飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第3章 魔術覚醒編

第125話 海辺の町サポリにて、ステファノは光のイデアを得る。

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(いろはにほへと ちりぬるを)

 イドの赤い光を観念の中心に置くことは、既に自動的にできるようになった。インデックスを開いて橙の光紐こうちゅうとリンクを結ぶ。

 インデックスは「エバの唇からのぞく白い歯」だった。

「このイメージは変えられるのかな……。新しいイデアを覚える時に考えよう」

 イドの視点から「世界」を観る。ギフトの説明には「相より想を得、因果に至る」とあった。
 現実界の事象が「相」ということであろう。「想」がイデアを指している。ステファノはそう解釈した。

「薄皮1枚のイメージにイデアが現れているはずだ」

 現実の姿に重なるように透けて見えるもう1つの「相」。それを意識する。

『燃焼とは熱による物質の変化だ』

 ドイルはそう教えてくれた。そして熱は至るところにある。火のイデアとは「熱」のイデアだ。

(俺の体にも熱はある。この両手にも……)

 両手を顔の前にかざせば薄皮一枚を現実に重ねたように、橙色のもやがまとわりついて見えた。足元を見れば街道は土がむき出しになっている分、両脇の草むらよりも橙の色が濃い。太陽の光を受けて熱を蓄えていた。

 下りの道はさらに続いて行く。切通しになった曲がり角を抜けると、視界が開けて再び平地と海が目に飛び込んできた。

(だいぶ下まで降りて来たな。半分以上来たかもしれない。勾配も緩くなって来たし……)

 陽も傾きを増し、水面を白く光らせて顔を照らして来る。西に向いているのか。
 そう思った時、雲間を割って太陽が姿を現した。

 雲の切れ目から1筋の光芒が波の上に落ちた。波頭が光を反射し、ステファノの顔を照らす。

(あっ!)

 眩しさにステファノは思わず目を閉じた。オレンジの光が目を閉じて尚、瞼の裏で光っていた。

 ギフトの効果もまた去ってはいなかった。視覚とは関係なく、熱のビジョンを脳裏に描き出している。
 他を圧して強烈な橙に彩られたイデアは太陽であった。

(いけない! 強すぎる!)

 ステファノは慌ててギフトを解除し、二の腕で目を覆った。

(これがドイル先生の言っていた「眼を焼かれる」ってことか? 危ない、危ない。)

 肉眼で太陽を直視するようなものであろうか。あるいは「注視」しているだけもっと危険な、望遠鏡で太陽を見るような行為に匹敵するかもしれない。

「うーん。当面、太陽は観測禁止だね。もう少し小さな熱源を観察しよう」

 そう言いながらもステファノのイドは強烈な光景を意識下に記録した。
 インデックスは「天使の梯子」であった。

「ドイル先生の言葉によると、太陽も『火』と『光』の2属性を持つイデアのはずだ」

 どちらにしても、身の回りに太陽を上回る強さのイデアは考えられない。

「冬の太陽とか、朝日とか、弱いイメージを選ばないと、さすがに太陽は使えないよ」

 ステファノは失念していたが太陽も天体であり物質の1つであった。引力の属性を何よりも強く持った存在でもあるのだ。

 ギフト「諸行無常いろはにほへと」が距離の概念を超越できるものであれば、いずれは「太陽」というイデアを自在に使いこなせる日が来るのかもしれない。「有為の奥山」を越える日がいつになるのか、まだステファノは知らなかった。

 ステファノは「種火」のイデアをくるくるとイドの周りに遊ばせる練習を、下りの道々繰り返すのだった。
 単純作業に没入できるところがステファノの強みであるかもしれない。

 下り坂が終わって里への道が始まった頃には、ステファノは2つのイデアを同時に操ることができるようになっていた。
 2つの光紐を逆向きに周回させたり、軌道上で立体交差させたりと制御の上達に熱中していると、道中の単調さに飽きることもないのであった。

「練習を重ねれば、ガル師のように自由自在な同時行使ができるようになるかもね」

 簡単にできることではないとわかっているが、以前と異なり、そこまでの道のりが見える。歩き続ければ辿り着ける場所としてイメージできるのだ。

 この数日間はステファノにとって生まれ変わったような興奮を覚える衝撃的な日々であった。

 峠越えの疲れなどまったく感じることなく、ステファノが海辺の町サポリに入ったのは夕暮れ時のことであった。

 ◆◆◆

 ステファノは道を尋ねながら町の中心に近い宿屋街にやって来た。サポリは港町であり、旅人や物資が往来する拠点であった。当然宿屋も多い。

 海に面した眺めの良い宿屋は泊り賃が高い。ステファノは海から少し離れた行商宿を探した。
 旅を人生とする者たちが、束の間体を休める場所であった。

 素泊まり風呂なしの宿を見つけると、ステファノは部屋を取り、井戸の場所を聞いて部屋を出た。
 井戸では水を汲み、体を清めて水袋の中身を取り換えた。

 ステファノは荷物を整理すると、宿の親父に食事処を紹介してもらった。
 食べ歩きの旅ではない。美味い物を探して時間を費やすよりも、確実な店を紹介してもらった方が良かった。

 教わった食堂はどこにでもあるごく普通の料理を、ごく普通の値段で出す店だった。ステファノは「ありがたい」と思った。旅人にとって、歩き回らなくても普通の料理を食べられるのは貴重な価値がある。
 そのことに気づいたステファノであった。

 宿に戻り、油代を払ってランプを借りた。部屋でノートをつけるためである。

「今日はいろいろなことがあったなあ。ちょっと危ないところもあったけど、水魔術、土魔術のイデアを手に入れた」

 どうやらイデアには1つの属性であってもいろいろなレベルの物があるらしいことを知った。

「土魔術が『引力』の属性だという仮説も新しい発見だ。これはドイル先生にも意見を聞いてみたいな」

 ステファノはイデアを手に入れた状況と「インデックス」を記録した。太陽を思い浮かべると今でもどきどきするが、ギフトを働かせていなければ何事も起こらなかった。ほっとすると同時に、太陽へのリンクとなるインデックスが「天使の梯子」であることを思い出した。

「あのイデアは『火』だよね。熱は感じなかったけど。『光』なら本当に目を焼かれていたかもしれない」

 光と言えば、ランプも「火」であり「光」であった。

「このくらいの規模だったら、害もなくて便利だ」

 太陽が熱と光を放出しているように、ランプも熱と光を出している。手をかざせば熱を感じることができた。

(いろはにほへと~)

 体に染みついた「念誦」を行ってみる。かざした手の熱とそれを温めるランプの熱。2つの熱がイドのビジョンに映っている。ドイルが言っていた……。

『熱とは振動であり、運動が起こすものだ。運動とはエネルギーだ。太陽の光もエネルギーを伝える波動であるはずさ』

「ランプの光も俺の手にエネルギーを伝えている。波動、そして振動……」

 火属性が熱であるならば、それは振動であり波動なのかもしれない。

「じゃあ、火魔術とは振動を起こせば使えるのか?」

 ステファノが辺りを見回すと、喫煙者のための灰皿があった。そこに、ズボンのポケットから糸くずの塊を取り出して入れる。

「今度は手を触れずに火を起こしてみよう」

 小さく、小さく。糸くずに火が着くだけの小さな熱を。

 ステファノはあえて両手をテーブルの下に下ろし、灰皿の糸くずを見下ろした。

「『天使の梯子』が火魔術のインデックスであるならば、その一筋、蜘蛛の糸一本分をイメージしよう」

 光の糸、それは橙の光紐を形作る一筋の光でもある。その意図が巻きつき、震えるイメージを。
 ステファノにとって振動とは「音」であった。

「あさきゆめみし ゑひもせす ん~」

 声に出して「ん」の音を長く震わせてみた。すると――。

 竪琴の弦をはじいたように、光の糸がぼやけて震え、橙の光を明滅させた。
 ステファノの声に共鳴するかのように、光の糸から竪琴の響きが返って来る。

 ィイイイイーン……。

 耳ではなくビジョンに響くその「音」は、ランプの光よりも明るく輝いていた。

 しゅごぉおおおおお……。

 現実の音を立てて糸のように細い炎が灰皿から吹き上げた。
 一瞬で糸くずを燃やし尽くして、炎は消えた。

「うん? どうした?」

 糸くずの炎は消えたが、光は消えなかった。糸くずを燃やし尽くしてなお残った光の糸は紫に色を変えてその場に渦を巻いていた。

「これは……『光のイデア』か?」

 恐る恐るステファノは灰皿に手をかざした。熱は……感じない。光である以上熱と無縁であるはずがないが、ごくわずかにしか熱を発していないのだろう。

 ステファノはランプの灯を吹き消した。

 暗くなった部屋の中、灰皿の中央が光っていた。

「魔術の光だ。光よ、震えろ」

 紫の糸が太さを増し、姿をぼやけさせて震えた。そこに、光があった。

「おおっ! まぶしい!」

 そこに火はなく、熱もほとんどない。白く、雑味のない光が部屋全体を煌々と照らしていた。

 ステファノは「光」のイデアを得た。インデックスは「アポロンの竪琴」であった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第126話 赤髪の美少年現る。」

 岩の表面が乾いた音を立てた。うっすらと白い霜をまとい始めたようだ。
 今度は直接触らぬようにし、ステファノは海水を手に掬って岩にちょろちょろと掛けた。

 すると、掛ける側から海水は凍りつき、つららのように盛り上がった。

「へーっ。こんな風に冷えるんだ。冬の地面より冷たいんじゃないか?」

 岩の周りに薄く氷が張り始めた。

 パチパチパチと、拍手が聞こえた。
 振り向くと、見知らぬ少年がそこにいた。
 
 ……

◆お楽しみに。
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