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第3章 魔術覚醒編
第145話 ヨシズミ、魔法の何たるかをネルソンに語る。
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「どうした、ステファノ? 口入屋に用事ケ?」
ここでステファノに会うとは思っておらず、ヨシズミは面食らっていた。
「ひょんなことでひったくりを掴まえまして、さっきまで衛兵詰め所で取り調べを受けていました」
「そうケ? そりゃ災難だったナ」
「それより師匠、ネルソン様が師匠とお話がしたいと。昼をお店で食べながらということなんですが、大丈夫でしょうか?」
「ご馳走してもらえるのケ? オレはこんな格好だし、こんな言葉遣いだけど構わねェか?」
「はい。その点は確かめました。お貴族様はいないので気を遣わなくても良いそうです」
だったら素直にご馳走にあずかるかと、その足で2人はネルソン商会に向かった。
「師匠は、どうして口入屋に?」
「仕事の口を探して置くベと思ってナ」
ネルソン商会と縁があれば働けるかもしれないが、それを当てにして時間を無駄にするのはもったいない。
暇な時間に自分に合った依頼がないかと、依頼票を見に来たのだと言う。
「宿に向かおうと思っていたので、すれ違いになるところでしたね」
「運が良かったな」
2人はそう言い合いながらネルソン商会までやって来た。
ヨシズミは一応客に当たるため、表の入り口から店を訪れ、マルチェルに話を通じてもらった。
既に用意はできていると言うので客用の食堂まで進んだ。
食堂の前にはマルチェルが待っており、2人を席につかせた。ネルソンとドイルのところへはメイドが迎えに行っている。
互いに黙礼を交わしたマルチェルとヨシズミは、感ずるものがあったのであろう。それぞれに納得した表情をしていた。
「お待たせしました」
ネルソンがドイルを伴って食堂に現れ、ヨシズミと簡単に自己紹介を交わした。ヨシズミは自らのことを「世捨て人」であると称していた。
「ステファノがお世話になったと聞きました。これはうちに勤める研究者のドイル、そして使用人のマルチェルです。気楽に食事をしながら、ぜひお話を伺わせていただきたい」
「魔術はいかさまだという真っ当な意見を持っているそうですな?」
興味津々という表情でドイルが話に加わった。
「こちらは遠慮も礼儀も無視される方なので、驚かないで下さい。気を使う必要もありませんので」
端然と背筋を伸ばして腰掛けたマルチェルが言う。
この場ではマルチェルも話に加わるために、同じテーブルを囲んで食事をすることになっている。
ステファノも本来は主と客が食事をする席につくべき立場ではなかったが、ヨシズミを居心地悪くしないために隣に座らされていた。
給仕はメイド頭の中年女性が務めていた。
好き嫌いはないというヨシズミの言葉を確認した上で、スープ、サラダ、トマトパスタ、肉料理が運ばれて来た。
ステファノはヨシズミのテーブルマナーを気にしていたが、案に反してヨシズミは難なくカトラリーを使いこなしていた。
引きこもりと世間知らずは似て非なるものなのだなと、ステファノは妙なところで納得した。
「さて、先ずはステファノの話を聞かせてもらおうか?」
食事の給仕を受けている間は差しさわりのない話でヨシズミの暮らしぶりなどを聞いていたネルソンであったが、お茶を入れてメイド長が引き下がったところで本題に入った。
「はい。自分はイデアを探しながらサポリまで旅をしていました」
その間に、「風」、「水」、「土」、「火」、「光」のイデアを得ていたこと。海辺でコリントと名乗る少年といさかいを起し、決闘沙汰になったこと。そこに現れたヨシズミに諫められ、正しい「魔法」を学ぶことになったことを告げた。
「ふむ。『魔法』とはどのようなものかな?」
ネルソンの問いに、ヨシズミが答えた。
「『魔法』とはイデアを貫く法である。森羅万象には因果に関わる揺らぎがあり、世界をまたがる奥行きがある。無数の因果、その揺らぎの中から世界を乱さぬ因果の糸を選び出し、現実界に呼び出す技を『魔法』と呼ぶ」
「奥行きだと? 世界は同時並行して存在するというのだな? それを認識した上で制御するのか? うーん。人間の能力で扱い切れるものなのか?」
堰を切ったように問いを重ねたのはドイルであった。イデア界の法則はドイル自身考え続けて来たテーマであった。
「もちろんすべてを認識することはできぬ。我々『魔法師』は遠眼鏡を通すように己の目的とする範囲だけをイドの視界に納めるのだ。そして眼を合わせる深さを調節し、世界をまたいで認識を行う」
「なるほど。レンズと焦点深度がメタファーとなるか。それは『魔術』とどう違う?」
「『魔術』とはこの世界の因果の中から術者が求める糸を選び出すこと。但し、目の前の実相と縁なき因果をも無理やり持ち込むのが魔術の流儀である。
「ゆえに燃料なきところに火を起こし、雷気なきところに稲妻を呼ぶ。これは世界の法則を乱し、予測不能の連鎖を呼ぶ蛮行である」
「ははっ、『蛮行』と言ったな! 魔術師協会の馬鹿どもに聞かせてやりたいぜ!」
ドイルは興奮して両手をこすり合わせた。
「落ちつきなさい。あなたはどうやってそれを知り、身につけたのですか? 私の知る範囲では『魔法』という流儀を唱える者はいないはずだ」
ネルソンがヨシズミの正体に迫る問いを発した。
「我はこの世の者ならず。異界より渡り越した『迷い人』である。我が世界では『魔法』こそがイデアを司る法であり術であった。この世界で言う『魔術』とは我が世界では『外法』と呼ばれるものであった」
「迷い人か。聞いたことはあるが」
「『外法』……。そこまで酷いものですか」
あまりの言われようにマルチェルは眉を曇らせた。魔術師ならずともこの世界の住人として、耳にしたくない言葉であった。
「『外法』の行使は罪であり、我は『魔法取締官』としてその取り締まり、摘発に当たる役職であった」
「それであなたはステファノの魔術を禁じ、代わりに魔法を教授したのですね?」
「その通りである」
「千変万化」
マルチェルがぽつりと言った。
「かつてそう呼ばれた魔術師が戦場にいたと聞きました」
「魔術師呼ばわりは心外であった。我が流儀は魔法の一手。千変たるは当然のこと」
ヨシズミは否定せず、痛みを耐えるような表情で言った。
「そうですか。あなたが、千変万化の術者でしたか」
「その名を誇ったことはねかッたヨ」
「人殺しの名前だァ」
ヨシズミはそう言って紅茶を啜った。
「わたしは護衛騎士となって戦場を離れましたが、あなたが戦場に出たのはその後の時代でしたね」
「戦は馬鹿のすることダ。一番救いようがねェのは、馬鹿に駆り出されて人を殺して回る俺たちみてェな人間だ」
「その通りですね」
マルチェルも自分のカップから紅茶を啜った。
「ステファノ、お前は良い時に良い師と出会えたようです」
「はい。自分は『殺さない魔法』、『人を助ける魔法』を目指します」
今はまだ青臭い理想論に過ぎないのかもしれない。しかし、いつかはしっかり地に根づいた流儀として「不殺の魔法」を自分のものとする。ステファノはそう決意していた。
「そうか。お前はそれを学びにアカデミーに行くのだな?」
「はい」
ネルソンの眼光を正面から受け止めて、ステファノは頷いた。
「よかろう。百万人を救うつもりで答えを探して来るが良い。ネルソン商会が背中を押そう」
「ふん、ふん、ふん。面白い話になって来たじゃないか? 魔術師協会をひっくり返す気か?」
「こら、ドイル! 変な方向にけしかけるんじゃない。ステファノはまだ学生だぞ」
「ははっ! 構うもんか! 志を立てたその日から、身分も立場も関係ない。ステファノ、妨害者が出るぞ? 邪魔をされるぞ? その時に君は引き下がる気かね?」
「うーん……。逃げます」
「はぁ? 逃げ出すのか?」
ドイルは気が抜けたような声を出した。
「はい。逃げておいて、隠れて進みますよ。進めば勝ちなんでしょう?」
「はははは。お前の負けだ、ドイル! ステファノの方が戦略を知っているようだな。はははは」
「仰る通りです。サー」
食堂にドイルの唸り声と、息の合った主従の笑い声が響いた。
ヨシズミは誇らしげに弟子を見ていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第146話 ステファノ6属性を操るも、術の未だ成らざること。」
「あちちちち……!」
ばちいと音を立てて電光がステファノの手に飛び、手のひらの痺れにステファノは飛び上がった。
撃ち返された5つの礫を右手でするりと掴み留め、ヨシズミはため息をついた。
「何だ、下手くそだノ。旦那さんやら先生の前で、格好のつかねェこと」
「いや、雷は難しいですって。6つ同時も初めてだったし……」
ヨシズミとステファノがいつものやり取りを始める傍ら、ぱちぱちと拍手の音が響いた。
……
◆お楽しみに。
ここでステファノに会うとは思っておらず、ヨシズミは面食らっていた。
「ひょんなことでひったくりを掴まえまして、さっきまで衛兵詰め所で取り調べを受けていました」
「そうケ? そりゃ災難だったナ」
「それより師匠、ネルソン様が師匠とお話がしたいと。昼をお店で食べながらということなんですが、大丈夫でしょうか?」
「ご馳走してもらえるのケ? オレはこんな格好だし、こんな言葉遣いだけど構わねェか?」
「はい。その点は確かめました。お貴族様はいないので気を遣わなくても良いそうです」
だったら素直にご馳走にあずかるかと、その足で2人はネルソン商会に向かった。
「師匠は、どうして口入屋に?」
「仕事の口を探して置くベと思ってナ」
ネルソン商会と縁があれば働けるかもしれないが、それを当てにして時間を無駄にするのはもったいない。
暇な時間に自分に合った依頼がないかと、依頼票を見に来たのだと言う。
「宿に向かおうと思っていたので、すれ違いになるところでしたね」
「運が良かったな」
2人はそう言い合いながらネルソン商会までやって来た。
ヨシズミは一応客に当たるため、表の入り口から店を訪れ、マルチェルに話を通じてもらった。
既に用意はできていると言うので客用の食堂まで進んだ。
食堂の前にはマルチェルが待っており、2人を席につかせた。ネルソンとドイルのところへはメイドが迎えに行っている。
互いに黙礼を交わしたマルチェルとヨシズミは、感ずるものがあったのであろう。それぞれに納得した表情をしていた。
「お待たせしました」
ネルソンがドイルを伴って食堂に現れ、ヨシズミと簡単に自己紹介を交わした。ヨシズミは自らのことを「世捨て人」であると称していた。
「ステファノがお世話になったと聞きました。これはうちに勤める研究者のドイル、そして使用人のマルチェルです。気楽に食事をしながら、ぜひお話を伺わせていただきたい」
「魔術はいかさまだという真っ当な意見を持っているそうですな?」
興味津々という表情でドイルが話に加わった。
「こちらは遠慮も礼儀も無視される方なので、驚かないで下さい。気を使う必要もありませんので」
端然と背筋を伸ばして腰掛けたマルチェルが言う。
この場ではマルチェルも話に加わるために、同じテーブルを囲んで食事をすることになっている。
ステファノも本来は主と客が食事をする席につくべき立場ではなかったが、ヨシズミを居心地悪くしないために隣に座らされていた。
給仕はメイド頭の中年女性が務めていた。
好き嫌いはないというヨシズミの言葉を確認した上で、スープ、サラダ、トマトパスタ、肉料理が運ばれて来た。
ステファノはヨシズミのテーブルマナーを気にしていたが、案に反してヨシズミは難なくカトラリーを使いこなしていた。
引きこもりと世間知らずは似て非なるものなのだなと、ステファノは妙なところで納得した。
「さて、先ずはステファノの話を聞かせてもらおうか?」
食事の給仕を受けている間は差しさわりのない話でヨシズミの暮らしぶりなどを聞いていたネルソンであったが、お茶を入れてメイド長が引き下がったところで本題に入った。
「はい。自分はイデアを探しながらサポリまで旅をしていました」
その間に、「風」、「水」、「土」、「火」、「光」のイデアを得ていたこと。海辺でコリントと名乗る少年といさかいを起し、決闘沙汰になったこと。そこに現れたヨシズミに諫められ、正しい「魔法」を学ぶことになったことを告げた。
「ふむ。『魔法』とはどのようなものかな?」
ネルソンの問いに、ヨシズミが答えた。
「『魔法』とはイデアを貫く法である。森羅万象には因果に関わる揺らぎがあり、世界をまたがる奥行きがある。無数の因果、その揺らぎの中から世界を乱さぬ因果の糸を選び出し、現実界に呼び出す技を『魔法』と呼ぶ」
「奥行きだと? 世界は同時並行して存在するというのだな? それを認識した上で制御するのか? うーん。人間の能力で扱い切れるものなのか?」
堰を切ったように問いを重ねたのはドイルであった。イデア界の法則はドイル自身考え続けて来たテーマであった。
「もちろんすべてを認識することはできぬ。我々『魔法師』は遠眼鏡を通すように己の目的とする範囲だけをイドの視界に納めるのだ。そして眼を合わせる深さを調節し、世界をまたいで認識を行う」
「なるほど。レンズと焦点深度がメタファーとなるか。それは『魔術』とどう違う?」
「『魔術』とはこの世界の因果の中から術者が求める糸を選び出すこと。但し、目の前の実相と縁なき因果をも無理やり持ち込むのが魔術の流儀である。
「ゆえに燃料なきところに火を起こし、雷気なきところに稲妻を呼ぶ。これは世界の法則を乱し、予測不能の連鎖を呼ぶ蛮行である」
「ははっ、『蛮行』と言ったな! 魔術師協会の馬鹿どもに聞かせてやりたいぜ!」
ドイルは興奮して両手をこすり合わせた。
「落ちつきなさい。あなたはどうやってそれを知り、身につけたのですか? 私の知る範囲では『魔法』という流儀を唱える者はいないはずだ」
ネルソンがヨシズミの正体に迫る問いを発した。
「我はこの世の者ならず。異界より渡り越した『迷い人』である。我が世界では『魔法』こそがイデアを司る法であり術であった。この世界で言う『魔術』とは我が世界では『外法』と呼ばれるものであった」
「迷い人か。聞いたことはあるが」
「『外法』……。そこまで酷いものですか」
あまりの言われようにマルチェルは眉を曇らせた。魔術師ならずともこの世界の住人として、耳にしたくない言葉であった。
「『外法』の行使は罪であり、我は『魔法取締官』としてその取り締まり、摘発に当たる役職であった」
「それであなたはステファノの魔術を禁じ、代わりに魔法を教授したのですね?」
「その通りである」
「千変万化」
マルチェルがぽつりと言った。
「かつてそう呼ばれた魔術師が戦場にいたと聞きました」
「魔術師呼ばわりは心外であった。我が流儀は魔法の一手。千変たるは当然のこと」
ヨシズミは否定せず、痛みを耐えるような表情で言った。
「そうですか。あなたが、千変万化の術者でしたか」
「その名を誇ったことはねかッたヨ」
「人殺しの名前だァ」
ヨシズミはそう言って紅茶を啜った。
「わたしは護衛騎士となって戦場を離れましたが、あなたが戦場に出たのはその後の時代でしたね」
「戦は馬鹿のすることダ。一番救いようがねェのは、馬鹿に駆り出されて人を殺して回る俺たちみてェな人間だ」
「その通りですね」
マルチェルも自分のカップから紅茶を啜った。
「ステファノ、お前は良い時に良い師と出会えたようです」
「はい。自分は『殺さない魔法』、『人を助ける魔法』を目指します」
今はまだ青臭い理想論に過ぎないのかもしれない。しかし、いつかはしっかり地に根づいた流儀として「不殺の魔法」を自分のものとする。ステファノはそう決意していた。
「そうか。お前はそれを学びにアカデミーに行くのだな?」
「はい」
ネルソンの眼光を正面から受け止めて、ステファノは頷いた。
「よかろう。百万人を救うつもりで答えを探して来るが良い。ネルソン商会が背中を押そう」
「ふん、ふん、ふん。面白い話になって来たじゃないか? 魔術師協会をひっくり返す気か?」
「こら、ドイル! 変な方向にけしかけるんじゃない。ステファノはまだ学生だぞ」
「ははっ! 構うもんか! 志を立てたその日から、身分も立場も関係ない。ステファノ、妨害者が出るぞ? 邪魔をされるぞ? その時に君は引き下がる気かね?」
「うーん……。逃げます」
「はぁ? 逃げ出すのか?」
ドイルは気が抜けたような声を出した。
「はい。逃げておいて、隠れて進みますよ。進めば勝ちなんでしょう?」
「はははは。お前の負けだ、ドイル! ステファノの方が戦略を知っているようだな。はははは」
「仰る通りです。サー」
食堂にドイルの唸り声と、息の合った主従の笑い声が響いた。
ヨシズミは誇らしげに弟子を見ていた。
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ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第146話 ステファノ6属性を操るも、術の未だ成らざること。」
「あちちちち……!」
ばちいと音を立てて電光がステファノの手に飛び、手のひらの痺れにステファノは飛び上がった。
撃ち返された5つの礫を右手でするりと掴み留め、ヨシズミはため息をついた。
「何だ、下手くそだノ。旦那さんやら先生の前で、格好のつかねェこと」
「いや、雷は難しいですって。6つ同時も初めてだったし……」
ヨシズミとステファノがいつものやり取りを始める傍ら、ぱちぱちと拍手の音が響いた。
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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