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第3章 魔術覚醒編

第146話 ステファノ6属性を操るも、術の未だ成らざること。

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 ヨシズミが仕事と住む場所を探しているというと、それならば近々アカデミーに移るステファノの代わりに、ネルソン邸に住み込めば良いという話になった。
 ジュリアーノ王子は既に回復し王都に移動したが、今回のことで別宅の警備が手薄であるとわかったからだ。

 ヨシズミが警備の傍ら、氷魔法や火魔法を邸宅の維持に役立ててくれれば随分と暮らしやすくもなる。食料貯蔵庫用の氷を作ってくれるだけでも、大いに助かるのだ。
 部屋はステファノが使っている部屋をそのまま引き継ぐことになった。

 ドイルは魔法の仕組みについて知りたがったが、詳しい話をすると時間が掛かるので場所を改めようということになった。それならばせめて実演だけでも見たいというドイルの要望を入れて、ヨシズミはステファノの稽古風景を披露することにした。

 ぞろぞろと全員で中庭に出る。

 中庭には木陰を作るためかしいの木が植えられており、根元にはどんぐりが転がっていた。ヨシズミは両手にどんぐりの粒を拾い上げた。

「人は誰でも『イド』サ纏ってンダ。魔法の基礎ではそれサ硬くして『イドの鎧』として身に纏うのサ。ステファノ」

 ステファノが自分のイドを結晶化させて身に纏うと、外から見た存在感が薄くなった。

「ほう。先程よりさらに気配が薄れたな。気を抜くと見失いそうだ」

 ネルソンが感心して言った。

「こうすッと武器での攻撃にも、魔法の攻撃にも強くなンだ。ステファノは自分で工夫して右手と左手を盾にすッことを覚えたンだ。やってみロ?」

 ステファノは両手を体の前に掲げながら、イドを変形させて盾とした。

「イドは『体に触れた物』に纏わせッこともできる。こんな風に」

 ヨシズミはどんぐりを1つ摘まんでみせると、イドを纏わせて足元に向かって投げた。どんぐりは乾いた地面に深々とめり込んだ。

「ステファノの『盾』は跳んで来る武器を受け止めッことができる。やってみロ」

 ヨシズミが手首だけを使って放つどんぐりが、「ピー」と音を立てて矢継ぎ早にステファノを襲う。
 ステファノはそれを両手を使って受け、流し、巻き落とした。

「そンでこのイドにイデアを結びつけッことができる。行くド?」

 ヨシズミの手が霞んだ。一呼吸の間に放たれたつぶては、火を吹き、氷を纏い、雷気を発した。

 ステファノはこれを受け止めながら、因果を打ち消す。礫はただのどんぐりに戻ってステファノの足元に転がった。

「今教えてンのは魔法を撃ち返す技ダ。撃ち込まれた魔法サ逆さにして相手に撃ち返さねばなンねェから、ただ打ち消すよりかはちィッと難しいノ。行くド、ステファノ?」

 ヨシズミは残ったどんぐりを両手に振り分けて、半身に構えた。ステファノは両手を差し伸べ、心持ち腰を落とした。

 ネルソンの眼に一瞬魔力の閃きが見えたと思ったら、ヨシズミは両手の礫を放ち終わっていた。ほぼ同時に飛んで行くどんぐりを別々のものとして見極めたのは、「邯鄲かんたんの夢」を持つマルチェルだけか?

 ステファノは礫を目で追うことはできない。イデア界の事象としてこれを「観る」。ご丁寧に6つ放たれた礫は、「火」、「風」、「水」、「土」、「雷」、「光」の6属性をそれぞれ纏っていた。

 時のないイデア界、その位相が異なる深さに6つの因果が結ばれている。ステファノのイドがそれを観ると同時に6つのインデックスが呼び出され礫を覆う。

「火」は「氷」となり、「風」は「無風」に意味を変えられ、「水」は「渇き」、「引力」は「反発」に置き換えられてヨシズミ目掛けて撃ち返される。

「光」は「死角」となり、見えない礫がヨシズミを襲う。

「雷」は……。

「あちちちち……!」

 ばちいと音を立てて電光がステファノの手に飛び、手のひらの痺れにステファノは飛び上がった。

 撃ち返された5つの礫を右手でするりと掴み留め、ヨシズミはため息をついた。

「何だ、下手くそだノ。旦那さんやら先生の前で、格好のつかねェこと」
「いや、雷は難しいですって。6つ同時も初めてだったし……」

 ヨシズミとステファノがいつものやり取りを始める傍ら、ぱちぱちと拍手の音が響いた。

「半月前まで種火の術さえ知らなかった小僧が、6属性を同時に使うとは。いや、化けたものだ」

 ネルソンの「目」には礫が見えなかったが、「テミスの秤」は6種の魔力を捉えていた。

「いや、待て待て。全属性持ちというのは聞いたことがあるが、6つ同時に使えるものなのか?」
「あなたが『時』のことをとやかく言うのはおかしいのでは?」
「いやいや、俺のギフトとは話が違うだろう? うん? 違わないのか……? そこはどうなっている? やっぱり詳しく聞かせてくれ」

 再び興奮し始めたドイルを見て、ネルソンもお手上げだと天を仰いだ。

「こうなったら梃子でも動かんな。わかった。どうせ今日は仕事にならん。ステファノ、すまんがドイルにつき合ってやってくれ」

 今日は別邸に引き上げて、午後一杯ドイルの質問に答えるということになった。もちろんヨシズミも一緒である。

「でしたらヨシズミ師は別邸に移ってもらいましょう。先に宿に寄って引き払うのが良いでしょう」

 マルチェルの発案で、ヨシズミとステファノの2人は宿に立ち寄ってから別邸に向かう。ドイルは一足先に直接別邸に移動することになった。歩くのが嫌いなので、ちゃっかり馬車を頼んでいる。

「何だか気を使ってもらったみてェだナ?」

 並んで歩きながら、ヨシズミは申し訳なさそうにステファノに話し掛けた。

「旦那様は懐の深い方ですから、気にしなくて良いと思いますよ。師匠を雇うのは商会にも利がある話ですから」
「そうだッペか? 俺なんか人前にゃ出せねェし、使いにくいんでねェケ?」

 そういう繊細な所もあるのだなと師のことを眺めていたステファノが、笑ってヨシズミの心配を打ち消した。

「それで言ったらドイル先生の方がよほど扱いにくいと思いますよ。表にも出しにくいですし」

 本人には言わないでくださいねと、ステファノは舌を出した。

「変わり者が集まるのはギルモア家の家風だそうですから、師匠は胸を張ってください」
「何だ、それ? 安心できる話ではねェナ」

 ステファノとやり合ってヨシズミも気が晴れたようであった。雇ってくれるというならばどこであれ、誰のためであれ、賃金分の仕事をきっちりしてのけるまでだと開き直ることにした。

「それにしてもヨ。おめェの『雷返し』を何とかしねェとな」
「そうですね。苦手があるのは良くないですよね?」
「得意、不得意があンのは人間だからしャあンめェが、技なり術みてェなもンは満遍なく伸ばすのが上達の近道だッペ」

 努力で埋められる穴であれば頑張り様があるのだが、「雷返し」に必要なのはイデアの起こりを見極める能力であり、いわばセンスに頼む部分であった。
 センスがないばかりに料理人の道を諦めたステファノは、自分のセンスに自信が持てないというトラウマがあった。

「オレが言うのも何だが、おめェはむしろ飲み込みが早い人間だと思うゾ。陰か陽か、2つに1つを見切りャいいだけのことと割り切ってみたら、案外簡単にできんでねェかな?」
「2つに1つか……。そうなんですけど、半分外れってことなんですよね。2つに1つ……」

(ドイル先生は6属性を同時に使うだけで珍しいと言っていたけど……。うん? 同時に使う?)

「あれっ? 2つに1つを選ぶ必要ってあるんですかね? 同時に使ったらダメかな……」

 ステファノは頭に浮かんだ閃きをそのまま口にした。

「同時にって陰と陽をか? そしたら打ち消し合ッチまって、何にもならねェだろ?」
「いやでも『陰』が飛んできてるときに『陰』をぶつけたら反発し合うわけじゃないですか? その時同時に『陽』を飛ばしておいたら、こっちの『陽』だけ残るんじゃないんですか?」

「そう都合よくは行かねッペ。こっちの『陰陽』同士が先に打ち消し合っちまうッペ」
「そうかあ。ドイル先生の『タイム・スライシング』みたいに2つ同時には飛ばせないか……」

 ステファノは思いつくまま考えを遊ばせながら、何かもやもやと引っ掛かるものを感じた。

 タイム・スライシングのように……。2つ同時に……。

 「そうか! わかった!」

 ステファノは道の真ん中で声を上げた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第147話 何だ、それ? 交流電圧でねェか!」

「『雷返し』に使える工夫を思いついたもんで、興奮しちゃいました」
「何考えついたッて? 聞いてやッから言ッてみロ」
「陰と陽を細かく交互に撃ち出したらどうでしょう? それなら陰陽同士は打ち消し合わずに飛んで行くのでは?」

「おめェ、それ……」

 今度はヨシズミが歩みを止めて、目を見開いた。

「相手が撃ち出したのが陰であればこちらの陰が、相手が陽であればこちらの陽がお互いぶつかり合うので、最後に残るのはこちらが撃ち出した雷気になるんじゃないかと」
  
 ……

◆お楽しみに。
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