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第4章 魔術学園奮闘編
第160話 ジロー・コリントは貴族であった。
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ホールの談笑がぴたりと止まった。
「あれ? あいつ朝のアレだろ?」
「うん? ああ、教務長に捕まった奴?」
「従業員じゃなかったのか」
「衛兵に連行されるところを見たが」
最後の一言で、再びホールに沈黙が訪れた。
「ここは犯罪者が来るところではないぞ」
あざけりを込めて言葉を投げつけてきたのは、仲間とソファーに身を沈めているジロー・コリントであった。
あちこちで息を飲む気配がする中、ステファノはジローの存在を確認してその前に歩み寄った。
「何だ? 文句でもあるのか?」
相変わらずソファーの背に体を預けたままだが、ジローは上着の陰に右手を挿し込み、いつでも短杖を抜き撃てるようにしていた。
「ジロー・コリント卿」
ステファノは真っ直ぐに目を見て呼び掛けた。
何を言い出すのかとジローが息を飲んだ瞬間、ステファノは片足を引いて胸に手を当てた。
「先日あなたは師を侮辱されたとお怒りになった。自分にはそのつもりはありませんでしたが、言葉が足りずにそう理解されたのかもしれません。不調法をお詫びし、卿の師を貶めるつもりが毛頭ないことを改めてお伝え申し上げます」
そのままステファノは目を伏せ、頭を下げた。許しを請う正式な作法であった。
ジローとの確執についてはヨシズミにすべて打ち明けた。すると、ヨシズミはこう言ったものだ。
「それがおめェにとっての事実ケ? したが、相手にとってはまた別の事実があんだッペ。なんでジローは意地焼けたンか一遍よくよく考えてみロ?」
そう言われてみるとわけもなく決闘を挑まれるはずはないなと思えてきた。2人が交わした一言、一言を思い返せば、結局どちらも師を侮辱されたと思い違いをしただけではないかと。
貴族と平民という立場を考えれば、自分が膝を屈すれば収まる話ではないかと思い至った。
故に作法に則った詫びを入れたのだ。
ジロー・コリントは貴族である。
作法に則った詫びを受ければ、取れる行動は2つしかない。
許すか、拒絶するかだ。
ジローはソファーから立ち上がった。
「謝罪を受け取る。立ちたまえ」
ステファノは体を起こしてジローと向き合った。
「衛兵を呼んだのは僕だ。君を懲らしめてやろうと思ってね。今から思うと大人げない振る舞いだった。許せ」
「もちろんです」
これで「お互いの謝罪」は済んだ。これ以上の恨みは無用であり、恥でさえある。
ジローはステファノに右手を差し出した。
「鉄壁の『マルチェル』が弟子ステファノ、ジロー・コリントよりアカデミー同級生として誼を願う」
「光栄です。コリント伯爵家御子息ジロー卿、よろしくお願いいたします」
ジローの傷ひとつない手を握りながらステファノは己の至らなさを恥じた。自分は自分の信じる事実しか見ていなかった。ジローにはジローの事実があったのだ。
一歩引いてみれば、ジローは頑なながらも「公平な」男だった。ただのわがままおぼっちゃまではなかった。
「自分の非を認める」、それだけの事ができないばかりにステファノは1人の人間を否定してしまうところであった。そこから生まれたかもしれない不毛の連鎖を想像し、ステファノは人間関係の難しさに震えた。
「それにしてもステファノ、君の水魔術はすごかった。あんな規模の術は初めて見たよ」
「あ、あれは……ジロー様、あの術についてはどうかご内聞に」
ステファノは慌ててジローの口を塞ぎに掛かった。あんな術を使えるとなってはどんな悪目立ちをするかしれたものではない。
「うん? そ、そうか……何か事情があるのだな? わかった、詮索しないよ。それより僕のことは呼び捨てで構わない、同級生だからね。アカデミーとはそういうところだ」
「助かります……いや、助かる。ジロー、改めてよろしく」
ステファノのアカデミー第1日目は波乱の幕開けであったが、最後には嵐を静めて終わることができたのであった。
◆◆◆
ネルソン商会の独身寮とは異なり、アカデミーの寮は1人1室を与えられていた。さすがは貴族が通う名門校と言うべきであろう。
その代わり従者を連れて来た生徒は、従者を同室に住まわせなければならない。大体は部屋の片隅に衝立をおいて、小型の寝台を持ち込むというのが常のようだ。
割り当てられた個室に落ち着いたステファノは、昼食時間をのぞいては部屋に籠って過ごした。
アカデミー応接室で発見したばかりの「虹の王」を研究したくてならなかったのだ。
部屋の鍵を確認したステファノは寝台に腰掛け、イドを纏う。既に「いろはうた」と「色の連環」は同義となった。
成句を想えば眼の前に「虹の王」が浮かぶ。
ステファノのイメージではこの円盤は「攻防一体の盾」である。「防御」を想えば円盤は自在に動く。
ステファノの眼には半透明に観えるこの盾は、直径70センチほどで意思に応じて位置を変える。
おそらくは手を動かすよりも早く、敵の攻撃を跳ね返すことができるであろう。
物理攻撃だけでなく、魔術的な攻撃にも対応できる。
既に6属性すべての色に染まっているため、どの属性の攻撃が来ても打ち消すことができる。
(攻撃はどうだろう?)
6属性のいずれでも攻撃魔法として撃ち出せることはわかる。雷属性の魔力を「朽ち縄」や「ヘルメスの杖」として使うこともできるはずだ。
(課題は雷以外の属性魔法だな。「不殺」の魔法として使える「型」を生み出せるか?)
構内での魔術行使は禁止だと言い渡されている。暴発には十二分に気をつけなければいけない。
(今のところ一番安全そうなのは「光」だよね。「光」の応用を考えよう)
もちろん「禁術」である「紫の外」は論外だ。生命に害を為すとヨシズミに言われた禁術をステファノが武器にすることはできない。「不殺の誓い」とは真逆のところにある術であった。
(そうなると光は「光そのもの」として使うしかないな。光ってなんだ?)
闇を照らし視界を開く。光が強くなれば明るくなるが……明るすぎれば。
ステファノの脳裏に、いつぞや見た「天使の梯子」が思い浮かんだ。
(強すぎる光は目を焼く攻撃でもある。一瞬だけ浴びせて目を眩ませたらどうだ?)
ステファノは聞いたことがある。雪深い地方では、吹雪に飲み込まれると視界すべてが真っ白になり、自分がどこにいるかさえわからなくなると言う。
(確か「ホワイト・アウト」と言うんだった。あれを真っ白な光でやったらどうだ?)
ヨシズミの洞窟は壁の反射率を100に近づけて明るさを保っていた。あの中で一瞬強烈な光を放てば……。
(条件は狭い空間だ。室内の敵を動けなくする「光の檻」。名づけて「白銀」)
術に名を与えることで、ステファノのイドはそれを「使えるもの」として記憶した。
(自分が部屋の中にいる場合もある。自分の目を守る手段が同時に必要だ。「虹の王」に反射の性質を持たせよう)
右手に「紫」、左手にも「紫」。光と光の組み合わせを攻防の型とする。「ん」の型は「白銀」の型となった。
(このやり方は馴染みやすいな。1文字が「型」であり、術でもある。両手で表現できるのも俺に合っている)
ステファノはたった今作り上げた「白銀」というオリジナル魔法を、大切なノートに記録していった。既に「虹の王」については記録済みである。習慣として続けて来たノート作りであったが、1年後に開かれるであろうネルソンの私塾を想うと、その時に大切な教材として使えるかもしれない。
成功も失敗も、自分の魔法の全てをこのノートに記録しよう。これこそが自分の「魔法大全」だと、ステファノは考えた。
1ヵ月前まで魔術の何たるかも知らなかった自分が、1年後には人を教えることになるかもしれない。運命の不思議にステファノは目が眩む思いをしていた。
人を教える日がもし自分に来るのであれば、その日のために自分は前に進まなければならない。たとえ1歩でも、ドイルに、ネルソンに、マルチェルに、ヨシズミに。そして、バンスに近づきたい。
ステファノはノートにペンを走らせながら、自分の師への感謝を捧げた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第161話 スールーとサントス。」
昨日の今日でもうあの事を知っているとは……。どれだけの情報網を構築しているのであろうか、この人は。
ステファノは得体のしれない恐ろしさのようなものをスールーに対して感じていた。
「武力や財力はいずれ過去のものになる。世界はきっと変わって行く」
ステファノの目をまっすぐ見詰めて、スールーはその青い目を輝かせた。
「情報は力なり。情報を制する者が世界を制する。僕は思うんだ」
この人は真剣なんだ。ステファノはそう感じた。
……
◆お楽しみに。
「あれ? あいつ朝のアレだろ?」
「うん? ああ、教務長に捕まった奴?」
「従業員じゃなかったのか」
「衛兵に連行されるところを見たが」
最後の一言で、再びホールに沈黙が訪れた。
「ここは犯罪者が来るところではないぞ」
あざけりを込めて言葉を投げつけてきたのは、仲間とソファーに身を沈めているジロー・コリントであった。
あちこちで息を飲む気配がする中、ステファノはジローの存在を確認してその前に歩み寄った。
「何だ? 文句でもあるのか?」
相変わらずソファーの背に体を預けたままだが、ジローは上着の陰に右手を挿し込み、いつでも短杖を抜き撃てるようにしていた。
「ジロー・コリント卿」
ステファノは真っ直ぐに目を見て呼び掛けた。
何を言い出すのかとジローが息を飲んだ瞬間、ステファノは片足を引いて胸に手を当てた。
「先日あなたは師を侮辱されたとお怒りになった。自分にはそのつもりはありませんでしたが、言葉が足りずにそう理解されたのかもしれません。不調法をお詫びし、卿の師を貶めるつもりが毛頭ないことを改めてお伝え申し上げます」
そのままステファノは目を伏せ、頭を下げた。許しを請う正式な作法であった。
ジローとの確執についてはヨシズミにすべて打ち明けた。すると、ヨシズミはこう言ったものだ。
「それがおめェにとっての事実ケ? したが、相手にとってはまた別の事実があんだッペ。なんでジローは意地焼けたンか一遍よくよく考えてみロ?」
そう言われてみるとわけもなく決闘を挑まれるはずはないなと思えてきた。2人が交わした一言、一言を思い返せば、結局どちらも師を侮辱されたと思い違いをしただけではないかと。
貴族と平民という立場を考えれば、自分が膝を屈すれば収まる話ではないかと思い至った。
故に作法に則った詫びを入れたのだ。
ジロー・コリントは貴族である。
作法に則った詫びを受ければ、取れる行動は2つしかない。
許すか、拒絶するかだ。
ジローはソファーから立ち上がった。
「謝罪を受け取る。立ちたまえ」
ステファノは体を起こしてジローと向き合った。
「衛兵を呼んだのは僕だ。君を懲らしめてやろうと思ってね。今から思うと大人げない振る舞いだった。許せ」
「もちろんです」
これで「お互いの謝罪」は済んだ。これ以上の恨みは無用であり、恥でさえある。
ジローはステファノに右手を差し出した。
「鉄壁の『マルチェル』が弟子ステファノ、ジロー・コリントよりアカデミー同級生として誼を願う」
「光栄です。コリント伯爵家御子息ジロー卿、よろしくお願いいたします」
ジローの傷ひとつない手を握りながらステファノは己の至らなさを恥じた。自分は自分の信じる事実しか見ていなかった。ジローにはジローの事実があったのだ。
一歩引いてみれば、ジローは頑なながらも「公平な」男だった。ただのわがままおぼっちゃまではなかった。
「自分の非を認める」、それだけの事ができないばかりにステファノは1人の人間を否定してしまうところであった。そこから生まれたかもしれない不毛の連鎖を想像し、ステファノは人間関係の難しさに震えた。
「それにしてもステファノ、君の水魔術はすごかった。あんな規模の術は初めて見たよ」
「あ、あれは……ジロー様、あの術についてはどうかご内聞に」
ステファノは慌ててジローの口を塞ぎに掛かった。あんな術を使えるとなってはどんな悪目立ちをするかしれたものではない。
「うん? そ、そうか……何か事情があるのだな? わかった、詮索しないよ。それより僕のことは呼び捨てで構わない、同級生だからね。アカデミーとはそういうところだ」
「助かります……いや、助かる。ジロー、改めてよろしく」
ステファノのアカデミー第1日目は波乱の幕開けであったが、最後には嵐を静めて終わることができたのであった。
◆◆◆
ネルソン商会の独身寮とは異なり、アカデミーの寮は1人1室を与えられていた。さすがは貴族が通う名門校と言うべきであろう。
その代わり従者を連れて来た生徒は、従者を同室に住まわせなければならない。大体は部屋の片隅に衝立をおいて、小型の寝台を持ち込むというのが常のようだ。
割り当てられた個室に落ち着いたステファノは、昼食時間をのぞいては部屋に籠って過ごした。
アカデミー応接室で発見したばかりの「虹の王」を研究したくてならなかったのだ。
部屋の鍵を確認したステファノは寝台に腰掛け、イドを纏う。既に「いろはうた」と「色の連環」は同義となった。
成句を想えば眼の前に「虹の王」が浮かぶ。
ステファノのイメージではこの円盤は「攻防一体の盾」である。「防御」を想えば円盤は自在に動く。
ステファノの眼には半透明に観えるこの盾は、直径70センチほどで意思に応じて位置を変える。
おそらくは手を動かすよりも早く、敵の攻撃を跳ね返すことができるであろう。
物理攻撃だけでなく、魔術的な攻撃にも対応できる。
既に6属性すべての色に染まっているため、どの属性の攻撃が来ても打ち消すことができる。
(攻撃はどうだろう?)
6属性のいずれでも攻撃魔法として撃ち出せることはわかる。雷属性の魔力を「朽ち縄」や「ヘルメスの杖」として使うこともできるはずだ。
(課題は雷以外の属性魔法だな。「不殺」の魔法として使える「型」を生み出せるか?)
構内での魔術行使は禁止だと言い渡されている。暴発には十二分に気をつけなければいけない。
(今のところ一番安全そうなのは「光」だよね。「光」の応用を考えよう)
もちろん「禁術」である「紫の外」は論外だ。生命に害を為すとヨシズミに言われた禁術をステファノが武器にすることはできない。「不殺の誓い」とは真逆のところにある術であった。
(そうなると光は「光そのもの」として使うしかないな。光ってなんだ?)
闇を照らし視界を開く。光が強くなれば明るくなるが……明るすぎれば。
ステファノの脳裏に、いつぞや見た「天使の梯子」が思い浮かんだ。
(強すぎる光は目を焼く攻撃でもある。一瞬だけ浴びせて目を眩ませたらどうだ?)
ステファノは聞いたことがある。雪深い地方では、吹雪に飲み込まれると視界すべてが真っ白になり、自分がどこにいるかさえわからなくなると言う。
(確か「ホワイト・アウト」と言うんだった。あれを真っ白な光でやったらどうだ?)
ヨシズミの洞窟は壁の反射率を100に近づけて明るさを保っていた。あの中で一瞬強烈な光を放てば……。
(条件は狭い空間だ。室内の敵を動けなくする「光の檻」。名づけて「白銀」)
術に名を与えることで、ステファノのイドはそれを「使えるもの」として記憶した。
(自分が部屋の中にいる場合もある。自分の目を守る手段が同時に必要だ。「虹の王」に反射の性質を持たせよう)
右手に「紫」、左手にも「紫」。光と光の組み合わせを攻防の型とする。「ん」の型は「白銀」の型となった。
(このやり方は馴染みやすいな。1文字が「型」であり、術でもある。両手で表現できるのも俺に合っている)
ステファノはたった今作り上げた「白銀」というオリジナル魔法を、大切なノートに記録していった。既に「虹の王」については記録済みである。習慣として続けて来たノート作りであったが、1年後に開かれるであろうネルソンの私塾を想うと、その時に大切な教材として使えるかもしれない。
成功も失敗も、自分の魔法の全てをこのノートに記録しよう。これこそが自分の「魔法大全」だと、ステファノは考えた。
1ヵ月前まで魔術の何たるかも知らなかった自分が、1年後には人を教えることになるかもしれない。運命の不思議にステファノは目が眩む思いをしていた。
人を教える日がもし自分に来るのであれば、その日のために自分は前に進まなければならない。たとえ1歩でも、ドイルに、ネルソンに、マルチェルに、ヨシズミに。そして、バンスに近づきたい。
ステファノはノートにペンを走らせながら、自分の師への感謝を捧げた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第161話 スールーとサントス。」
昨日の今日でもうあの事を知っているとは……。どれだけの情報網を構築しているのであろうか、この人は。
ステファノは得体のしれない恐ろしさのようなものをスールーに対して感じていた。
「武力や財力はいずれ過去のものになる。世界はきっと変わって行く」
ステファノの目をまっすぐ見詰めて、スールーはその青い目を輝かせた。
「情報は力なり。情報を制する者が世界を制する。僕は思うんだ」
この人は真剣なんだ。ステファノはそう感じた。
……
◆お楽しみに。
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