる。
(土魔術!)
不意を衝かれたジローは魔力を霧散させて、背中から吹き飛んだ。
不運な隣の学生を道連れにして床に転がる。
「な、何を……」
「貴様、何をするっ!」
魔術を邪魔されて抗議しようとしたジローを抑えて、係員の怒声が響き渡った。
手にした短杖はジローに突きつけられている。
抵抗しようとすれば、本気で魔術を撃ちこむ気であることはその気迫から明らかだった。
「う、ぐっ……」
係員は自分の短杖を突きつけたまま、抵抗できないジローの手から短杖を奪った。
「貴様、自分が何をしたかわかるか? 訓練場での命令違反は重罪だ」
「お、俺は何もしていない!」
「言い訳は通用せん。貴様は今『風魔術』を使おうとした。それをこの目で見た」
「そ、それは……」
係員は魔力の見分けができるギフトを持っているのであろう。だからこそ、この仕事に就いているのだった。
「なぜ、魔術の種類を限定しているか、考えなかったのか? 火と風は相性が良い。下手に混ざれば大事故を起こすことがある。異なる属性の魔術を同時に撃つのは危険なのだ」
「だが、わたしは他の魔術が終わってから撃とうとしていた」
「そうかもしれん。だが、そんなことは関係ない。ここでは係員の命令は絶対だ」
女性は壁の張り紙を短杖で指した。
『すべてにおいて係員の指示に従うこと』
そこにはその一文が書かれていた。
係員は倒れたままのジローの横にしゃがみ込むと、その喉元に短杖を突きつけた。
「もし貴様が風魔術を発動させていたらどうなっていたか教えてやる。貴様はアカデミーから追放され、魔術界からも縁を切られる」
ひっと息を飲む音が、ジローの喉元からした。
「それだけではない。貴族籍をはく奪された上、1か月の禁固刑を受けることになる」
ジローの肩が震え出した。貴族が貴族でなくなり、刑を受ける。それは身の毛もよだつ恐怖であった。
「運が良かったな。私に吹き飛ばされて。『未遂』止まりなら罪は軽い。今学期の魔術科単位は凍結。魔術訓練場の使用を1か月禁止する。それだけだ」
「そ、そんな……」
「どこに抗議しても結果は変わらん。法廷に立つ覚悟があるなら、訴えてみるが良い」
最早声もなく、ジローは肩を震わせて涙を流した。
ステファノは見ていて気の毒に思ったが、魔術の危険性を考えると同情はできなかった。
ルールには意味がある。
破るなら罰を受ける覚悟が必要であった。
「わかったな。わかったら、立て」
係員は声を優しくしてジローを立ち上がらせた。
「他の者も今日はこれで引き揚げろ。動揺した状態で訓練はさせられん」
「お前の短杖は念のため預かっておく、興奮して暴れられては困るのでな。教務課に預けておくので、明日受け取りに行け」
最早ジローに抗議する元気は残っていなかった。小さくうなずくと、肩を落として訓練場を出て行った。
他の4名も、それに続いて出て行く。
「お前は何をしている? 今日はもうここを閉めるぞ」
「あの、ご相談したいことがあるのですが」
怪訝そうな顔をした係員に、ステファノは意を決して話し掛けた。
厳しくも信念を持った対応を見て、この係員は信用できる人だと感じたのだ。
「何だ、こんな時に? お前の名前は?」
「はい。新入生のステファノです」
「そのステファノが何の相談だ?」
ステファノはごくりと唾を飲んだ。
「術を……魔術を見てもらえないでしょうか?」
「魔術を見ろとはどういうことだ?」
「あの、人に見せても良いものかどうか……」
「は、何だと?」
ステファノはしどろもどろになった。いざとなると説明しにくい話であった。
「自分は田舎で名もない師匠に魔術の手解きを受けました」
「それがどうした?」
「どうも世間の魔術とはちょっと違うようなので、非常識だと言われないかと……」
「魔術は魔術だろうに。多少の癖があっても問題あるまい」
多少の癖で済むかどうかを見てもらいたいのだ。この人なら口が堅そうであった。
「自分としては変な騒ぎを起こしたくないので、係員さん……えーと、お名前は?」
「ドリーだ」
「ドリーさんに見てもらえると、ありがたいと思いまして」
ふーんと、ドリーはステファノをじろじろ見まわした。
「そう言えばお前、さっきの奴が術を使う前に声を上げていたな」
火魔術を指定されているのに風魔術を使おうとしている。それを察知して思わず声が出てしまったのだ。
「お前も何か見えていたな。良かろう。他に人もおらんからな。何を見せたい?」
「あの、雷魔ほ……雷魔術を」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第169話 ギフト「蛇の目」は見た。」
「私には魔力が見える」
「あ、やっぱり」
「……普通そこは仰天するところだぞ。まあ良い。見えるというか、『温度』として感じるのだ」
蛇にはピット器官という温度を感知する感覚器が備わっている。
ドリーはそれに似た感覚で魔力を感知する事ができる。それが彼女のギフトであった。
「ギフトの名を『蛇《じゃ》の目』と言う。そのせいで朽ち縄が見えたわけではあるまいが」
……
◆お楽しみに。
ステファノはのんびりとそんなことを考えていた。
「5点と評価した根拠が知りたいのだな。うん。狙いは良い。胴体に真っ直ぐ当たっているからな。問題は威力だ」
「威力……」
「標的を見てみろ。黒く焦げてはいるが、焼けているのは表面だけだ。これでは精々皮膚やけどのレベルだな。相手の反撃能力は十分残る」
なるほど。もし燃えにくい綿や皮の服を着こんでいれば、皮膚にさえダメージは通らなかったかもしれない。
「今のところお前の魔術では胴体を狙うには力不足だ。その威力なら顔面を狙った方が良いぞ? 顔に当てれば敵をひるませ、時間を稼ぐことができる」
道理であった。誰であっても顔面に火が飛んで来れば驚く。避けるか止めるか、防御せずにはいられないだろう。
魔術一発で敵を倒せるのはガル師のような上級魔術師か、中級のトップランカーたちしかいないのだ。
一般には目くらましや牽制の手段と割り切って使う方が合理的というものであった。
「魔術は……威力だけではないはずです」
「うむ。その通りだ。そのためにも使い方、使いどころに工夫が必要だな」
係員が言うことはいちいち道理にかなっていた。クリードの師ジョバンニが修める「弱者の剣」に通じる考えであろう。
ステファノが目指す魔法も、そういう体系であるはずだった。
「風を……風魔術を使えば満点を出せます! やらせてもらえませんか?」
「そうか。しかし、他の生徒もいる。今は火魔術の時間帯だ。火魔術で工夫することを考えろ」
係員はそういうと席に戻り、標的を元の位置に下げた。
どういう仕組みなのか、標的には水と泡が吹きつけられ、焦げ跡がきれいさっぱり取り除かれた。
「よおし。続けてやれるものは残れ。同じく火魔術だ。1番いいか? 3番いいか? 7番いいか?」
さっきと同じように、係員は各ブースの生徒に準備確認を行った。
「準備良し。射撃を許可する。各自のタイミングにて、撃て!」
今度はジローが最後になった。1番と3番の生徒は早々に火魔術を発射したが、どちらも的を外した。
見たところ魔術の威力も落ちていたようだ。
ジローは瞑目して口中で呪文を唱えていた。
(無声詠唱か。ジローは無詠唱でも魔術を撃てるはずだから、集中して威力を高めようとしているんだな)
ステファノはジローが時間を掛けている理由を、先程の低得点を挽回するためだと解釈した。
ジローもステファノも知らなかったが、新入生で5点を出せれば実際には上等の部類であった。
魔力が練り上がったのか、ジローは目を開き、短杖を振りかぶった。杖の先を天井に向け、頭上でくるくると回す。
開いている左手を前に伸ばしているのは狙いを定めるためであろう。
(うん? あの色は……)
ジローの集中がさらに高まるにつれ、右手から短杖に魔力の光紐が絡まりついて行く。
その色は、ステファノの眼に藍色と映った。
「違う!」
「むっ!」
思わず、ステファノが声を上げたのと同時に、係の女性が腰の短杖を引き抜いた。
声も発せず、青の魔力を短杖からほとばしらせる。
(土魔術!)
不意を衝かれたジローは魔力を霧散させて、背中から吹き飛んだ。
不運な隣の学生を道連れにして床に転がる。
「な、何を……」
「貴様、何をするっ!」
魔術を邪魔されて抗議しようとしたジローを抑えて、係員の怒声が響き渡った。
手にした短杖はジローに突きつけられている。
抵抗しようとすれば、本気で魔術を撃ちこむ気であることはその気迫から明らかだった。
「う、ぐっ……」
係員は自分の短杖を突きつけたまま、抵抗できないジローの手から短杖を奪った。
「貴様、自分が何をしたかわかるか? 訓練場での命令違反は重罪だ」
「お、俺は何もしていない!」
「言い訳は通用せん。貴様は今『風魔術』を使おうとした。それをこの目で見た」
「そ、それは……」
係員は魔力の見分けができるギフトを持っているのであろう。だからこそ、この仕事に就いているのだった。
「なぜ、魔術の種類を限定しているか、考えなかったのか? 火と風は相性が良い。下手に混ざれば大事故を起こすことがある。異なる属性の魔術を同時に撃つのは危険なのだ」
「だが、わたしは他の魔術が終わってから撃とうとしていた」
「そうかもしれん。だが、そんなことは関係ない。ここでは係員の命令は絶対だ」
女性は壁の張り紙を短杖で指した。
『すべてにおいて係員の指示に従うこと』
そこにはその一文が書かれていた。
係員は倒れたままのジローの横にしゃがみ込むと、その喉元に短杖を突きつけた。
「もし貴様が風魔術を発動させていたらどうなっていたか教えてやる。貴様はアカデミーから追放され、魔術界からも縁を切られる」
ひっと息を飲む音が、ジローの喉元からした。
「それだけではない。貴族籍をはく奪された上、1か月の禁固刑を受けることになる」
ジローの肩が震え出した。貴族が貴族でなくなり、刑を受ける。それは身の毛もよだつ恐怖であった。
「運が良かったな。私に吹き飛ばされて。『未遂』止まりなら罪は軽い。今学期の魔術科単位は凍結。魔術訓練場の使用を1か月禁止する。それだけだ」
「そ、そんな……」
「どこに抗議しても結果は変わらん。法廷に立つ覚悟があるなら、訴えてみるが良い」
最早声もなく、ジローは肩を震わせて涙を流した。
ステファノは見ていて気の毒に思ったが、魔術の危険性を考えると同情はできなかった。
ルールには意味がある。
破るなら罰を受ける覚悟が必要であった。
「わかったな。わかったら、立て」
係員は声を優しくしてジローを立ち上がらせた。
「他の者も今日はこれで引き揚げろ。動揺した状態で訓練はさせられん」
「お前の短杖は念のため預かっておく、興奮して暴れられては困るのでな。教務課に預けておくので、明日受け取りに行け」
最早ジローに抗議する元気は残っていなかった。小さくうなずくと、肩を落として訓練場を出て行った。
他の4名も、それに続いて出て行く。
「お前は何をしている? 今日はもうここを閉めるぞ」
「あの、ご相談したいことがあるのですが」
怪訝そうな顔をした係員に、ステファノは意を決して話し掛けた。
厳しくも信念を持った対応を見て、この係員は信用できる人だと感じたのだ。
「何だ、こんな時に? お前の名前は?」
「はい。新入生のステファノです」
「そのステファノが何の相談だ?」
ステファノはごくりと唾を飲んだ。
「術を……魔術を見てもらえないでしょうか?」
「魔術を見ろとはどういうことだ?」
「あの、人に見せても良いものかどうか……」
「は、何だと?」
ステファノはしどろもどろになった。いざとなると説明しにくい話であった。
「自分は田舎で名もない師匠に魔術の手解きを受けました」
「それがどうした?」
「どうも世間の魔術とはちょっと違うようなので、非常識だと言われないかと……」
「魔術は魔術だろうに。多少の癖があっても問題あるまい」
多少の癖で済むかどうかを見てもらいたいのだ。この人なら口が堅そうであった。
「自分としては変な騒ぎを起こしたくないので、係員さん……えーと、お名前は?」
「ドリーだ」
「ドリーさんに見てもらえると、ありがたいと思いまして」
ふーんと、ドリーはステファノをじろじろ見まわした。
「そう言えばお前、さっきの奴が術を使う前に声を上げていたな」
火魔術を指定されているのに風魔術を使おうとしている。それを察知して思わず声が出てしまったのだ。
「お前も何か見えていたな。良かろう。他に人もおらんからな。何を見せたい?」
「あの、雷魔ほ……雷魔術を」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第169話 ギフト「蛇の目」は見た。」
「私には魔力が見える」
「あ、やっぱり」
「……普通そこは仰天するところだぞ。まあ良い。見えるというか、『温度』として感じるのだ」
蛇にはピット器官という温度を感知する感覚器が備わっている。
ドリーはそれに似た感覚で魔力を感知する事ができる。それが彼女のギフトであった。
「ギフトの名を『蛇《じゃ》の目』と言う。そのせいで朽ち縄が見えたわけではあるまいが」
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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