上 下
146 / 640
第3章 魔術覚醒編

第146話 ステファノ6属性を操るも、術の未だ成らざること。

しおりを挟む
 ヨシズミが仕事と住む場所を探しているというと、それならば近々アカデミーに移るステファノの代わりに、ネルソン邸に住み込めば良いという話になった。
 ジュリアーノ王子は既に回復し王都に移動したが、今回のことで別宅の警備が手薄であるとわかったからだ。

 ヨシズミが警備の傍ら、氷魔法や火魔法を邸宅の維持に役立ててくれれば随分と暮らしやすくもなる。食料貯蔵庫用の氷を作ってくれるだけでも、大いに助かるのだ。
 部屋はステファノが使っている部屋をそのまま引き継ぐことになった。

 ドイルは魔法の仕組みについて知りたがったが、詳しい話をすると時間が掛かるので場所を改めようということになった。それならばせめて実演だけでも見たいというドイルの要望を入れて、ヨシズミはステファノの稽古風景を披露することにした。

 ぞろぞろと全員で中庭に出る。

 中庭には木陰を作るためかしいの木が植えられており、根元にはどんぐりが転がっていた。ヨシズミは両手にどんぐりの粒を拾い上げた。

「人は誰でも『イド』サ纏ってンダ。魔法の基礎ではそれサ硬くして『イドの鎧』として身に纏うのサ。ステファノ」

 ステファノが自分のイドを結晶化させて身に纏うと、外から見た存在感が薄くなった。

「ほう。先程よりさらに気配が薄れたな。気を抜くと見失いそうだ」

 ネルソンが感心して言った。

「こうすッと武器での攻撃にも、魔法の攻撃にも強くなンだ。ステファノは自分で工夫して右手と左手を盾にすッことを覚えたンだ。やってみロ?」

 ステファノは両手を体の前に掲げながら、イドを変形させて盾とした。

「イドは『体に触れた物』に纏わせッこともできる。こんな風に」

 ヨシズミはどんぐりを1つ摘まんでみせると、イドを纏わせて足元に向かって投げた。どんぐりは乾いた地面に深々とめり込んだ。

「ステファノの『盾』は跳んで来る武器を受け止めッことができる。やってみロ」

 ヨシズミが手首だけを使って放つどんぐりが、「ピー」と音を立てて矢継ぎ早にステファノを襲う。
 ステファノはそれを両手を使って受け、流し、巻き落とした。

「そンでこのイドにイデアを結びつけッことができる。行くド?」

 ヨシズミの手が霞んだ。一呼吸の間に放たれたつぶては、火を吹き、氷を纏い、雷気を発した。

 ステファノはこれを受け止めながら、因果を打ち消す。礫はただのどんぐりに戻ってステファノの足元に転がった。

「今教えてンのは魔法を撃ち返す技ダ。撃ち込まれた魔法サ逆さにして相手に撃ち返さねばなンねェから、ただ打ち消すよりかはちィッと難しいノ。行くド、ステファノ?」

 ヨシズミは残ったどんぐりを両手に振り分けて、半身に構えた。ステファノは両手を差し伸べ、心持ち腰を落とした。

 ネルソンの眼に一瞬魔力の閃きが見えたと思ったら、ヨシズミは両手の礫を放ち終わっていた。ほぼ同時に飛んで行くどんぐりを別々のものとして見極めたのは、「邯鄲かんたんの夢」を持つマルチェルだけか?

 ステファノは礫を目で追うことはできない。イデア界の事象としてこれを「観る」。ご丁寧に6つ放たれた礫は、「火」、「風」、「水」、「土」、「雷」、「光」の6属性をそれぞれ纏っていた。

 時のないイデア界、その位相が異なる深さに6つの因果が結ばれている。ステファノのイドがそれを観ると同時に6つのインデックスが呼び出され礫を覆う。

「火」は「氷」となり、「風」は「無風」に意味を変えられ、「水」は「渇き」、「引力」は「反発」に置き換えられてヨシズミ目掛けて撃ち返される。

「光」は「死角」となり、見えない礫がヨシズミを襲う。

「雷」は……。

「あちちちち……!」

 ばちいと音を立てて電光がステファノの手に飛び、手のひらの痺れにステファノは飛び上がった。

 撃ち返された5つの礫を右手でするりと掴み留め、ヨシズミはため息をついた。

「何だ、下手くそだノ。旦那さんやら先生の前で、格好のつかねェこと」
「いや、雷は難しいですって。6つ同時も初めてだったし……」

 ヨシズミとステファノがいつものやり取りを始める傍ら、ぱちぱちと拍手の音が響いた。

「半月前まで種火の術さえ知らなかった小僧が、6属性を同時に使うとは。いや、化けたものだ」

 ネルソンの「目」には礫が見えなかったが、「テミスの秤」は6種の魔力を捉えていた。

「いや、待て待て。全属性持ちというのは聞いたことがあるが、6つ同時に使えるものなのか?」
「あなたが『時』のことをとやかく言うのはおかしいのでは?」
「いやいや、俺のギフトとは話が違うだろう? うん? 違わないのか……? そこはどうなっている? やっぱり詳しく聞かせてくれ」

 再び興奮し始めたドイルを見て、ネルソンもお手上げだと天を仰いだ。

「こうなったら梃子でも動かんな。わかった。どうせ今日は仕事にならん。ステファノ、すまんがドイルにつき合ってやってくれ」

 今日は別邸に引き上げて、午後一杯ドイルの質問に答えるということになった。もちろんヨシズミも一緒である。

「でしたらヨシズミ師は別邸に移ってもらいましょう。先に宿に寄って引き払うのが良いでしょう」

 マルチェルの発案で、ヨシズミとステファノの2人は宿に立ち寄ってから別邸に向かう。ドイルは一足先に直接別邸に移動することになった。歩くのが嫌いなので、ちゃっかり馬車を頼んでいる。

「何だか気を使ってもらったみてェだナ?」

 並んで歩きながら、ヨシズミは申し訳なさそうにステファノに話し掛けた。

「旦那様は懐の深い方ですから、気にしなくて良いと思いますよ。師匠を雇うのは商会にも利がある話ですから」
「そうだッペか? 俺なんか人前にゃ出せねェし、使いにくいんでねェケ?」

 そういう繊細な所もあるのだなと師のことを眺めていたステファノが、笑ってヨシズミの心配を打ち消した。

「それで言ったらドイル先生の方がよほど扱いにくいと思いますよ。表にも出しにくいですし」

 本人には言わないでくださいねと、ステファノは舌を出した。

「変わり者が集まるのはギルモア家の家風だそうですから、師匠は胸を張ってください」
「何だ、それ? 安心できる話ではねェナ」

 ステファノとやり合ってヨシズミも気が晴れたようであった。雇ってくれるというならばどこであれ、誰のためであれ、賃金分の仕事をきっちりしてのけるまでだと開き直ることにした。

「それにしてもヨ。おめェの『雷返し』を何とかしねェとな」
「そうですね。苦手があるのは良くないですよね?」
「得意、不得意があンのは人間だからしャあンめェが、技なり術みてェなもンは満遍なく伸ばすのが上達の近道だッペ」

 努力で埋められる穴であれば頑張り様があるのだが、「雷返し」に必要なのはイデアの起こりを見極める能力であり、いわばセンスに頼む部分であった。
 センスがないばかりに料理人の道を諦めたステファノは、自分のセンスに自信が持てないというトラウマがあった。

「オレが言うのも何だが、おめェはむしろ飲み込みが早い人間だと思うゾ。陰か陽か、2つに1つを見切りャいいだけのことと割り切ってみたら、案外簡単にできんでねェかな?」
「2つに1つか……。そうなんですけど、半分外れってことなんですよね。2つに1つ……」

(ドイル先生は6属性を同時に使うだけで珍しいと言っていたけど……。うん? 同時に使う?)

「あれっ? 2つに1つを選ぶ必要ってあるんですかね? 同時に使ったらダメかな……」

 ステファノは頭に浮かんだ閃きをそのまま口にした。

「同時にって陰と陽をか? そしたら打ち消し合ッチまって、何にもならねェだろ?」
「いやでも『陰』が飛んできてるときに『陰』をぶつけたら反発し合うわけじゃないですか? その時同時に『陽』を飛ばしておいたら、こっちの『陽』だけ残るんじゃないんですか?」

「そう都合よくは行かねッペ。こっちの『陰陽』同士が先に打ち消し合っちまうッペ」
「そうかあ。ドイル先生の『タイム・スライシング』みたいに2つ同時には飛ばせないか……」

 ステファノは思いつくまま考えを遊ばせながら、何かもやもやと引っ掛かるものを感じた。

 タイム・スライシングのように……。2つ同時に……。

 「そうか! わかった!」

 ステファノは道の真ん中で声を上げた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第147話 何だ、それ? 交流電圧でねェか!」

「『雷返し』に使える工夫を思いついたもんで、興奮しちゃいました」
「何考えついたッて? 聞いてやッから言ッてみロ」
「陰と陽を細かく交互に撃ち出したらどうでしょう? それなら陰陽同士は打ち消し合わずに飛んで行くのでは?」

「おめェ、それ……」

 今度はヨシズミが歩みを止めて、目を見開いた。

「相手が撃ち出したのが陰であればこちらの陰が、相手が陽であればこちらの陽がお互いぶつかり合うので、最後に残るのはこちらが撃ち出した雷気になるんじゃないかと」
  
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

処理中です...