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第3章 魔術覚醒編

第98話 『ギフト』というものがあります。

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「本当に良いのでしょうか? 俺のような者で」
「実を言うとな。この話には裏があるのだ」
「裏?」

 アカデミーで潜入捜査でもさせようというのであろうか? そんな生臭い場所とは思わなかったステファノは、ネルソンの言葉の意味がわからなかった。

「実はジュリアーノ殿下が入学されるはずだったのだ」
「殿下がですか?」
「そうだ。政治学科で国家経営論を学ばれる予定だった」
「それでまじタウンに滞在されていたのですか?」

 王子が入学するとなれば、お近づきになりたい貴族子弟が騒ぎ出す。我も我もと中身が伴わない輩が願書を出して来ることが、予想された。

「目立たぬように『観光』という体裁でお忍び頂いたのだ。まさかそれが暗殺の危機を招くとは思いもしなかった」
「殿下は入学を取りやめたのですか?」
「婚礼の儀があるからな。妃殿下を置き去りにして学業三昧というわけにはいくまい」

 たとえ本人同士が納得したとしても、公国に対して礼を失することになる。
 それはできない。

「なのでな。アカデミーに押さえてもらっていた『入学枠』が1つ空いたのだ」

 そこに平民のステファノを押し込もうというのだった。

「目立ちませんか?」
「裏の事情は学長ともう2人しか知らん。政治学科の学科長と魔術学科の学科長だ」

 政治学科の方は予定が中止になったというだけだが、魔術学科の方はややこしい。本来存在しなかった「枠」を1つ作り出す必要があった。

「学科長はマリアンヌという女性でな。35歳の若さでその地位にあることからわかるように、相当なやり手らしい」
「やはりふつうは相当高齢者が就く地位なんですね?」
「そうだ。彼女は中級魔術師の中でも魔力量の豊富さが有名で、『最も上級に近い中級』と呼ばれている」
「そんなすごい人のところに魔術の素養がない自分が行って、大丈夫でしょうか?」

 ステファノは魔術界(そういう物があるかどうかさえ知らないが)のことなど何も知らない。しかも平民だ。
 大きな顔をして特別枠入学などしたら、反感を買うのではないかと心配した。

「うん。大丈夫ではないが、大丈夫だと思っている」

 ネルソンは謎かけのような言葉を口にした。

「大丈夫に聞こえませんが……」
「大丈夫と言いきれないのは、マリアンヌが徹底した実力主義者だからだ。魔術の素養のない者には厳しく接するだろう」
「全然大丈夫じゃない……」

「大丈夫だと思うのは、彼女が実力主義者だからだ」
「え? どういうことでしょう?」
「お前はお前であればよい。他の誰でもなく、な」

「それで通用するでしょうか……」

 ステファノの不安は拭えない。知らないものに対して不安を覚えるのは、防御本能と言っても良い根深い心理だ。

「それだけでは不安であろうと思ってな。奥の手を用意した。マルチェル」

「はい。――ここからはわたしが説明しましょう」

 奥の手とやらにはマルチェルが関係しているらしい。

「ステファノ。わたしが修道院に預けられていたことは話しましたね」
「はい。そこで武術の修業をしたと」
「その通りです。が、修道院は武術道場とは違います。神に仕える日々でもあったのです」

 スノーデン王国の宗教界は寛容であった。人は己の信じる神を持つことができた。一神教徒であっても他の神を否定せず、お互いの信ずる道を尊重し合う文化が根づいていた。

 マルチェルが所属した修道院も例外ではなかった。元々半分は武術道場のような存在でもあり、「神」には人格は無く、世界を統べる超越的存在であるとだけ教えていた。

「神への感謝は日常の一部でした」

 祈りを捧げ、瞑想法を学んだ。
 瞑想法は武術の精神面を支える基本でもあった。

「わたしは尊師の印可いんかを得ましたので、瞑想法を他人に授けることが許されています」
「瞑想法ですか?」

 ステファノは宗教とは縁が無かった。庶民は日々の暮らしで精一杯なのだ。

「『ギフト』というものがあります」

 マルチェルの声が変わった。内容がわからなくとも、重大な内容なのだとわかる口調に改まった。

「『ギフト』ですか?」
「貴族社会でしか語られないことなので、平民のお前は知らなくて当然です」
「お貴族様の物ですか」

 ならば自分には縁がないなと、ステファノはあっさりと考えた。
 それほどに、この世界では貴族と平民の格差は大きい。

「そもそも貴族が貴族たる所以。その力の源が『ギフト』なのです」
「力の源……」

「貴族の子女が成長し10歳を迎えると、『祝福の儀』という儀式を受けます。そこで神の恩寵である『ギフト』を授かるのです」
 
 多くは戦闘に役立つ能力であったり、生産に役立つ力であった。

「ギフトを身につけ使いこなせれば、常人を超えた能力を発揮することができます。歴史に名を遺す英傑は、すべてギフト持ちであったと言われているのです」
「平民に授かることは無いのですか?」

 素朴な疑問をステファノは抱いた。「神」は身分で差別をつけるのだろうか?

「血統の問題だと言われています。ギフトを備えるべき因子を親のどちらかが有しているかどうか。それによってギフトが発現する確率が大きく変わります」
「それじゃあ平民には無理ですね」

 血が混じることなどありえない。貴族の血統とはそうやって守って来たのかと、ステファノはむしろ納得した。

「だが、平民であっても稀にギフトを得る者がいます。たとえばガル老師がそうです」
「ああ、それで……」

 平民でありながら貴族の特権であるギフトを持つ。それも「特大」の物を。

「それで貴族から反感を買ったんですね」
「察しが良いですね。そのようです。随分と叩かれて、すっかり貴族嫌いになったと聞きます」
「俺はもう17ですから、ギフトが目覚める気づかいはないでしょう」

 ステファノはさばさばしたものだった。自分に関わりのない世界には、感情が動かない性質であった。

「それがそうとも限らないのです」

 マルチェルの答えは、ステファノの予想しないものであった。
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