上 下
149 / 624
第3章 魔術覚醒編

第149話 オレの世界ではそれを『再生《ルネッサンス》』と言う。

しおりを挟む
「だったら……だったら、何がいけないんだ? 何がこの国の進歩を止めているんだ?」
「わかっているだろう? それが『魔術』だ」
「それは貴族が魔術の利益を独占するからだろう?」

 お前はまだそこにいるのか? ヨシズミの目に憐れみを見出し、ドイルは震えた。

「そんなら魔術がねかッたとしても同じことでねェか」

 貴族が科学進歩の利益を独占したら、社会は発展しないのか?

「個人が社会を止めることはできねェの。少なくとも長期的にはナ」

 なぜなら人は死ぬものであるから。

「ならばこの世界を止めているのは……」
「魔術という『体系システム』そのものだ」

「人々の欲求を絶妙に満たし、技術開発や分業化を不要とさせる。魔力保有者は少数に限られ、社会全体の生産性に蓋をする。人から人へ伝承することができない。魔術師の再生産は世代交代に頼るしかなく、最低でも15年の期間を要する」

「魔術という体系こそ、この世界に設けられた袋小路なのだ」

「うぷっ、う、うぼっ……」

 顔面蒼白となり立ち上がったドイルは、急いで窓を開け、体を乗り出して……吐いた。

 急いで駆け寄ったステファノはドイルの背中をさすり、心配そうに声を掛けた。

「先生、大丈夫ですか?」
「す、すまん。はあ、はあ……」

 胃が落ちつくのを待ってからドイルは窓際を離れ、ハンカチで口元をぬぐった。
 ソファーに戻ると、ステファノが差しだすグラスの水をゆっくりと飲み下す。

「失礼した。見苦しいところを見せて申し訳ない」
「無理もねェ。まだ、続けるかネ?」
「もちろんだ。君の意見が知りたい。600年前、この世界に魔術という呪いを掛けたのは誰だと思うね?」

 ヨシズミはテーブルに目を伏せた。

「オレは歴史の勉強もしてねェし、この国の今がどうなってンのかもよく知らねぇ。ただはっきりしてンのは、『聖人』って人が表に立って魔術を世に広めたってことだけダ」

「聖スノーデン」

 ドイルがぎりっと奥歯を噛みしめた。

「聖スノーデンが魔術を体系化し、聖教会をその管理者に置いた」
「だったら、まず聖教会ってもンを疑わねばなンねエな」

「聖スノーデンは現王家の祖でもある」
「どうだッペな? 王家は今も魔術のお守りをしてンのか……」

「聖スノーデンが作ったものがもう1つある」
「それが魔術に関係サしてるッて?」

「王立アカデミーだ」

 ヨシズミはテーブルから眼を上げた。

「魔術と科学を手元に置いて監視するためには、良い仕掛けだと思わないかい?」

「ステファノはそこで勉強すんでねェノ?」
「はい。来月面接を受けます」
「それは……危なくねェッペか?」

「えっ?」

「ステファノが魔法を使うってことがばれたら、裏を探られるんでねェか?」
「魔術を使ってごまかすことはできないのか?」
「魔術に見えるように魔法を使うことはできる」

 ドイルとヨシズミの会話はステファノに関することでありながら、当の本人を置き去りにして進んでいた。

「先生、師匠、在学中は魔法を使わないようにしますよ。それなら疑われることはないでしょう?」

 ヨシズミはじろりと弟子を見た。

「おめェはそそっかしくて当てになンねェからナ」
「目の前に病人でもいたら、無理をしそうだ。えっ?」

 ドイルがそう言うと、ステファノだけでなく、なぜかヨシズミまでが目をそらせた。

「そういうことはアレだ。ぜ、全部先生様やらお医者様やらに任せばいいことだッペ?」
「そ、そうですよ。オレが手を出す必要はありませんよね?」

 どうもそぶりが怪しいが、言っていることは正しい。ドイルは深く追求しないことにした。

「とにかく『魔術で再現できない魔法』の行使は禁止。そういうことでいいな、ステファノ?」
「はい。もちろん大丈夫です」

 今度はヨシズミがドイルに聞かねばならないことがあった。

「それでおめェさんはどうする気だ?」
「どうとは?」
「決まってるでねェか? この国の未来だ」

 袋小路に捕らわれたこの国を、そこから解放して科学の進歩を促すつもりなのか?

「僕は科学者だ。科学とは常に進歩し続ける体系であるべきだと信じている」
「なら、魔術サぶっ壊す覚悟があンだナ?」
「やる!」

 ドイルはその顔に決意をみなぎらせた。

「たとえ王家を敵に回そうとも僕が引くことはない」
「相手が神であってもか?」
「そうだ」

「そうか」

 ヨシズミは姿勢を改めた。

「それなら2つやるべきことがある」

「1つは身内と縁を切れ。事破れた時に、あんたの身内が罪に問われる恐れがある」

「もう1つ。ギルモア家とネルソン商会がどう動くかを見極めろ。敵に回るようなら、こちらも縁を切る必要がある」
「魔術が国の発展を止めていると知ったら、ギルモア家とて魔術廃止の味方をするはず……」

「スノーデン王家と敵対しても、か?」
「ぐっ」

「ギルモアは『国』すなわち『民』の味方をするのか、『王家』の味方をするのか、立場を見極めろ」
「……わかった。僕の研究成果という形を取って魔術の問題点をネルソンに伝えてみる。それを見て彼らが研究を指示するのか、止めようとするのかで去就を考えよう」
「くれぐれも慎重にな。オレとステファノの名前は出さないでくれ」
「師匠!」
 
「ステファノ、ヨシズミの言うことが正しい。これは為政者と魔術師協会、そして科学者の間の問題だ」
「先生……」

 ステファノは2人の師の間で揺れ動いていた。

「それにしても敵が多いナ」
「貴族と魔術師協会を敵に回すのは今まで通りだが、聖教会と事によれば王家まで敵になるか?」
「おめェさんに味方する奴はいねェのケ?」
「学者の中に、それだけ気骨のある奴がいたかどうか……」

 人と交わらずに生きて来たドイルの弱みであった。信じられる仲間が彼にはいない。

「1人で世界を変えることはできねェド」
「わかっている。これからは味方を作らなければならないと……」

「冷てェようだが、オレとステファノは数に入れねェでくれ」
「師匠!」
「わかってる」

 ステファノは不満の色を示したが、ドイルが割って入った。
 
「ステファノ。これは社会の根幹に関する戦いだ。容易に殺し合いに発展するだろう。君を血なまぐさい殺し合いに巻き込むつもりはない」

「俺にできることはないんですか?」
「知識を提供することはできる。オレの世界のものを含めてな。だが、そこまでだ。それ以上は命に関わる」
「ああ。それで十分だ。正しい魔法の知識は革命・・の武器になってくれるだろう」

「革命か……。オレはもっといい言葉を知っている」

 ヨシズミの口角がピクリと上がった。

「オレの世界ではそれを『再生ルネッサンス』と言う」
「ルネッサンス……」
「社会をつなぎとめるくびきからの解放を、人々はそう呼んだんだ」

「君たちはそれ・・を成し遂げたんだな?」

 ドイルが目を輝かせた。

「そうだ。ルネッサンスの担い手は富裕階級ブルジョワジーだ。権力に対する財力が時代を変える力となる」
「ネルソン……?」
「うむ。ネルソンが貴族の側に身を置くのか、富裕階級の側に立つのか? それによって敵味方が変わるぞ」

「旦那様は……平民を見捨てません! 100万の民を救うために魔術と戦って下さるでしょう」
「僕もそう信じたい。魔術界と敵対した僕を拾ってくれた男だ。だが、私情は捨てねばならん」

 自らに言い聞かせるように、ドイルはそう語った。

「オレは裏方にならついてもいい。身を守ることぐらいはできるのでな」
「それはありがたい話だ」
「だが、いずれ武力は必要になるぞ。最後は武力衝突で雌雄を決することになる」
「この国に内戦が起きるのか……」

「血は流れるだろう。無辜むこの民が血を流すのか、既得権益にしがみつく権力者が血を流すかだ」
「腹をくくれということか」
「武力の面で味方にすべきは、下級士族……この国で言えば騎士階級から下の軍人だな」
「アランやネロのような、か」

「ルネッサンスは1日ではならん。1人の天才がなす業でもない。もっとも大切なのは教育だ。種をまくことだ。下級軍人と平民を教育しろ。知識こそが最大の武器なのだ」

 ヨシズミの言葉に、ドイルは大きく目を見開いた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第150話 それは宇宙開発によって発見された。」

「そうか。では、魔法教育では先ず初めに何を教えるんだ?」

「先ずはイドを認識するところから始める」
「それはどうやる?」
「装置を使う」
「装置だと?」

「600年の科学が創り出したからくりのことだ。我々はそれを『魔視鏡マジスコープ』と呼んでいた」

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

処理中です...