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第4章 魔術学園奮闘編

第155話 いざ、アカデミーへ。

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 その日、ステファノはアカデミー入学に向けてすべての準備を整え終わった。もちろん面談という名の試験に合格しなければアカデミーに入ることはできないが、失敗するつもりで挑戦する人間はいない。

 準備は万全でなければならなかった。

 元々背嚢1つで故郷を離れたステファノである。持ち込む荷物は相変わらず背嚢1つで事足りた。フライパンやスコップなどの野営道具が新たに加わったくらいの違いであった。

「ちょっと、野営道具なんか置いていけばいいじゃない? 学校では使い道ないでしょ?」

 エリスは呆れて言ったが、ステファノは断った。

「大した荷物じゃありませんし、思い入れがあるので持って行きますよ」
「そう? 何だか田舎者丸出しで、馬鹿にされないかしら?」
「実際田舎者ですから大丈夫です。はははは」

 ステファノは笑い飛ばした。
 馬鹿にしてくれたら好都合ではないか? それだけ当たりが弱くなる。いじめ?

「いじめられたら逃げ出しますから」

 気弱なことを言っているにもかかわらず、その表情はなぜか頼もしく見えるのだった。
 
「あなた短い間に落ちついたわね?」
「そうですか? 前から爺臭いとは言われてましたけど」
「やあね、そんなこと言ってないじゃない!」

 屋敷の者には詳しいことは知らされていない。しかし、ステファノが王子暗殺未遂事件の解決に貢献したことは皆承知していた。体と心に深い傷痕を負ったことも。

「足りないものがあったら手紙を頂戴。いつでも送ってあげるから」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」

 ステファノは似たようなやり取りを屋敷の使用人一人一人と交わした。ひと月前まで全くの他人であった人たちが、どこの誰でもない自分を温かく送り出してくれる。そのことを不思議に感じつつ、ステファノは感謝の念を強くした。

 ネルソンとマルチェルへのあいさつは前日に済ませてある。最後はジョナサンとヨシズミに見送られて、ステファノは裏の通用門を出た。

 くるりと踵を返し、世話になったネルソン邸に頭を下げる。そこで出会った人たち、経験した出来事が自分の力となって体の内に存在することを実感する。

 顔を上げて小道の先を見通し、ステファノは背嚢をひと揺すりした。

 初めの一歩からイドが赤いほむらとなって立ち昇った。

 ◆◆◆

「書類を」

 アカデミーの正門には入学試験を受けに来た受験生たちが列を作っていた。ステファノのように荷物を背負っている人間はほとんどいない。皆こぎれいな格好をし、中には使用人を引き連れている者もいた。

 ネルソンは服を新調しろと言ってくれたのだが、ステファノは断った。長くいるわけでもないアカデミーのために新しい服などもったいないと。代わりに手ごろな古着を調達したので、平民の基準では十分に身だしなみを整えたと思っていた。

「書類を」

 ステファノの順番になり、門衛が仏頂面で片手を突き出した。ステファノは用意しておいた入学願書や推薦状の束を差し出す。

 門衛はそれを傍らに立つ文官らしき若い男に恭しく差し出す。鼻眼鏡をかけた男は白い指先で書類をめくり、素早く目を通して行く。

「ん?」

 文官の手が止まり、鼻眼鏡をはずして入学願書に顔を近づける。はっとした顔つきとなり、慌てて推薦状を確認した。仔細に推薦状の裏書、封緘を確認すると、ステファノの顔と書類とを見比べる。

 鼻眼鏡をかけ直し、ステファノの風体を頭の先から足元までじっくり見渡した文官は、信じられないものを見たように頭を振った。

「キミ」
「はい?」

 人差し指だけをくいくいと動かし、文官はステファノを列から呼び寄せた。他の人間に聞こえぬよう、ステファノの耳元に顔を寄せて囁く。

「キミはあれかしら? ギルモア家の推薦を受けた志願者かな?」
「はい」
「間違いありませんね? ギルモアからは1人だけ推薦されたと聞いていますが」
「間違いありません」

 文官は眉間を摘まんで揉みながらため息を吐いた。

「するとアレかしら? キミがさる『やんごとなきお方』からの推薦を受けた生徒ですね?」
「はい、そうです」

「はあー」

 色白の文官は女のような細顎に指を添えて盛大にため息を吐いた。整った顔立ちに掛かった前髪がはらりと数本垂れ下がる。
 まるで恋する乙女のような風情である。

「キミはもう少し目立たない服装というものができなかったのかしら?」
「えーと、目立ち過ぎないように地味にしてきたつもりでしたが……」

 ステファノとしてはそのつもりだったのだが、周りが派手過ぎて逆に目立ってしまった。

「はあー」

 吐息まで花の香りがしそうな文官が整った柳眉を眉間に寄せた。

「困りますね、困りましたね。これでは目立ってしまいますね」
「あの、何かすみません」

 自分が原因で困らせているらしいので、とりあえず謝っておこうとステファノは頭を下げた。
 背嚢に縛りつけたフライパンやらスコップやらが、からからと音を立てる。

「止めなさい。目立つから音を立てないで。仕方がないですね。わたしと一緒に来てもらいましょう」

 ステファノは密かにイドの繭を少し濃いめにしながら、文官の顔色を窺った。

「はい。ご一緒致します」

 神経質そうな男だと思ったが、ここで怒らせてしまっては入学試験に差し支えるかもしれない。下手に逆らわず言う通りにしておこうと、ステファノは考えていた。

「門衛。わたしはこの子と列を離れます。代わりの者を寄越しますので、それまで学生を待たせておきなさい」
「はっ。畏まりました」

 どうも門衛の態度を見ると、この文官の地位はかなり高いらしい。ステファノはそう判断して、心に刻んだ。

「おい、何だアイツ? 連れて行かれるぞ。受験者に紛れ込もうとした泥棒か何かか?」
「何だあの荷物は? アカデミーの使用人じゃないのか?」
「フライパンを持っているから料理人だろう?」

 並んだ学生がステファノを見とがめて憶測を並べていた。

「静かに! 私語を慎み、整列を保ちなさい」

 門衛は声を張って秩序の維持に努めた。

「まったく困りますね。困ったものですね」

 ステファノを先導しながら文官はぶつぶつと独り言をこぼしていた。

「由緒ある王立アカデミーの入学面談でこんな騒ぎになるなんて、由々しきことですよ」

「本当にギルモア侯爵というお家は変わった趣向を好まれること。変わっていらっしゃいますね」

「まるで平民のような服装をさせるなんて、驚きますね」

 自分のことを言われているなとわかってはいたが、今のところ独り言であった。ステファノが語り掛けられたわけではない。ここは静かにしておこうと、ステファノは隠形をさらに濃くした。

 文官は管理棟と思しき建物に入り、長い廊下を奥まで進んだ。

「服装も服装ですが、あの荷物は何でしょう? アカデミーを軍隊と勘違いしています? それともそういうファッションですか? 驚きましたよ」

「さ、ここですよ。わたしは学長と学科長をお呼びしてきますから、キミはソファに座ってお待ちなさい。他の場所に出歩かないように。
「あれ? どこにいます?」

「はい。ここにおります。お言いつけ通りここでお待ちいたします」

 隠形おんぎょうのせいで一瞬ステファノを見失った文官であったがステファノが返事をすると、改めて姿が目に入った。

「影の薄い子ですね。では、しばらくお待ちなさい」

 首を捻りながら文官は廊下を遠ざかって行った。

 1人応接室に残されたステファノは、背嚢をソファの後ろに置き、室内をぐるりと見て歩いた。
 部屋はネルソン邸の応接室よりもさらに立派で、家具調度の類も落ちつきがありながら高級な物であった。

 ステファノにその手の鑑定眼はないが、ソファの手触りひとつでも高級品が使われていることがわかる。

 奥の壁には肖像画が並んでいた。歴代の学長なのだろうと、ステファノは想像する。
 中央の大きな額が初代学長でもある聖スノーデン初代国王であろう。ジュリアーノ王子との類似は見つけられなかった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第156話 ステファノ、アカデミー初日から盛大にやらかす。」

「そ、それはお戯れではないでしょうか?」
「あら、家名を添えた推薦状に戯れを書く者などおりませんよ? あなたが知るはずのない私の秘密。きっと1つ披露することでしょうと、侯爵名でここにございますもの」

(侯爵様も乗りすぎでしょう? どんな推薦ですか? はあー)

「どうかしら? 何か披露してくれますの?」

 リリー学長はふっくらとした白い頬に右手を寄せて、こっくりと顔を傾け、期待に微笑んだ。
 
 ……

◆お楽しみに。
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