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第3章 魔術覚醒編

第129話 ステファノ弟子になる。

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「ギフトってもんはフツーは、1つっことしかできねぇだろ?」
「そのようです」
「それも人によって中身が違うってことで。誰かに教わることも、教えることもできねェ。せっかく工夫さしてもてめェ1人の物として墓に持ってくことンなる」

 確かにそういう部分はあった。普通の技能であれば「集合知」で高めていくことができるのに、ギフトはあくまでも個人技であった。ギフトを鍛える「流派」という物は存在しない。

「そう言われると、厄介な物に聞こえますね」
「厄介だってェ。なまじっか素質が遺伝するってこと知ッちまったばっかりに、貴族だなんて面倒くさいもンを拵えちまッテ……」

 情報は力なり。ギフトの遺伝特質と共に知識を独占した貴族階級は、平民との間に覆しようがない上下関係を構築してしまった。
 限られた少数による知識の独占は、社会の進歩を阻害し、文明の停滞を招いた。

「知識ッてのは広めてこそ進歩するもんだァ。それを止めるってことは、池の水を腐らせッちまうようなもんだッペ」
「ヨシズミさん、あなたは一体どういう人なんですか?」

 粗末な住居に粗末な衣服。ステファノはヨシズミをただの変わり者かと思っていたが、どうやらとんでもない勘違いだったらしい。

「俺か? 俺はただの世捨て人だッペ。何者でもねェ」

 ヨシズミは茶を飲み干した茶碗を片づけた。
 
「俺のことより、おめェのことのが心配ダ」
「俺のことですか?」
「そうだ。おめェ、因果が観えるようになったッペ?」
「はい。わかりますか?」

 ステファノはヨシズミに隠し立てをしようとは思わなかった。逆だ。自分よりはるかに真理の近くにいる人に、すべてをさらけ出して教えを受ける気持ちになっていた。

「そりゃァな。あんな魔力の使い方してたらわかッペヨ」
「相手も自分も死ぬような術を呼んでしまったのはまずかったと思いますが、魔力の使い方そのものがおかしいのでしょうか?」
「何しろ力づくだァ。おめェのやり方はとにかく強い因果を持って来て、その場の因果を塗り込めッちまう。滅茶苦茶乱暴だッペ」

 ステファノ自身が意識してそうしたわけではないが、結果的に力で現実を押しつぶすような術になっていたと言う。

「俺の術は普通の魔術とは違うのでしょうか?」
「普通の魔術なァ。アレも良くはねェけど、やってることの高が知れてッから」
「どういうことでしょう?」
「初級だ中級だって、あッペ? あんなのは大したことねェんだ。元々からそこにある因果とさして違わねェの」

 術の規模のことを言っているのであろうか?

「俺の術はそれとどう違うんでしょうか?」
「おめェのはよ、『絶対に起きねェこと』を持って来てンだ。だからコワいの」
「それは危険なことなんですか?」

「さあな。何が起きッかもわかんねェノ。それがおっかねェンダ。『バタフライ効果』って知ってッカ?」
「聞いたことがありません」
「そうだろな。世界のどこかでチョウチョがヨ、羽ばたいたとすンダ。そのちょっとの風が1万キロも離れたところで台風になるって信じられッケ?」

 納屋を巻き上げる竜巻のイメージがステファノの脳裏に閃いた。

「この世のことはヨ、1つだけで存在するわけでねェのヨ。すべての因果は絡み合い、互いに影響し合ってンダ」

「月」を遠眼鏡越しに眺めた時、ステファノは観たではないか。「この世界全体」が赤い光を発して揺れているのを。

「確定した未来は存在しない。因果を変えるということは、時の流れという無限に重なる積み木の一片を抜き差しするようなものだ」

 ヨシズミは静かに言った。

「崩れたら元には戻せないよ」

 ステファノは衝撃を受け、あえいだ。

「俺は、俺はどうしたら良いのでしょう?」
「道はいつでも2つある」

 ヨシズミの声は優しかった。

「前に進むか、戻るかだ」
「はい」
「戻る道はある。魔術のことを忘れ、ギフトも使わずに静かに暮らす道だ。普通の人生だ」
「はい」
「進む道は険しい。因果の法を学び、術を究めねばならない。そしてお前は戦うことになるだろう」

 ヨシズミは憐れむような眼をしていた。

「戦うとは、何と戦うのでしょうか?」
「世界の因果を乱す者とだ。世間では彼らを『上級魔術師』と言う」
「そんな……」

「白熱」のサレルモ、「土竜もぐら」ハンニバル、そして「雷神」ガル。
 魔術の道を究めた3人と戦うだと?

「すぐには答えは出ないだろう。良く考えるが良い。ここにいる間は、俺が術の制御を教えてやろう」

 その体が初めてイドの光をまとった。赤いほのかな光であった。しかし薄くても揺るぎなく、固めたように硬質な光であった。

「戻る道があると言ったが、おそらくお前が戻ろうとすると邪魔をする者が現れるだろう。ギフト持ちはギフト持ちを引きつける。お前のイドは、別のイドを引きつけるのだ」

 ジロー・コリント。ステファノはあの赤毛の少年を思い出していた。人気のない海岸に現れ、ステファノを攻撃した少年。

「正しく身を守る術を持っていないと、今日のようなことがこれからも起こるだろう」

 ステファノは膝に置いた手を握り締めながら頭を下げた。

「俺にイデアの使い方を教えて下さい」

 そこに覚悟があることを見たのであろう。ヨシズミは頬を緩めて頷いた。

「これも縁だッペ。教えても良いけどヨォ、おめェ時間はあンのか?」

 ステファノは頭の中で計算した。

「えーと、あと7日の間にまじタウンに帰らなきゃなりません」
「全然足りねェな!」

 ヨシズミは頭を掻きむしった。

「とりあえず! ここで3日ばかし稽古サしてけ。そんで3日掛けて呪タウンサ戻れ。そんなら何かあっても間に合うッペ」
「3日で覚えられますかね?」
「できるわけあンメェ、コノごじゃらっぺがァ!」

 ヨシズミの声は大きかったが、もうステファノには怒られているようには聞こえなかった。

「しゃァねェから俺もついてッて、帰る道々教えッから。しみじみ覚えねば、かっくらすからヨ」
「えっ? わざわざついて来てくれるんですか?」

 ステファノは驚いて聞き直した。

「しゃあんめェ。今からかっぽるわけにもいかねェベ。どうせ俺なんかどこサ歩ったッテ変わンねンダ」
「申し訳ありません。食事代と宿代くらいは出しますから」
「おお、そッケ? そしたら掛かりのことはおめェに任すかラ」
「はい、よろしくお願いします」

 妙な師弟が生まれたのであった。

 ◆◆◆

「師匠は普段どういう暮らしをしてるんですか?」

 そう聞いたところ、だったらついて来いという話になった。

「朝はヨ、大体さっきみてぇに海辺でワカメ拾って来ンダ。貝だのウニだのは漁師に悪いンで獲ンねェけど、ここらの人はワカメ食わねェから、ゴミと一緒なンダ」
「うちでは乾燥ワカメを使うことがありましたけどね。生だと食感が違うんでびっくりしました」
「うん? 何だ、おめェンとこは飯屋でもやってンのケ?」
「はい、親父が飯屋をやってます」

 そういうとヨシズミは顔を赤くした。

「いやあ、商売人に恥ずかしい料理サ出しちまったナ。も少しちゃんとしたもン出せれば良かったのニ」
「いえ、十分美味しかったです。あのスープは魚介のスープですか?」
「おお、わかッカ? 煮干しサ自分で作って、出汁取ったンだァ」
「煮干しですか?」
「うん。小魚を茹でて干したもんダ。良い出汁が取れンノ」

 今2人は海ではなく、森を歩いていた。

「森でも食材採取ですか?」
「大体ナ。キノコとか山菜とかナ」
「山菜ですか?」
「わかんねェケ? ワラビとかゼンマイ、ふきだのタラの芽だの、いろいろあんダ」
「森に生えている物なんですね?」

 ヨシズミは背負子に麻袋を載せている。ステファノはいつもの背嚢だ。
 ある意味似合いの師弟であった。

「おめェはヨ、ちょコっと変わってンナ」

 拾った棒切れで茂みをかき分けながらヨシズミは言った。

「そうですか?」

 自分は山芋を探しながら、ステファノはうわの空で答えた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第130話 ステファノは瞑想によりイドの制御に至らんとす。」

 マルチェルに手ほどきを受けた瞑想をしてみようと、ステファノは落ち葉の上に胡坐をかいて座った。

(色は匂えど~)

 目を閉じると自動的に念誦が始まり、イドの火が灯る。

(師匠が纏って見せたイドの火は、俺のとは違って硬くて均一な質感に見えた。まるでガラスのような)

 あれならば魔力の気配を内に留めることができるのではないか。イメージは「結晶化」か。

(いつだったか、ドイル先生が雪の結晶をスケッチしていたことがあったなあ。いろんな形があって驚いたっけ)
 
 ……

◆お楽しみに。
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