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第4章 魔術学園奮闘編

第167話 初めての魔術訓練場。

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「俺の先生は、『極意とは術者の出発点に込められた意思だ』と仰いました。おそらくミョウシンさんの極意は『受け身』の中にあるのでしょう。『必ず生き残る』という意思として」

 ステファノはマルチェルに与えられた言葉をミョウシンに伝えた。ミョウシンは言葉を受け、静かに頷いた。

「確かにその通りですね。『柔』とは敵も味方も殺さぬための技です」
「不殺の技……」

 それはステファノが目指す道でもあった。

「ミョウシンさん、俺に『柔』を教えてくれますか?」
「えっ? 君はこんなわたくしが相手でも良いのですか?」

 ステファノは右の拳を左手で包み胸の前に掲げた。

「お願いします」

 ミョウシンは言葉に詰まり、ぐっと唇を引き締めると短く頷いた。
 こうしてこの日であった2人の若者は、「柔研究会」のスタートを切った。

「とはいえその恰好では受け身の練習もできませんね。まずは練習着を揃えることから始めましょう」

 幸いミョウシンの来ている道着に近いものが売店に置いてあるそうだった。拳法用の道着と言えばわかると、ステファノは教えてもらった。

「それなら夕方寮に戻る途中で買って行きます」
「そうですか。稽古の日程をどうしましょうか? 僕は午前中しか授業を取っていないので毎日1時から3時を稽古に当てているんですが……」

 ステファノ自身はまだ教科の履修スケジュールを立てていなかった。

「毎日午後を空けるのは無理だ思いますが、週に3日くらい空けるつもりで調整してみます」
「わかりました。無理はしないように。わたくしたちの本分は学問ですから」
「わかっています」
「それと、日曜日は稽古なしにしましょう。しっかり体と心を休める日を作るべきですからね」

 それから2人は大木の根元に座って、「座学」を行った。

「柔」の要素である「投げ」、「当身あてみ」、「ひしぎ技」、「締め技」とはどのようなものか。ミョウシンは時に身振りを交えながらその理合いを伝えた。

「当身以外は相手があって初めて成り立つ技です。独演の『型』では見せることができませんでした」

 そのためにミョウシンはデモンストレーションだというのに地味な受け身を見せるしかなかったのだ。

「当身だけ見せても、拳法と区別がつきませんしね。向こうは試割りを見せられるので派手で見栄えが良いですし」

 結局ステファノの他は誰も興味を示さなかったらしい。

「今までわたくし一人でやって来たので、正式な課外活動として認められていないんです。部員が2人以上いないと『部』にはなれませんので」

「部」として認められれば、正式に設備の使用が認められる。室内訓練施設の使用が許されるのだ。
 これまではあくまでも個人として運動場を使用してきた。

「独り稽古なら屋外でもできますが、組み手をやるには床の上が良い。第一屋根がないと雨の日困ります」

 雨の日は室内で基礎鍛錬をしていたのですと、ミョウシンは言った。

「ステファノは履修科目の計画に時間が掛かるでしょう? わたくしはこの後教務課に行って君の入部と柔研究会の立ち上げを相談して来ます」

 2人は互いの部屋を教え合い、何かあったら連絡を取り合うと約束した。

「じゃあまた。よろしく頼みます、ステファノ」
「よろしくお願いします」

 ミョウシンと握手を交わしたステファノは、運動場を後にした。
 
 次に向かったのは魔術訓練場であった。

 ◆◆◆

 魔術訓練場は一般用の室内訓練施設と一体の建物で、共通の入り口から仕切られた左右の区画に分かれていた。人数の少ない魔術科の使用スペースが一般訓練施設と同等の扱いを受けているのは、魔術による事故を防ぐ目的であった。

 人が密集したところで火力の高い魔術を使用すれば、容易に怪我人が発生する。

 魔術訓練場には常時1人以上の中級魔術者が駐在し、事故の発生に備えている。勿論不適切な行為を見つければその場で中止させる権限を持たされてのことである。

 その日も2人の魔術師が係員として駐在していた。

 訓練場のエリアは2つに区切られていた。
 1つめは「シューティング・レンジ」のような構造で、仕切られた立ち位置から前方の標的に魔術を飛ばすという設備であった。ずらっと並ぶ立ち位置の奥に、横手から生徒を監視できるように小さな机と椅子が置かれている。

 椅子に座っているのは20代後半の女性であり、かっちりとした紺色のパンツスーツに身を固めていた。
 10人並べるレンジには、4人の生徒が収まっていた。

「君も試射をしたいのか?」

 係員の女性が立ち上がりながら、ステファノに声を掛けた。
 同じことを入り口で聞かれたが、今日は「見学者」として中に入れてもらった。

「見学です」

 ステファノは、首からぶら下げた「見学」の札を掲げて見せた。

「良し。レンジには近づかないように。魔術の使用や大声、物音を立てることも禁止だ。邪魔をしないように見て行ってくれ」

 魔術の試射は、拳銃などの試射に匹敵する危険なものである。間違っても術者の注意をそらして暴発させるようなことがあってはならない。

「わかりました」

 ステファノは手を上げて、係員に応えて見せた。
 こっちに来いと手招きされたので、奥の監視場所まで静かに移動した。

「訓練場は初めてか?」
「はい。新入生なので初めてです」
「そうか。大半の魔術科新入生は午前中に見学して行ったがな」

 皆真っ先に訓練所の見学をしたがったようだ。

「自分で使いたいと言ったのは、あそこにいる彼らだけだ」

 係員が指さしたのはジロー・コリントであった。真剣なまなざしで標的を見詰めている。

「午前中は予約組で一杯だったのでな。午後に回ってもらった」
「お話を聞いてもよろしいですか?」
「ああ。大声で術者の邪魔をしなければ構わんよ」

 言いながら、係員の目はレンジに立つ生徒たちから離れなかった。

「標的はどういうものなんですか?」
「うん? そこからか? 君は魔術の師匠についたことはないのかね?」

 女性はちらりとステファノに眼をやりながら言った。答えを待たずに、視線はすぐにレンジへと戻る。

「あの、田舎の方で手ほどきを受けた程度なので、魔術の試射はやったことがありません」
「そうか。じゃあ初歩から教えてやる必要があるな」

 そう言うと、女性は胸ポケットから小さな冊子を取り出した。

「それを暇なときに読んでおきなさい。この試射場の利用法、注意事項が書いてある」
「ありがとうございます。頂いていいんですか?」
「ああ。うちではできる限り魔術科の生徒には渡している。大事な内容だからな」

 係員は壁の張り紙を親指で示した。

「大事なことはあそこに書いてある通りだ。必ず守れよ」

 そこに書かれていることは先程口頭で言われたこととほとんど変わらなかった。

「魔術の発動はレンジ内のみで、標的に向かって行うこと」
「場内では大声、大きな物音を出さないこと」
「レンジ内の人間に近寄らないこと」
「標的エリアには何があっても立ち入らないこと」
「すべてにおいて係員の指示に従うこと」

 そう書かれてあった。

「十分気をつけます」

「よーし。それじゃあ次は火魔術のターンだ。火魔術を使えない者は休んでくれ」

 女性の声に応じて、1人射撃位置から後ろに下がった生徒がいた。

「残りの者は全員参加だな。1番、いいな? 3番、いいな? 7番、いいか? よし、発射を許可する。各自、撃て!」

 3人同時にというわけではなかったが、号令に応える形でそれぞれが火魔法を行使した。
 ある者は詠唱を用いて。ジローはもちろん無詠唱で一番早く。

「よし! 一旦、休め! 標的を確認する」

 女性は壁に取りつけられたレバーに向かって、手を伸ばした。
 無詠唱で魔術を飛ばす。

 ステファノは指先から青色の光紐が飛んで行く姿を幻視した。

(土魔法だ)

 すると、ガラガラとレバーが回転し、それと連動して各レンジの標的が一斉にブースに向かって近づいて来た。標的は天井のレールからぶら下がっており、レールの中に鎖が通されているらしかった。

「各人、標的は見えるな。1番、左にそれた。失中。3番、脚。1点。7番、胴体。5点。以上、自分の目で確認しろ」
 
 係員は標的を順に確認した後、一言ずつで各人のポイントを告げた。どうやら的中個所によってポイントが異なるらしい。ダメージに換算した効果ポイントということであろう。

「すみません! ポイントの説明を求めて良いでしょうか!」
「うん? 構わんが、公式競技でもないのに必死になる必要はないぞ?」
「いえ、どこが悪いのか参考にしたいので」
「勉強熱心だな。お前は7番だな?」

 7番のブースはジローであった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第168話 ジローの過ち。」

「魔術は……威力だけではないはずです」
「うむ。その通りだ。そのためにも使い方、使いどころに工夫が必要だな」

 係員が言うことはいちいち道理にかなっていた。クリードの師ジョバンニが修める「弱者の剣」に通じる考えであろう。
 ステファノが目指す魔法も、そういう体系であるはずだった。

「風を……風魔術を使えば満点を出せます! やらせてもらえませんか?」
「そうか。しかし、他の生徒もいる。今は火魔術の時間帯だ。火魔術で工夫することを考えろ」
 
 ……

◆お楽しみに。
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