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第3章 魔術覚醒編
第96話 ステファノは自覚する。そして前を見る。
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昼食をベッドで済ませたステファノは、プリシラの抵抗を押し切って床を払った。両腕の怪我以外悪いところは無いので、寝ている理由が無いのだ。
プリシラに麦粥を口に運んでもらうのは、さすがのステファノもこれっきりにしたかったのだ。
だが、起き上がっては見たもののステファノにできることは何もない。
まだ、両手が使えないのだ。
いっそのこと病人同士ということで、王子の話し相手でもしたらどうだとアランに言われたが、「怪我に障りが出る」という妙な理屈でステファノは何とか逃げ切った。
一旦商会に立ち寄って店の様子を見て来たマルチェルが3時過ぎに姿を見せ、ステファノを慰労した。
「そうですか。帰る途中でエバに出くわしてしまったんですか」
「はい。欲を出して後をつけようとしたのが良くありませんでした」
食事をしたことでステファノはいつもの調子に戻りつつあった。何よりもプリシラの存在が、心の支えとなっていた。
無条件で自分の安寧を願ってくれる人が側にいるという、その事実が何よりも温かく、心強い。
「わたしの調べは大方終わりましたよ。お前の見立てた通りでした」
ジェドーの依頼主は王都の金貸しであり、闇社会を仕切る顔役であった。いわばジェドーの商売仲間だ。「格」が違うので、ジェドーを「商売敵」として見ていないと言うだけのことではあるが。
それでも小物のジェドーが仕事にありつけたのは、呪タウンを縄張りにしている地の利のお陰であった。
今回の仕事が危ない橋であることはわかっていたが、ジェドーはこれを足掛かりに王都に進出するつもりでいた。
王都どころか、どこに進出することも無くなってしまったが。
外国勢力と組んで王族暗殺を企てたなどと、世間に知らせる訳にはいかない。今朝になってすぐにジェドーと口入屋は人知れず処刑された。
既に衛兵長と話はでき上がっていたのだ。内々に王子の署名を入れた命令書が出ている。
「それでなくとも、彼とは顔馴染みですからね。わたしも旦那様も」
呪タウンでネルソン商会に盾突くなど、少しでも貴族社会のことを知っている者には考えられぬことであった。
ましてや王族に弓引くなど。
「いくら成金や駆け出しでも、そこまでの間抜けがいるとは思いませんでした。わたしの油断でしたね」
人間、謙虚でいなければいけませんと、首に手をやった。
「エバというのは目端の利く女らしいですね。ネルソン商会が口入屋に目をつけたと悟ったら、すぐに街から逃げ出したようです」
「俺が見つかってしまったせいで、すみません」
「お前を一人にしたのはわたしです。落ち度というならわたしにあります。危ない目に遭わせてすまなかった」
マルチェルはしっかりとステファノと目を合わせて、自分の非を詫びた。
「そんな! マルチェルさんのせいではありません」
「ありがとう。ならばエバを逃したことも誰のせいでもない。そういうことにしましょう」
既に手は打った。駅馬車で街を離れたことまではわかっている。馬で後を追った鴉が、今日か明日にも行方を突き止めるであろう。
「お前が書いた似姿が役に立っています。なかなかの美形ですから、見た者の記憶を良く呼び覚ましてくれるようです」
網に掛かるのは時間の問題だから、彼女のことは気にするなとマルチェルは告げた。
「わたしは王都に出掛けます」
「えっ?」
「旦那様は今日か明日にも王都から戻られるでしょう。入れ替わりにわたしがしばらく商会を留守にします」
ジェドーを動かした黒幕を処分するのだと言う。
「これも表沙汰にできないことですからね。わたしの手で片づけてきます」
王家のお膝元に、他国の勢力とつるんで悪事をなすような輩を野放しにはしておけない。マルチェルの目には強い決意があった。
「留守が長くなるかもしれません。ですので、今お前に話をしておきます」
「人を殺した事実を無かったことにはできません」
これもまた正面から、マルチェルは語った。
「クリード卿が言ったそうですね、『自分の手は血にまみれている』と」
盗賊を倒した褒賞金を寄付した時の言葉だ。危険手当を受け取りに来たダールに聞いたと言う。
「人を殺したという事実は、何をしても消えません。ですが、それに罪の意識を覚える必要はない。
「お前は理不尽な暴力から身を守っただけです。軽く済ませられるようなことではありませんが、悩み苦しむことに意味はありません。
「旦那様が仰いました。『人として大切なことは、何を為すかだ』と。これから先お前自身が自分の価値を決めるのです」
「さんざん人の命を奪ってきたわたしが言えるのはそれだけです」
あのことを思えば今も胸が悪くなる。だが、目をそらして忘れようとするのは何か違うと、ステファノは思った。
人を殺したことがあるからと、クリードやガル師、マルチェルを悪く思えるはずもない。
自分もそうだ。「あの時」に戻れるとしても、身を守るために同じことをするだろう。
そしてこれから先、何を為すべきか――。
「俺は魔術師になりたいんです。魔術師の多くは戦や護衛に駆り出されて、人や獣を相手に戦っていると知っています」
「魔術を身につければ自分もそういう立場になるのでしょう。そういう責任を負うようになる」
「俺は……戦いたくはありません」
「俺は守りたいんです。自分にとって大切な人たちを。慎ましく生きている、報われるべき人たちを」
「自分の周りだけでも、手の届く範囲だけでも守りたい」
「勝手でわがままな気持ちだとわかっていますが、自分の周りに勝手を通したい」
「そのために魔術を覚えます。そのためなら戦います」
2年間育ててきた思いと、この旅を通して芽生えた思いをステファノは真っ直ぐに打ち明けた。
プリシラに麦粥を口に運んでもらうのは、さすがのステファノもこれっきりにしたかったのだ。
だが、起き上がっては見たもののステファノにできることは何もない。
まだ、両手が使えないのだ。
いっそのこと病人同士ということで、王子の話し相手でもしたらどうだとアランに言われたが、「怪我に障りが出る」という妙な理屈でステファノは何とか逃げ切った。
一旦商会に立ち寄って店の様子を見て来たマルチェルが3時過ぎに姿を見せ、ステファノを慰労した。
「そうですか。帰る途中でエバに出くわしてしまったんですか」
「はい。欲を出して後をつけようとしたのが良くありませんでした」
食事をしたことでステファノはいつもの調子に戻りつつあった。何よりもプリシラの存在が、心の支えとなっていた。
無条件で自分の安寧を願ってくれる人が側にいるという、その事実が何よりも温かく、心強い。
「わたしの調べは大方終わりましたよ。お前の見立てた通りでした」
ジェドーの依頼主は王都の金貸しであり、闇社会を仕切る顔役であった。いわばジェドーの商売仲間だ。「格」が違うので、ジェドーを「商売敵」として見ていないと言うだけのことではあるが。
それでも小物のジェドーが仕事にありつけたのは、呪タウンを縄張りにしている地の利のお陰であった。
今回の仕事が危ない橋であることはわかっていたが、ジェドーはこれを足掛かりに王都に進出するつもりでいた。
王都どころか、どこに進出することも無くなってしまったが。
外国勢力と組んで王族暗殺を企てたなどと、世間に知らせる訳にはいかない。今朝になってすぐにジェドーと口入屋は人知れず処刑された。
既に衛兵長と話はでき上がっていたのだ。内々に王子の署名を入れた命令書が出ている。
「それでなくとも、彼とは顔馴染みですからね。わたしも旦那様も」
呪タウンでネルソン商会に盾突くなど、少しでも貴族社会のことを知っている者には考えられぬことであった。
ましてや王族に弓引くなど。
「いくら成金や駆け出しでも、そこまでの間抜けがいるとは思いませんでした。わたしの油断でしたね」
人間、謙虚でいなければいけませんと、首に手をやった。
「エバというのは目端の利く女らしいですね。ネルソン商会が口入屋に目をつけたと悟ったら、すぐに街から逃げ出したようです」
「俺が見つかってしまったせいで、すみません」
「お前を一人にしたのはわたしです。落ち度というならわたしにあります。危ない目に遭わせてすまなかった」
マルチェルはしっかりとステファノと目を合わせて、自分の非を詫びた。
「そんな! マルチェルさんのせいではありません」
「ありがとう。ならばエバを逃したことも誰のせいでもない。そういうことにしましょう」
既に手は打った。駅馬車で街を離れたことまではわかっている。馬で後を追った鴉が、今日か明日にも行方を突き止めるであろう。
「お前が書いた似姿が役に立っています。なかなかの美形ですから、見た者の記憶を良く呼び覚ましてくれるようです」
網に掛かるのは時間の問題だから、彼女のことは気にするなとマルチェルは告げた。
「わたしは王都に出掛けます」
「えっ?」
「旦那様は今日か明日にも王都から戻られるでしょう。入れ替わりにわたしがしばらく商会を留守にします」
ジェドーを動かした黒幕を処分するのだと言う。
「これも表沙汰にできないことですからね。わたしの手で片づけてきます」
王家のお膝元に、他国の勢力とつるんで悪事をなすような輩を野放しにはしておけない。マルチェルの目には強い決意があった。
「留守が長くなるかもしれません。ですので、今お前に話をしておきます」
「人を殺した事実を無かったことにはできません」
これもまた正面から、マルチェルは語った。
「クリード卿が言ったそうですね、『自分の手は血にまみれている』と」
盗賊を倒した褒賞金を寄付した時の言葉だ。危険手当を受け取りに来たダールに聞いたと言う。
「人を殺したという事実は、何をしても消えません。ですが、それに罪の意識を覚える必要はない。
「お前は理不尽な暴力から身を守っただけです。軽く済ませられるようなことではありませんが、悩み苦しむことに意味はありません。
「旦那様が仰いました。『人として大切なことは、何を為すかだ』と。これから先お前自身が自分の価値を決めるのです」
「さんざん人の命を奪ってきたわたしが言えるのはそれだけです」
あのことを思えば今も胸が悪くなる。だが、目をそらして忘れようとするのは何か違うと、ステファノは思った。
人を殺したことがあるからと、クリードやガル師、マルチェルを悪く思えるはずもない。
自分もそうだ。「あの時」に戻れるとしても、身を守るために同じことをするだろう。
そしてこれから先、何を為すべきか――。
「俺は魔術師になりたいんです。魔術師の多くは戦や護衛に駆り出されて、人や獣を相手に戦っていると知っています」
「魔術を身につければ自分もそういう立場になるのでしょう。そういう責任を負うようになる」
「俺は……戦いたくはありません」
「俺は守りたいんです。自分にとって大切な人たちを。慎ましく生きている、報われるべき人たちを」
「自分の周りだけでも、手の届く範囲だけでも守りたい」
「勝手でわがままな気持ちだとわかっていますが、自分の周りに勝手を通したい」
「そのために魔術を覚えます。そのためなら戦います」
2年間育ててきた思いと、この旅を通して芽生えた思いをステファノは真っ直ぐに打ち明けた。
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