上 下
140 / 624
第3章 魔術覚醒編

第140話 旅での修行。魔力の起こりを捉えて返せ。

しおりを挟む
 ヨシズミは旅の道中をステファノの修業に充てるつもりでサポリを出て来た。実際初日はそのように時間を費やした。

 歩きながら隠形おんぎょうを行い、観相の訓練をする。夕方から早めに野営し、薪を囲んで套路の修練、イドの盾の修練、両手からの魔法発動、そして雷魔法「なわ」の鍛錬を行った。

 夜目の利く2人にとって、夜は貴重な訓練時間であった。

 套路とうろの修練時には小石を拾って、ヨシズミが投げつけた。ある時はイドを纏わせ、ある時は魔法を掛ける。
 それを観相で観定めてはステファノが巻き落とし、受け流す。

 魔法については打ち消し、あるいは逆位相に撃ち返す。仕損じれば怪我をするので、礫の威力はイドの鎧で止められるレベルの物にしてあった。それでも狼を打ち倒せるほどの威力だったらしいが。

 戦いのことをよく知らないステファノであったが、修練を重ねるにつれ、ヨシズミの実力はつぶて術だけでも数十人の兵士を相手取れるのではないかと思えた。

 魔法を打ち消すことは慣れればさほど難しくなかったが、「逆位相」に撃ち返すのは困難だった。ヨシズミが与えたこの課題では飛んでくる礫に掛けられた魔法を見破り、それを逆転して相手に返さなければならない。

 すなわち「火魔法」が掛けられていれば「氷魔法」で返し、「土魔法」であれば逆方向の引力を与える。「水魔法」には「乾燥」を返し、「風魔法」には「無風」を、そして「雷」には……。

「痛たたたた……!」

 ステファノは雷魔法を返し損ねて手を痺れさせた。イドの盾がなければ大やけどを負うところであった。

「見極めが遅かッペ」
「いや、でも雷は速いですよ」
「そりゃァそうだッペ。来てから撃ち返そうッたって間に合いッコあンめェ」

 魔力の起こり、すなわちイデアの呼び出しを感知してカウンターを撃てというのがヨシズミの教えであった。
 そうは言っても、いざそうしようとするとヨシズミのイデア起動が速すぎてついていけないのだ。

「おめェのインデックスとおンなじで、いつも使う術には印サつけてあッからナ」
「それだけじゃありませんよ」

 ヨシズミは雷の陰と陽を打ち分けるのだ。すなわち電荷のプラスとマイナスである。
 これを読み違えてカウンターを取ろうとすると、猛烈な勢いで雷を引き込んでしまう。

 ステファノが苦しんでいるのはこの陰陽の見極めであった。

「陰陽はイデアを呼び出す時に決まってんだァ。手の形見てじゃんけんすんのとおんなじことだッペ」
「それが難しいんです……」

 動体視力が良ければ、相手の出すじゃんけんを見極めることは可能だ。だが、瞬時に「それに勝てる手」を作るのは思ったより難しい。それと似たようなことがステファノの脳内で起きていた。

 そして風魔法の「無風」というカウンターも曲者であった。

「『無風』といっても『なぎ』ではないですもんね」
「当たり前ダ。『凪』サ返したって、攻撃にはなンめェ?」
空気を止める・・・・・・って難しいですよ」

 ヨシズミの与えたお題は「空気を止めること」であった。つまり「動かない空気」の塊を作ることである。
 これを行えば、相手は呼吸ができない。空気を吸おうと肺を膨らませても同じ力で大気が引っ張り返してくることになる。

「難しく考えすぎッと手が出なくなッペ。範囲を決めて適当に『負圧』にしてやるくらいでいかッペ」

 敵の周りの大気圧を1気圧より下げてやれば、口を開けても空気は入って行かない。

「けンど、気をつけろヨ? やりすぎッと内臓破裂すッカンナ?」
「怖いこと言わないで下さい!」

 釣り上げた深海魚のようなことが起こりえるのだ。

「使ねェのと使ねェのとは違うかンナ。おめェが使わなくとも相手が仕掛けて来ッかもしんねェ」

 その時に慌てないように、そういう技があることを知り、咄嗟に使えるようにしておくことが大切だと言う。

 そして最後の課題が「光魔法」のカウンターであった。光魔法に対しては「土魔法」で対抗しろと言われた。

「土魔法が光魔法に効く理屈がわかりません」

 ステファノは素直に理解が及ばないことを吐露した。

「そりャそうだッペナ。詳しい理屈はわかんネくてイイ。強い『引力』は光でも引っぱり込んじまうってことだけ知っとけばいいンダ」
「引っ張り込んだら反射するんじゃないんですか?」
「極端に強い引力は時空を歪ませンノ。時の流れが遅くなったら光だって先に進めなくなッペ?」

「そんなに強い引力を呼び出したら危険ですよね?」
「だから、直接引力を呼び出すンでなくてその結果だけ取り出すンダ。相手の光も呼び出したもンだッペ? その分だけ光サ引き込む因果を持って来ればいいんダワ」

「そもそも光魔法で攻撃をされることってあるんですか?」

 ステファノはそれも疑問であった。眩しいだけで、他の魔法ほど決め手にならないのではないか?

「相手が普通の魔術師だったらそうだッペナ。眩しくてちかちかするくれェで収まっぺ。したけど、目が焼けるほどの光サ出されたら危ねぇど」
「それは確かに……」

「それとな。敵が『禁術』サ使って来るかもしンねェ」
「『紫の外』ですか?」
「そッダ」
 
 UV光だけでなく、放射線を使われたら遮光しても防げない。ましてや宇宙線を使う術者がいたら……。

「この世界の人間ではあり得ねぇと思うけンど、オレみてェな『迷い人』がいたらナ……」
「『禁術』を使ってくるかもしれないと……」
「そういうこッタ。用心しとくに越したこたァねェ」

 目に見えない光を咄嗟に防げるか? それには確かに「魔力の起こり」であるイデアの発動を捉える必要があった。
 それはすべての武道に通じる極意なのかもしれない。マルチェルも技の起こりを察知して攻撃をかわすと言っていた。

 それもこれも「観相」のテーマであった。結局すべては「観る」ことに帰って来る。
「観て考える者」、それが自分なのであろうとステファノは納得した。

 ◆◆◆

 初日の夜はそんな風に考えるべきことがたくさんあった。が、2日めは病人騒ぎに巻き込まれて修行どころではなくなってしまった。
 何よりもステファノの精神が疲れ果て、イドを働かせられる状態ではなかったのだ。

「今日は大変な思いサしたナ。修業は一旦休みにすッペ」

 魔法が使えないステファノはたきぎを拾い、普通に火を起こした。干し肉と乾燥野菜でスープを作り、パンをあぶって夕食にした。

「さすがに飯屋のせがれだナ。魔法がなくても、手際がいいワ」
「師匠はこの世界に来る前、どんな仕事をしていたんですか?」

「俺か? 俺は『魔法取締官』ってのをやってたんだァ」

 ヨシズミはスープを啜りながら言った。

「それはどんな仕事でしょう?」
「一言で言ったら、魔法の悪用を取り締まる役人だナ。先ず魔法サ喧嘩に使ったら一発で逮捕だカラ」

「逮捕」とは犯人を捕縛することだと、ヨシズミはステファノに説明した。

「もちろん盗みも、詐欺に使うのも罪になる。それから『因果律乱用罪』ナ?」

 数日前までのステファノがやろうとしていた「その場に存在しえない因果の再現」は禁止行為として犯せば罪になる。

「それから『禁術行使罪』だナ」
「『紫の外』ですか?」
「ああ、そうダ。他にもあッけド、おめェに教えンのはまだ早ぇナ」

 初心者は知らぬ方が良い術もあるのだと言う。

「その『魔法取締官』は危険な職業ではないんですか?」
「うん、危険がないこともねェナ。街の衛兵と似たようなもんだッペ。犯人サ取り押さえることもあったナ」

 一般人ならまだしも、プロの犯罪者が相手の時は恐ろしいと言う。因果律を無視したり、禁術を行使して来られると対応が難しい。
 その経験から、ステファノに早い内から「カウンター」のやり方を教えているのだった。

「したけど、大方の場合は素人相手ダ。『隠形』サしっかりやっといて不意を突けば、危ねェこともなかったヨ」

 ヨシズミが「神隠し」に遭ったのは、犯罪組織と対決している最中であった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第141話 ステファノは雷魔法「牛角」を得た。」

 型の終盤、蹴りから受け、払い、撃ち、受け流し、投げと変化する場面で目まぐるしくイドの盾を変化させながら、ステファノは空中に雷気を蓄えた。
 今回は、火と水のイデアに加え、風のイデアで渦の動きを加えてみる。

 風を使うと、なぜか「牛」のイメージが頭に閃く。仕方がないので、「牛角ぎゅうかく」という名をインデックスに刻んだ。

 両手の盾を雷雲に変化させ、氷の粒に頭上で起こした雷気を移す。バチバチと音を立てながら何本ものアークが空中と両手の間で禍々しく光った。
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

処理中です...