飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第3章 魔術覚醒編

第135話 ステファノは「殺さず」の武器を得る。その名は「朽ち縄」。

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 修行3日めの朝、ステファノは海辺に来ていた。隠形を行いながら走って来たのだが、人はおろか鳥さえもステファノの存在に気づくことはなかった。

(隠形の効果ってすごいな。それにしても、師匠は俺を担いで走ったって言ってたけど、どれだけ体力あるんだろう?)

 魔法を使って重さを軽くする方法があるのかもしれない。だとしたら、荷物運びが随分楽になる。
 物流が盛んになって、国が豊かになるのではなかろうか?

(魔法にできることとできないこと、やってはいけないことをよく考えておかないといけないな)

 いつも誰かが止めてくれるわけではない。現に師匠は取り返しのつかない結果を背負い、世を捨てることになった。

(でも、それなら上級魔術師の3人て……。とんでもない結果を世の中にひき起こしているんじゃないのか?)

 時に地形を変えるほどの魔術を放つという彼らは、一体どれだけの因果を改変しているのか?

(だから師匠は、いずれ俺が上級魔術師たちと戦うことになると言ったのか)

 確かに、目の前にあったら放っては置けないかもしれない。止める力が自分にあるなら。

 海岸に立ったステファノは周囲を見回した。まだ早朝の海辺には人の姿はなかった。

(いや、この前はコリントの姿を見落とした。イドの眼でしっかり観よう)

 始原の光を周囲に飛ばしてイデアを探ったが、自分以外人間の反応はなかった。
 納得したステファノは浜に打ち上げられたワカメや昆布を拾い集めた。

 明るさを増していく海面はきらきらと陽光を映して、常に変化している。
 既に沖には漁をする船が何杯か浮かんで見えた。

(師匠はこんな暮らしを、もう何年続けているのだろうか?)

 迷い人だと言うヨシズミはそもそも彼にとっての「異世界」に来て、どれくらい経つのだろうか?
 洞窟で独居する暮らしは寂しいだろうに、避けずにはいられなかったほど、それほど世間は暮らし難かったのか。

 ヨシズミが「普通に生きる」場所を自分の周りに作って上げることはできないのだろうかと、ステファノは考える。この世界のために十分働いたであろう師匠のために。

まじタウンに帰ったら、マルチェルさんに相談してみよう。良い知恵があるかもしれない)

 ヨシズミに借りた予備の背負子に海藻入りの布袋を縛りつけて、ステファノは洞窟への帰路に就いた。
 
 午前中の「仕事中」、ステファノは「観相」に重点を置いて修行を続けていた。生活のためのあれこれ、採集活動などをしながら「隠形」と「観相」を並行して行うのだ。

 これはイドの制御を学ぶのに役立っていた。

 ステファノの性質なのであろう。「隠形」よりは「観相」の方が、再現するのが容易に感じられた。
 イデアの奥行きを観るために、ステファノはネルソンにもらった遠眼鏡をイメージした。手前から遠方までピントをずらすように、世界の重なりを透かし見る。

 因果の詳細、細かい違いを認識するにも遠眼鏡の直喩は助けとなった。意識を向ければ景色を拡大するようにステファノの「視野」はイデアの細部をクローズアップすることができた。
 
 一方の隠形は気配を断つだけでなく、体を守る「よろい」として使えるが、体から離して「盾」として使うこともできた。

 マルチェルによれば「魔力の物質化」は上級魔術師の領域にある技だということであったが、魔法では基本の技であることを、ステファノは知った。根本的なアプローチが異なるのだ。

 魔法師はイドを構造体として組み替えて強度を上げるのに対し、魔術師は純粋に魔力イドの密度を高めることで物質化に至る。ピザ生地で鎧や盾を作るようなものであった。

 例えが悪いが、魔法師ならばピザ生地を一旦クッキーに焼き上げてから盾を組む。強度に差が出るのは当然であった。

 難しいのは「固める」ことではなく、任意の場所に置くことであった。「目の前1メートルの空間に置く・・・・・」という目的をイメージするのは難しかったのだ。

 考え込んだステファノは、ここでも単純化することを選んだ。自分にできる範囲で実用に供せれば良いと割り切ったのだ。

 すなわち、両掌とその周り直径30センチの空間をイドで覆う。大きな球に手を突っ込んだ姿を想像した。
 それを手の延長として自分にとっての盾とした。

 これで「場所」についての思考からステファノは解放された。「手」を動かせば、「盾」もそこにあるのだ。
 練習の結果、「盾」はある程度大きさや形を変えることが可能であった。鉄のような硬さにすることも、ピザ生地のような柔らかさにすることも、選ぶことができた。

 ここまでの工夫を為した上で、ステファノは「盾」の修練を午後の修業項目の1つに組み入れた。型演舞の中に取り入れたのだ。刃物を受ける時は硬い盾として受け流し、手足を受けるなら柔らかい餅として絡めとる。

 マルチェルを投げ飛ばしたイデアの発動も、咄嗟に現れた「盾」の働きだったのかもしれない。ステファノの体が型の「意」を表わそうとしていたので、イデアも同じ「意」に沿った動きをしたのであろう。

 イデアの「鎧」と「盾」、そしてマルチェルの「武術」を1つにまとめることでステファノは自分の護身術を得た。刃物も魔術もステファノの身を容易に傷つけることはないであろう。

 サポリ近郊ヨシズミの洞窟での最後の午後、ステファノは攻撃手段について考えていた。

 前日、図らずもヨシズミが放った松毬を跳ね返すために、土のイデアと火のイデアを両手に纏って放つことに成功した。どうやら「手を使うこと」がステファノの本質に適しているらしい。

 ステファノは自分の失敗を思い返した。

 水たまりをなくそうとして「竜巻」を起こした。石を飛ばそうとして「流星」を飛ばした。水を飛ばそうとして「津波」を起こした。

「加減」がまるでできていなかった。

 このままでは誰かが大怪我をする。ヨシズミのように村や町を滅ぼしてしまうかもしれない。

「物」を手にするとよいかもしれないと、師匠は言ってくれた。なるほど、松毬まつかさは上手く飛ばし、燃やすことができた。松毬を持ち歩けば良いのだろうか?

 ステファノは何のために戦おうとしているのか? 戦に勝つことではない。悪人を斬り殺すためでもない。
 自分を、周りの誰かを守るためであった。

 できれば人を殺したくはなかった。もう二度と命を奪いたくなかった。
 傷つけることなく敵の動きを封じる。そんな都合の良い技があるならば、身につけたいと思った。

 ステファノは自分の左手首を見る。赤く爛れたような縄目の傷が、あの日の出来事を物語っていた。

(あの時、俺に術があればあいつを殺さずに済んだ)

 自分を殺そうとした悪人であった。憐れむ気持ちは湧いて来ない。だが、人を殺すという取り返しのつかない行為を行ったことに対して、どうしようもない悔いがある。

(殺さずに動きを封じる技があれば。傷つけずに縛りつけることができたならば……)

 手首の傷が人の首を絞めた「縄」を思い出させた。首ではなく、手足を縛ることができたなら殺す必要はなかったのだ。

(「縄で縛る」捕縛術という武術があると聞いたことがある。ロープも武器になる……)

 ステファノは町で買ったロープを背嚢から取り出し、手に取ってみた。ロープは細く、軽く、頼りなかった。

(これが武器になるのだろうか? 縛り方も知らないけれど……)

 手に持てばロープであろうとイドを纏わせることはできる。しかしロープに鎧を纏わせたところで捕縛の役に立つとは思えなかった。

(俺に使えるイデアは……火、風、土、水、そして光か。雷だけは手に入らなかったな)

 見たことはある。だが、イドの眼で視たことはない。……ないはずだ。

「雷神」ガル。

 自分はその術を目の前で見た。ダニエルにしつこく聞かれ、その有り様を伝えたではないか。

(思い出せるのだろうか? あの時の魔力を、イデアを)

 ガル師は右手を突き出して「雷電」を飛ばした。ステファノはそれが魔術であることを知りつつ、何が起こるかを見ていた。
 続けてガル師は「迅雷の滝」を呼んだ。天に発した稲妻は地に向かって走ったではないか? ステファノはそれを見た。雷魔術はその2回……。

(いや! 違う。違うぞ。2回じゃない! その前だ。その前に足元に射掛けられた矢を撃ち落としたんだ!)

 完全無詠唱で飛矢を落とした雷があった。それは、咄嗟の術であったはずだ。常に使える状態にある基本の術。それこそがガル師が持つ雷魔術の本質だ。

(あれは……。あの術は。空から飛んで来たんじゃない。指先から飛ばしたものでもない。頭の上だ。稲光はガル師の頭上から伸びて来てやじりを撃った!)

 何らかの方法で頭上に溜めておいた・・・・・・雷気を放ったのだ。

(あの時ガル師は……頭上に魔力を放っていた。雷雲に代わるものを自分で創り出していたんだ!)

 ステファノはイドの眼で雲を観た。「遠眼鏡」で透かし観て奥行きを測る。

(ある! 雷気に満ちた因果の糸が。大気を動かして同じように雷気を練れば……)

 ステファノは火のイデアを呼び出した。更に水のイデアを呼ぶ。
 運動が熱を生み、熱が大気を動かすのだ。水蒸気を冷やして氷の粒を造り、大気と共に大きく動かせばすなわちそれは雷雲となる。

 橙色の光紐が頭上を飛び交い、緑色の光紐を呼んで絡まり合った。激しくよじれ渦を巻く2本の紐はやがて混ざり合って黄色の光紐を生み出した。

(我が世誰ぞ 得常ならむ~)
 
 ポケットから銅貨を1枚摘まみ出し、指先で弾く。

朽ち縄くちなわ!」

 蛇のイメージで雷気を呼び出せば、黄色の光がヤマカガシのごとく頭上から伸びて銅貨に飛び掛かった。

 ばちい!

 まばゆく光った銅貨は、煙を発して弾け飛んだ。

「できた! これが俺の『縄』だ!」

 呪タウンに戻ったらマルチェルさんに捕縄ほじょうの使い方を教わろうと、ステファノは心にメモをした。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第136話 虹の7色は7色に非ず。」

「師匠。師匠が観るイデアの光に色はありますか?」

 ステファノは以前ネルソンたちと語り合った「魔力の色」について、ヨシズミに尋ねてみた。

「色ケ? いやァ、俺にはみんな白く光って見えるなァ。光の強弱はあッけどヨ?」
「そうですか。自分には虹の7色が見えるんです」
「へェー、そッケ? そりゃァ賑やかなこッたナ?」

 イドの灯が「始原の光」である「赤」を示し、火のイデアが「橙」、雷が「黄」、水が「緑」、土が「青」、風が「藍」、光が「紫」を示していることを、ステファノはヨシズミに説明した。
 
 ……

◆お楽しみに。
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