上 下
105 / 624
第3章 魔術覚醒編

第105話 ギフトは詠唱に乗り7つの波動を呼ぶ。

しおりを挟む
 意識して「視る」ようになったので気づけるようになった。
 木箱は暗がりでささやくように、ほんのわずかな光をまとっていた。

 中心はほんのり薄赤く、周りの部分は薄い紫がちらついている。

 シャーン……。

 はっきりとした鈴の音が、ステファノ脳裏に響き渡った。

「この箱に何が入ってるんだろう?」

 この部屋に置いてあるものは何でも読んで良いと、ネルソンの許しは得ている。
 ギフトに導かれるままステファノは安物の木箱を棚から取り出し、机まで運んだ。

「これ……。このまま机の上に置くのは良くないよね」

 傷や汚れがつきそうだ。木箱は一旦足元の床に下ろし、中身だけを取り出すことにする。
 ステファノはポケットから手拭いを取り出して机の表面に広げた。

「さて、何が入っているのかな?」

 蓋を取り除けてみると、箱の中身は書籍とは言えぬノートやつづり帳であった。
 試みに1冊ノートを取り出してみる。

「~魔力の本質と正しい応用方法に関する一考察~」

 汚い字で表紙にタイトルが書かれていた。その下に書かれた著者名は――ドイル。

「ええー? あの先生のノート? ずいぶん古そうだけど……」

 ステファノは箱の中身を取り出して、「目録」を作ることから整理を始めた。
 ノート類の大半は先程の「一考察」を構成する分冊であった。内容的に「一考察」の裏づけを取ろうとしていると思われる実験ノートなども含まれていた。

 綴り帳は研究日誌のような記録に見えた。

 そして最後に、閉じられてもいないばらばらの紙片が箱の奥底に重なっていた。紙片については余程急いでいたか、あるいは興奮して書いたのか、ちょっと見ただけでは何が書いてあるのか読み取れない。

 だが、ステファノの「眼」には乱雑な紙片の束がどのノートよりも強く、色濃い光をまとっているのが見えた。

「『ドイル先生』が書いた物なら無意味な物ではないはずだ。きっと魔力の本質に迫る論文なんだろう」
「この論文を読み解くことがこの1月、俺のテーマになりそうだな」

「だけど、どうしてこんな原稿みたいなものが旦那様のところにあるんだろう? ご本人の手元とか、アカデミーの図書館とかならわかるけど……」

 機会があればネルソンに尋ねてみよう。そうステファノは心にメモした。

「歌に乗せるとギフトを使い易いというのは普通のことなんだろうか? これも聞いてみよう。旦那様かマルチェルさんなら教えてくれそうだ」

 考えてみれば、魔術師は術の行使に当って呪文を詠唱すると聞く。「決まり文句」を読み上げるものだと思っていたが、「詠唱」というからには歌であっても良いのかもしれない。
 詠唱とは、そもそもが「歌」であった可能性もあるように思えた。

「決まり文句にしろ歌にしろ、意識の外で紡げるという利点がありそうだ。現に俺はギフトを使いながら、探し物をするという『意識の分割』ができた」

「ガル師はほとんど詠唱をしていなかった。あれは詠唱に頼らなくても『思考』を分割できるからだろう」

 そう考えると、あの指先で踊る炎が高等技術であるということがわかる。1つでもたいへんな魔術行使を10個も並行して走らせ、交錯させる。それを無詠唱で軽々と。

「そうか。あれは魔術が高尚なのではなく、『魔術制御』が超一流だったんだ!」
「エバさんのはほとんど声が出ていなかったけど、唇は動いていた。あれは『無詠唱』ではなくて、『無声詠唱』と言えば良いのかな?」

 ステファノは発見と思いつきをノートに記録する。ペン先が紙の上を滑る時、インクが繊維を染めながらかすかな光を発していた。糸のような細い輝きが、文字の線に沿ってペン先を追って立ち上る。

「これもギフトの効果なのか? 今までは見えていなかっただけなのか、それともギフトを得たから光るようになったのか?」

 どちらもありそうなことであった。問題はどういう効果を伴っているかであった。

「ノートだからなあ……。何か力を出せる訳ではないし。物覚えが良くなるくらいしか思いつかないや」

 ペン先の光は、「ギフトの言葉・・・・・・」である「諸行無常」と「いろはにほへと」を書き込む際、他の文字と比べ物にならないほど強くなった。

「うーん。やっぱり特別な言葉なんだろうか? 東国の……宗教? 知らない神様の言葉が、どうしてギフトと関係しているんだろう?」

「色は匂へど、散りぬるを」

 ギフト名を唱えた時に閃く言葉。「いろはにほへと」とはわずかに発音が異なる。同じ言葉になぜ異なる2つの発音があるのか? 「いろはにほへと」とは特殊な読み方なのか?

 試みに、詠唱の言葉を換えてみた。

「い~ろ~は~に~ほ~へ~と~、ち~り~ぬ~る~を~……」

 この読み方では言葉の意味が薄くなり、「音」の連なりとして意識に響いてくる気がした。
 ステファノは先程までつけていた抑揚を取り払い、1文字ずつ平らに引き延ばすような詠唱にしてみた。

 響く。

 音ではなく、文字がステファノの体内に響く。

 瞑想の終わりに感じた「波動」が体の芯を震わせるような感覚であった。明るく、暗く。強く、弱く。鳴動する。

 ノートに記した文字が鳴動する。光となって波打つ。
 ステファノの詠唱に共鳴する。光が聞こえる。

 いろはにほへと、ちりぬるを。

 その文字が聞こえた。それは声ではなかった。男の声でもなく、女の声でもなかった。
 大人の声でも子供の声でもなかった。

 文字の波動であり、概念そのものであった。

諸行無常いろはにほへと」の概念そのものが、「いろはにほへと、ちりぬるを」の光となってステファノの本質ひかりと共鳴した。

 光は今や糸となり風となって、ステファノの周りを浮遊する。踊り、漂う。
 ほのかな赤と、紫の光の舞であった。

「赤と……紫。虹の外縁だ。両端の色。始まりと終わり。これは……」

 ステファノの魂が鳴動する。共鳴に揺さぶられていた。

「これだけじゃない。ギフト諸行無常にはまだ先があるんだ」

 光の線が乱舞する。「虹」を意識してみれば、「色」は赤と紫だけに止まらなかった。
 橙、黄、緑、青、藍。

 それぞれの色が鳴動し、脈動する。7色が世界を形成する。

 そこに「真名マナ」があった。

森羅万象諸行無常わかよたれそつねならむ

 続くのだ、歌は。古い言葉はステファノにはそのままでは理解できなかった。だが……。

「本質となる言葉は『無常』だ。常に動き、変化する。世界の本質を表わしているはずだ」

 ステファノは思索する。
「無常」すなわち「変化」を本質に置くならば、ギフトの本質は「変化させること」か、逆に「変化させないこと」のどちらかではないか?

 色で言えば「赤」が「始まり」であり、「紫」が「終わり」であろう。

 この世の森羅万象はすべて、「赤」=「始まり」から「紫」=「終わり」に向かって変化している。
「人」も「物」も。すべてのものは例外なく変化する。光はそれを表わすはずだ。

 7色の光。それは虹の色であった。
 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。

 おそらく、成句は7つある。
 
「いろはにほへと、ちりぬるを。わかよたれそ、つねならむ」

 これを2つと数えるのか、4つと見るのか? 赤から紫へ、万物をいざなうグラデーション。
 それは少なくともあと3つある。

 この日、ステファノがどれほど成句を唱えようとも、それ以上の言葉は生まれなかった。

「まだ足りないんだ。素材か理屈か。「ギフトシステム」を構成する要素が」

 おそらく。おそらく「赤」は「始原」であり、「紫」は「終焉」を意味する。
 ステファノの背嚢。その留め具が紫を示したのは、近い将来に崩壊することの予告に違いない。

「間の色は何を表わすんだろう? 生と死の中間? 生きても死んでもいないってこと? ちょっと違う気がするな……」

 ギフトは1日にしてならず。しかし、ステファノに焦りはなかった。
 続きがあることがわかっただけで、期待に心がときめく。

 明日は新しいものに出会えるかもしれない。

「麺を打てるようになるにも半月近くかかったもんな。お前は覚えが悪いって、親方に笑われたっけ」

 ステファノは飯屋の暮らしに退屈して家を出たのではない。料理人としての将来に決定的な限界が見えてしまったから、道をあきらめたのだ。

 進歩が見込めるのなら、必要な努力を惜しむつもりはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...