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第3章 魔術覚醒編

第124話 土魔術とは引力だ。土の魔力は周り中に満ちている。

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 現実は不動のように見えて、変化への揺らぎを内包している。揺らぎを、「可能性」を結果への引力と観ることはできないか?

(山と平地は「隆起」あるいは「浸食」というリンクでつながれている。俺に必要なのはそのリンクを可視化することだ!)

 手掛かりは得た。きっかけさえあればステファノは土魔法のイデアを得られるだろうと実感する。
 もう一歩だ。もう一歩踏み出せばそこにイデアはある。

 目を上げると、道の先に空が開けていた。気づかぬ間に峠を登り詰めていたのだった。

(順調、順調。これなら日暮れまでに下山できるぞ)

 ステファノは疲れも見せずに、坂を登り切った。眼下に広がる景色は来し方とはまるで違う風景であった。

「うわあ。岩山じゃないか? あんなにたくさん! まるで塔のようだ。あれを全部、雨水が削り取ったんだろうか?」

 何百年、何千年にも渡る自然の営為が造り出した奇観であった。

 針のように尖った岩山が一面の大地に突き立っている。そのはるか向こうに、傾きかけた陽光を受けて白く輝く海面があった。

「いやあ、すごい景色だ。これは登って来た甲斐があったな」

 足を停めたステファノの顎を伝って、汗がぽたりと足元に落ちた。
 何気なくそれに目をやったステファノの時が停まった。

 この一滴が岩を削り、砂を運んで海へと到る。何千年の営為は、ただその繰り返しである。

 その「事実」をステファノのイドが観た。
 地面に落ちた汗の染みは赤色の光を帯びて、大地に広がる。そこに時の経過はない。

 可能性の一端として、ステファノの眼には浸食され爛れたような岩肌を見せる岩山の姿が観える。針山を残して空虚となった峡谷が足元に観える。

 轟轟ごうごうと流れ行く、濁流が観えた。

 濁り水は緑の光をまとっていた。
 ステファノのイドに「水」のイデアがインデックスを刻んだ。インデックスは「一粒の汗」であった。

 緑の光が収まると、フィルムを逆回しにしたように濁り水が逆流し、峡谷が平地に戻る。
 そこには何1つ変わりない風景があった。

「……これがイデアか」

 山に来て「水のイデア」を得るとはなと、皮肉な巡合わせにステファノは鼻白はなじろんだ。

「じゃあ、海に出たら『土のイデア』と巡り合うかもね? それとも『火のイデア』かな? まあこだわる必要もないか」

 そもそも距離も時間もない世界の話なのだ。どこに行こうと、本来は関係ないはずであった。

「ドイル先生に言わせると、俺の『検索能力』の問題だっていうことになるんだろう」

「場数を踏むしかないかもね」

 水袋から水分を補給し、背嚢を背負い直すと、ステファノは岩谷方面への下り道を進み始めた。

「色は匂えど 散りぬるを~」

 誦文は意味あり成句に切り替えている。

 中腹以降の道は両側が切り立った岩山の間を下って行くことになった。
 異空間に入り込んでしまったような不思議な感覚に襲われる。

(こんな場所があるなんて知らなかったよ。何だろ? 心の地平が広がるような気がする)

 世界は広いが、普通の庶民が旅をすることなど滅多にない時代であった。
 そう言えば、まじタウンに出て来るまでステファノはほとんど故郷の町を離れたことがなかったのであった。

(ドイル先生は、いろんな場所へ旅したと言っていたな。俺もいつか行ってみたい)

 見渡す限り水面と空だけが存在する大海に船を浮かべたらどんな気持ちになるのだろうか? 海の底はどうなっている? 空の上は?

(空の上は無理かー。空を飛ぶ魔術はないそうだから。牛みたいには飛べないよ。……牛?)

 ステファノは頭をよぎった妙なイメージを振り払った。

(しかし、人に会わないもんだな。徒歩で旅する人は少ないと聞いてたけど)

 徒歩で旅すればどうしても野宿が必要になる。獣や盗賊、天候不順など、旅の困難が旅人に襲い掛かる。
 普通は、よほどに旅慣れた人間でなければ耐えられるものではなかった。

 ステファノが通っているのは徒歩の人間が使う峠道であった。馬車が通る道は急な峠を避け、山裾を迂回するように遠回りになっている。

 徒歩で歩く道と行っても、山頂から一直線に下っている訳ではない。斜面をつづら折に下りて行くので、ずいぶん距離を無駄にする。

(それでも下りだからな。登りに比べれば楽なもんだ)

 100メートルを登るためには、50キロの体重を100メートル持ち上げなければならない。考えてみると大変なことであった。

(50キロの荷物を50センチ持ち上げるだけだって大変なのに、100メートルって、えーと……200倍じゃないか!)

 高低の差は途方もないエネルギーを意味することをステファノは実感した。

(えっ?)

 踏み出した足が大地に赤い波紋を広げる。ステファノの時が静止した。

 地震の前に聞こえる地鳴り、だんだん近づく轟音に包まれながら足元の地面が盛り上がるのを感じる。ついに体ごと突き上げられ、大地が100メートルの高さにせり上がる。山肌に青い輝きが広がる……。

「有為の奥山 今日越えて~」

 青い光が光紐となってイドの周りに収束した。

「浅き夢見じ 酔いもせず~」

 青い光紐は「足跡」というインデックスをイドに刻んだ。

「ん~」

 誦文を納めると共に輝きは収まり、ステファノの前には何事もなかったように峠道が続いていた。

「そうか。土魔術とは引力だ。土の魔力は周り中に満ちている」

 だから術としての間口が狭いのにもかかわらず、1つの属性として確立されているのだと、ステファノは納得した。

 足元に転がる石ころ、その1つにステファノは意識を集中した。

「うゐのおくやま~」

 青い光紐が石に巻きつき、まばゆい光を発した。そして石が消えた。

 どーん……!

 山肌に爆発が起きた。鼓膜を震わせる大音響が山間やまあいにこだまする。

「えっ! 何?」

 とてつもない速度で打ち出された石ころが、運動エネルギーを熱と音に変換した結果であった。
 それはまるで至近距離で打ち出された「隕石メテオ」のようだった。

 山肌は爆発で吹き飛ばされ、直径3メートルのクレーターになっている。

「嘘でしょ? こんな土魔術聞いたことがないよ?」

 ステファノは顔面を蒼白にしておののいた。

「いやいやいや。まずいだろ、これ?」

 思わず左右を見回してから、ステファノは走るようにその場を離れた。

(何で? 何であんなことになった? 威力がおかしいでしょ?)

「はあ、はあ……」

(イメージの問題か? 大地の高低差を想像していたから?)

 大地の質量がエネルギーを規定したのだった。ステファノ自身の体重をイメージするくらいなら、石ころの威力ははるかに少なく抑えられたはずだ。

 すっかり息が上がってしまったステファノは木陰に腰を下ろし、水で喉を潤した。

「あー、びっくりした。周りに誰もいなくて助かったよ。大騒ぎになるところだった」

 手拭いで汗を拭い、ステファノは気を落ちつけて歩き出した。

「種火に微風そよかぜに水と土か。ここまでに4つの属性を覚えたはずだ。風と土は威力が強すぎたけど」

 水はまだ試せていない。今の土魔術を見ると、水魔術も嫌な予感がする。
 慎重に場所を選んでから試した方が良さそうだった。

「適当な威力にコントロールできないと、危なくて人に見せられないよ」

 今回の旅ではそういう「試射場」のような場所を探すことも、目的の1つになりそうだった。

「こうなってみると、違う意味で初級魔術の勉強がしたくなるな。種火の術みたいに安全な術をたくさん知りたいよ」

 少し前までは考えられなかった、ぜいたくな悩みをステファノは口に出していた。初級魔術を覚えられるかどうかも不安であったのに。

 アカデミーの面接では種火の術を披露すれば大丈夫だと思っている。そのためには今から十分な練習をしておきたいのだが、さすがに山の中で火を使う魔術は使えない。

「イメージだけ動かしてみるっていうのはどうだろう? ガル師のデモンストレーションは本物の火を使っていたけど、火を出す手前で止めることができれば」

 イデアを掴まえるところまでで術を停めて、「果」を呼び出す前に術を消す。

「これを念誦でやってみよう」

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第125話 海辺の町サポリにて、ステファノは光のイデアを得る。」

(いろはにほへと~)

 体に染みついた「念誦」を行ってみる。かざした手の熱とそれを温めるランプの熱。2つの熱がイドのビジョンに映っている。ドイルが言っていた……。

『熱とは振動であり、運動が起こすものだ。運動とはエネルギーだ。太陽の光もエネルギーを伝える波動であるはずさ』

「ランプの光も俺の手にエネルギーを伝えている。波動、そして振動……」

 火属性が熱であるならば、それは振動であり波動なのかもしれない。
 
 ……

◆お楽しみに。
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