上 下
147 / 640
第3章 魔術覚醒編

第147話 何だ、それ? 交流電圧でねェか!

しおりを挟む
 ヨシズミは黙ってぽかりとステファノの頭を殴った。

「往来の真ん中で、でけェ声さ出すナ! 世間様サ迷惑だッペ」
「す、すみません……」

 頭を押さえてステファノが謝ると、驚いて歩みを停めていた人々が笑いながら通り過ぎて行った。

「おめェはしっかりした振りして、ちょくちょく間の抜けたところがあンな?」

 ヨシズミは顎で行き先を指して、ステファノに歩き出すよう促した。

「『雷返し』に使える工夫を思いついたもんで、興奮しちゃいました」
「何考えついたッて? 聞いてやッから言ッてみロ」
「陰と陽を細かく交互に撃ち出したらどうでしょう? それなら陰陽同士は打ち消し合わずに飛んで行くのでは?」

「おめェ、それ……」

 今度はヨシズミが歩みを止めて、目を見開いた。

「相手が撃ち出したのが陰であればこちらの陰が、相手が陽であればこちらの陽がお互いぶつかり合うので、最後に残るのはこちらが撃ち出した雷気になるんじゃないかと」

 ステファノは考えに没頭するあまり、ヨシズミを置き去りにしたことに気づかなかった。
 ヨシズミはヨシズミでそれどころではなく、驚愕に身を打たれていた。

「何だ、それ? 交流電圧でねェか!」

「あれっ? 師匠! 何で止まったんですか?」

 ステファノは仕方がないなあという顔で、笑いながらヨシズミに走り寄った。
 あまりにも屈託のない表情を見て、ヨシズミはステファノの頭を張り倒した。

「おめェの頭ン中、どうなってんだ!」
「いってぇー……。何で殴るんですか、師匠ー?」
「うるせ! ちゃっちゃと歩け、この!」

 怒ってどかどか歩き出したヨシズミの後を、ステファノは首を捻りながらついて行った。

「……頭サはたいて悪かったナ」

 しばらくしてヨシズミがぽつりと謝った。

「いいえ、気にしてません」

 何か気に障ることを言ったのだろうと思っていたステファノは、実際気にしていなかった。ヨシズミに本気で殴られたら、自分は立っていられないだろう。

「おめェの思いつきだけどよ。アレは上手く行くド」
「えっ?」
「オレの世界で実際に使ってたもンなんだ。『交流電圧』っツッテな」
「そうなんですか?」

「そういうとこだぞ!」

 ヨシズミは手こそ上げなかったが、ステファノを睨みつけた。

「『交流』ってのは世の中がひっくり返るくらいの大発明なンだ。それをおめェがひょいッと思いつきでしゃべくるから、カチンとくンだヨ」

 ステファノはまた気の抜けた返事をしてしまいそうで、思わず自分の口を手で押さえた。

「オレの世界じゃヨ、1秒に50回電流の向きを切り替えてたンだがヨ。要するに陰と陽の切り替えなンだワ」

 ステファノは口を抑えたまま、こくこくと頷いた。

「50回でなきゃなんねェッて理屈もねェンだけど、とりあえずそんな目安でやってみたらいかッペ」

 先程まで単なる思いつきであったものが、「ヨシズミの世界で現実に存在した物」としてステファノの意識に刻まれた。これは魔法師にとって大きな意味を持つ違いであった。

 妄想はどこまでも妄想で終わるが、「存在する事象」であればその因果を使うことができるのだ。ステファノのイドは雷魔法に対する「カウンター」をこの瞬間に獲得した。

 インデックスは「交流電圧ヨシズミの拳骨」であった。

「魂消たもンだナ、おめェの頭ン中はヨ?」

 ステファノと肩を並べながら、ヨシズミは感心した。

「オレの頭ン中サ覗いたみてェに突拍子もねぇ答えサ持って来ンのナ?」
「覗いたわけじゃありませんよ」
「わかってっけど、言葉の綾って奴だッペヨ」

 じゃれ合っている内に宿屋についた二人は、一昨日同様宿泊の手配を解約して引き払った。
 今度はステファノが先に立って、ネルソン別宅への道を案内する。
 
 もちろんその間もステファノはイドを練って修練を行っていた。今回は「交流電圧」という具体的な目標がある。そのイデアを呼び出すところまでを繰り返し練習する。
なわ」という雷魔法を身につけていたことも幸いした。

「縄」のイメージである。撚られた2筋の縄が絡まり合って1本の縄になる。

 ステファノはそれを「陰」と「陽」の雷気、いや今ではヨシズミの言葉を受け継いで「電流」に見立てていた。イメージの中では「陰」は紫の色を帯び、「陽」は赤の色を帯びていた。

「始まり」と「終わり」が交互に位置を入れ替えながら、先へ先へと伸びて行くイメージ。

 その赤紫の縄がステファノのイメージする「交流電圧」であり、「朽ち縄」も同じ色に染まった。

「またおめェは変わったことやってンナ!」

 ヨシズミに「交流朽ち縄」のことを告げると、呆れられた。

「こっちの世界でそんなことをやってる奴はいンめェ。『交流』だなんつッても誰も知んねェンだから」

 ヨシズミによると、「交流朽ち縄」には長所があると言う。

「電流がヨ、遠くまで届く・・・・・・ンだ」
「へえ、縄で言ったら遠くまで長く伸びるってことですかね?」
「まあそうだな。細っこい、弱い縄なら切れッちまうベ? 遠くまで縄さ張ろうと考えたら、ぶっとい縄でなきゃなンめェ?」
「はい」

 ヨシズミに言わせると、「それ」が交流電流のメリットだという。太い縄を作って遠くまで電流を運べる。

「だからヨ。おめェの朽ち縄は交流にしたから、普通の雷魔術より遠くまで飛ばせンダ」

 ヨシズミの言葉はステファノにとっての「事実」となり、ステファノはそれに見合う事象をイデア界から探し出すことができた。

「鉄塔」

 ヨシズミに教えてもらった「送電線」を支える巨大な構築物を、ステファノは畏怖を込めてインデックスにした。鋼を材料として天にそびえる塔を築くとは、何という高度な技であろうかと思いつつ。

「おめェが言ってた『縄』の武器な?」
「はい。魔力発動体として考えていた物ですね?」
「この世界で手に入る素材で言ったら、鋼と銅がふさわしいんだがな。鋼線を芯として周りに銅線を束ねる。どちらも糸のように撚った線だ」

 遠くまで電気を送る送電線ならそういうものだとヨシズミは言う。身の回りで普通に使うのは銅の撚り線だ。

「ホントはそういう銅線がいいンだが、そんな加工ができる鍛冶屋はいめェ?」

 少なくともステファノは見たことも聞いたこともない。

「身近な物を使う方法で言ったら、まず『塩水』だな。縄を塩水に漬けて乾かしたものを持ち歩き、いざとなったら水魔法で湿らせれば電気を通す」

「次に『墨汁』だ。縄にたっぷり染み込ませれば、乾いていても電気を通すだろう。炭の粉を編みこむのも効果的だろう」

「後は、鉄や銅の粉だな。これも縄に編み込めば電気を通す助けになるだろう」

「なるほど。塩に炭、鉄と銅ですか。安くはないが手に入れることができる素材ですね」

 ドイル先生に相談してみようと、ステファノは心に留めた。

 やがて、2人は目的のネルソン別邸に到着した。ステファノにとっては今日2度目の来訪である。
 門番は慣れた様子で裏に回るよう合図してくれた。

 時刻が2時過ぎ頃と厨房班が暇だったのか、裏門はケントク自らが開けてくれた。東国風の顔と身形をしたヨシズミを見て眉を持ち上げたが、特に何も言わずに通用口へと通される。

 ジョナサンに帰参の報告をしておいて、いつもの書斎に向かう。ドイルとは、そこで詳しい話をしようということになっていた。

「やっと来たか! さあ、座ってくれ」

 先についていたドイルが手ぐすねを引いていた感じで2人を招き入れた。

「ヨシズミさんか……。話せる範囲で構わない。あんたが住んでた世界のことを、何でも良いから聞かせてくれ!」

 ドイルの目がキラキラと輝いていた。

「いや、どうも。先ず約束事サ先に決めて良いベカ?」
「うん? 何かな?」

 勢いに水を掛けるようなヨシズミの言葉に、ドイルは目を瞬いた。

「まず、オレが迷い人だって話は外に漏らさねェでほしい」
「あ、ああ。それは良いとも。全く問題ない」

「魔法の存在、魔法にできること、それを話すのは良いが、オレが魔法を使えることは言わねェでくれ」
「うん? 特定の個人に結びつけなければ良いのだな? ならば、了解だ」

「オレが喋ったことをどう使おうと構わねェが、貴族だけの利権・・・・・・・には絶対にしねぇでくれ。オレから言いてェのはそれだけダ」
「もちろんだとも! 貴族どもの利権とか、魔術師協会の利権などには絶対にさせない! 研究者のプライドに懸けて約束しよう」

 ドイルの目の色を見て、ヨシズミは何かを納得した様子だった。

「だったら結構だ。何でも聞いてくれ」

 この日を境に、魔術は衰退の道をたどり、魔法を世の基準とする方向に世界が動き始めた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第148話 この国に科学が育たなかったのは貴族のせいではありませんよ。」

「オレの国では定員600人の乗り物が空を飛び、全長300メートルの船、高さ600メートルの塔を作っていた。そして、国民の100%が教育を受けていた」

「な! 馬鹿な……」

 乗り物が空を飛ぼうと、どれほど大きな建造物を造ろうと、ドイルは驚きはしなかった。孤高の学者が心底驚愕したのは、国民全員が教育を受けるという事実であった。

「すべての人間が教育を受けるだと? いったい誰が働くんだ?」
「15歳まで教育を受けたとして、60歳までの45年間充実した労働を行うことができる」
「45年……」
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...