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第3章 魔術覚醒編

第134話 魔法師ステファノの道はそこにある。

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 修行2日めの朝、ステファノはヨシズミと別れて森に入った。ヨシズミは例の海岸へと食材集めに向かっている。
 ステファノの観相が進歩したことを認めてのことであった。

 ステファノの行き先を森にしたのは、間違ってもコリントと名乗る少年と出くわさないようにというヨシズミの配慮であった。もちろん、万一人と出会っても争わぬようにと命じることも忘れなかった。

 ステファノも既に魔法師の端くれである。イドの鎧を身に纏えば簡単に傷つくことはない。
 身が安全であるならば争う必要もなくなって来るのだ。

 森の幸に関してステファノとヨシズミの知識は異なっていた。ステファノはキノコや山菜には暗かったが、ハーブや木の実に関する知識が豊富であった。ならば、森に行く担当を交代することで収穫物のバリエーションを増やすことができる。

 食材探しの間、ステファノは隠形を施し続ける。昨夜聞いた話では、海辺でステファノを気絶させた後、ヨシズミはステファノを抱えたまま山の洞窟まで走ったのだと言う。その間も隠形を使ったため人に気づかれることはなかったそうだ。

 悪事に使われたら問題ですねとステファノが問えば、そういう輩はどこにでもいるのだとヨシズミは答えた。もちろん術の巧拙の差はあれ、どのような術も悪用されることがある。

『包丁が人殺しに使われたからって、素手で料理はできねェッペ?』

 そういう物だと割り切るしかないのだと。

『目の前にいたら話は別だけどナ』
『その時師匠はどうするんですか?』
『さて。その時にならねェとわかンねェが……知ンねェッぷりはできねェベナ』

 案外そういうものかもしれないが、覚悟だけはしておこうとステファノは思った。師匠と違い、自分は世の中に出ようとしているのだから、と。

 森はあまり人が入らないようで、食材が手つかずになっていた。
 浅いところでは大葉やバジル、ミントなどが見つかった。木々の間に踏み込むと、こずえにアケビがぶら下がっている。
 胡桃の木も見つけたが収穫にはまだ時期が早かった。

 2人で食べるには十分な量であろうと判断し、戻り掛けたところでステファノの耳に沢の音が聞こえてきた。
 水辺には水辺の植物や生物がいる。行ってみると、飛べば越えられるほどのせせらぎであった。

 春に来れば芹でも取れたかもしれないと思いながら、流れの石をひっくり返してみる。3つめの石でお目当ての沢蟹を見つけることができた。20分ほどで6匹捕まえ、手拭いを袋にして腰にぶら下げた。

 洞窟への帰り道、これからの生き方について考えてみる。

 貴族に仕えたヨシズミは戦に駆り出されて人をたくさん殺したと言う。道は違えど、マルチェルと似ている。自分は魔法を学んで戦に出たいのだろうかと、自分に問うてみる。

 考えるまでもなく、そうではないと思う。戦いを求めて魔術師を志したわけではないのだ。
 では、何を目指すのだ?

 目指すなら、「ネルソンのような生き方」ではないのか? 人の役に立ちたい。特に、貧しい者、弱い者の助けとなりたかった。

 なぜなら、それは自分自身が願ったことであったから。少しで良い、ほんの少しだけ今より良い暮らしができればと。

 誰もが抱くその願いに、ほんの少しでも応えることができるとしたら、自分が魔法を学ぶ意味になってくれるのではないか。

 一人一流。自分だけの魔術を目指せと、クリードは励ましてくれた。

 自分は名もなき人々の役に立つ魔法を目指したいと、蟹をぶら下げた少年は考えた。

 ◆◆◆

 蟹は味噌汁の具になった。食後に淹れたミント・ティーはヨシズミの口に合わなかったようだ。アケビは貴重な甘味としてデザート役を果たしてくれた。

 午後となって、日課の型演舞を行った後、ステファノは木陰で胡坐をかいて瞑想することにした。

 イドの鎧をまとって隠形を行いながら、頭の中では自分の魔法について考えていた。

 人の役に立つ魔法とはどのようなものか?

 ヨシズミは生活の中で魔法を用いていた。煮炊きや洗いもの、部屋の明かり、清掃などに必要最低限の術を用いていることがわかってきた。それは当たり前の動作の中で、継ぎ目なく行われていた。

 鍋を七輪に掛けるが、七輪に炭はない。「流し場」で洗いものをするが、水瓶みずがめに水はない。

「形」を似せることによって「距離」を縮め、食材を「熱する」と言う結果、「汚れを落とす」という結果だけをひき起こす。そういうことだとわかってきた。

 部屋の明かりだけはどういう仕組みで術が使われているのかわからなかった。おずおずと師匠に尋ねてみると、ヨシズミは事もなげに答えた。

『部屋に入った光が逃げねェようにしてるだけだッペ』

 光は壁に当たり跳ね返り、物に当たり跳ね返っている。その時どれだけ失われず光が跳ね返るかは当たった物の表面次第だ。そこには確率による「揺らぎ」がある。それを出来るだけ多く跳ね返るようにと因果を曲げているだけだと言う。

 部屋中が術の対象であったがために、かえってステファノの眼に観えなかったのだった。

『師匠が使っている術は確かに生活の役に立つ』

 しかし、庶民の家一軒一軒に術を施して歩くわけにはいかない。術者がいなくなれば効果も消えるのだ。
 いなくなった後まで変わらず残る効果、そういうものをもたらす術でなければならなかった。

『何を与えれば良い? 水か? 食い物か? 金か? 薬か……?』

 切りがなかった。何が欲しいかと聞かれれば、人はいくらでも欲しいものがあるだろう。人の欲に限りなどないのだから。

『違うな。それでは師匠と同じことになる。欲にすり潰されてしまうだろう』

 考え方を変える必要があった。ドイル流の思考法だ。

『与えるのがだめ……。足すのがだめなら、引いてみるか? 何をなくせば・・・・・・よい?』

 飢えをなくしたい。渇きをなくしたい。病気を、暑さ寒さを、怪我の苦しみを、老いの辛さを、死の恐怖を。
 人は皆それをなくしたい。

『それは……神でもなければ応えられないよ』

 諦めかけたステファノであったが、ふとネルソンの言葉を思い出した。

『動機などどうでも良いのだ。人として大切なことは、何を思うかではなく何を為すかだ』

 人は神ではない。人は人のできる範囲で事を為せばよいはずであった。

『人の苦しみをなくすことはできない。けれど、1つでも少しでも減らすこと・・・・・なら出来るかもしれない』

 それでも良いじゃないか。自分のできる範囲、手の届く範囲で苦しみを減らすことができれば、その分だけ世の中は幸せに近づくはずだ。

 ネルソンの営みも同じことのはずだ。病気や怪我の苦しみを、死の恐怖を少しでも取り除くために薬を生み出し、治療法を発見しているのではなかったか。

 それはきっと、幸せな生き方であるはずであった。そう思って、ステファノは微笑んだ。

 魔法師ステファノの道が薄っすらと浮かび上がった瞬間であった。

 ◆◆◆

 夕餉の時間、ステファノは自分の思いつきをヨシズミに話した。自分の魔法に対する考えを、魔法師として生きる道を訥々とつとつと語った。

「そッか。いかッペ」

 ヨシズミは小声でそう言った。

「ひとつだけ俺の話をしとこうカ? 俺が引き籠る切っ掛けンなった話ダ」

「お貴族さん所を離れてから、俺はあちこち歩ッてたンダ。そん頃ひでェ日照りがあってナ。作物も採れねくなるし、飲み水にも困ッテ、馬も人もバタバタ死んだンダ。
「雨乞いをしてくんねェかって言われてヨウ。結局俺は断れなくなッチまったンダ。ちんこい赤ン坊まで死んだりしてナァ。
「因果サ変えて・・・雨サ降らしたンダ。そンだけの範囲で物事サ変えるには、そうするしかなかッタノ」

「そしたらヨ。雨が止まんなくなッテナ。大水が出て、その村ァ流されちまったのサ」

 ぽつりと、ヨシズミの目から涙が零れた。

「何やっても水サ止まンねかったノ。一度そこまでいぢった因果は、元には戻せねかッタノ……」
「師匠……」

「人の欲にはキリがねェノ。良かれと思ってもしてはいけねェこともあンダ。
「それだキャ、師匠としておめェに教えとかなくっチャならねェ」
 
 その夜眠りに就いたステファノの瞼に、大水に押し流される村の光景が浮かんで離れなかった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第135話 ステファノは「殺さず」の武器を得る。その名は「朽ち縄」。」

(あの時、俺に術があればあいつを殺さずに済んだ)

 自分を殺そうとした悪人であった。憐れむ気持ちは湧いて来ない。だが、人を殺すという取り返しのつかない行為を行ったことに対して、どうしようもない悔いがある。

(殺さずに動きを封じる技があれば。傷つけずに縛りつけることができたならば……)

 手首の傷が人の首を絞めた「縄」を思い出させた。首ではなく、手足を縛ることができたなら殺す必要はなかったのだ。
 
 ……

◆お楽しみに。
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