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第2章 魔術都市陰謀編
第89話 マルチェルは止まらない。
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「既に陽は落ちました。人通りも少ないので、急ぎましょうか?」
「ああ。構わん。どちらが先に立つ」
「お若い方に従いましょう。わたしが後に続く形で」
アランは長剣の鍔元を押さえて走り出した。
初めは年配のマルチェルを案じて様子を見ていたが、まったく遅れる様子が無いのを見ると、遠慮なくスピードを上げた。
ジェドーの馬車が15分掛けて帰ってきた道のりを、2人は5分ほどで駆け戻った。
口入屋近くの路地で足を停め、アランは弾む息を整える。
マルチェルはと見れば、涼しい顔で服を直し、両手の袖をまくっていた。
「その歳で……よく走る……ものだな」
「馬が苦手だったので、若い内は1日中走っていたものです。それに大分手加減してくれていたようですし」
本気でそう言っているらしいマルチェルを見て、アランはこの人は若い頃どれだけ走り込んだのだろうと、目を丸くした。
「……よし。息が整った。待たせたな。もう行けるぞ」
「門を破るのも大袈裟なので、わたしが中から開けましょう」
マルチェルは口入屋の門構えを見て、言った。
ちょっとお待ちをと言いながら、マルチェルはすたすたと塀に近づいた。最後の2歩を影がかすむほどの速さで突っ込むと、地を蹴って塀を駆け上がる。
トンと壁を蹴って身を宙に翻すと、マルチェルは塀の上にうずくまった。
(嘘だろ? 何ていう身のこなしだ)
塀の中を見渡して人がいないことを見定めたのだろう。マルチェルは音もなく邸内に姿を消した。
(あれなら、盗賊でも一流になれるんじゃないか?)
10秒ほど経つと、門の扉が開いた。マルチェルが顔をのぞかせて、手招きする。アランは辺りに人気が無いことを確かめて、小走りに駆け寄り、門内に体を滑り込ませた。
門から数メートル先に母屋の玄関があった。特に見張りはおらず、警戒している様子はなかった。
「さて、戸締りはしてありますかね? 鍵が掛かっているようなら、わたしが蹴り飛ばします。入り口を探して時間を使うのも面倒ですので」
ドアを試してみると、施錠されていた。マルチェルは2歩下がると、軽く腰を落とした。
「ふっ!」
気づけばもうドアにぶつかる勢いで突っ込んでいる。アランは思わず「危ない」と言いそうになった。
だん!
大きな音がしたのは、ドアではなく手前の地面からだった。マルチェルが踏みしめた軸足が、石畳に突き刺さる。
とん、と蹴り脚はドアに軽く当たったように見えた。次の瞬間に、アランの視界からドアが消えた。
「ばあん!」
と、雷のような音を立てて蝶番を中心に内側に開いたドアが、壁にぶち当たって破片をまき散らした。
ドアは勢いあまって壁と蝶番を破壊し、斜めにぶら下がった。
「安物ですね」
マルチェルは靴の埃を払って、地面に足を下ろした。
「さて、主人に挨拶をしに行きましょう」
アランはマルチェルとドアの残骸との間で目を動かしていたが、ごくりとつばを飲み込んで、腰の長剣を引き抜いた。
「よし! 行こう」
ぴしゃりと自分の頬を張って、気合を入れる。
「ステファノを無傷で連れて帰らねばな」
「もちろんです」
アランの意気込みにマルチェルが応じた。
2人はアランを先に立てて廊下を進む。マルチェルを守るためではない。背後で長剣を振り回されては危険なためだ。
「レイピアか短剣にすればよかったな」
今更ながら、アランは武器の選択を悔やんだ。長剣は室内での取り回しが難しい。
「物は考えようです。それだけの長さがあれば、突き専用として使っても十分でしょう」
長剣は騎士の武器であり、ごろつきが備えているとは思えない。確かに突き合いになれば剣の長さが有利に働く。
「そうだな。狭い室内では突きを避けるのも難しかろう」
「何だ? てめえらは?」
廊下の角からごろつきが現れたが、武器も持たない丸腰だった。
アランが剣の先で軽く肩をつついてやると、大袈裟な悲鳴を上げて腰を抜かした。
「ひぇええ! たた、助けてくれ!」
「主人のところに案内しろ!」
「わかった! 言う通りにする!」
襟首を引っ張り上げて立ち上がらせ、前を歩かせる。
「逃げようとしたら斬るぞ? いいな」
「へ、へい。わかりやした!」
「何だ、てめえ?」
「何してやがる!」
主人の部屋に近づいた頃には、ドアの手前、ホールのような場所に7、8人の手下が集まって短剣を振りかざして来た。
「ちょっと、うっとうしいですね。どれ、わたしが片づけましょう」
蠅でも追うと言うように、マルチェルが前に進み出た。
「ああ。構わん。どちらが先に立つ」
「お若い方に従いましょう。わたしが後に続く形で」
アランは長剣の鍔元を押さえて走り出した。
初めは年配のマルチェルを案じて様子を見ていたが、まったく遅れる様子が無いのを見ると、遠慮なくスピードを上げた。
ジェドーの馬車が15分掛けて帰ってきた道のりを、2人は5分ほどで駆け戻った。
口入屋近くの路地で足を停め、アランは弾む息を整える。
マルチェルはと見れば、涼しい顔で服を直し、両手の袖をまくっていた。
「その歳で……よく走る……ものだな」
「馬が苦手だったので、若い内は1日中走っていたものです。それに大分手加減してくれていたようですし」
本気でそう言っているらしいマルチェルを見て、アランはこの人は若い頃どれだけ走り込んだのだろうと、目を丸くした。
「……よし。息が整った。待たせたな。もう行けるぞ」
「門を破るのも大袈裟なので、わたしが中から開けましょう」
マルチェルは口入屋の門構えを見て、言った。
ちょっとお待ちをと言いながら、マルチェルはすたすたと塀に近づいた。最後の2歩を影がかすむほどの速さで突っ込むと、地を蹴って塀を駆け上がる。
トンと壁を蹴って身を宙に翻すと、マルチェルは塀の上にうずくまった。
(嘘だろ? 何ていう身のこなしだ)
塀の中を見渡して人がいないことを見定めたのだろう。マルチェルは音もなく邸内に姿を消した。
(あれなら、盗賊でも一流になれるんじゃないか?)
10秒ほど経つと、門の扉が開いた。マルチェルが顔をのぞかせて、手招きする。アランは辺りに人気が無いことを確かめて、小走りに駆け寄り、門内に体を滑り込ませた。
門から数メートル先に母屋の玄関があった。特に見張りはおらず、警戒している様子はなかった。
「さて、戸締りはしてありますかね? 鍵が掛かっているようなら、わたしが蹴り飛ばします。入り口を探して時間を使うのも面倒ですので」
ドアを試してみると、施錠されていた。マルチェルは2歩下がると、軽く腰を落とした。
「ふっ!」
気づけばもうドアにぶつかる勢いで突っ込んでいる。アランは思わず「危ない」と言いそうになった。
だん!
大きな音がしたのは、ドアではなく手前の地面からだった。マルチェルが踏みしめた軸足が、石畳に突き刺さる。
とん、と蹴り脚はドアに軽く当たったように見えた。次の瞬間に、アランの視界からドアが消えた。
「ばあん!」
と、雷のような音を立てて蝶番を中心に内側に開いたドアが、壁にぶち当たって破片をまき散らした。
ドアは勢いあまって壁と蝶番を破壊し、斜めにぶら下がった。
「安物ですね」
マルチェルは靴の埃を払って、地面に足を下ろした。
「さて、主人に挨拶をしに行きましょう」
アランはマルチェルとドアの残骸との間で目を動かしていたが、ごくりとつばを飲み込んで、腰の長剣を引き抜いた。
「よし! 行こう」
ぴしゃりと自分の頬を張って、気合を入れる。
「ステファノを無傷で連れて帰らねばな」
「もちろんです」
アランの意気込みにマルチェルが応じた。
2人はアランを先に立てて廊下を進む。マルチェルを守るためではない。背後で長剣を振り回されては危険なためだ。
「レイピアか短剣にすればよかったな」
今更ながら、アランは武器の選択を悔やんだ。長剣は室内での取り回しが難しい。
「物は考えようです。それだけの長さがあれば、突き専用として使っても十分でしょう」
長剣は騎士の武器であり、ごろつきが備えているとは思えない。確かに突き合いになれば剣の長さが有利に働く。
「そうだな。狭い室内では突きを避けるのも難しかろう」
「何だ? てめえらは?」
廊下の角からごろつきが現れたが、武器も持たない丸腰だった。
アランが剣の先で軽く肩をつついてやると、大袈裟な悲鳴を上げて腰を抜かした。
「ひぇええ! たた、助けてくれ!」
「主人のところに案内しろ!」
「わかった! 言う通りにする!」
襟首を引っ張り上げて立ち上がらせ、前を歩かせる。
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「へ、へい。わかりやした!」
「何だ、てめえ?」
「何してやがる!」
主人の部屋に近づいた頃には、ドアの手前、ホールのような場所に7、8人の手下が集まって短剣を振りかざして来た。
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