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第3章 魔術覚醒編

第132話 運の良し悪しを語るのは、持ち駒をすべて使い切ってからだ。

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 その日の午後からステファノの修業が始まった。

 瞑想をやってみろと言われて、ヨシズミの前で我流の瞑想法を披露した。今度は最初からイドの火を結晶として身に纏うイメージで行う。

「ふうん。教わらねぇでやったにしては良くできたノ。したがヨ、それじゃおめェ動けねェベ?」
「え?」
 
 試しにイドの火をイメージしたまま立ち上がろうとしてみたが、ヨシズミが言う通り、身動きが取れなかった。

「それだと甲羅みてェなもんだナ。じっとしてる時ャそれで良いと思うゾ。動くとなったらもうちっとやらこく・・・・しねぇとな」
「柔らかくですか?」

 ステファノは考えた。最初にイメージしたピザ生地の柔らかさではどうだろう?

(薄く、体の上に伸ばしていくイメージで……)

 ヨシズミはステファノの変化を視ていた。

(一言でイメージを変えられるとは……。器用と言うべきか……)

「硬さ」を求めなかった結果、イドの火は薄くしなやかにステファノを包んだ。

「あ、これなら動けます」

 言葉通り、ステファノはゆっくり立ち上がった。

「たまげたもンだな。1日でできるもンでねェンだけド」

 ステファノは右手を顔の前に持ち上げてみた。意識を集中すればイドの存在がわかるが、普通に見ただけではただの「手」であった。

「外から見ッと、今おめぇの『存在』は薄くなッてンノ。いると知ってなければ見えねェ状態だナ。それが『隠形おんぎょう』ダ」

 試みに手を振ってみると、ゆっくり動かす分には良いが、素早く動かすとイドの火が尾を引いて乱れる。

「体の動きにイドを合わせようとすッと、追いつけなくなンだ。イドはおめェの本質なんだから、イドの動きに体を合わせれば良いンダ」

 言われたステファノであるが、これはすぐにはできなかった。

「歩き回るでも、掃除するでも良い。今日1日そのまま体サ動かして、隠形を身につけてみィ」
「わかりました」
 
 返事をしたステファノは、「イドに体を合わせる」という言葉で思い出したものがあった。

 目をつぶり、肩幅に足を開いたステファノは、静かに息を吸い込むと眼を開いてゆっくり息を吐き出した。
 同時に動き出した両手は乱れなくイドの火を纏っている。

(ほう? 意識の質が変わったノ)

 ステファノはマルチェル直伝の「型」を演舞していた。脳裏の中心にはマルチェルの動きがある。その姿はイドの光を纏って輝いていた。
「外から観る眼」はステファノの肉体を映している。一回り大きいマルチェル像にステファノが重なって存在していた。

 心と体がマルチェルのイメージと重なろうとしていた。

(いきなりできるのか?)

 ヨシズミは戦慄していた。言葉ではこうしたら良いと言ったものの今日1日でできることではないと思っていた。

 できるはずがない。

 それは心と体の一致。「身心一如」の体現であった。

 若き日のヨシズミは師について野山に起き伏し、駆け回り、水を潜ってその境地を得た。何十日掛ったか思い出したくもない。己の非才に何度絶望したことか。

 ステファノの体、熟練度ではマルチェルの動きについていけない部分がある。その節目でイドがぶれることがあったが、それ以外ではステファノはしっかりとイドを纏っていた。

 12の動きを終え、ステファノが初めの姿勢に戻った。

「こんなやり方ではどうでしょうか?」

 ステファノは自信なさげに問うた。

「いや、おったまげた。いきなりここまでできる奴なんていねェど。うん。後はそれを続けて自分のもンにしたらいかッペ」

 これは本当に3日で魔法を会得するかもしれないとヨシズミは認識を新たにした。
 
 ステファノはステファノで、今の自分に限界を感じていた。型演舞なら何とか身心一如を実現できるが、自由に動くとなると簡単ではなかった。毎回アドリブでダンスを踊るような精神の集中を強いられるのだ。

 型演舞を繰り返した後、ステファノは自分にとって「慣れた動き」である洗濯や掃除などの家事をこなして身心一如の習得に努めた。

 2日めも午前中は食材採集に出掛けた。この時も2人は「隠形」を行ったまま行動する。
 なるほどこれではヨシズミの存在に気づかなかったわけである。

「師匠、あの赤毛の……コリントか。コリントがやっていたという気配を消す技もこの隠形でしょうか?」
「いや、あいつは丸見えだったッペ? おめェが気づかなかったのは氷魔術に集中してたからだロ」

 ごく普通に静かに動き、呼吸を浅くしていただけだと言う。

「おめェはヨ、観るのは得意なんだから術を使う時でも周りを観る癖サつけた方が良いナ」
「周りを観る癖、ですか?」
「自分のことは外から観えンだッペ? なら、そン時視野を広くして周りごと自分を観たら良いのサ」
 
 これは難しかった。言われていることはわかるのだが、思うように視点が変わってくれない。
 無理に全体を観ようとすると、身心一如が破綻してしまうのだった。

 2日目の午後、前日と同じようにステファノが型演舞の稽古をしていると、どこかに出掛けていたはずのヨシズミが籠《かご》一杯に茶色い物を詰めて帰って来た。

「おう、ステファノ。やってっか?」
「師匠。何を取って来たんですか?」
「こりゃ松毬まつかさだっぺ」
「松毬って、松ぼっくりですか?」

 良いからお前は型演舞の練習をしていろと言われて、ステファノは身心一如に没頭した。

 ステファノの脳裏からヨシズミの存在が消え去った頃、ヨシズミは籠から松毬を1つ取って、ステファノ目掛けて投げつけた。

「あ痛っ!」

 こーんと良い音を立てて、松毬はステファノの頭を直撃した。

「今のが短剣ならおめェは死んでるナ? 松毬でいかッたこと。ほれ、続けろッテ。松毬はまだまだたくさんあッカラ」

 なるほど。こうして邪魔をするために松毬を取って来たのか。
 怒るどころか、ステファノは感心した。食えもしない松毬をわざわざ集めるのは骨だったであろうにと。

 再び型演舞に没入する。松毬が飛んで来る。型の流れを変化させて受け流す。
 さらに型に没入する。松毬が飛んで来る。胸に当たる。
 型に戻る。松毬が飛んでくる。体捌きで交わす。その繰り返しであった。

 ステファノが松毬に撃たれる回数が一段と減った頃、一際高い音が響いた。

 こつーん!

「あ痛ぁああー!」

 ステファノは後頭部を抑えてうずくまった。

「今のは観えなかったッペ?」
「全然わかりませんでした。いたたたた」

 ヨシズミは松毬の表面にイドを纏わせ、硬質化して投げたのだった。

「少ォし真剣味を足してやッペと思ってヨ」
「イドってものに纏わせることもできるんですか?」
「自分から分かれたもンならナ。暫くは効いてるヨ」

 これは厄介だった。石より硬い上に、隠形を施されているので普通では見えないのだ。
 そうかと言って松毬に意識を集中すれば、型の身心一如が疎かになる。

 5回続けて失敗した時に、ステファノは休憩を申告した。

「このままではこぶだらけになるので、ちょっと休みます」
「いいヨ。おめェの好きにしたらいかッペ」

 地面に胡坐をかいて、ステファノは瞑想した。ただやみくもに稽古しても、この壁は越えられない。
 頭を使わなくては。努力とは体だけを酷使することではない。頭と体の両方を使うべきだと、ステファノは考えた。

 (「運の良し悪しを語るのは、持ち駒をすべて使い切ってから」。 そうですよね、ドイル先生?)

 ステファノの瞑想を横目に見ながら、ヨシズミは楽しそうに松毬を拾い集めた。イドをまとわせた松毬は石以上に硬い。それをいくつも受けて耐えている時点で、ステファノは常人の域を超えた防御力を見せているのだが、本人はそれに気づいていない。

 目の前で進歩する弟子の姿を見て、楽しくない師匠などいないのだ。
 さて、次はどんな工夫を見せてくれるのか? これがただの休憩ではないことをヨシズミは知っていた。

(そうか、ドイル先生! あなたのやり方をお借りします)

 ステファノは瞑想を納めて目を開けた。

「ふう。稽古を再開します」

 いつもより入念に呼吸を整えていたかと思うと、ステファノはゆるゆると型の動きを始めた。
 演舞のスピードが先程までと比べてゆっくりしたものになっている。それはマルチェルが見せた「套路とうろ」に似ていた。

(ほう? 何やら気配が変わった。面白いことをやっている)

 ステファノが観えない敵の腕を捌き、拳を入れた。そのタイミングで、ヨシズミは今日一番のスピードで松毬を飛ばした。それも2個。
 先に飛ばした1個にはイドを纏わせず、2個目のみ隠形を施してある。

 ステファノはこれに気づけるのか? 2つを躱せるのか?

 伸び切ったステファノの腕に松毬が迫る。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第133話 相より想を得、因果に至る。ステファノは魔法を得た。」

「見事な術だった」

 ヨシズミは手放しで称賛した。魔法の熟練者なら松毬に対処することは容易たやすかったろう。
 しかし初心のステファノが松毬に気づき、受け止め、そして撃ち返すことまでできたのは見事と呼んでよい結果であった。

「したけど、言いつけ破って術サ使ったから今日の晩は飯抜きナ」
「あ! そうでした。すみません!」

 ふははと笑ってヨシズミは続けた。
  
 ……

◆お楽しみに。
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