上 下
89 / 624
第2章 魔術都市陰謀編

第89話 マルチェルは止まらない。

しおりを挟む
「既に陽は落ちました。人通りも少ないので、急ぎましょうか?」
「ああ。構わん。どちらが先に立つ」
「お若い方に従いましょう。わたしが後に続く形で」

 アランは長剣の鍔元を押さえて走り出した。

 初めは年配のマルチェルを案じて様子を見ていたが、まったく遅れる様子が無いのを見ると、遠慮なくスピードを上げた。
 ジェドーの馬車が15分掛けて帰ってきた道のりを、2人は5分ほどで駆け戻った。

 口入屋近くの路地で足を停め、アランは弾む息を整える。
 マルチェルはと見れば、涼しい顔で服を直し、両手の袖をまくっていた。

「その歳で……よく走る……ものだな」
「馬が苦手だったので、若い内は1日中走っていたものです。それに大分手加減してくれていた・・・・・・・・・・ようですし」

 本気でそう言っているらしいマルチェルを見て、アランはこの人は若い頃どれだけ走り込んだのだろうと、目を丸くした。

「……よし。息が整った。待たせたな。もう行けるぞ」

「門を破るのも大袈裟なので、わたしが中から開けましょう」
 マルチェルは口入屋の門構えを見て、言った。

 ちょっとお待ちをと言いながら、マルチェルはすたすたと塀に近づいた。最後の2歩を影がかすむほどの速さで突っ込むと、地を蹴って塀を駆け上がる。
 トンと壁を蹴って身を宙に翻すと、マルチェルは塀の上にうずくまった。

(嘘だろ? 何ていう身のこなしだ)

 塀の中を見渡して人がいないことを見定めたのだろう。マルチェルは音もなく邸内に姿を消した。

(あれなら、盗賊でも一流になれるんじゃないか?)

 10秒ほど経つと、門の扉が開いた。マルチェルが顔をのぞかせて、手招きする。アランは辺りに人気が無いことを確かめて、小走りに駆け寄り、門内に体を滑り込ませた。

 門から数メートル先に母屋の玄関があった。特に見張りはおらず、警戒している様子はなかった。

「さて、戸締りはしてありますかね? 鍵が掛かっているようなら、わたしが蹴り飛ばします・・・・・・・。入り口を探して時間を使うのも面倒ですので」

 ドアを試してみると、施錠されていた。マルチェルは2歩下がると、軽く腰を落とした。

「ふっ!」

 気づけばもうドアにぶつかる勢いで突っ込んでいる。アランは思わず「危ない」と言いそうになった。

 だん!

 大きな音がしたのは、ドアではなく手前の地面からだった。マルチェルが踏みしめた軸足が、石畳に突き刺さる。

 とん、と蹴り脚はドアに軽く当たったように見えた。次の瞬間に、アランの視界からドアが消えた。

「ばあん!」

 と、雷のような音を立てて蝶番を中心に内側に開いたドアが、壁にぶち当たって破片をまき散らした。
 ドアは勢いあまって壁と蝶番を破壊し、斜めにぶら下がった。

「安物ですね」

 マルチェルは靴の埃を払って、地面に足を下ろした。

「さて、主人に挨拶をしに行きましょう」

 アランはマルチェルとドアの残骸との間で目を動かしていたが、ごくりとつばを飲み込んで、腰の長剣を引き抜いた。

「よし! 行こう」

 ぴしゃりと自分の頬を張って、気合を入れる。

「ステファノを無傷で連れて帰らねばな」
「もちろんです」

 アランの意気込みにマルチェルが応じた。

 2人はアランを先に立てて廊下を進む。マルチェルを守るためではない。背後で長剣を振り回されては危険なためだ。

「レイピアか短剣にすればよかったな」

 今更ながら、アランは武器の選択を悔やんだ。長剣は室内での取り回しが難しい。

「物は考えようです。それだけの長さがあれば、突き専用として使っても十分でしょう」

 長剣は騎士の武器であり、ごろつきが備えているとは思えない。確かに突き合いになれば剣の長さが有利に働く。

「そうだな。狭い室内では突きを避けるのも難しかろう」

「何だ? てめえらは?」

 廊下の角からごろつきが現れたが、武器も持たない丸腰だった。
 アランが剣の先で軽く肩をつついてやると、大袈裟な悲鳴を上げて腰を抜かした。

「ひぇええ! たた、助けてくれ!」
「主人のところに案内しろ!」
「わかった! 言う通りにする!」

 襟首を引っ張り上げて立ち上がらせ、前を歩かせる。

「逃げようとしたら斬るぞ? いいな」
「へ、へい。わかりやした!」

「何だ、てめえ?」
「何してやがる!」

 主人の部屋に近づいた頃には、ドアの手前、ホールのような場所に7、8人の手下が集まって短剣を振りかざして来た。

「ちょっと、うっとうしい・・・・・・ですね。どれ、わたしが片づけましょう」

 蠅でも追うと言うように、マルチェルが前に進み出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...