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第3章 魔術覚醒編

第105話 ギフトは詠唱に乗り7つの波動を呼ぶ。

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 意識して「視る」ようになったので気づけるようになった。
 木箱は暗がりでささやくように、ほんのわずかな光をまとっていた。

 中心はほんのり薄赤く、周りの部分は薄い紫がちらついている。

 シャーン……。

 はっきりとした鈴の音が、ステファノ脳裏に響き渡った。

「この箱に何が入ってるんだろう?」

 この部屋に置いてあるものは何でも読んで良いと、ネルソンの許しは得ている。
 ギフトに導かれるままステファノは安物の木箱を棚から取り出し、机まで運んだ。

「これ……。このまま机の上に置くのは良くないよね」

 傷や汚れがつきそうだ。木箱は一旦足元の床に下ろし、中身だけを取り出すことにする。
 ステファノはポケットから手拭いを取り出して机の表面に広げた。

「さて、何が入っているのかな?」

 蓋を取り除けてみると、箱の中身は書籍とは言えぬノートやつづり帳であった。
 試みに1冊ノートを取り出してみる。

「~魔力の本質と正しい応用方法に関する一考察~」

 汚い字で表紙にタイトルが書かれていた。その下に書かれた著者名は――ドイル。

「ええー? あの先生のノート? ずいぶん古そうだけど……」

 ステファノは箱の中身を取り出して、「目録」を作ることから整理を始めた。
 ノート類の大半は先程の「一考察」を構成する分冊であった。内容的に「一考察」の裏づけを取ろうとしていると思われる実験ノートなども含まれていた。

 綴り帳は研究日誌のような記録に見えた。

 そして最後に、閉じられてもいないばらばらの紙片が箱の奥底に重なっていた。紙片については余程急いでいたか、あるいは興奮して書いたのか、ちょっと見ただけでは何が書いてあるのか読み取れない。

 だが、ステファノの「眼」には乱雑な紙片の束がどのノートよりも強く、色濃い光をまとっているのが見えた。

「『ドイル先生』が書いた物なら無意味な物ではないはずだ。きっと魔力の本質に迫る論文なんだろう」
「この論文を読み解くことがこの1月、俺のテーマになりそうだな」

「だけど、どうしてこんな原稿みたいなものが旦那様のところにあるんだろう? ご本人の手元とか、アカデミーの図書館とかならわかるけど……」

 機会があればネルソンに尋ねてみよう。そうステファノは心にメモした。

「歌に乗せるとギフトを使い易いというのは普通のことなんだろうか? これも聞いてみよう。旦那様かマルチェルさんなら教えてくれそうだ」

 考えてみれば、魔術師は術の行使に当って呪文を詠唱すると聞く。「決まり文句」を読み上げるものだと思っていたが、「詠唱」というからには歌であっても良いのかもしれない。
 詠唱とは、そもそもが「歌」であった可能性もあるように思えた。

「決まり文句にしろ歌にしろ、意識の外で紡げるという利点がありそうだ。現に俺はギフトを使いながら、探し物をするという『意識の分割』ができた」

「ガル師はほとんど詠唱をしていなかった。あれは詠唱に頼らなくても『思考』を分割できるからだろう」

 そう考えると、あの指先で踊る炎が高等技術であるということがわかる。1つでもたいへんな魔術行使を10個も並行して走らせ、交錯させる。それを無詠唱で軽々と。

「そうか。あれは魔術が高尚なのではなく、『魔術制御』が超一流だったんだ!」
「エバさんのはほとんど声が出ていなかったけど、唇は動いていた。あれは『無詠唱』ではなくて、『無声詠唱』と言えば良いのかな?」

 ステファノは発見と思いつきをノートに記録する。ペン先が紙の上を滑る時、インクが繊維を染めながらかすかな光を発していた。糸のような細い輝きが、文字の線に沿ってペン先を追って立ち上る。

「これもギフトの効果なのか? 今までは見えていなかっただけなのか、それともギフトを得たから光るようになったのか?」

 どちらもありそうなことであった。問題はどういう効果を伴っているかであった。

「ノートだからなあ……。何か力を出せる訳ではないし。物覚えが良くなるくらいしか思いつかないや」

 ペン先の光は、「ギフトの言葉・・・・・・」である「諸行無常」と「いろはにほへと」を書き込む際、他の文字と比べ物にならないほど強くなった。

「うーん。やっぱり特別な言葉なんだろうか? 東国の……宗教? 知らない神様の言葉が、どうしてギフトと関係しているんだろう?」

「色は匂へど、散りぬるを」

 ギフト名を唱えた時に閃く言葉。「いろはにほへと」とはわずかに発音が異なる。同じ言葉になぜ異なる2つの発音があるのか? 「いろはにほへと」とは特殊な読み方なのか?

 試みに、詠唱の言葉を換えてみた。

「い~ろ~は~に~ほ~へ~と~、ち~り~ぬ~る~を~……」

 この読み方では言葉の意味が薄くなり、「音」の連なりとして意識に響いてくる気がした。
 ステファノは先程までつけていた抑揚を取り払い、1文字ずつ平らに引き延ばすような詠唱にしてみた。

 響く。

 音ではなく、文字がステファノの体内に響く。

 瞑想の終わりに感じた「波動」が体の芯を震わせるような感覚であった。明るく、暗く。強く、弱く。鳴動する。

 ノートに記した文字が鳴動する。光となって波打つ。
 ステファノの詠唱に共鳴する。光が聞こえる。

 いろはにほへと、ちりぬるを。

 その文字が聞こえた。それは声ではなかった。男の声でもなく、女の声でもなかった。
 大人の声でも子供の声でもなかった。

 文字の波動であり、概念そのものであった。

諸行無常いろはにほへと」の概念そのものが、「いろはにほへと、ちりぬるを」の光となってステファノの本質ひかりと共鳴した。

 光は今や糸となり風となって、ステファノの周りを浮遊する。踊り、漂う。
 ほのかな赤と、紫の光の舞であった。

「赤と……紫。虹の外縁だ。両端の色。始まりと終わり。これは……」

 ステファノの魂が鳴動する。共鳴に揺さぶられていた。

「これだけじゃない。ギフト諸行無常にはまだ先があるんだ」

 光の線が乱舞する。「虹」を意識してみれば、「色」は赤と紫だけに止まらなかった。
 橙、黄、緑、青、藍。

 それぞれの色が鳴動し、脈動する。7色が世界を形成する。

 そこに「真名マナ」があった。

森羅万象諸行無常わかよたれそつねならむ

 続くのだ、歌は。古い言葉はステファノにはそのままでは理解できなかった。だが……。

「本質となる言葉は『無常』だ。常に動き、変化する。世界の本質を表わしているはずだ」

 ステファノは思索する。
「無常」すなわち「変化」を本質に置くならば、ギフトの本質は「変化させること」か、逆に「変化させないこと」のどちらかではないか?

 色で言えば「赤」が「始まり」であり、「紫」が「終わり」であろう。

 この世の森羅万象はすべて、「赤」=「始まり」から「紫」=「終わり」に向かって変化している。
「人」も「物」も。すべてのものは例外なく変化する。光はそれを表わすはずだ。

 7色の光。それは虹の色であった。
 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。

 おそらく、成句は7つある。
 
「いろはにほへと、ちりぬるを。わかよたれそ、つねならむ」

 これを2つと数えるのか、4つと見るのか? 赤から紫へ、万物をいざなうグラデーション。
 それは少なくともあと3つある。

 この日、ステファノがどれほど成句を唱えようとも、それ以上の言葉は生まれなかった。

「まだ足りないんだ。素材か理屈か。「ギフトシステム」を構成する要素が」

 おそらく。おそらく「赤」は「始原」であり、「紫」は「終焉」を意味する。
 ステファノの背嚢。その留め具が紫を示したのは、近い将来に崩壊することの予告に違いない。

「間の色は何を表わすんだろう? 生と死の中間? 生きても死んでもいないってこと? ちょっと違う気がするな……」

 ギフトは1日にしてならず。しかし、ステファノに焦りはなかった。
 続きがあることがわかっただけで、期待に心がときめく。

 明日は新しいものに出会えるかもしれない。

「麺を打てるようになるにも半月近くかかったもんな。お前は覚えが悪いって、親方に笑われたっけ」

 ステファノは飯屋の暮らしに退屈して家を出たのではない。料理人としての将来に決定的な限界が見えてしまったから、道をあきらめたのだ。

 進歩が見込めるのなら、必要な努力を惜しむつもりはなかった。
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