飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第158話 虹の彼方に「ナーガ」はいた。

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 面談は終わったが、ステファノは留め置かれた。1人取り残された応接室に衛兵がやって来るまで、ステファノはイドの鍛錬に時間を費やした。
 四六時中イドの繭を発動しているステファノには、もはや瞑想も念誦ねんじゅも必要なかった。「考え事」をすることと同じレベルで、イドを操作することができる。

 イドの操作にはイメージが大きく影響する。そのことをステファノは実感してきた。

 自分が持つ魔力に対する色のイメージ。光紐、縄、蛇という細長く伸びるイメージ。手を包む盾のイメージ。そして「ヘルメスの杖」という合成のイメージ。

 それらを体系化することに、ステファノは挑んでいた。「自分だけの魔法」、その入り口にステファノは立っていた。

 交流電圧の魔法を会得して以来、ステファノは「陰」と「陽」の両極というイメージに引かれるようになった。「陽」に「始原/生成」を象徴する「赤」を当て、「陰」に「終焉/消滅」を象徴する紫を当てた。

 これをイド発動の基本に置く。

「手を動かす」という具体化の発想に結びつけて、ステファノは右手の盾を「始原」、左手の盾を「終焉」とする型を思いついた。これを基本系として、左右に帯びる盾の色を切り替える。基本が決まれば応用が広がるのだった。

 両手を「赤」に、あるいは「紫」に染める。あるいは「橙」、「黄」、「緑」、「青」、「藍」という中間の色を選択する。組み合わせは多様に存在した。

 右手に7色、左手にも7色。すべての色を組み合わせる総パターン数は49種あった。

 その数は「いろは」47文字に「あ行のえ」と「ん」を加えた49文字と一致して、ステファノを面白がらせた。

 衛兵を待つ間の時間つぶしに、ステファノは「イドの色」と「いろはの文字」を対応させる遊びに夢中になった。

「赤+赤=い」
「赤+橙=ろ」
「赤+黄=は」
「赤+緑=に」
「赤+青=ほ」
「赤+藍=へ」
「赤+紫=と」
「橙+赤=ち」
「橙+橙=り」
「橙+黄=ぬ」
「橙+緑=る」
「橙+青=を」
「橙+藍=わ」
「橙+紫=か」
「黄+赤=よ」
「黄+橙=た」
「黄+黄=れ」
「黄+緑=そ」
「黄+青=え」
「黄+藍=つ」
「黄+紫=ね」
「緑+赤=な」
「緑+橙=ら」
「緑+黄=む」
「緑+緑=う」
「緑+青=ゐ」
「緑+藍=の」
「緑+紫=お」
「青+赤=く」
「青+橙=や」
「青+黄=ま」
「青+緑=け」
「青+青=ふ」
「青+藍=こ」
「青+紫=エ」
「藍+赤=て」
「藍+橙=あ」
「藍+黄=さ」
「藍+緑=き」
「藍+青=ゆ」
「藍+藍=め」
「藍+紫=み」
「紫+赤=し」
「紫+橙=ゑ」
「紫+黄=ひ」
「紫+緑=も」
「紫+青=せ」
「紫+藍=す」
「紫+紫=ん」

 右手と左手に魔力の色を帯びさせる「型」を、「いろはうた」にあわせて1文字ずつ行っていく。
 繰り返し、繰り返し。

 やがて「文字」そのものが「型」になる。「い」の型、「ろ」の型……。
 色は溶けあい、切り替わる速さを上げて行く。赤から紫に向かうグラデーションは光のパレットとなる。

 色は外側から渦を描いて中心に向かい、中心から始まって外へと渦巻く。ついに……。

「わあー」

 ステファノの眼前に真円が現れた。外側を赤、中心を紫に彩られた終わりなき「虹」であった。それはまるで自らの尾を咥えた蛇のような始まりと終わりなき永遠の連環であった。

「失礼するぞ」

 2名の衛兵がドアを開けた先に見たのは、1人の少年が立ち竦み、感動に涙する姿であった。

「どうした?」

 いぶかる声はステファノの耳に入らなかった。

 魔法師ステファノは攻防一体の盾「虹の王ナーガ」を手に入れた。

 ◆◆◆

「どうして人を襲ったんだ、お前は? あん? 金目当てか?」

 衛兵隊の詰め所に連れていかれたステファノは「容疑者」として頭ごなしに尋問された。

「そもそもどういうお話でしょうか? 教えて頂かないと答えようがないのですが」

 直接対決を恐れてジローが出て来るはずがない以上、いかなる嫌疑も単なる「茶番」に過ぎなかった。ステファノは「嫌がらせ」は平気だと言ったが、必要以上につき合ってやる義理もない。

「なぜ俺が人を襲ったと言えるのか、その根拠を示していただけますか?」
「偉そうなことを言うな! 訴えが出てるんだ」
「どこの誰が、どう訴えているんですか? それを知らなければ答えようがありません」

「お前がそんなことを知る必要はない! 聞かれたことにちゃんと答えろ!」
「もうお答えしましたよ。必要なことを教えて頂けなければこれ以上お答えすることはありません」

「ふん。粋がるんじゃない。神妙に答えないのであれば、家には帰さんぞ」
「そうですか。じゃあ寝ますので、寝台に案内してください」
「ふざけるな、馬鹿者! まだ取り調べは終わっていない!」

「では、ここで寝ます」

 ステファノは腕を組んで目を閉じた。イドを練り、鎧を纏う。その上で風魔法を練り、耳の周りで音を遮断した。
 実際に寝たわけではないが、これで衛兵が何をしようとステファノには届かなくなった。

 叫ぼうと殴ろうと、ステファノに触れることはできない。

 それを良いことに、ステファノは「虹の王ナーガ」を脳裏に呼び出してその性質を探った。

 ステファノがインデックスを呼べば「ナーガ」は眼前に展開する。切れ目のない7色は始まりも終わりもない連環としてそこにあった。

(『い』の型)

 ステファノが求めれば、「赤」+「赤」の魔力が励起される。これは「始原」最初期の型である。
 炎より前にあるエネルギーであり、熱そのものである振動であった。

 それは「色なき光」にして「炎なき熱」。

 ステファノにはイデアを呼ばなくてもわかっていた。これは火魔法ではなく、「熱」そのものを呼ぶ魔法であった。

「赤の外」をステファノは得た。

「ナーガ」とは法を守護する蛇の王。7つの頭を持つ蛇はすなわち「虹」の7色を表わし、光と魔力を統べる存在であった。

「おい! 起きろ、貴様! 起きんか!」

 大声を出そうと、恫喝しようと、衛兵の声はステファノには届かない。
 あるかなしかの笑みに唇の端を持ち上げた顔は、怒鳴り散らされても表情を変えない。

「ふざけるな!」

 焦れた衛兵が胸ぐらをつかもうと手を伸ばしたが、その手はステファノの襟を掴めなかった。池を覆う氷の表面を撫でたように、指は空しく空を切る。

「何だ、こいつは? 起きろ、貴様!」

 大きく拳を振り上げたところで、衛兵はその手首を掴まれた。

「お前さん、やりすぎだぜ?」

 斜視の小男がそこにいた。

「さっきから見てたがよう。こいつぁ見過ごせないぜ。それ以上やるなら、オレがお前を縛る」
「うう……」

 力を込めているようには見えないが、衛兵は身動きが取れない。いや、腕を振りほどき少年を殴りつけようとしたのだが、掴まれた腕はびくともしなかった。

「どうするよ? 縛られたいか?」

 白髪交じりのもじゃもじゃ頭。小男の風采は全く上がらなかったが、そんなこととは別の迫力が男の声に含まれていた。

 言ったことはやる。言葉には意思があった。

「わ、わかった。わかったから手を離せ!」
「小僧には手を出すなよ?」
「わかったと言っただろう!」

 小男が手を離すと、衛兵は掴まれていた手首を胸元に抱いた。
 体は小柄なくせに、とんでもない握力で掴まれていたのだ。

「そこをどいてもらおう。取り調べとやらは俺が代わる」
「そうはいかん。オレは頼まれ……訴えを受けている」

 じろりと、小男が衛兵を舐めるように見た。

「訴え書きを出してみろ」
「それは……」
「ないんだろうが? 言っておくが、嘘を吐けば職権乱用でお前をしょっ引くぜ?」

 衛兵は視線を外した。

「正式な訴え書きはまだない。口頭の訴えだ」
「では、小僧を留め置く理由はないな。一応話だけは俺が聞いておいてやる。それで良いな?」
「ぐっ。わかった」

 これ以上事を荒立てては本当に自分の進退問題になると判断した衛兵は、取り調べの席を明け渡して去って行った。

「……小遣い稼ぎも結構だが、ちゃんと仕事しやがれ。おい、小僧! 起きろ!」
「……」

 明け渡された椅子に横座りし、胡麻塩頭の小男がステファノに声を掛けたが、やはりステファノには届いていなかった。

「閉じこもってやがる。おとなしそうな顔の割に良い根性してるぜ」

 何を考えたか、小男はごそごそと靴を脱ぎ始めた。

「こいつはどうかな? 10年物の革靴だぜ?」

 脱いだ革靴をステファノの鼻先に持って行く。

「……。んぷっ! うはっはっ? 臭さっ!」

 ステファノは眼を見開いて、のけ反った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第159話 王立アカデミーへようこそ。」

「これを持っていれば当校魔術学科の生徒であることが証明されます。なくさないように」
「これが……。ありがとうございます」

 受け取るステファノの手が細かく震えた。アリステアの目は震えを捉えていたが、何も言葉にはしなかった。

「授業は明日からです。時間割などの授業要領はあちらで係の者から受け取りなさい。そこで入寮の注意も受けられます」
「はい。わかりました」

「ステファノ、王立アカデミーへようこそ。当校は学びの道を志す者を歓迎いたします」
 
 ……

◆お楽しみに。
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