上 下
118 / 629
第3章 魔術覚醒編

第118話 法則を理解し、プロセスを再現することができなければ、事象を支配したことにはならない。

しおりを挟む
「魔力がイデア同士が引き合う力だとしたら、自分が視ている光は何なのでしょう?」

 ステファノは疑問を口にした。自分がやっていることは魔術ではないのか?

「うーん。僕は見ていないし、見えもしないだろうから断定はできないけど……。プロセスのビジョン化かなあ?」
「プロセスのビジョン化」
「うん。現実界とイデア界のやり取りって抽象的でしょう? そもそも目に見えない、知覚できない物を扱おうとしているわけで。それを可能とするために、イドが創り出したビジョンじゃないかな」
「俺自身があの映像を創り出している……?」

 ステファノは思い出してみる。ギフトの力を行使しようとする時、自分はどうしていたか?
 その存在を「眼」で観ようとしていた?

「ふうむ。普通の・・・魔術師には見えていない訳ですな。ステファノが観ているビジョンとやらは」
「そうだね。何人もの魔術師に聞いたけど、彼らは何も見てはいないよ。『ただ、結果だけがある』という状態さ」

 ガル師が言っていた。

「お主、人に息の仕方を教えられるかの? ワシにとって魔術とはそういうもんじゃ」
「これが魔術に愛されるという事よ。気合も力もいらぬ。思い一つで、術が成る。それができてこその上級魔術師じゃ」

 ステファノはなおもドイルに食らいついた。

「では……では、ギフトとは何ですか? 旦那様、ネルソン様はギフトにも魔法と同じ『魔力』が診えると仰っていましたが?」
「うん。ギフトなら僕にも備わっている。それが目に見える物であれば僕に見えてもおかしくない。だが、実際には何も見えない。自分のギフトも、他人のギフトもね」
「そう言われると、自分も他人のギフトは見えません」
「ネルソン君が診ている物は恐らく彼のギフトが創り出したビジョンだろう。だから、他人には同じ物は見えない。そして魔術とギフトが同じ光を示しているのだとすれば、それは……」

 ドイルはもったいぶるように呼吸を継いだ。

「それは等しく『イデア界に働きかけるプロセスの発動』だからなのだろう」
「魔力ではない……」
「すべてのイドもまたイデア界の住人なのだよ」

自分イドもまたイデア界の住人であると?」

 阿吽の間にいるのはイドである。
 
「先夢見じ もせず」

 それは自分にも当てはまる。時間も変化もない世界。

「ギフトとはイデア界の法則の一部を現実界で利用することだ。『距離も時間もない世界』のほんのひと欠片をこの世に持ち込むのさ」

 ドイル自身のギフト「タイム・スライシング」は時に関するギフトだ。時を細かく区切り、同時並行的に思考を行うことができる。時のないイデア界と現実界とのリンクを細かく断続することによってイドはそれ並列処理を実現しているのではないかと、ドイルは考える。

 マルチェルの「邯鄲かんたんの夢」は引き延ばした時間軸で「知覚」を可能にする。これはイデア界での事象関連性(前後の変化)を現実界から観測することにより実現しているのではないか?

 ネルソンの「テミスの秤」はそのようなイデア界と現実界のリンクを可視化する。

 ならば、ステファノの「諸行無常」は何を行うものか?

「先生、自分は『偶像』として『始原の光』を心の中心に置き、魔力の発動を願いました。これはイデア界とどう関わっているのでしょうか?」
「……面白いね。君のギフトは世界を越えて・・・・・・イデア界を直接観察している可能性があると、僕は思うね」
「イデアを直接観るギフト?」
「まだ不完全だがね。ギフトが成長すればやがてそういうことが起こるだろう」
 
「いろは歌」は歌う、「有為の奥山 今日越えて」と。
 いつかステファノのイドがイデア界に渡る瞬間が来るのであろうか。
 
 概念の上ではすべての事象はイデア界に存在する。それを認識すること・・・・・・が世界を渡ることに相当するのかもしれない。すべての瞬間のすべての物、すべての事象が1点に集約したイデア界を、人の知性は認識できるのであろうか?

「おそらくそのままでは君はイデアを認識できない。シェードを掛けないと眼を焼かれるだろう」

 ドイルは平然と恐ろしい予言をした。

「たぶんシェードを得るまでイデアを観る目は開かないだろう。ギフトというシステムは誰かが与えた物のようだから、それくらいの気遣いはしてくれていると思う」

 怖がらせた後でそんなあやふやな話をされてもと、ステファノは困り顔であった。

「慌てずにギフトと向き合うが良いよ。機が熟せば、ギフトは自ら花開く」

 ドイルは年寄りじみて聞こえるアドバイスをステファノに寄越した。自分に似合わぬことを知っているのであろう。言いながらちょっと照れた様子を見せる。

 ふと、真顔に戻ってドイルは言葉を足した。

「あ、そうそう。君が使ったという『種火の術』ね。それは魔術じゃないよ」
「えっ!」
「魔術にしてはプロセスが複雑すぎる。そんな面倒くさいことをあの連中がこなせるものかね。君のは魔術とは全く違うユニークな現象だ」
「そんな……。やっと魔術を使えたと思ったのに」

 ステファノは心底衝撃を受けていた。あれは何だったと言うのか?

「ショックを受けるのはおかしいよ? 君のギフトは魔術なんかより何倍も貴重な物なんだから。これはまだ推測というより僕の勘だが、君のギフトを正しく使えば『魔術にできることはすべてできる』と思う」
「は? それって魔術と同じじゃありません?」

「馬鹿なことを言ってもらっちゃ困る!」

 その時だけはドイルに年相応の威厳が満ちた。

「結果だけを見て物事を判断してはいけないよ。それは『どんな料理も糞になったら同じだ』と言っているようなものだぞ」
「あっ! すいません!」

 ステファノは首をすくめて謝った。
 バンスのげんこつが飛んで来るかと思った。

 それは料理人なら絶対に口にしてはいけない言葉であった。

「覚えておきたまえ。法則を理解し、プロセスを再現することができなければ、事象を支配したことにはならない」
「はい」
「結果なんて物は……後からついて来るものさ。何ならついて来なくたって構わない」

 それは学者としてのプライドなのであろう。ドイルが譲ることのできない筋道。
 彼の生き様とも言える信念の吐露であった。

「僕が正しいことは僕が知っている」

 そう言って、ドイルは残りのドーナツにかぶりついた。

 これもまた、凄まじい生き様だ。ステファノはそう思いながら、己のことを考える。

 ドイルの言葉によれば、自分が行ったのは魔術ではない。では、自分は魔術師失格なのであろうかと。
 結果が同じなら良いという考え方は良くないとドイルは言うが、アカデミーが求めるものはどうであろうか?

 おそらくあの「種火」を見せれば、自分はアカデミー入学を許されるであろう。
 それは間違ったことなのか?

「価値」で考えれば、「同じ結果をもたらす物」は等しく同じ「価値」を持つべきではないか?
 芋から作ったでんぷんでも、トウモロコシから作ったでんぷんでもでんぷんには違いはない。用が足りれば良くないか?

 ちょっとズルい考え方かもしれないけれど。

 とにかく自分に与えられた「魔術」はこれなのだ。これでどれだけのことができるか、それを突き詰めてみよう。ステファノはそう心を決めた。

 ステファノは薄々気づいていた。

 ドイルの理論が正しければ。そしておそらくそれは正しいのだが、自分には「いわゆる魔力」がない。
 ドイル流に言うならば、自分の近くには利用可能なイデアの因果がない。

 だから「普通の魔術」は発現しないのだ。

 ステファノが「魔術」を使うには、違うプロセスでギフトを働かせるしかない。
 なぜそれで「魔術」と同じ現象を起こせるのか、ステファノはまだ知らない。

 ステファノにとっては、それを知ることが魔術への道なのだった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第119話 ステファノよ、世界を観よ。」

 当てずっぽうですまないがと断りながら、ドイルはひとつの提案をした。

「実物を観たらどうかな?」
「実物を『観る』?」

「今の例で言えば『火山の噴火』さ。現地に行って実物をギフトの眼で観るんだ。誦文を行いながらね。目的は噴火のイデアを直接観測すること」
「そんなやり方って、あるんですか?」
「どうかな? 僕は魔術師じゃないからね。あくまでも想像さ。でも、君の適性には合っていると思うね」

 ……
  
◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...