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第3章 魔術覚醒編

第147話 何だ、それ? 交流電圧でねェか!

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 ヨシズミは黙ってぽかりとステファノの頭を殴った。

「往来の真ん中で、でけェ声さ出すナ! 世間様サ迷惑だッペ」
「す、すみません……」

 頭を押さえてステファノが謝ると、驚いて歩みを停めていた人々が笑いながら通り過ぎて行った。

「おめェはしっかりした振りして、ちょくちょく間の抜けたところがあンな?」

 ヨシズミは顎で行き先を指して、ステファノに歩き出すよう促した。

「『雷返し』に使える工夫を思いついたもんで、興奮しちゃいました」
「何考えついたッて? 聞いてやッから言ッてみロ」
「陰と陽を細かく交互に撃ち出したらどうでしょう? それなら陰陽同士は打ち消し合わずに飛んで行くのでは?」

「おめェ、それ……」

 今度はヨシズミが歩みを止めて、目を見開いた。

「相手が撃ち出したのが陰であればこちらの陰が、相手が陽であればこちらの陽がお互いぶつかり合うので、最後に残るのはこちらが撃ち出した雷気になるんじゃないかと」

 ステファノは考えに没頭するあまり、ヨシズミを置き去りにしたことに気づかなかった。
 ヨシズミはヨシズミでそれどころではなく、驚愕に身を打たれていた。

「何だ、それ? 交流電圧でねェか!」

「あれっ? 師匠! 何で止まったんですか?」

 ステファノは仕方がないなあという顔で、笑いながらヨシズミに走り寄った。
 あまりにも屈託のない表情を見て、ヨシズミはステファノの頭を張り倒した。

「おめェの頭ン中、どうなってんだ!」
「いってぇー……。何で殴るんですか、師匠ー?」
「うるせ! ちゃっちゃと歩け、この!」

 怒ってどかどか歩き出したヨシズミの後を、ステファノは首を捻りながらついて行った。

「……頭サはたいて悪かったナ」

 しばらくしてヨシズミがぽつりと謝った。

「いいえ、気にしてません」

 何か気に障ることを言ったのだろうと思っていたステファノは、実際気にしていなかった。ヨシズミに本気で殴られたら、自分は立っていられないだろう。

「おめェの思いつきだけどよ。アレは上手く行くド」
「えっ?」
「オレの世界で実際に使ってたもンなんだ。『交流電圧』っツッテな」
「そうなんですか?」

「そういうとこだぞ!」

 ヨシズミは手こそ上げなかったが、ステファノを睨みつけた。

「『交流』ってのは世の中がひっくり返るくらいの大発明なンだ。それをおめェがひょいッと思いつきでしゃべくるから、カチンとくンだヨ」

 ステファノはまた気の抜けた返事をしてしまいそうで、思わず自分の口を手で押さえた。

「オレの世界じゃヨ、1秒に50回電流の向きを切り替えてたンだがヨ。要するに陰と陽の切り替えなンだワ」

 ステファノは口を抑えたまま、こくこくと頷いた。

「50回でなきゃなんねェッて理屈もねェンだけど、とりあえずそんな目安でやってみたらいかッペ」

 先程まで単なる思いつきであったものが、「ヨシズミの世界で現実に存在した物」としてステファノの意識に刻まれた。これは魔法師にとって大きな意味を持つ違いであった。

 妄想はどこまでも妄想で終わるが、「存在する事象」であればその因果を使うことができるのだ。ステファノのイドは雷魔法に対する「カウンター」をこの瞬間に獲得した。

 インデックスは「交流電圧ヨシズミの拳骨」であった。

「魂消たもンだナ、おめェの頭ン中はヨ?」

 ステファノと肩を並べながら、ヨシズミは感心した。

「オレの頭ン中サ覗いたみてェに突拍子もねぇ答えサ持って来ンのナ?」
「覗いたわけじゃありませんよ」
「わかってっけど、言葉の綾って奴だッペヨ」

 じゃれ合っている内に宿屋についた二人は、一昨日同様宿泊の手配を解約して引き払った。
 今度はステファノが先に立って、ネルソン別宅への道を案内する。
 
 もちろんその間もステファノはイドを練って修練を行っていた。今回は「交流電圧」という具体的な目標がある。そのイデアを呼び出すところまでを繰り返し練習する。
なわ」という雷魔法を身につけていたことも幸いした。

「縄」のイメージである。撚られた2筋の縄が絡まり合って1本の縄になる。

 ステファノはそれを「陰」と「陽」の雷気、いや今ではヨシズミの言葉を受け継いで「電流」に見立てていた。イメージの中では「陰」は紫の色を帯び、「陽」は赤の色を帯びていた。

「始まり」と「終わり」が交互に位置を入れ替えながら、先へ先へと伸びて行くイメージ。

 その赤紫の縄がステファノのイメージする「交流電圧」であり、「朽ち縄」も同じ色に染まった。

「またおめェは変わったことやってンナ!」

 ヨシズミに「交流朽ち縄」のことを告げると、呆れられた。

「こっちの世界でそんなことをやってる奴はいンめェ。『交流』だなんつッても誰も知んねェンだから」

 ヨシズミによると、「交流朽ち縄」には長所があると言う。

「電流がヨ、遠くまで届く・・・・・・ンだ」
「へえ、縄で言ったら遠くまで長く伸びるってことですかね?」
「まあそうだな。細っこい、弱い縄なら切れッちまうベ? 遠くまで縄さ張ろうと考えたら、ぶっとい縄でなきゃなンめェ?」
「はい」

 ヨシズミに言わせると、「それ」が交流電流のメリットだという。太い縄を作って遠くまで電流を運べる。

「だからヨ。おめェの朽ち縄は交流にしたから、普通の雷魔術より遠くまで飛ばせンダ」

 ヨシズミの言葉はステファノにとっての「事実」となり、ステファノはそれに見合う事象をイデア界から探し出すことができた。

「鉄塔」

 ヨシズミに教えてもらった「送電線」を支える巨大な構築物を、ステファノは畏怖を込めてインデックスにした。鋼を材料として天にそびえる塔を築くとは、何という高度な技であろうかと思いつつ。

「おめェが言ってた『縄』の武器な?」
「はい。魔力発動体として考えていた物ですね?」
「この世界で手に入る素材で言ったら、鋼と銅がふさわしいんだがな。鋼線を芯として周りに銅線を束ねる。どちらも糸のように撚った線だ」

 遠くまで電気を送る送電線ならそういうものだとヨシズミは言う。身の回りで普通に使うのは銅の撚り線だ。

「ホントはそういう銅線がいいンだが、そんな加工ができる鍛冶屋はいめェ?」

 少なくともステファノは見たことも聞いたこともない。

「身近な物を使う方法で言ったら、まず『塩水』だな。縄を塩水に漬けて乾かしたものを持ち歩き、いざとなったら水魔法で湿らせれば電気を通す」

「次に『墨汁』だ。縄にたっぷり染み込ませれば、乾いていても電気を通すだろう。炭の粉を編みこむのも効果的だろう」

「後は、鉄や銅の粉だな。これも縄に編み込めば電気を通す助けになるだろう」

「なるほど。塩に炭、鉄と銅ですか。安くはないが手に入れることができる素材ですね」

 ドイル先生に相談してみようと、ステファノは心に留めた。

 やがて、2人は目的のネルソン別邸に到着した。ステファノにとっては今日2度目の来訪である。
 門番は慣れた様子で裏に回るよう合図してくれた。

 時刻が2時過ぎ頃と厨房班が暇だったのか、裏門はケントク自らが開けてくれた。東国風の顔と身形をしたヨシズミを見て眉を持ち上げたが、特に何も言わずに通用口へと通される。

 ジョナサンに帰参の報告をしておいて、いつもの書斎に向かう。ドイルとは、そこで詳しい話をしようということになっていた。

「やっと来たか! さあ、座ってくれ」

 先についていたドイルが手ぐすねを引いていた感じで2人を招き入れた。

「ヨシズミさんか……。話せる範囲で構わない。あんたが住んでた世界のことを、何でも良いから聞かせてくれ!」

 ドイルの目がキラキラと輝いていた。

「いや、どうも。先ず約束事サ先に決めて良いベカ?」
「うん? 何かな?」

 勢いに水を掛けるようなヨシズミの言葉に、ドイルは目を瞬いた。

「まず、オレが迷い人だって話は外に漏らさねェでほしい」
「あ、ああ。それは良いとも。全く問題ない」

「魔法の存在、魔法にできること、それを話すのは良いが、オレが魔法を使えることは言わねェでくれ」
「うん? 特定の個人に結びつけなければ良いのだな? ならば、了解だ」

「オレが喋ったことをどう使おうと構わねェが、貴族だけの利権・・・・・・・には絶対にしねぇでくれ。オレから言いてェのはそれだけダ」
「もちろんだとも! 貴族どもの利権とか、魔術師協会の利権などには絶対にさせない! 研究者のプライドに懸けて約束しよう」

 ドイルの目の色を見て、ヨシズミは何かを納得した様子だった。

「だったら結構だ。何でも聞いてくれ」

 この日を境に、魔術は衰退の道をたどり、魔法を世の基準とする方向に世界が動き始めた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第148話 この国に科学が育たなかったのは貴族のせいではありませんよ。」

「オレの国では定員600人の乗り物が空を飛び、全長300メートルの船、高さ600メートルの塔を作っていた。そして、国民の100%が教育を受けていた」

「な! 馬鹿な……」

 乗り物が空を飛ぼうと、どれほど大きな建造物を造ろうと、ドイルは驚きはしなかった。孤高の学者が心底驚愕したのは、国民全員が教育を受けるという事実であった。

「すべての人間が教育を受けるだと? いったい誰が働くんだ?」
「15歳まで教育を受けたとして、60歳までの45年間充実した労働を行うことができる」
「45年……」
 
 ……

◆お楽しみに。
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