上 下
101 / 637
第3章 魔術覚醒編

第101話 まったくお前はついています。

しおりを挟む
 目を開けると、昨日とは違う世界があった。

「どうですか? えましたか?」

 つないでいた手を放して、マルチェルは尋ねた。

「はい。自分の中心に『光』がありました」

 まだ今起きたことの整理がついていない。ステファノは瞑想の結果「光」を得たことだけを端的に告げた。

「そうですか。その『光』のことは、当面自分だけの秘密にしなさい」
「え? お2人のギフトについては聞いてしまいましたが?」
「それは構いません。われわれのギフトは、知られたからどうなるという性質の物ではありませんから」

 確かにマルチェルが引き延ばされた時間の中にいると知ったところで、対する敵にとってはどうしようもない。相手にせず、逃げることしかできないだろう。
 ネルソンのギフトに至っては、どう扱っていいものやら他人にはわからないだろう。

「ギフトの本質とは持ち主本人にしかわからぬ物です。時には本人すら正しく理解していないことさえあります。ギフトを使いこなすとは、己の本質と深く向き合うことでもあるのです」

 生半可な状態でギフトの秘密を他人に知られれば、悪用される危険があると共に弱点につけ入られる恐れがあった。

「己の本質を離れたところにギフトは生まれません。内省を続け、ギフトを知ることに努めなさい」
「はい。わかりました」

諸行無常いろはにほへと」。随分とシニカルなギフトを得たものだと、ステファノは我ながらあきれる思いがした。
 この世の全ては常に形を変え、変化している。その真理に関わる「力」であった。肉眼で見えるのは、「今この瞬間の物体」のみ。精神を見ることはできず、物の「本質」さえ目で捉えることは難しい。

 さらに「無常」である。目で捉え、脳にインプットされたデータはその瞬間から「過去」となる。一瞬後には完全に同じ状態は存在しないのだ。

 だからこそ人は物事の本質を「よう」とし、時を超えた大局を「よう」としてきた。

 そういう流れの中で考えると、ステファノのギフト「諸行無常」とはネルソンの「テミスの秤」に似た部分がありそうだ。ネルソンのギフトも、ある人や物が本質においてどのような価値をもたらすかを「る」ものと言える。
 マルチェルの「邯鄲の夢」は特殊な知覚力ではあるが、視覚そのものは通常の人間と変わりはない。視覚から得たものを判断する能力が強化されただけである。それもまた凄まじいことではあったが。

 ステファノの「眼」はどうなったか? ギフトの恩恵はまだ発現したばかりで定かではない。
 ただ、今まで固定的な「もの」や「もの」として見えていた対象が、変化を内包して絶えず姿を変える「波動」として感じられる。

「物」は「物質」という本質を内包した波動として視える。「人」は「人間性」という本性を包んだ波動する容れ物に観える。
 ありうべき姿、ありたき姿が「曖昧性というもや」として光っている。

 そして「魔力」がぼんやりと視えた。

 あれが多分魔力という物であろう。ギフト持ちであるネルソンとマルチェルはその周りに「光る綿毛」のような物を漂わせていた。ギフトが魔術師の成長を左右するのは、その大本が「魔力」であるからかもしれない。

 ステファノは思い返していた。

 思えば自分は常にギフトと共にいたのではないか? 先行きどうなるかを常に想像していた。変化の可能性を「ありうべき未来」として観ようとしてきた。
 かつてエバに惹かれたのも、彼女が纏うかすかな魔力の綿毛を未来への可能性として感じ取ったからではなかったか?

 ガル師の精妙な魔術行使に心が動かなかったのは、その魔力は小さく纏まってその場を舞うばかりで、「世界とやり取りを交わす」広がりを持たなかったからではないのか?

 ステファノは常に「観察者」であった。「観て」「考える者」。
「観想者」であり「観相者」であった。

「マルチェルさん、ありがとうございました。まだギフトの詳細は捉えられませんが、自分の本質に沿った物であると感じます」
「ギフトを知ることは自分を知ること。それを感じたのですね」
「はい。自分にとって見ることと考えることは2つではなく、1つのことだと。それがわかりました」

「ふふふ。お前は若いのに僧侶のようなことを言う。わが尊師は東方の教えをも学んだ方でしたが、似たような教えを身につけていらっしゃっいました」
「その教えはどこかで学ぶことができますか?」
「おそらくアカデミーには経典か解説書が所蔵されているでしょう。そういった方面に詳しい教授がいるかもしれません」

 アカデミーとはそもそも学びの場である。「ギフト」という新しい概念に出会ったステファノにとっては、またとない場所と言えるかもしれない。

「アカデミーの新学期は9月からです。あとひと月、長くはありませんが準備をする時間はあるでしょう」
「入学の準備って、何をしたら良いんでしょう?」

 当たり前のようにステファノは「学校」という物に通ったことがない。勉強をするところだということはわかるが、「勉強」というのはどうするものか知らないのだ。

「魔術学科は他の学科とは違い、才能次第で平民出身者も集まる場所です」

 平民であろうと才能があるなら学問の機会を与えるのは、国益にかなうはずだ。だが、それは「平等」に慣れた社会の考え方である。
 
「そもそも平民を取り立てる必要などない」

 それが身分社会での考え方であった。
 等しく成長する可能性があるなら、平民にやらせる必要はない。貴族はそう考えた。

 魔術界は少し違う。まず、魔術という才能自体が希少であった。
 絶対的に数が足りないのだ。

 そして魔術は貴族だけの独占的能力ではなかった。
 
 魔力は血統によって貴族界により濃く伝わっている。しかし、なぜか魔術師として才能を開花させるのは平民出身者が多いのであった。
 研究者の中には、魔術とギフトは根源が異なる。ギフトは貴族に与えられた血の特権であるが、魔術は偶然の産物であると唱える者が少なからずいた。

「あんなものはただの生まれそこないだ」

 平民出身の魔術師をそう言って切り捨てる貴族が多かった。階級特権を守るための防衛本能かもしれない。
 口が裂けても平民の方が優れているなどとは言えないのだ。

「魔術学科に限っては小難しい一般教養だとか、魔術理論を身につけておく必要はありません」

 それは入学後に学ぶべきことであって、入学条件ではなかった。

「求められる資格は2つ。1つは魔力を感じることができて、なおかつ魔力を自ら発することができること」

 前者ならステファノはできる。だが、魔力を発するとはどういうことか、まだ知らなかった。

「そしてもう一つ。貴族2家から推薦状を得ることです。」
「それは平民には無理ですね」

 思わずステファノは口を挟んでしまった。どこの平民がお貴族様に、「推薦状を書いて下さい」と頼みに行けるだろうか?

「資産家であれば、金に困った貴族に献金をして推薦状をもらうということがあるそうです」

 なるほど。浮世の沙汰は何事も金次第か。

「間違いました。貧乏人には・・・・・無理ですね」

 世の中のことは「血統」か「金」で決まる。悔しくもない現実であった。

「そうでしょうね。まったくお前はついています」
「えっ? 俺ですか?」

 ステファノは思わず素の口調で問い返した。

「この度の働きで、ギルモア家がお前の後見につきました。これに勝る後ろ盾はないでしょう」
「ギルモアのお家が……。それはありがたいことで」

 侯爵家の推薦など、いくら金を積んでも得られるものではないだろう。貧乏男爵などとは文字通り格が違う。

「もうひと方の推薦が振るっています」

 マルチェルは口元を緩めて、ネルソンと目を合わせた。

「旦那様……ではありませんよね?」
「第3王子ジュリアーノ殿下です」
「えぇーーっ!」

 ステファノはのけ反った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第102話 その問いを忘れなければ、ギフトはお前と共にある。」

 ステファノは途方に暮れた。「何も持たない」からこそ魔術に活路を見出そうとした自分であった。

「お前自身が語ったではありませんか。『自分は見る者であり、考える者だ』と。そこに立ち返りなさい」
「そうだな。迷ったときは常に原点に戻ることだ。自分は何者で、何を為そうとしているのか? その問いを忘れなければ、ギフトはお前と共にある」

 この2人を見ていれば、その言葉通りに行動を貫いていることがわかる。口先だけの言葉ではなかった。
 
 ……
  
◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...