飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第3章 魔術覚醒編

第121話 これもまた「身心一如」。世の中に無駄なことなど無い。

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 少女の名前はローラ、年は12歳ということだった。馬車の中には弟のテオドールが乗っているらしい。
 大人は同行していないと。

「それは無茶じゃないか? 街を離れたら危険もあるし」
「お隣の町までなら大丈夫だと思ったのよ。何度も行ったことがあるし」

 本当は店の者が御者として同行する予定だったのだが、出発直前にトイレに行った隙にローラが馬車を操って出発してしまったらしい。とんだお転婆だと、ステファノは呆れた。

 ローラは洋服店のお嬢さんらしい。まじタウンでも5本の指に入る大店だと言う。

「お転婆にも程があるよ。街の外には危険がたくさんあるんだから、子供だけで出掛けるなんて絶対だめだよ」
「……子供じゃないもん」

 ほっぺたを膨らませてローラはすねるが、それが子供の証拠だとステファノは受けつけない。

「大人は街道の真ん中で立ち往生したりしないよ。それから家の人に無駄な心配をさせたりもね」

 ぐすんと鼻をすすって、ローラは大粒の涙をこぼした。

「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」

 素直なところもあるじゃないかと、ステファノは少しローラを見直した。

「しばらくすればお店の人が探しに来てくれるとは思うけど、こんなところで立ち往生していたら盗賊が出ないとも限らない。馬車を直して、街に戻った方が良いね」
「でも、どうしたら良いか……」
「大丈夫。俺が直せるから」
「えっ? できるの?」

 壊れたと言ったが、実際はそうでもない。

「まず、馬が引き綱から外れちゃったんだろ?」
「そうなの。馬車が揺れたはずみに外れちゃって」
「引き綱が古くなって弱っていたんだろうね。応急措置だけど何とかつなぎ直せるよ。スピードは出せないし、長い間は持たないけどね」

 ダールに教えてもらったおかげで、馬のつなぎ方はわかる。左右のバランスを取りながら切れてしまった引き綱を短くして、何とか馬車に繋ぎ直すことができた。

「さて、残るはこの泥濘ぬかるみだね」

 夜の間降り続いた雨のせいで、街道の真ん中に大きな水たまりができていた。ちゃんとした御者であれば水たまりを避けて馬車を走らせたのだろうが、ローラにはそんな知識がない。そのまま突っ込んでしまったところ、泥濘に車輪がはまってしまった。

 慌てて馬に鞭を入れたら、今度は引き綱が切れて馬車が横を向いてしまったのだ。

「馬車の道具を使わせてもらうよ」

 こんな時のために、馬車の後部には砂袋か土嚢を積んでいる。泥濘に敷いて車輪を脱出させるのだ。
 手足が汚れるのも構わず、ステファノは泥濘に跪いて砂袋を車輪の前に突っ込んだ。

「よし。これで動かせると思う。ローラとテオドールは危ないからちょっと離れていて」

 2人を馬車から遠ざけると、ステファノは御者台に乗り込み手綱を取った。

「ほーい、ほい。ゆっくり引いてくれ。そーれ。ゆっくりだ」

 砂袋に乗り上げて車輪は大きく持ち上がった。馬の脚も滑るが、何とか踏みこたえ、馬車は砂袋を乗り越えた。

 ステファノはゆっくり馬車を回し、呪タウン向けて街道に戻した。

「どう、どう! よーし。良い子だ。オッケー、2人とも馬車に乗って!」
「うわー、すごい! 馬車が直った! 魔術みたい!」
「これが魔術なら、馬丁はみんな魔術師だよ。さあ、みんなが心配しているから街に帰ろう」

 ステファノはゆっくりと馬を歩かせた。急場しのぎの応急修理がいつだめになるかもわからない。焦っても無理は禁物であった。

(半日無駄足になっちゃうけど、急ぐ旅ではないから良いさ。この子たちを助けられたのは運が良かった)

 そう考えたら、ステファノは気が楽になった。姉弟2人の安全の方が、自分の目的よりも大切に決まっているじゃないかと。

「すごいね! ステファノはすごいね!」

 テオドールが馬車の窓を開けて首を突き出した。

「揺れると危ないから座ってな、テオドール」
「うん! わかった!」

 テオドールは8歳だそうだ。馬車の中にいたのだが、姉の不安が移って心細い思いをしていたらしい。
 段取り良く泥濘を脱出したステファノの手腕に感動していた。

「ねえ、ねえ、ステファノは魔術師なの?」

 姉の言葉が聞こえたのか、テオドールは勘違いをしているらしい。

「俺は薬屋の使用人さ。魔術師じゃないよ」
「魔術は使えないの?」
「うん。使えないよ」
「ふーん……」

 テオドールは不満を覚えたようだが……。

「でも、魔術が使えなくてもステファノはすごいね! やっぱり、きっと魔術師だよ」
「じゃあ、『魔術の使えない魔術師』かもしれないね?」

 ステファノはテオドールの思いを否定せず、ふと思いつきの言葉を発した。

(「魔術の使えない魔術師」か……。案外そうなのかもな。それでも良いか?)

 肝心な時に大切な人を守れれば……。

(使う術はどんな術だって良い。魔術じゃなくても……)
(おっと、忘れてた。念じゅ、念誦。これも身心一如か)

(「わかよたれそ~ えつねならむ~」)

 ステファノは応急修理をした引き綱に意識を集中する。手で結び目を作ったつなぎ目にほんのりと紫の光がまとわりついて見える。

(長くは持たないけど、ゆっくり進めば街までは持ちそうだ)

「あ~あ。お母さんに怒られるだろうなあ」

 後ろからは開け放した窓を通して、ローラのぼやきが聞こえて来る。

「心配掛けたんだから、素直に謝るんだよ」

 子供だから間違ったことをすることもある。だが、過ちを認める気持ちがなければろくな大人になれないぞと、ステファノは周りの大人から言われて育った。
 きっと、ローラは今がそういう時だろう。

「うん。わかってる。テオドールを怖い目に合わせたし、ステファノにも迷惑を掛けちゃった」
「迷惑?」
「だって、折角街から歩いて来たのにわたしのせいでやり直しでしょ?」
「俺のことは気にしなくて良いよ」
「どうして?」

 ステファノは本気だったが、どう説明しようか躊躇した。

「急ぎの用じゃないしね。どうせ今晩は野宿だし。馬車の操縦は楽しいし。ローラとテオドールに知り合えたし……。どちらかと言えば、得をしたんじゃないかな?」
「え? そんなことあるかしら?」

 子供にとって「やり直す」ことは途方もない無駄に思える。自分でさえ街に戻るのは面倒なのに、関係のないステファノが平気そうにしていることが、ローラには不思議でならなかった。

「やり直しって無駄のように見えるけど、1度できたことだからね。2度目はきっと、1度目よりも簡単にできるさ」

 行きと帰り、街から1時間の道程をステファノは2度通ることになった。2度目は逆向きに馬車で行く。

「逆から見たらこんな風に見えるのか。馬車で走るとこんな感じなんだ。そう思って進めばちっとも飽きないよ」
「ふーん……」

 ローラはまだ納得できなかったが、ステファノが言う「物の見方」が自分とステファノの間にある「差」なのだろうと、何となく感じた。

「わたしね。隣町のおばあさんをお見舞いに行きたかったの」
「へえ。お婆さんは病気?」
「転んで腰を打ったんだって。起きるのが大変だって聞いたので、お料理を買って行って上げようと思ったの」

 ローラが街を出た理由はとても優しい理由だった。

「それならお店の人と一緒で良かったね」
「1人で来たらおばあさんがびっくりして、喜ぶと思ったの」
「そりゃ驚くだろうけど……。帰りのことを考えたら、心配するよ?」
「あ、そうか……」

「1人じゃないもん! ボクも一緒だもん!」
「……そうよね。テオドールが一緒だってこと、考えてなかったわ。ごめんね」
「いいよ。今度行くときは、ボクも前の席に座らせてもらうんだ」
「テオドールは前に座りたいのか……?」

「どーう、どう、どう……。いいよ、テオドール。馬車を降りて前に回って来な」
「えっ? 上に上がっていいの?」

 目を輝かせてテオドールは助手席に上がってきた。

「うわー! 高い! 2階に座ってるみたいだ」
「走り出したらきょろきょするなよ? 馬車が跳ねたら振り落とされるからな」
「わかった」

 15分ほど進んだところで、街から2頭の馬が走って来た。

「止まれーっ!」
「お嬢さん!」

「カイト! ウィル!」

 ステファノは道を外れて馬車を停めた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第122話 世界は揺らぎ、赤い光を帯びていた。」

 ステファノはまだ幼かった頃に、竜巻を目撃したことがある。土を、木々を巻き込んで天空へと立ち上る黒々とした渦であった。生き物のようなその螺旋は畑や牧草地を蹂躙し、農場の納屋をおもちゃのように大地からむしり取った。

 めりめりと捩じられ、バラバラにされながら上空へ登っていく納屋の姿にステファノは呆然と見惚みとれた。悲痛な鳴き声を上げながら、1頭の牛が巻きあげられ、やがて宙に投げ出された。

 その夜、幼いステファノは黒々とした螺旋を夢に見て、熱にうなされた。
 
 ……
  
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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